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群青の軌跡  作者: 花 影
第6章 親子の物語
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第26話

 ウィルマが誕生して10日後、俺は非常に不本意ながら仕事で皇都へ向かう事となった。報告の類はシュテファンがしてくれると言ってくれたのだが、オスカー卿とシュザンナ様の婚礼に招待されているし、サイラスからも来て欲しい旨の手紙が来たので行ってくることにしたのだ。

「行ってくるよ……」

「気を付けてね」

 早朝にもかかわらず、オリガとカミルが揃って見送りしてくれる。しかし、ここにウィルマの姿は無い。さすがにまだ外へ出すのは早く、今は雇った乳母が面倒を見てくれている。

「おとうしゃん、ぼくがおかあしゃんとウィーをまもるからね」

 やる気の出ない俺を励ましてくれているのか、カミルがそう言って胸を張る。いつまでも情けない姿を見せるわけにもいかず、息子の頭をなで、オリガと口づけを交わして飛び立つのを待ちわびている相棒の背中にまたがった。そして後ろ髪惹かれる思いで、お祭り騒ぎが続いているアジュガを後にした。




「隊長、おめでとうございます」

 本宮の着場でラウル達に出迎えられる。既にミステルに駐留していた俺たち以外の小隊は帰還しており、全員が口々に娘の誕生を喜んでくれた。ちなみにジークリンデはオリガよりも半月ほど早く男児を出産し、ドムス領もお祭り騒ぎの最中らしい。

 続きの近況報告は詰め所で聞こうと移動しようとしたところで、陛下がお呼びとかで侍官に呼び止められた。私的な内容かと思っていたが、ラウルとシュテファンも一緒にとのことだったので雷光隊への用もあるのだろう。雷光隊の会合は翌日開くことをその場で決めると、侍官の案内で陛下の元へ向かった。

 まだ昼を過ぎたばかりの時間だったこともあり、案内されたのは陛下の執務室だった。部屋の主は決裁を待つ書類の山に囲まれて執務に追われている一方で、アスター卿とユリウスはソファに座ってのんびりお茶を飲んでいた。

「ただ今到着しました」

「疲れているのに済まないな」

「問題ないです」

 俺達が部屋に入ると、陛下はわざわざ立ち上がって迎えて下さった。恐れ多くも自ら席を勧めて下さり、すぐに侍官がそれぞれにお茶を用意して退出した。

「先ずは、ご息女の誕生、おめでとう」

「ありがとうございます」

 ウィルマの誕生は既に皇都へ知らせてあった。オリガは順調に回復している事と、カミルが一生懸命お世話をしようとしている事を合わせて伝えると、みんな喜んで下さった。

「仕事とはいえ、子供達と離れているのは辛いです」

「よくわかるぞ」

 カミルも可愛いが、娘はもっと可愛くって仕方が無いと伝えると、陛下とアスター卿だけでなくユリウスもラウルも納得してうなずいていた。ただ一人、独り身のシュテファンはよくわからない様子だった。だが、この夏には婚約者のフリーダが礎の里から帰って来る。遠からず籍を入れるだろうから、彼もこの話の輪に加わるのも時間の問題だろう。

「今年の国主会議だが、やはり雷光隊からも人員を出してもらう事になった」

 子供の話が済んだところで、陛下が本題を切り出された。今回の国主会議はアスター卿とユリウスが補佐として同行することになっていた。その打ち合わせをしようというところで俺達の到着を知り、急遽呼ばれたらしい。

「雷光隊ばかりに負担をかけるが、やはり同行してくれると安心感が違う」

 俺達ばかりに負担をかけられないと言う事で、当初の予定では第1騎士団から精鋭を募る予定でいた。しかし、学び舎を卒業される姫様を迎えに行きたいと言う皇妃様の強いご要望に加え、未だにエルニアの利権を狙う愚か者がいると言う情報が入って来たことで方針が変更されたらしい。

「恐れ入ります」

 陛下に評価されるのは素直に嬉しい。だが、さすがに今回はオリガを連れて行けないだろう。仕事とはいえ、またしばらく家族と離れることになる。そんな事を考えていると、ラウルが発言を求めた。

「雷光隊、全員ですか?」

「いや、1小隊で十分だ。編成は任せる」

「私の隊とコンラート隊にシュテファンが加われば十分かと思われます」

 今回、イリス夫人が皇妃様の側仕えとして同行することが決まっているらしい。それもあってラウルは自ら同行を志願した。帰りはフリーダも一緒になるので、シュテファンも異論はないらしい。

「いいのか?」

「問題ありません」

 ラウル隊がアスター卿の指揮下に入り、シュテファンとコンラート隊がユリウスの指揮下に入ることがその場で決まった。そして俺を筆頭とした残りの雷光隊は皇都で留守を預かることになった。

「それでは、よろしく頼む」

 雷光隊を加えた大まかな編成が決まったところで、打ち合わせは終了となった。陛下の執務室を退出し、俺は帰宅することにしたのだが、時間がある時に話がしたいと言ったら、そのままユリウスも付いて来た。

「忙しいんじゃないのか?」

「久しぶりに会う親友と話をするくらいはあるよ」

 ユリウスが用意してくれた馬車に乗り込み、家に向かう。こうして並んで座っているのも何だか不思議な気分だ。

「ところで話したい事って何?」

 せっかちと言うか、俺から話があると言ったのが気になったのか、馬車に乗った早々に要件を聞かれた。忙しい身なので早く用事を済ませたいと言うのもあるかもしれない。

「ティムが向こうに行って3年になる。まだ悩んでいるようだったら話を聞いてやってくれないか?」

 本来ならこれは俺の役目である。そろそろ自分の力を信じてもいいのだと伝えてやりたいのだが、手紙のやり取りだけでは真意が伝わらない。エルニアに駐留していた時にも幾度か会う機会があったが、お互い忙しくてじっくり話をする時間は無かった。今回もタランテラに残る事になり、直接会うことが出来ないので親友を頼ることにしたのだ。

「そのくらいならお安い御用だよ。帰国されるコリン姫に寂しい思いをさせないためにも、出来るだけ早い帰国をうながしてみるよ」

「助かる」

 口に出してあまり言わないが、なかなか帰ってこない弟の事をオリガも心配しているのだ。エルニアから手紙が届くたび、読んではため息をつく姿をよく見かけるのだ。産後の妻にこれ以上負担をかけないためにも、ティムには早い決断をして欲しい所だ。

「おかえりなさいませ」

 そんな会話をしているうちに馬車は我が家へ到着した。サイラスを筆頭とした使用人達が出迎えてくれ、ユリウスと共に家の中に入る。見た感じ、使用人達は少し疲れている様だ。長く留守をして負担をかけすぎてしまったのかもしれない。

「どうしたんだ、これ?」

 玄関入ってすぐに届いたばかりらしい荷物が置いたままになっていた。俺だけならまだしも、親友とはいえ客が来ると言うのに、これはあり得ない失態だった。

「実は……」

 少し言いにくそうに切り出したサイラスの話によると、これらの荷物のほとんどがブランドル家から届いたものだった。ウィルマ誕生の知らせが届いてからこうした贈り物が毎日の様に届くようになり、普段使わない客間が3室、それらで埋まっていた。使用人達は通常の仕事に加え、これらの仕分け作業に連日追われている状態らしい。サイラスが俺に助けを求めたのも、これが原因だった。

「ルーク、話の続きはまた今度、食事をしながらでもしよう」

 我が家の惨状を目の当たりにしたユリウスの顔からはすっかり表情が抜け落ちていた。

「ああ、済まないがそうしてもらえると助かる」

 客を迎えてゆっくり話をしている場合ではない。ユリウスの申し出をありがたく受けると、彼は乗ってきた馬車に飛び乗った。行先はどうやらブランドル家らしい。彼からやんわりと言ってもらえるのなら非常に助かる。俺は彼を見送ると、仕分け作業に追われるサイラス達に加勢した。




「ご迷惑をおかけして申し訳ない」

 夜になってブランドル公が家令をともなって我が家を訪れた。どうやらこの贈り物の山はグレーテル様個人の仕業だったようで、ブランドル公ももうじき家を継がれるヴィクトール様もご存知なかったらしい。今日、ユリウスから話を聞き、当人に確認をして初めてその事実を知り、こうして謝罪に来て下さったのだ。

「いえ、ご厚意でして下さったことですので……」

 ユリウス同様、我が家の惨状を目の当たりにしたブランドル公も家令も絶句していた。俺はもう、苦笑するしかない。

「ユリウスから聞いておりましたが、まさかここまでとは思いませんでした」

 ブランドル公はそう仰ると、過剰なものは引き取って下さると申し出て下さった。サイラスが書き留めてくれていた一覧を参考に、連れて来た使用人に命じて不要なものを運び出していく。

「今後グレーテルが買い物をするときは家令を立ち会わせることにした。そしてこの先1年ほどはビレア家に関わるのを控えるように命じた」

「ご厚意でしていただいたことです。処罰までは望んではいませんが……」

「たとえそうだとしてもこうして迷惑をかけているのだ。けじめは必要だ」

 そこまで言われたら俺が口出しをすることは出来なかった。

「分かりました」

「他家にもそれとなく伝えておこう」

「ありがとうございます」

 ブランドル家に続いて多かったのはサントリナ家だ。リネアリス家や他の重鎮方からの品もかなりの数に及ぶ。喜んで頂けているのは嬉しいが、もう少し抑えて頂けるとありがたいので、素直に頭を下げてお願いした。

 そしてその後、過剰に届いた贈り物の運び出しは夜が更けるまで続いたのだった。


前の話で書き忘れたけれど、「ウィルマ」はウォルフとカミラが生まれてくる子が女の子だったら付けようと決めていた名前。男の子だったので「カミル」と命名された。

ちなみにルークは自分の子が男だった場合、恩人から名前をもらって「ギュンター」か「クラウス」と付けるつもりだった。

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