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群青の軌跡  作者: 花 影
第6章 親子の物語
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第25話

 タランテラに冬が来た。昨年過ごしたエルニアに比べると、タランテラの方が段違いに寒さが厳しいのだが、討伐自体はものすごく楽に感じていた。慣れた地というのもあるが、何よりも生活環境が整っている。昨年は討伐の傍らにボロボロの砦を修復し、時には食糧調達までしていたから当然か。改めて支えてくれる人たちの大切さを痛感していた。

 加えて俺達に嫌がらせをする輩が居なくなったのが大きい。フリードリヒを更迭したことで、彼が長年にわたり上層部に隠れて俺達に仕事を押し付けるように画策していたことも判明している。その嫌がらせが無くなったおかげで、エルニアへ行く前に比べると俺達の負担は格段に減っていた。そのおかげで当初予定していたよりも高い頻度でアジュガへ帰ることが出来ていた。

「ただいま」

「おとーしゃん!」

「おかえりなさい」

 冬至を過ぎ、討伐期も終盤に差し掛かったこの日、俺は大規模な討伐後の休養期間を利用してアジュガへ帰ってきていた。領主館の居間に入ると、カミルが大喜びでまとわりつき、大きなお腹を抱えてオリガが迎えてくれた。なんか、前に帰って来た時よりもまたお腹が大きくなっている。本当に神秘的だ。その奇跡的なお腹にも手を触れて挨拶した。

「ただいま、俺達のかわいい子」

 声が聞こえたのか、中の赤子が動いた。これこそ奇跡だ。

「挨拶してくれた!」

「ルークの声が聞こえたのかもね」

 俺の喜びようにオリガが苦笑する。カミルが自分もとねだるので、オリガを中心に3人で並んでソファに腰掛けた。

「おにいちゃんでしゅよ」

 そう言ってカミルが一生懸命話しかけている。何とも心癒される光景だ。身の回りの世話を手伝ってくれている人の話では、暇さえあればお腹の子供に話しかけているらしい。

 一方、それを見守るオリガの表情は幸せそうではあるが、時折どことなく困った表情を浮かべているようにも見えた。それが気になった俺は後でオリガと2人でゆっくり話をしてみようと思った。




 そして早速その晩、行動に移した。いつも通り賑やかに晩餐を済ませた後は家族のだんらんのひと時を過ごす。カミルが目をこすり始めたので、俺が寝かしつけた。完全に寝入ったのを確認し、後はレーナに任せてオリガが待つ夫婦の寝室へ移動した。

「ルーク? カミルは寝たの?」

「うん。レーナに任せて来た」

 オリガは安楽椅子に腰かけて編み物をしていた。その手の中には、生まれて来る赤ん坊の物らしい可愛らしい帽子があった。

「可愛いね」

「ええ」

 俺は彼女の向かいにある椅子に座り、完成間近の帽子を褒めると彼女は嬉しそうにほほ笑んだ。しかし、その笑みも少しぎこちない。俺は編みかけの帽子を片付けたオリガを自分の膝の上に誘う。

「重くない?」

「平気だよ」

 冷えないようにショールやひざ掛けで包み込むと、体の力を抜いた彼女は俺の胸の頬を寄せる。そんな彼女の頭を優しくなで、つむじに唇を落とした。

「ルーク……」

「何か、心配事があるの?」

 何かを言い淀んでいるので、単刀直入に聞いてみる。しばらく悩んでいたみたいだったが、意を決したのか俺の顔を見上げる。それでもその瞳はまだ不安に揺れていた。

「不安……なの」

「初めての事ばかりだから当然だよ。俺だってそうさ」

「違うの……」

 彼女はそう言うとホロリと涙をこぼし、再びうつむいた。

「カミルをこれからも同じように愛せるか不安なの」

 オリガは血のつながりのないカミルの事をいつか邪険に扱うのではないかと不安に駆られているらしい。もしかしたら余計な事を何か言われた事があるのかもしれない。俺は涙ながらに告白する彼女を抱きしめ、そして落ち着いた頃合いを見計らってそっと声をかけた。

「オリガなら大丈夫だよ」

「でも……」

「俺達はなさぬ仲の義理の母子が本当の家族になっていく一番理想的な例を間近で見て来たじゃないか」

 オリガはハッとした表情で再び顔を上げる。言うまでもなく皇妃様と姫様の事だ。側で仕えてきた彼女はずっとその様子を見てきているのだ。不可能な事ではない。優しい彼女ならカミルを邪険にすることは決してないと俺は信じている。

「だから、心配いらない。オリガはそんな事をしないよ」

「ルーク……」

「あり得ない事だけど、それでももし、オリガがカミルを愛せなくなったら、その分俺が愛する。もちろん、君と生まれて来る子も一緒に」

 妊娠中は情緒が不安定になる事もあると聞いた。俺の周囲には助言を惜しまない人は多く、中でも出産を経験した方々からは、くれぐれもオリガの精神面も支えるように言われている。もちろん、彼女を支えるのは当然の事だけど。

「ルーク……」

 ほどなくして落ち着いて来たのか、彼女は俺の名を呼ぶと背中に回した手にキュッと力を込めた。見上げて来る彼女の目が少し赤い。

「ん?」

「大好き」

「俺も」

 本当にもう、俺の奥さんは可愛いなぁ。俺は彼女の額に口づけると、そのまま抱き上げて寝台に運ぶ。そしてその傍らに潜り込んだ。医者からも許可は出ているし、邪な気持ちもあるが、まだ我慢だ。その日は彼女を腕に抱き、互いのぬくもりを感じながら眠りについたのだった。




 2日程の休暇の間、俺は出来るだけカミルの相手をすることにした。部屋で一緒に遊ぶだけでなく、エアリアルの世話もした。そして父さんの工房にも連れて行った。

「しゅごーい」

 父さんの工房は、隠居した元親方達の遊び場になっていたのだが、からくり玩具を作る様になってからはもっぱらその専用の工房と化していた。至る所に試作品があり、カミルの来訪を喜んだ父さんはそれらを片端から動かして見せてやっていた。途中で止まってしまうものが多いのだが、それでもカミルは楽しそうだ。

「これが陛下に献上する品?」

「そうです」

 工房の中央にはひときわ大きいからくり玩具が置いてあった。本当は秋の祝いの席で献上するつもりだったのだけど、父さん達が細部までこだわったために間に合わず、目録だけとなっていた。陛下はそれでも喜んで下さり「出来上がりを楽しみにしている」と仰って下さった。

 オリガが春に出産予定という我が家の事情と陛下のご予定も考慮し、国主会議からご帰国された後にお披露目する予定となっていた。

「ほぼ完成しております。ご覧になりますか?」

「頼むよ」

 父さんがカミルと遊んでいるので、俺の対応してくれたのは父さんの弟子のフィンだ。ミステルで手ほどきを受けた彼は、父さん達が作るからくり玩具に魅せられて弟子入りを希望した。本当はもう弟子を取りつもりは無かったみたいだけど、その技術を若い人にも伝えた方が良いと兄さん達が説得して弟子入りが決まっていた。


リンリリリン……リンリリリン……


 フィンが取手を回すと、動物たちが奏でるワルツの音色に合わせて王子様とお姫様が踊り出す。ご誕生されたのが姫様だったので、この様に仕様を変えたらしい。当初はもっと単調な拍子だったのだが、ミステルで騎士科の指導に加わっているクレスト卿が監修してくれたおかげでワルツと分かる音色になっていた。これが秋に間に合わなかった大きな原因だった。

「いいね。きっと喜ばれるよ」

「でも、まだ親方は満足していないみたいです」

「そうみたいだね。大変だろうけど、頼むよ」

「任せて下さい」

 頼もしい返事を聞いた俺は後をフィンに任せ、まだ痛いとごねるカミルをなだめて領主館へと帰った。あれはきっと、オリガも喜ぶはずだ。完成したら献上する前に彼女にも見せてあげよう。




 ひと時の休暇を終えて英気を養った俺は再びミステルで任務にあたった。その後も大した問題は無く季節は進み、いつになく穏やかに春を迎えた。春分が過ぎ、討伐期終了の宣言がなされ、ついにその時を迎えた。

「ルーク……」

 アジュガの領主館で寝ていると、明け方、辛そうなオリガの声で起こされた。

「どうした?」

「始まった……みたい……」

 オリガがお腹を押さえてうずくまっている。すぐに陣痛がきたのだと理解した俺は寝間着のまま部屋を飛び出し、出産に備えて泊まり込んでくれている母さんを呼びに行ったのだった。

「あんたはそこで待っていなさい」

 母さんの指図に従い、オリガを産屋へ連れて行くとそのまま部屋から追い出された。後は手配した産婆たちにお願いするしかない。

 だが、夜が明けて日が高くなっても中々生まれてこなかった。そしてまた夜になり、陣痛が始まって丸1日経った明け方、ようやく産声が聞こえた。喜び勇んで向かったが、すぐには会わせてもらえなかった。焦れる思いで待っていると、ようやく産屋の中に招き入れられた。

「ルーク……」

「お疲れ様。そしてありがとう」

 オリガの傍らに赤子が眠っていた。本当に小さい。傍らにいた母さんがその赤子をそっと抱き上げて俺に渡す。

「元気な女の子だよ」

「なんか、怖いな」

 あまりにも小さくて手が震える。それでもどうにかこらえて俺達の新しい宝物を受け取った。

「名前は決めているのかい?」

「うん。女の子ならどうしてもつけたい名前があるんだ」

 オリガと一度顔を見合わせた後、母さんにその名を告げる。母さんは思わず涙を流していた。




 後日正式に届けを出し、娘の名はウィルマと決まった。


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