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群青の軌跡  作者: 花 影
第2章 オリガの物語
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第3話

 朝食後、身支度を整えた私達は朝一番でアスター卿の執務室に招かれた。今、私が身に付けているのは前日に着ていたお仕着せではなく、上品なレースをあしらった秋物のワンピース。昨日の騒ぎを聞きつけたブランドル公夫人グレーテル様から贈られたもので、朝食を用意してくれたサイラス侍官が届けて下さった。

 私達姉弟の後見をして下さっている彼女は実の子の様に可愛がってくださっている。今回の式典用の礼装と共に普段用にと何着もあつらえて下さったばかりだったのだけど、見覚えがないので別に用意してくださったらしい。

 ちなみにルークは髪をきちんと整え、きっちりと騎士服をまとっている。普段の気崩した姿も頼もしさが出ていて好きなんだけど、この姿も凛々しさが増していてかっこいい。目の保養に頬が緩んでくるのをこらえつつ、アスター卿が勧めてくれたソファーに私達は並んで腰を下ろした。

「朝早くから呼び出して申し訳ない。楽にしてくれ」

 部屋の主であるアスター卿が私達の向かいに座る。私達の右手には既にヒース卿が座り、左手には隊長の記章を付けた人物が座っていた。アスター卿が昨日の若い竜騎士の上官デューク卿だと紹介してくれた。聞けばルークとは顔なじみらしい。そして戸口には私達をここまで案内してくれたラウル卿とシュテファン卿が警護も兼ねて立っていた。

「昨日は部下がオリガ嬢に不快な思いをさせて申し訳なかった」

 先ずはアスター卿とデューク卿が頭を下げる。上に立つ者として当然の事なんだろうけど、何もしていない彼等に頭を下げてもらうのは何だか申し訳ない気がする。

 怪我もなかったし気になさらないでほしいと伝えたのだが、それだけでは済まない事態になっているらしい。とりあえず、私から見た昨日の状況説明を求められた。昨日の事を思い出すと怖くなるかと思ったけれど、隣にいるルークがテーブルの下で手を握ってくれていたので安心して話が出来た。

「最初は上層へ向かう途中に声をかけられました。予定があるからと断ったのですが、控室までついてこられて……」

 肩を抱かれそうになった時の事を思い出すと手が震えてくる。テーブルの下でルークが手を握って勇気づけてくれなければ最後まで話が出来なかったかもしれない。

「辛い話をさせてしまって申し訳ない。少し休憩しよう」

 話し終えるとアスター卿が気を使って一息入れることになった。予め手配していたのか、声をかけるとすぐに侍官がお茶の用意を整える。香り高いお茶を飲めば、幾分気持ちが楽になった。

 雑談の中でヒース卿がティムの頑張りを褒めてくれるのでちょっと誇らしい。手柄を立てた事へのやっかみもあるらしいのだけど、誰かに頼り切りになるわけではなく、自分で出来る範囲で対処しているらしい。ルークからも聞いたけど、今ではそれが実を結び、見習いの中では一目置かれるようになっていると教えていただいた。



「さて、そろそろ話を戻そうか」

 落ち着いたところでアスター卿が場を仕切りなおす。自然と私達も背筋が伸びて姿勢を正していた。

 アスター卿の話では昨日の若い竜騎士はドムス家の嫡男らしい。聞き覚えのある家名だと思ったら、本宮に着いてすぐに参加したセシーリア様主宰のお茶会で奥方様の事を野蛮だと言ったのがドムス夫人だった。昨日の男は彼女の息子だった。

「彼の話ではオリガから誘われたなどと言っていたが……怒るなルーク、誰もそんなこと本気にしないし、係官からも男の方が迫っていたと証言を得ている」

 アスター卿の説明に隣に座るルークが険しい表情を浮かべている。そんな彼をアスター卿はなだめ、デューク卿は恐縮した様子で頭を下げていた。

「本人を厳しく追及してそれは当然嘘だとすぐに分かった。その上で動機を聞きだしたらお前に勝ちたかったかららしい」

「は?」

 訳わからない。私もルークもそして戸口で控えているラウルもシュテファンも首を傾げるばかりだ。

「順を追って説明する。今、騎士団でも人材が不足しているのは周知の事実だ。この機に出世を目論む者も多い。昨年の討伐期に手柄を立てようと突出し、命令系統に乱れが出てけが人が多く出たのは記憶に新しい。だが、これはまだ竜騎士の本分。許せるわけではないが、己の力で成り上がろうとしているのだからその心意気は認めるべきだろう」

 グスタフとベルクの奸計によって大隊が一つ壊滅状態になった。その損失は大きく、昨年の冬の討伐は今までにないくらい厳しいものだったと聞いている。そして今は内乱からの復興の最中。そんな中で野心のある人は少しでも上を目指そうとするのは当然かもしれない。でも、それが昨日の事件にどう関係あるのか分からない。

「最近になって内乱終結に大きく貢献したルークより有能だと証明できれば自分も出世できると考える輩が出てきた」

「俺?」

 目を瞬かせるルークにアスター卿は頷き返すと言葉を続ける。

「ただ、大陸最速とも言われるお前の騎竜術には到底敵わない。そこで苦手だろうと思われる武技で打ち負かせばいいと結論付けた。ここ最近、お前への手合わせの申し込みが増えているのもそれが原因らしい」

 ヒース卿が付け加えた話によると、何人かの竜騎士がわざわざルークと手合わせをしにフォルビアまで押しかけて来たらしい。ただ、第3騎士団の厳しい鍛錬に付き合わせたところ、音を上げてそそくさと帰って行ったのだとか。

「そこからまた話がややこしくなって、何の勝負ならルークに勝てるか、そして勝つのは誰かという話になっているらしい」

「はぁ……」

「噂を聞きつけたあの男はルークに勝てれば有名になれると思ったらしい。勝てれば何でもいいと短絡的に考え、オリガをお前の目の前で心変わりさせようと思ったらしい。今まで女性を口説いて失敗したことなどないと豪語していたからよほど自信があったのだろう。だが、オリガは目もくれなかった。思い通りにならずについ頭に血が上ってしまったと言っている」

 そんなことをして有名になって何をしたかったのだろう? アスター卿の説明に誰もがもう呆れるしかない。

「先ずは発端となった噂をどうにかしないとこの問題は解決しない。ただ、時間をかけるのもばからしい。そこでだ、これ以上オリガを危険な目に合わせないためにも、ちょっとお前本気を出してこい」

「はい?」

「この後、練武場を抑えてある。鍛錬の一環として試合をして来い。もちろん手加減無しだ」

「訓練だからな。少々の怪我は付き物だ。遠慮はいらん」

 あっけにとられているルークを他所にアスター卿とヒース卿は実に楽しそうに畳みかけてくる。そんな上司2人の様子に断れないと悟ったルークは、肩をすくめると「分かりました」と了承していた。



 私達が練武場に行くと、予め告知されていたのか既に沢山の野次馬が集まっていた。アスター卿やヒース卿と共にルークが姿を現すと、ものすごい歓声が沸き起こる。

「オリガ、これ預かってて」

「うん。頑張ってね」

 ルークが脱いだ上着を預かると、彼は私の頬に口づける。周囲からものすごく冷やかされて、顔が火照ってくる。逆にルークは素知らぬ顔で体をほぐし始めていた。私はアスター卿にうながされて移動し、練武場のすぐ傍らに設けられた特等席に案内された。

「あら、主役のお出ましね」

 特設の観覧席には既にブランドル公夫妻、サントリナ公夫妻、そしてユリウス卿とアルメリア様が待っておられた。他にも殿下を支える高官が夫妻で顔を揃えている。ルークの上着を握りしめた私は、一同に挨拶を済ませると促されるまま最前列の席に座る。話を聞いただけだけど、まるで夏至祭の武術試合さながらの盛り上がりだった。

 それでもさすがに殿下は来られていないだろうと思っていたら、向かいの建物の2階の窓にプラチナブロンドの人物が見えた。傍らには黒髪の佳人もいらっしゃる。近々この国で至高の座につかれるお2人は、このお祭り騒ぎを最も眺めのいい場所で満喫される様です。

「グレーテル様、服をありがとうございます」

「いいのよ。よく似合っているわ」

 慌ただしい展開に忘れていたが、服を頂いたことを思い出して隣に座っているグレーテル様に声をかける。彼女は扇で口元を隠しながら上品に笑っている。実のお子様はご子息ばかりだったので、私のものを選ぶのが楽しいらしい。追加でもっと贈るつもりだったらしいのだけど、先日秋物を揃えたばかりだからとユリウス卿に止められたしい。残念がっている彼女に苦笑しながらも、私は改めて謝意を伝えた。

「はっはっはっ! お前を叩きのめして実力差を思い知らせてくれる!」

 なかなか相手が現れないと思いながら高貴な方々と会話を交わしていると、高笑いと共に完全武装したドムス家のご嫡男様が登場した。物々しい装備とは逆にルークは普段通りの騎士服を気崩した格好に刃をつぶした試合用の長剣のみ。その装備を鼻で笑った男は、審判役のデューク卿の開始を待たずに斬りかかっていった。


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