第24話
アイスラー邸で行われた祝宴は大いに盛り上がった。堅苦しくない宴だったおかげで新人2人もだいぶ打ち解けてくれたみたいだった。翌日はお決まりの様に二日酔いに悩まされたが、オリガが持たせてくれていた薬に助けられて通常の業務をこなすことが出来た。
それから数日間は雷光隊全員で訓練を行い、その後それぞれの配属地へ向かう事となった。シュテファンらミステルへ配属される竜騎士の他にロベリアへ帰るジーン卿や彼女の従者を加えて一路アジュガへ向けて皇都を出立した。
ちなみにサイラスは皇都に残ることになった。オリガ懐妊のお祝いはまだ届いていて、その対応をしてくれることになったからだ。また来年まで家族と会えなくなるので非常に申し訳ないと思うと同時にものすごくありがたかった。
一方、アジュガへ行くのが初めてらしいメラニーは、同乗させたレーナと早くも打ち解け、向こうについたら町を一緒に見て回る約束をしていた。基本的にミステル駐在となるので、モニカやヤスミーンにも紹介するらしい。任務で来ているとはいえ、居心地よく過ごしてもらいたいのは確かだ。
「レーナ!」
アジュガに到着すると、レーナの姿を見付けたカミルが真っ先に駆け寄って抱き着いていた。幼いながらもずっとレーナの事を気にしていたらしく、彼女に抱き着いたままワンワン泣き出してしまい、周囲を慌てさせる一幕があった。
その後泣き疲れて寝てしまい、レーナが付き添う事となった。着いた早々に仕事を押し付ける形になってしまったが、当人は久しぶりにカミルに会えてうれしかったらしい。
「お帰りなさい、ルーク」
「ただいま、オリガ」
今日は風が冷たかったので、オリガは応接間で待ってくれていた。当人は出迎えをしたかったみたいだが、周囲に止められたらしい。そんな彼女はお腹が少し目立ってきていて、神々しさが増した気がする。ジーン卿がいるにも関わらず、思わず抱きしめて口づけていた。
「もう、ジーン卿がいらっしゃるのに……」
オリガが恥ずかしそうに抗議するけれど、反省は多分しない。衝動を抑えられなかったのだから仕方がない。
「相変わらずお熱いわね」
ジーン卿はそう評してくれたが、お宅もそう変わらないと思う。それが証拠にオリガが淹れてくれたお茶を飲んでいると、リーガス卿が彼女を迎えに来た。多分、キリアン卿に仕事を押し付けてきたに違いない。
「1人で帰れるわよ」
「それでも心配だから来た」
こちらも相変わらずお熱い様だ。1泊してのんびりして頂く予定だったが、そのまま帰られることになった。慌ただしくお見送りした後、改めて皇都であったことを話した。
「グレーテル様が大喜びでアレコレ持たせてくれたけど、全部持って来れなかったよ」
「目に浮かぶようだわ」
「ジークリンデも懐妊したらしい」
「それならこの子といいお友達になるかしら」
「そうかもしれないね」
他愛もない話も交え、皇都であったことを順に話していく。そして最後に切り出したのはイヴォンヌ嬢の事だった。
「セシーリア様に挨拶に行ったときにイヴォンヌ嬢が謝罪をしたいと言って来たよ」
「そう……」
オリガは少し複雑そうだ。彼女が心酔する皇妃様を害しようとしたのだ。それは当然かもしれない。
「答えは保留にしてきた。話を聞くなら一緒の方が良いと思ったんだ」
「ルークはどう思いましたの?」
「元々の彼女を知らないけれど、話を聞いてもいいかなと思うくらいには変わったんじゃないかな」
「ルークがそう言うのでしたら、皇都に行った折に時間を作ってもいいかしら」
「分かった」
この件について、皇妃様からはそれぞれの裁量で許すかどうかを決めていいと言われている。先ずは話を聞いてからその人となりを確認しようと決めた。
残念ながらジーン卿は帰られてしまったが、夕餉は新人のメラニーを歓迎する宴会となった。母さんが張り切って準備したらしく、次々とおいしそうな料理が大皿で運ばれてくる。その豪快さに主役のメラニーは目を丸くして驚いていた。
「もう食べられない……」
そんな彼女の前には取り分けた料理の皿が所狭しと並べられていた。物珍しさもあって片端から胃に収めた結果、つい食べ過ぎてしまったらしく苦しそうにしていた。それでも宴会は楽しんでくれている様だ。
「おとうしゃん、ぼく、つよくなりたい」
一方、お昼寝から覚めたカミルも嬉しそうにそれらの料理を取り分けてもらって食べていたが、食事が一段落したところでいきなりそんな事を言い出した。よくよく聞いてみると、お兄ちゃんになったから生まれて来る赤ちゃんを守りたいらしい。この1カ月の間に何だかものすごく成長している気がする。
「そうだなぁ。先ずは好き嫌いせずにご飯をしっかり食べる事」
そう言うと、カミルはお皿に残していた野菜を慌てて食べ始めた。その様子に思わず吹き出しそうになるのをかろうじてこらえた。
「……食べた」
カミルは嫌いなニンジンを無理やり飲み込んで涙目になっていた。「よく頑張ったね」と言って褒めて頭を撫でると、誇らしそうに胸を張った。
「強くなった?」
「まだまだだよ。後は、お外で元気に遊ぶ事かな」
俺の答えが良く分かっていないみたいでカミルは首を傾げている。そんなにすぐには強くなれないことを言い含めると、残念そうにしながらも納得してくれた。多分これで外遊びの時間も増えるだろう。それだけ体力もついてくるはずだ。今はまだ幼いカミルに出来ることはこんなことぐらいだろう。
「ぼく、おとうしゃんみたいにつよくなる」
親としては息子に目標と言ってもらえるのは嬉しい限りだ。そんな決意をしたカミルの頭を俺とオリガは優しくなで、その場に居た他の人達は優しく見守ってくれていた。
アジュガで数日過ごした後、俺達はミステルへ移動した。秋の間はこちらとアジュガを行き来し、討伐期には月に一度程度アジュガへ帰ることが出来るのは、シュテファンが全面的に協力してくれるおかげだ。昨年エルニアで活動したことを思えばまだましなのだが、それでも少し寂しい。
そして討伐期に備える中、ケビン卿がディルクとロルフを迎えに来られた。本当はもっと早くに来ていただく予定だったのだが、互いに都合がつかなくてこの時期になってしまった。
「立派な竜騎士になってミステルに帰ってきます」
真新しい騎士服に身を包んだ2人はそんな誓いを立ててくれた。俺としてはもっと自由に生きて欲しいと思う一方でそう言ってもらえることは素直に嬉しかった。
「ここで培ったものを信じて頑張りなさい」
「はい」
結局、2人は騎士科と同等の知識と技術を叩き込まれているので、他の見習いに後れを取る事は無いだろう。カイほど早くは無いかもしれないが、すぐに相棒に恵まれるはずだ。
「俺達もすぐに追いつくからな」
「頑張れよ」
一緒に学んできた騎士科の生徒達もそう言って2人を送り出す。彼等も来年には卒業し、希望の騎士団へ配属される。騎士科自体もミステルから皇都郊外へ場所を移して正式稼働されることになる。ただ、領民の為に今の学問所は出来る限り続けていくつもりだ。
「2人をお願いします」
「まかせておけ」
ケビン卿に頭を下げると、頼もしい返事が返って来た。もう俺の時のようなことは起こらないと信じ、旅立つ2人が乗った飛竜を見送ったのだった。




