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群青の軌跡  作者: 花 影
第2章 オリガの物語
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第6話

 ソファーに座り、持参していた薬学の本を広げる。文字を目で追っていくのだけど、昼間のティムが相棒を得た光景や姫様の喜ぶ姿を思い出すとなかなか頭の中へ入って行かない。何度もページをめくり直していると、控えめに扉をたたく音がした。

「俺だけど、ちょっといいかな?」

 本を閉じ、返事をすると、扉の外からルークが声をかけてきた。何事だろうかと扉を開けた。

「少し話がしたい」

 すでに夜も更けている。いいのかな?と護衛として扉の外に立っているシュテファンに目を向けると、彼は静かに黙礼を返してきた。どうやら少しの間だけ目をつむっていてくれるらしい。

 私は小さく頷くと、彼に少し待ってもらって姫様のご様子を確認する。やはりお疲れだったのかぐっすりとお休みになっていて起きる気配はない。少し乱れた上掛けをかけなおし、姫様の部屋を出て廊下への扉を開けた。

「お待たせ」

「じゃ、隣へ行こうか」

 ルークに促されて移動したのは彼らが仮眠の為に用意してもらっている部屋だった。こちらにも居間があり、テーブルには夜食とお茶の準備が整えられている。

「さ、どうぞ」

 ルークが席を勧めてくれて手ずからお茶まで入れてくれる。この時期なると夜はさすがに寒く、温かいお茶はとても嬉しい。私はお礼を言って受け取った。隣に座ったルークも自分用にお茶を淹れ、2人で夜食をつまみながら昼間の相棒を得たティムを話題にお茶を飲む。とにかく竜騎士への第一関門を突破出来てホッとしたのが正直な感想だった。

「元気出たみたいでよかった」

「ん?」

 ルークがホッとした様子で言うのだけど、心当たりがなくて首を傾げる。

「昼間とか、夕餉の時になんか浮かない顔していたから、気になっていたんだ。何かあったのかと……」

 抱えている不安を外に出さないようにしていたのに、この人にはお見通しだったみたい。少し迷ったけれど、これまでの付き合いでごまかしても引き下がらないのは分かっていたので、諦めて素直に打ち明けてしまうことにした。

「今から悩んでいても仕方いのだけど……」

 そう切り出すと、姫様が抱いているティムへの恋心を打ち明けた。もしそれが本当ならば、私の立場ではどう接していいのか迷っているとも……。ルークは私の話を笑うことなく、時折相槌を打ちながら静かに最後まで聞いてくれた。

「確かに君の立場じゃどうしていいか分からないよね」

 話を聞き終えた彼はそう言って同意してくれる。そして空になった茶器にお替りのお茶を注いでくれた。私が礼を言って喉を潤すと、彼は「でもね」と言って話を続ける。

「多分、殿下は気付いておられるんじゃないのかな。奥方様も。他の方々はまだわからないけど、今回の事もこうして同行を許している所からしても、反対をするつもりは無さそうだ」

 ルークの率直な意見は私にとって意外なものだった。私が目を瞬かせていると、彼はのんびりと自分もお茶で喉を潤した。

「でも、私達は……」

 平民だからと言いかけるが、それはルークに遮られた。

「内乱中、オリガとティムはたった2人で奥方様と姫様を守り切った。これだけで敬称を与えられてもいいほどの大手柄だ。加えてブランドル家とサントリナ家が後見をしている。俺の時同様えこひいき等と言う奴がいるだろうが、ひがんでいるだけだ。目をかけていただくだけの貢献をしたんだ。気にせず胸を張っていればいい。」

 ルークの言葉がじわじわと胸にしみてくる。苦労を重ねて今の地位を築いた彼の言葉だから余計に心に響くのかもしれない。抱いていたもやもやとした不安が晴れていく。しかし、ここでふと疑問が沸き起こった

「ティムはどう思っているのかしら?」

「案外、本気かもしれないな」

 私の呟きに彼は何でもないことの様に応えた。

「あいつ、俺を超えるつもりらしい」

「え?」

 何て大それたことを……なんて思っていたら、ルークは盛大にため息をついて続ける。

「多分、あっという間に追い越されるよ。素質は高いし、周囲が驚くくらい熱心に鍛錬に励んでいる。何しろ教える方も熱心だ。時にはヒース卿も直接指導している」

「……」

「具体的には言わないけど、あいつには俺を超える以外の何か大きな目標があるみたいだ。姫様の事を聞かなければ見当がつかなかったけれど、隣に立つ決意をしたなら納得できる」

 私はルークの仮説をただ呆けて聞くしかなかった。いつの間にそんなことを考える様になったんだろう……。

「オリガは姉としての立場があるから心配だろうけど、あいつももうじき成人する。姫様だっていつまでも子供じゃないんだし、後は当人達に任せるしかないんじゃないかな?」

 ルークの言葉でようやく私は、姫様はともかくもうじき成人する弟まで子ども扱いをしていたことに気付く。

「もう一人で責任を背負う必要はないんだ。2人の事は見守っていけばいいんじゃないかと俺は思う」

 ルークの言葉に何故だか涙があふれてくる。そんな私を彼は落ち着くまで抱きしめてくれた。



「そろそろ戻らないと……」

 思った以上に話し込んだ上に泣いてしまって姫様のお傍を離れてからずいぶん時間が経っていた。私が落ち着いたところでルークが用意してくれた濡れた布で今は目元を冷やしている。

「慌てなくていいよ。夜明けまでまだ時間があるし」

 ルークはそう言ってまた私を抱き寄せる。でも、姫様が気になると言うと、「そういうところだよ」と言って私に口づけた。

「イリスには無理に傍についてなくても大丈夫と言われたんだろう?」

「そうだけど……」

「目が覚めて用があれば姫様の方から声をかけて下さるのだから、もうちょっとこうしてても大丈夫だよ。何なら、隣の寝室行く?」

 ルークが意地の悪い笑みを浮かべている。いくら何でもそれは不謹慎なので、彼の胸を軽く小突いた。顔を見上げると、ぜんぜん応えていない様子。逆に「オリガ、可愛い」と言って口づけられた。

「もう……」

「お目覚めになられたご様子があれば、シュテファンが知らせてくれる。だから、心配しないでいいよ」

 彼はそう言ってまた口づけてくる。こうやって甘やかされてはダメだと思うのに、彼の腕の中が心地よくてなかなか抜け出せなかった。

 でも、こんなふうに話をしている間に私の瞼の腫れぼったさも引いていた。明日、皇都に帰るのだから、彼には少し休んでいてもらわないといけない。そう言って説得すると、彼は渋々腕の中から解放してくれた。

「あ、そうだ。皇都に戻ったら、家族向けの宿舎を借りる手はずになっているんだ」

「宿舎を?」

「うん。あの客間は居心地が良すぎる。至れり尽くせりで何だか自分がダメになりそうで……」

 彼が言いたいことはなんとなくわかる気がする。何故か専属扱いになっているサイラス侍官が優秀すぎるし、かしずかれるのに慣れていない私達には時折それがむずがゆく思ってしまう。それに本来は他国からの賓客に使われる客間をいつまでも占拠するのも申し訳ない気もする。

「上級騎士用の宿舎が空いているらしいから、皇都滞在中はそこを使わせてもらうことにしたんだ。その方が君を呼んでも周囲の目を気にしないで済むし、落ち着いて過ごせる。それにそこでなら今回のような話もじっくりできると思う。一度ティムを呼んで3人で話をしてみようか?」

 ルークの話では、内乱で取り潰しとなった貴族の邸宅のうち、買い手がつかなかったいくつかを本宮に勤める官吏や竜騎士の宿舎として活用しているらしい。今回貸してもらえるのはそのうちの一つで、マルモア視察が済んで皇都に帰還すれば、すぐにでも使える様に準備を整えてもらっているのだとか。

「私が行ってもいいのかしら?」

「もちろん。朝は一緒に登城すればいいし、帰りは迎えに行くよ」

 アジュガで過ごしたように、一緒に過ごせるのは本当に嬉しい。また、ルークの為に腕を振るえる。

「嬉しい……」

「俺もだよ」

 そう言って彼はまた口づけた。そのまままた腕の中に引き込まれそうになったけど、今度はスルリと躱す。

「休める時には休むのが鉄則なんでしょ?」

 不服そうな彼にそう言い返すと、彼は仕方ないと言って肩をすくめた。



 姫様の部屋に戻りご様子を伺うと、変わりなく良くお休みになられていた。乱れた上掛けを直し、その寝顔を見つめる。初めてお会いした頃は自分に注意を向けてほしくて悪戯を繰り返していた。そんな姫様は奥方様と出会い、更には内乱での経験を経て大きく成長されている。ルークが言う通り、いつまでも子ども扱いしていてはいけないと改めて思いなおした。

 姫様の寝室を出て、居間のソファーに座る。置いたままにしていた薬学の本を手に取るけれど、今度はルークの顔がちらついて内容が頭に入らない。

 さっきまで一緒にいた彼の事ばかり考えてしまう。どうしてあの人はこんなに私の事を分かっているのだろう? どうしてあの人はこんなに優しいのだろう? 初めて会った時からそうだった。偶然行き会った見ず知らずの私達の為に奔走してくれた。その優しさと誠実さと頼もしさに私は惹かれるのを止められなかった。


次話からオリガの回想になります。

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