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群青の軌跡  作者: 花 影
第6章 親子の物語
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第29話

 イヴォンヌ嬢の謝罪から6日後、詰め所で決裁に負われている俺の元へユリウスから手紙が届いた。その内容に目を通した俺は、仕事を放り出してオリガの元へ急いだ。

「オリガ、オリガ!」

 オリガは子供部屋に居た。授乳を済ませたウィルマを寝かしつけている最中だった。当然、寝かかっていたウィルマはびっくりして泣き出した。

「ルーク……」

「おとうしゃん、メッ」

 オリガには呆れられ、カミルには怒られてしまった。

「ゴメン。ゴメンよ、ウィルマ」

 慌ててウィルマを抱いてなだめてどうにか寝かしつけた。ゆりかごに寝せて残る涙をそっと拭う。寝入ったことを確認し、後を乳母たちに任せてオリガをともない部屋を移動する。ちなみにカミルはもう少し妹の傍に居たいらしい。

「それにしても、慌ててどうしたの?」

 オリガに聞かれて当初の目的を思い出した。俺は握りしめてしわくちゃになった手紙をオリガに見せた。

「ティムが帰って来るぞ。アイツ、当代様の名誉を守ったとかで、聖騎士に叙勲されたらしい」

「嘘……」

 俺の言葉が信じられず、オリガは手紙に何度も何度も目を通す。その気持ちは俺も一緒だ。アレス卿の元で自信を付けて帰ってきてくれればいいと思っていたが、まさか竜騎士として最高の栄誉を賜るとは思ってもいなかった。

「姫様と正式に婚約できたのね……」

 当代様から直接祝福を受けたらしい。これで誰にもくつがえすことが出来なくなった。

「帰ってきたらお祝いしなきゃ」

「そうだな」

 一回りも二回りも大きくなってティムが帰って来る。俺達はその日を待ちわびながら祝いの準備にいそしんだ。




 礎の里から手紙が届いた10日後の夕刻、俺達は帰還される陛下を出迎えるために着場で待機していた。日が傾いているとはいえ夏の日差しはきつい。ウィルマを抱くオリガに側で控えていたレオナルトが日傘を差しかけてくれていた。

 その日傘の陰でカミルも涼んでいる。人が多い所は怖がると思い、本当は保育室で待たせておこうと思っていたのだが、ウィルマを守りたいと言って出迎えに参加していた。お兄ちゃんになった自覚であの一件で受けた心の傷を克服できたのは喜ばしいが、無理をしていないか心配にもなる。今のところ、怯えた様子が無いのはありがたい。

 出迎えには殿下方の他にアスター卿のお嬢様達やユリウスの所の姉弟も来ているので、我が家ばかりが変に目立つこともなかった。まあ、そんな事で上げ足を取るような人はもういないのだけれど。

 やがて南の空に数騎の飛竜が現れた。一番目立つ黒い飛竜はグランシアード。ファルクレインにフレイムロード、ラウルの相棒フライハイトにシュテファンの相棒メルクマールも見える。そして、ティムの相棒テンペスト。

「本当に帰って来たのね……」

 テンペストの姿を確認してオリガに伝えると、彼女はホッとした様子で表情をほころばせていた。やはり、本当に帰って来るのか心配だったのだろう。ほどなくして飛竜が順次着地する。陛下は同乗していた皇妃様を優しく抱き下ろすと、留守を預かっていたアルメリア様が進み出て頭を下げられた。

「お帰りなさいませ、陛下」

「出迎え、ご苦労」

 陛下が鷹揚にうなずかれ、非常に簡潔ではあるが出迎えの式典は終了した。賓客をともなわないのであれば、簡略すると言うのが陛下のご方針だからだ。

 すると早速とばかりに殿下方が陛下と皇妃様に駆け寄られる。アルベルト殿下もフランチェスカ姫もまだまだ母親に甘えたい年なので、皇妃様にまとわりついている。少し離れたところでは、両腕に下の2人を抱き上げているアスター卿の姿もあった。

「姉さん、ルーク兄さん」

 やがて姫様の手を引いてティムが俺達の元へやって来る。正式に婚約が調ったからか、2人も随分と幸せそうだ。2人が醸し出す甘い雰囲気から心身ともに結ばれた事がうかがえる。そのおかげか、ティムからはかつて感じていた焦燥感を感じなくなっていた。しかし、隣に居るオリガは久しぶりに会ったにもかかわらず、弟へ冷ややかな視線を送っている。

「この後、陛下が少し話をしたいと……」

 そんなオリガの視線をティムは陛下からの伝言で逃れる。そんなやり取りをカミルは不思議そうに見上げ、背後に控えるレオナルトは下手に関わらないよう、空気に徹していた。

「ウィルマちゃん可愛い」

「ありがとうございます」

 一方の姫様はそんな姉弟のやり取りをまったく気にしない様子でオリガが抱いているウィルマの顔をのぞき込んで和んでいた。そして姫様のそんな一言でオリガの機嫌は直ってしまった。

「俺達も移動しよう」

 既に皆屋内へ移動している。陛下に呼ばれているのならば俺達もそろそろ移動した方が良いだろう。オリガをうながして屋内へ向かうと、レオナルトは俺達に頭を下げて見送った。

「彼、随分と変わったね」

「努力したからな。後でまた会ってやってくれ」

「分かった」

 レオナルトはティムに対して3年前の事を謝罪したいと言っていたが、ここで変に出しゃばらないところは成長の証だろう。そんな彼の変化に気づいたティムは少し驚いたが、それでも快く引き受けてくれた。俺としても改めていい交友関係を築いてくれると嬉しい。

 姫様とティムに促され、南棟の正面に用意された馬車に乗り込み、このまま北棟に移動する。カミルも一緒だが別に構わないらしい。

「呼びたてて済まないね」

「いえ、お疲れなのにお邪魔してすみません」

 北棟に着くと、恐れ多くも陛下に出迎えられ、そのまま居間に案内された。皇妃様は子供達の相手をしているらしくそのお姿は無かった。

「フランもそう思ったが、ウィルマもしばらく見ない間に大きくなったな」

「最近は夜もぐっすり眠ってくれるようになりました」

 ウィルマの為にゆりかごが用意され、それに寝かしつけると当然の様にカミルが張り付いた。その様子に陛下も姫様も自然と笑みを浮かべられていた。

「先ずは謝罪を。成り行きとはいえ、身内である2人がいないのにティムとコリンの婚約を進めてしまった。申し訳ない」

 いきなり陛下に謝罪されて俺達は慌てて頭を上げてもらった。

「いえ、気にしておりませんので……。むしろ喜ばしい事です」

「そうです。当代様に祝福まで頂けたのです。光栄なことです」

 慌てて言い募るが、陛下と姫様、そしてティムは少しバツが悪そうに顔を見合わせる。

「それなんだが……」

 やがて陛下は非常に歯切れ悪く、事の顛末を語ってくれた。エルニアの復興を邪魔していた高位神官のたくらみをティムの機転でつぶすことに成功し、当代様から聖騎士の称号を賜ったまでは良かった。しかし、一連の黒幕逮捕の報を知らせにエルニアへ使いに出て、再び戻ってきたところで理由を付けて自分の元へ呼び寄せ、彼が頼んだ陛下やアレス卿への伝言を無視。その後開かれた夜会に自分の同伴者として参加させ、悲しむ姫様の姿を見て楽しんでいたらしい。

「何と言うか……礎の里は大丈夫でしょうか?」

 オリガが思わずそんな心配をするくらい当代様の性格はねじれている。アリシア様の下で教育を受けているので優秀なのだろうが、思い付きで質の悪い悪戯を仕掛けて周囲を慌てさせるのが日常茶飯事だ。まあ、そのおかげで腹黒い高位神官に利用されずに済んだのかもしれない。

「アレスと私がたしなめておきましたので大丈夫ですわ」

 そこへ皇妃様が居間に入って来られた。エル坊ことエルヴィン殿下は学友達と遊びに行き、アルベルト殿下とフランチェスカ姫は両親に会えたのを喜びすぎて疲れて寝てしまったので、俺達と話をしに来て下さったらしい。

「そうだな。我々に対して何かをする気はもう起きないだろう」

 陛下が不敵な笑みを浮かべておられる。何をしたか詳しく聞かない方が良いかもしれない。

 その後はこれまであったことを色々話している間に遅くなってしまったので、晩餐を御馳走になり、そのまま北棟に居座ろうとするティムを引きずって帰宅した。

 ちなみに我が家へは従者としてレオナルトも付いて来たので、改めて和解の場を設けた。実害が無かったのもあってティムはあまり気にしていなかったらしく、あっさりとレオナルトの謝罪を受け入れた。その後は3人で酒杯を傾けたのだが、何故か雷光隊と言うか俺の訓練がいかに理不尽かで盛り上がっていた。解せない……。




 翌日、本宮の大広間には主だった貴族が集められ、国主会議の報告が行われた。先ずは学び舎を卒業した姫様とアレス卿の元での修行を終えたティムが帰国したことが伝えられる。フォルビア公となられるのが決まっている姫様を狙っている子息はまだ多く、互いにけん制し合っている様子がうかがえ、更には3年前の活躍は記憶に新しいらしく、幾人かの御令嬢がティムに熱い視線を送っていた。

 続いてエルニアで行われている真珠の養殖の利権を巡っての陰謀が阻止され、エルニアもアレス卿の主導で復興が行われている事が淡々と伝えられる。そしてそれらの解決に奔走した功績により、ティムが当代様から直々に聖騎士に任じられたことが報告されると、大きなどよめきが起こった。

「いくつか慶事の報告もある。先ずはかねてより恋仲だった我が娘コリンシアとティム・ディ・バウワーの婚約が整った事を公表する」

 ティムが姫様の手を取って前に進み出ると、若い女性達の悲鳴に似た絶叫が起こった。他にも密かに姫様を狙っていたらしい令息達が落胆しているのが見える。畳みかける様に陛下が既に当代様から祝福を賜っている事を伝え、彼等が抱いていた一縷の望みまでも砕いていた。

「あの凄惨な内乱が収束してから来年で10年となる。その節目として世話になった方々を招いて記念の式典を開催する」

 ざわめきが治まらない中、式典と合わせて姫様のフォルビア公就任式と姫様とティムの婚礼も行われると発表があって再び大きくどよめく。

「かつては援助を頂くだけであった。だが、我々は復興を遂げ、遠く離れたエルニアへも援助が出来るまでとなり、雷光隊を始め優れた人材の存在も知られるようになった。記念の式典を通し、お礼代わりに我が国の発展を知らしめようではないか」

 陛下の言葉に皆が歓声を上げ、一同に自然と気合が入る。先程まで落胆していた人たちも新しい出会いがあるかもしれないと期待している様だ。その辺は陛下の話術の賜物なのだろう。何はともあれ、明るい時代の到来を誰もが抱いた瞬間でもあった。



次話、エピローグです。

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