第27話
「信頼で結ばれたお2人にダナシア様のご加護があらんことを……」
神官長の厳かな祝福と共に、花嫁と花婿の手に群青を主体とした組紐を巻いていく。今日は皇都の大神殿において、シュザンナ様とオスカー卿の婚礼が執り行われていた。最後に緊張した面持ちで2人は誓いの口づけを交わし、婚礼の儀式はつつがなく終了した。オスカー卿が俺を花婿の付添に選んでくれたおかげで、その一部始終を一番いい席で立ち会えた。
皇都は昨年のフランチェスカ様ご誕生から続く慶事に皇都は大いに賑わっている。何しろ5大公家筆頭のサントリナ家へ先の大母様が輿入れされるのだ。商店ではお2人にあやかった商品が売り出され、劇場では2人の出会いの歌劇が上演されている。劇場に招待されたお2人は、楽しかったが気恥ずかしかったと言っていた。その気持ちは俺にもよくわかる。
話はそれたが、そんな賑やかな町中を新たに夫婦となった2人を乗せた馬車が進み、祝宴が開かれるサントリナ家公邸に到着した。
「ルーク卿、楽しんでいるか?」
宴が終盤に差し掛かった頃、広間の隅で酔いを醒ましていると、サントリナ公に声をかけられた。ブランドル公とグラナト補佐官もご一緒だ。
「ええ。少々飲みすぎました」
出席者のほとんどが顔なじみなので、皆さんウィルマの誕生を喜んで下さり、言祝ぐと同時にお酒を勧められて少々飲みすぎてしまった。多分、主役のオスカー卿と変わらないくらい飲んでいるかもしれない。
「めでたい事が続いているからのう。皆、浮かれておるのじゃ」
サントリナ公はそう仰ると、あちこちから聞こえる賑やかな笑い声に目を細めている。
「そうだな、一昔前では考えられん光景だよ」
「確かに」
しみじみとブランドル公が仰ると、グラナト補佐官も深く同意してうなずかれた。内乱前は当人達を祝うためではなく貴族同士の駆け引きの為に祝宴を開いていたようなものらしい。俺は経験が無いが、聞いているだけで息が詰まりそうだ。
「わしはな、全てルーク卿のおかげだと思っておる」
「そんな、大それたことはしておりませんよ」
サントリナ公が突然そんな事を言うから俺は慌てて否定した。グスタフやラグラスを倒し、カルネイロを排除する手伝いをしたが、それは俺1人だけではない。そして今日の平和な治世は陛下のたゆまぬ努力が作り上げたものだ。政に疎い俺が関われるはずがない。
「貴公はそう言うが、内乱中やその後の活躍は目を見張るものがある。じゃが、ワシが言いたいのはその事ではない」
全力で反論しようとすると、サントリナ公にやんわりと止められた。
「まだ貴公が第2騎士団で不遇をこうむっておった頃の話じゃ。陛下は懸命に任務をこなそうとしているルーク卿の姿に感銘を受けたことが、それまでの自堕落な生活を改めるきっかけになったと仰っておられる」
随分と懐かしい話だ。あの出会いで助けられたのは俺の方だし、あの出会いが無くても陛下ならきっとご自身で立ち直られたと思うのだが……。
「ルーク卿は謙遜されるが、陛下にとって大きな転機になられたのは間違いありません。その転機があったからこそ、今の平和があるのだと思うのです。我々はそれを知っているから貴公に感謝しているのです」
「俺は……自分が出来ることをしてきただけなんですが……」
「ルーク卿のその姿勢に陛下は感銘を受けられたのですよ」
酔っているのか、グラナト補佐官がいつになく饒舌だ。陛下の補佐官として他国の要人とも駆け引きをすることもある人に口で勝てるはずがない。
「いずれにせよ、平和な時代が来たのは喜ばしい事だ」
「うむ。安心して若い世代に後事を託すことが出来る」
嬉しそうにしている重鎮方の姿を見ていると、これ以上反論する気も失せて曖昧にうなずくしかなかった。すると満足したのか、彼等は他の方々に呼ばれたのもあってその場から離れていかれた。
「……飲みなおすか」
何だか酔いがさめてしまった。給仕からワインをもらって波直した結果、またもや飲みすぎてしまい、翌日は二日酔いに悩まされる結果となったのだった。もちろん、オリガが持たせてくれた薬が役立ったのは言うまでもない。
祝宴から半月後、俺は予定よりも早くアジュガへ帰って来ていた。本当は国主会議に出立される陛下を見送ってから帰る予定だったのだが、出立前に試験運用されている騎士科を視察されるためにミステルに立ち寄られることが決まった。
だが、騎士科の視察はあくまで表向き。本当は皇妃様がカミルとウィルマ、そしてオリガに会いたがっていたからというのが本当の理由だ。その為、俺はその手配をするために一足先に領地へ帰ったのだ。
「お立ち寄り頂き、ありがとうございます」
「急に済まなかったな」
迎えた当日、朝のうちに皇都を出立されたご一行は、夕刻アジュガへ到着された。さすがに全員を受け入れられないので、アジュガへは陛下と皇妃様、アスター卿、ユリウス、ラウル隊とイリス夫人だけに限らせてもらった。残る本隊はシュテファンに任せてミステルに泊まってもらっている。
「オリガ、会いたかったわ」
「皇妃様……」
皇妃様はオリガの元へ真っ先に駆け寄られ、抱擁を交わしている。もうお互い家族同様の存在になっているので、久しぶりに会えて本当に嬉しいのだろう。ともかくいつまでも外で立ち話も失礼だ。俺は一同を促して応接間へと案内した。
「ようこそ、おこしくだしゃいました」
「偉いな、カミル」
「ぼく、おにいちゃんだから」
応接間でウィルマと共に待っていたカミルが挨拶をする。顔を合わせることが少ない人がいてもちゃんと挨拶が出来て偉い。すぐに頭を撫でたくなる衝動をグッと堪えていると、陛下が頭を撫でて褒めていた。
「さあ、ウィルマ、皆様にご挨拶しましょうね」
オリガもカミルの頭を撫でてからゆりかごで寝せていたウィルマを抱き上げた。そしてソファに座られた皇妃様の腕に抱かせると、すかさず陛下がその顔をのぞき込む。
「ふむ……オリガに似ているか?」
「母さん達もそう言いますね」
これだけ人がいて騒がしいにもかかわらず、ウィルマはぐっすり眠っていた。この子も将来大物になりそうだ。
「フランのいいお友達になってくれると嬉しいわ」
「そうですね」
ウィルマは早くもフランチェスカ姫の学友候補になっていた。陛下も皇妃様も身分に関係なく忌憚ない意見を言い合える友達がいて欲しいと願っているのかもしれない。ちなみにカミルはアルベルト殿下の学友候補だ。昨年の一件の影響で今後どうなるか分からないが、まずはカミルの気持ち次第だ。皇都で暮らすのが難しい様なら白紙に戻すことになるだろう。
一夜明け、一同はミステルへ移動された。実際に騎士科の授業風景を視察されたのだが、生徒の方が緊張してしまい、いつもの様にとはいかなかった。それでも陛下は満足された様で、在籍している生徒達に声をかけられていた。
「君達は将来を期待されて、騎士科に在籍している。ここで学んだ事を糧に、更なる飛躍を遂げて欲しい」
直接言葉をかけていただけるのは初めての生徒がほとんどだろう。中には感激して涙を流す者もいる。彼等はあと1ヶ月ほどでここを卒業し、見習いとして各騎士団へ配属される。そしてこの秋からは改修された皇都郊外の砦で騎士科が稼働する。
一方のミステルはこのまま領民の為の学び舎として続けていくつもりだ。中には竜騎士に限らず優秀な子供が出てくることもあるだろう。その時は俺が後見となって皇都の高等学院に推挙することになる。
そんな先の事を考えている間にミステルの視察も終えられ、陛下と皇妃様は今夜宿泊するロベリアに向けて出立された。
「お気を付けて」
そう言って送り出すと、陛下は片手を上げて応えられた。その姿は相変わらず男の俺が見惚れるくらいにかっこいい。
騎士科の講師陣や生徒達も見守る中、礎の里へ向かう一行はミステルを出立していった。




