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群青の軌跡  作者: 花 影
第6章 親子の物語
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エピローグ

「おはよう、ウォルフ、カミラ。とうとうこの日が来たよ」

 俺は持参した花束を2人の墓に供え、しばし瞑目する。静けさに包まれている墓地には鳥のさえずりと初秋の風が木々を揺らす音だけが響いていた。

「ルーク、そろそろ時間よ」

「分かった」

 ほどなくしてオリガに声をかけられる。そんなに長時間いたつもりは無かったが、思ったよりも時間が経っていたらしい。今日は大事な日だ。遅れるわけにはいかない。2人の墓にまた来るよと声をかけて墓地を後にした。

 俺がこのアジュガの領主になってから20年余りの歳月が経っていた。5年前、エドワルド陛下の退位に合わせて第一線を退き、雷光隊を解散した後は騎士科の責任者を3年ほど務めた。そして2年前にそれらを含む全ての官職から退き、今では本宮の侍女長の職を辞したオリガと共に、故郷で悠々自適に暮らしていた。

「エアリアル、今日も頼むよ」

 神殿から着場へ移動すると、既に装具を整えたエアリアルが待ち構えていた。老境に差し掛かっているために長距離を飛ぶのは難しいが、ミステルへ行くくらいは問題ない。久しぶりの外出とあって、相棒も嬉しそうだ。騎乗する前に軽く頭を撫でると、機嫌よくゴロゴロと喉を鳴らしている。

「では、行ってくる」

 オリガと2人相棒に跨ると、見送りをしてくれる使用人達に声をかけてから相棒を飛び立たせた。




「お父さん……」

「お父さん、遅刻」

 ミステルの着場では子供達が笑顔で出迎えてくれた。20歳を迎えたカミルはがっしりとした体格の好青年に、もうじき成人を迎えるウィルマは元気が取り柄の美少女へと成長していた。俺達へ嬉しそうに手を振るウィルマとは対照的に礼服に身を包んだカミルは憂い顔だ。

「どうした? カミル」

「あの、本当に自分でいいのですか?」

 今日は最後に残った領主という肩書を息子のカミルに譲る日だ。養子である事を子供の頃から知っていた彼は、それを理由に固辞しようとした。

 しかし、成人する頃には既に領地の運営に関わっていて、領内の事は俺よりも熟知している。しかも現在は本宮で陛下の補佐官を務めながら完璧に領地経営を行っているのだ。その辺は実の父親に似たのだろう。それでいて俺がしっかりと武技も鍛えたので、並みの竜騎士と対等に戦える技量も併せ持っている。俺の自慢の息子だ。

「散々議論してお前も納得しただろう?」

「ですが……」

 カミルの中ではまだ迷いと言うか遠慮があるようで、ちらりとエアリアルとじゃれているウィルマに視線を向ける。

「あれに領主が務まると思うか?」

「……出来なくはないはずです」

 そう答えるカミルの言葉にあまり力を感じられない。無邪気に遊ぶ姿から想像は出来ないが、ウィルマはウィルマで俺達の想定の遥か斜め上の人生を突き進んでいる。

 思い返せば幼少の頃に、カミルを鍛えていると「お兄ちゃんばかり狡い!」と言って鍛錬に加わってきたところから始まった。ウィルマには竜騎士の資質があったこともあってか、見る見るうちに上達し、やがてカミルと試合しても勝てるようになっていた。カミルもウィルマに負けるのは悔しかったのか、陰で鍛錬を続けた結果、文武両道を極めていた。

 高い資質を持ちながらウィルマはタランテラ国内で相棒を見つけることが出来なかった。3年前、フランチェスカ姫が礎の里へ留学に行かれる折にサントリナ家の令嬢と共に護衛兼侍女として同行していたのだが、驚いたことに向こうで相棒を見つけたのだ。

 3年間礎の里で鍛錬に励み、今年の夏に竜騎士となって帰って来た。驚かそうと俺達には知らされていなかったので、相棒と共にアジュガへ帰って来た時は人生で一番驚いたかもしれない。しかも彼女の相棒はあの傲慢女王竜の血筋だった。何だか彼女の執念を感じた気がした。

「ウィルマ、行きますよ」

 エアリアルと戯れている娘にオリガが声をかける。既に立ち合って下さる方々が集まっているので、あまりお待たせするのは失礼になる。俺達は一家そろって会場となる広間へ向かった。




「師匠、お久しぶりです」

 広間に集まっていたのは、過去に俺が指導に関わった面々だった。フロックス家の3兄弟にドレスラー家の兄弟、ワールウェイド家の姉妹、皇家からはアルベルト殿下にフランチェスカ姫、ユリウスの長男等々、現在は国の中枢に関わっている人達ばかりだ。そして真っ先に声をかけて来たのはエル坊……もといエルヴィン陛下その人だった。

「こんなところに来ていてよろしいのですか?」

「尊敬する師匠が領主の地位を退き、私の有能な補佐官にその地位を譲られるのです。立ち会うのは当然です」

 エルヴィン陛下が胸を張って答えるには、本宮を無断で抜け出してきたのではなく、ユリウスやオスカー卿が留守を預かるからと快く送り出したのだとか。但し、その一部始終をちゃんと伝えるようにという条件付きらしい。

「話したい事は山ほどありますが、先ずは継承式を終わらせましょう」

 エルヴィン陛下に促されて俺達は上座へと進む。やりにくさを感じながらも俺は所持していたアジュガとミステルの領主を示す記章をカミルに渡した。

「伝えるべきことは全て伝えた。お前なら安心して任せられる。後を頼むぞ」

「はい、お父さん」

 最後に肩を叩くと、集まった人達から大きな歓声が沸き起こる。非常に簡潔だが、これで継承は済んだ。その後は祝宴となり、久々に元教え子たちとの会話も弾んだ。

「ふう……」

「大丈夫?」

「うん」

 久々に年甲斐もなく飲みすぎてしまった。酔い覚ましに露台に出ると、オリガが酔い覚ましの水を持ってきてくれた。

「みんな、来てくれるとは思わなかったな」

「そうね……」

 会場の中を見て見ると、カミルやウィルマがみんなと楽しそうに話をしているのが見える。この光景を見ていると、この国は安泰だと思えた。

「ウォルフとカミラにも見えているかな?」

「きっと喜んでおられるわ」

 夕暮れの空を見上げると、秋風が通り抜けた。その中に2人の笑い声が聞こえたような気がした。




 それから更に年月が過ぎた。俺達はギュンターさんから譲られたあの家に移り住み、余生を過ごしている。悲しい事も苦しい事も沢山経験したけれど、こうして有り余るくらいの幸せを手に入れたからいい人生だったと言えるだろう。だから最期を迎えるその時まで、毎日オリガと2人で楽しい事を見つけて過ごそうと決めていた。

 ただ穏やかに過ごす日もあれば、孫や近所の子供達がやってきて昔話をねだられる時もある。かつて母さんが手入れをしていた畑は今ではオリガの薬草園になっていて、その手入れを手伝う事もあった。

 ただ、毎朝決まっている事がある。朝起きて身支度を整えると、家の隣にカミルが建ててくれたエアリアル専用の竜舎へ向かう。そして相棒に声をかけるのだ。

「おはよう、エアリアル。今日もいい天気だよ」

 と……。



群青の軌跡、これにて完結です。


コロナ禍の自粛ムードの最中に始まり早5年。

当初はすぐに終わらせるつもりでいたのですが、色々と書きたいことをかき続けていたらこんなに長くなってしまいました。

脇役の話を書きすぎですね。でも、後悔はありません。

もしかしたら後からおまけを入れるかもしれませんが、タランテラが舞台でのお話はこれでお終いです。


感想や応援を下さった方はもちろん、読んで下さった全ての方に感謝を。

途中お休みもありましたが、5年間書き続けられたのは読んで下さる方々がおられたからこそです。

本当にありがとうございました。

しばらくはお休みするとは思いますが、また作品を更新した折にはお付き合い頂けると嬉しいです。

それでは、またいつの日にか


花影


なお、月末まで留守にするので、すみませんがコメントなどのお返事は3月入ってからとなります。

ご了承ください。


最後に次回作の予告編入れています。

気になる方はご覧ください。

見たくない人はこのままバック願います。



次回作「紅蓮の道標」(仮)


失恋による傷心を引きずったまま武者修行の為に身分を隠して傭兵団へ加入したルイス。

約束した3年目、最後の仕事として向かったのは部族間の抗争が続いているヴェネサスだった。

首都の警備の手伝いを任されていたが、抗争に巻き込まれルイスは仲間とはぐれてしまう。そんな彼を助けてくれたのはまだ若い族長が率いる弱小部族だった。


「俺は俺の生きる道を見つけた」


舞台を大陸南部の国に移し、何事も投げやりだったルイスが自分の居場所を見つけるお話。

多分、いつか、きっと、そのうち書き始めると思う。

まだ具体的に何も決めていないので、これから煮詰めていく予定。

期待せずにお待ちください。



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