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群青の軌跡  作者: 花 影
第2章 オリガの物語
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第2話

 翌日の昼前、奥方様のお計らいで休憩時間を長めに頂いた私は、上層の着場に来ていた。予定ではそろそろルーク達が到着する。まだ少し時間がありそうなので、着場の脇にある控室で待たせてもらうことにした。

「俺様がいい所へ連れて行ってやるよ」

 それにしてもさっきから若い竜騎士がしつこく誘ってくる。まともに取り合わない方が良いのだけど、毅然とした態度を崩さずにきっぱりと断った。それなのに隣に陣取って肩を抱いて来ようとする。こういったときの護身術も習っているけど、下手に騒ぐのも良くないのでさりげなくかわし続ける。早く来てくれないかしら、ルーク。

 そんなことを取り留めもなく考えていると、着場の係官がそろそろご到着しますと呼びに来てくれた。どうやら見かねて助けに来てくれたらしい。強引に掴んで来ようとした男は係官に引き留められていたので、私はホッとして控室を後にした。

 着場に出ると、南から急接近してくる飛竜の姿が見えた。間違いなくエアリアルだった。何だかいつもより速度が出ているけど大丈夫かしらなんてのんきなことを考えていたら、背後が騒がしい。振り返ると、さっきの男が係官を押しのけて私につかみかかって来ようとしていた。

「下手に出てりゃいい気になりやがって!」

 彼はよほど私の態度がお気に召さなかったらしい。だけど逆にあの誘い方で応じてくれる女性がいるのならお目にかかりたい。そう冷静に考えていると一陣の風が吹き抜ける。そしていつの間にか私の目の前にルークが立っていた。

「どういった経緯で貴公は俺の婚約者に手を上げようとしているのか説明願えますか?」

 どう見ても説明を求めている態度ではないけれど、頼もしい恋人の登場にホッとして力が抜けそうになる。逆に男は突然現れたルークに驚いて尻餅をついていた。そこへ少し遅れて到着したラウルとシュテファンが私達を庇うようにして立ったので、男は慌てて逃げ出した。しかし、出口付近で警備兵に取り押さえられて少し乱暴に連れていかれていた。

「大丈夫か?」

「うん……ありがとう」

 私達がそんな会話をしている間に、ヒース卿を筆頭とした第3騎士団が到着する。飛竜を部下に任せたヒース卿は真っすぐに私達の下へ近寄ってくる。

「間に合ったみたいだな。それにしても急に速度を上げて突っ込んでいくから何事かと思ったぞ」

 敬礼するルーク達と一緒に淑女の礼で出迎えた私の姿にヒース卿は満足そうに頷かれた。かなり離れていたはずだけど、飛竜を通じて何があったかは把握しておられたらしい。

「まあ、ここは任せてオリガを休ませてやれ。後で話を聞かせてもらうかもしれんが」

「分かりました」

 この後、仕事に戻る予定だったのだけど、私が口を挟む前に話はまとまってしまった。そこへ本宮を大きく通り過ぎていたエアリアルがゆっくりと旋回してから着地する。その背には蒼白となっているティムがしがみついていた。

「し……死ぬかと思った……」

「ティム、エアリアルを頼む」

「ちょっと待ってよ……」

 転げ落ちる様に飛竜の背中から降りたティムにエアリアルを任せると、彼の抗議に耳も貸さずにルークは私を促して歩き出す。そして着場を出たところで待ち受けていたサイラス侍官の先導で前回も泊った南棟の客間に案内された。

「けがはない?」

 ルークは私を居間のソファーに座らせると、その前にひざまずいた。

「うん。何もされていないわ」

 そう答えるのだけど、彼は心配そうに私の腕や足を慎重に手を取って検分している。その間にサイラスは薬やお茶の手配を済ませ、ラウルとシュテファンが届けてくれたルークの荷物を部屋に運び込む。そして「御用がありましたらお声をかけてください」と言い残して部屋から出て行ってしまった。

 部屋に2人きりになると、隣に腰掛けた彼に強く抱きしめられる。驚いたけれど、「会いたかった」「無事でよかった」と何度もつぶやいている彼の背に私も腕を回した。彼の温もりを感じていると、不意にポロリと涙がこぼれる。

 ああ、自分が思っていた以上に心細かったんだと自覚した。内乱中にたくさんの修羅場を乗り越えてきたからあのくらいは何でもないはずだった。でも、見知らぬ人からあのように迫られればやはり怖い。気づけば彼の腕の中で泣いていた。彼はあやす様に私の背中を優しくトントンと叩いてくれていた。



 目を覚ますと、辺りはすっかり暗くなっていた。あの後あのまま眠ってしまった私は、夕刻に一度目を覚ました。ルークは眠った私を寝台へ運んでくれて、そして今と全く同じように背後から抱きしめてくれていた。思った以上に時間が経っていて焦って飛び起きた私に、ルークは何も心配いらないと優しく抱きしめてくれた。

 お仕着せはしわになるからと脱がせてくれていて、ルークも騎士服を脱いでくつろいでいる。あんな事件のせいで再会の喜びは後回しになったけど、寝台の上で半裸で抱き合っていれば当然、その……気持ちが高まってしまって、ねぇ……。結局、私は再び意識を飛ばしてしまった訳です。

 今更だけど、日の高いうちから2人で寝室に籠ってしまっていることが周囲にバレバレで、何だか気恥ずかしい。それでも奥方様は心配しているだろうし、同僚に迷惑をかけているわけだからいいかげん起きださないと……とは思うのだけど、背後からルークが腰のあたりをがっちりと抱き込んでいるので身動きが取れなかった。

「はぁ……」

 事後に体を清めてくれたらしく、今、私はルークのシャツ1枚の姿。楽だし、彼の匂いがするので好きだけど、さすがにこの格好では身動きが出来たとしても帰れない。諦めて体の力を抜いたけど、十分眠ったおかげでもう眠れそうになかった。

 すると不意に背後からクックッと笑い声が聞こえ、腰に回していた彼の腕に力が入り、更に引き寄せられた。

「起きてたの?」

「ウトウトしてた」

 振り返ると、彼は少し眠そうだった。私が身動きしたから起こしてしまったのだろう。移動で疲れているのに何だか申し訳なかった。

「起こしてごめんね」

「大丈夫」

 ルークは私の体の向きを変えると、そのまま寝台に押し倒して唇を重ねてくる。更に口づけを深めようとしたところで、情けないことに私のお腹が鳴った。だって、早目にお昼を済ませてから何も食べていないんですもの……。

「……」

 は……恥ずかしい。いたたまれない気持ちでいると、ルークは頬に軽く口づけて体を起こした。上掛けがずれてひんやりとした空気にさらされて思わず身震いする。

「確かにお腹がすいたね。サイラスが何か用意しておいてくれたみたいだから持ってくるよ。ちょっと待ってて」

 ルークは寝台から抜け出すと、私を上掛けで包みなおして隣の居間へ向かった。下履きしか身に付けていないけど寒くないのかしら……と思いながらも鍛え上げられて引き締まった体につい目が行ってしまう。ジーン卿が筋肉について熱く語る気持ちもわかる気もする。そんなことを考えている間に彼はお盆を手に戻ってきて、そのお盆を寝台の脇のテーブルに置いた。

 お盆の覆いを外すと片手で摘まめるような数種類の軽食が品よく盛られていた。他に果実水と少し冷めてしまっていたけどお茶も用意されていたので、私も寝台を抜け出してお茶の用意を手伝った。

「あ、そうだ。これもあったんだ」

 ルークは何かを思い出し、寝室の隅に置いていた自分の荷物を開けて中から何かの包みを取り出した。開けてみると、中には干果物をふんだんに使った焼き菓子が入っている。

「母さんがオリガに渡してくれって持たせてくれた」

 そう言って彼は小さなナイフで焼き菓子を切り分けてくれる。少しお行儀が悪いけれど、寝台の縁に並んで座って先ずはお母様手作りの焼き菓子を頂く。日持ちするように干果物にも生地にもお酒が使われ、甘さも控えめで大人向けといった味わいだった。

「ティムも連れて行ったら、あまりの歓迎ぶりに驚いていたよ」

 ルークと2人でアジュガに滞在した時に内乱中の逃避行の体験談を話していたからか、ビレア家だけでなく町の人達も弟のティムを温かく迎えてくださったらしい。まだ2カ月ほどしか経っていないけど、あの町で過ごした日々が何だか懐かしく思えてくる。

「そういえば、兄さんの工房、シュタールから援助してもらえることになったらしい」

「あら、町からじゃなくて?」

「うん」

 ルークの話によると、シュタール郊外にあった飛竜の装具専門の工房が規模を拡大してゼンケルへ移動することになり、それに伴い金具を作っているクルトさんの工房も援助してもらえることに。それだけあの金具を重要視していることが分かり、クラインさんも下手な妨害はしづらくなっているらしい。

「良かったわね」

「うん」

 ホッとした様子でルークは頷く。後はより良い製品を作っていくだけだけど、クルトさんを信用しているのでその辺の心配は全くといっていいほどしていないみたい。町の人達もついているし、もう大丈夫だろう。

「即位式が終わった後、兄さん達の結婚式に呼ばれているから一緒に行こうね」

「私が一緒でもいいのかしら?」

「もう家族だから遠慮はいらないって母さんも言っていたよ」

 アジュガ滞在中にもリーナさんから結婚式には来てほしいと言われていた。即位式の後には少しお休みをいただく予定になっているし、直接お祝いの品を渡せるのは嬉しい。何より、ルークと過ごす時間が出来るのはとても楽しみだった。

 その後も軽食をつまみながら、離れていた2か月間にあったことを互いに話しているうちに夜が明けていた。帳の外から差し込む光に気付き、2人で朝焼けの街並みの景色を窓から眺めながら、改めておはようの挨拶を交わして口づけた。

オリガもルーク限定で筋肉フェチ。見て、触って密かに楽しんでいます。

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