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群青の軌跡  作者: 花 影
第6章 親子の物語
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第20話

 滞在3日目。今日は郊外の香草畑の視察を行う予定なので、この日も早朝から起き出し、眠い目をこすりながら寝台から体を引きはがした。味気ない朝食を黙々と済ませると、マティアスをお供に郊外の香草畑へ飛竜で向かった。

「格安で卸していただける肥料のおかげで香草だけでなく他の作物の生育も順調です」

 香草の作付けを頼んでいる農家の代表が嬉しそうに報告してくれた。香草の畑は前年の倍に広がり、その種類も増えていた。そして飛竜の糞からできる肥料はその力を十分に発揮し、普通の作物にもいい影響を与えているらしい。この辺りの土壌は麦には向かないが、代わりに芋を植えている。昨年も豊作だったが、今年はもっと収穫できる見込みらしい。

 一面に植えられている香草は花を付けていて、子供達も手伝ってその花を摘んでいた。乾燥させるとお茶に利用できるので、試しに売りに出すことにしたのだ。葉は料理にも使えるので、農家の奥さんたちがそれを使って色々工夫しながら使っているらしい。

 もちろん、当初の目的である飛竜達の寝藁に混ぜる香草も忘れていない。訪れる竜騎士達を通じて飛竜達に好みの香草を選んでもらい、使ってもらう形をとっている。まだ親しい人がほとんどなのだが、それでもありがたいことに高評価を頂いている。いずれ飛竜がのんびり羽を休められる場所にしたいと言う俺の野望にほんの少しだが前進した。

「なかなか美味しいよ」

 お昼にはマティアスと共に農家のおかみさん達が創意工夫した香草料理を頂いた。中には表現しづらい味の物もあったが、努力は評価しておいた。まあ、ミステルの名物になるような料理は専門家に任せておくのが無難だろう。

 農家の皆さんに見送られて、午後からは桟橋の方へ足を延ばした。時間があれば馬を走らせて自分の目でも状態を確認するのだが、今回は時間が無い。相棒に乗せてもらって桟橋へ直行した。

「お待ちしておりました」

 桟橋では責任者と共にノアベルトさんが待ってくれていた。街道整備の話をアヒムから聞いたらしく、今日の視察に合わせてわざわざ来てくれたらしい。

 先ずは責任者に周囲を案内してもらう。幾度か来たことはあったが、こうしてちゃんと案内してもらうのは初めてかもしれない。管理用の建物の他に簡易の宿泊施設、そして倉庫が数棟ある。意外に敷地は広く、まだ他に建物を建てられる余裕があった。

「街道とこの辺りも整備する予定なんだが、意見があれば言って欲しい」

 今のところ、この桟橋を最も利用しているのはビルケ商会だ。川船を利用してアジュガの店に並べる商品をここまで運び、ここから荷車でアジュガへ運んでいる。帰りはアジュガの工房で出来た商品をここまで運び、皇都やロベリアへ向かう船に振り分けて積んでいる。ミステルで工房が稼働すれば一層この街道と桟橋近辺が重要になって来る。やはり、一番利用する人に意見を聞くべきだろう。それに各地の桟橋を利用しているだろうから、その辺も詳しいはずだ。

 ちなみにビレア工房の金具は飛竜で直接ゼンケルまで運んでいるので、ここはあまり関係が無かった。ここの街道整備が後回しになったのも、それが理由だ。

「使える倉庫を増やしていただけると、我々だけでなく他の商会も利用しやすいでしょう」

 かつてのカルネイロ商会は他の商会を排除して利益を独占してのし上がっていた。ビルケ商会はそれを良しとせず、他の商会とは競争しつつも協力をしながら互いに発展する道を選んでいる。ノアベルトさんも本家のその方針に賛同しているからこそ、アジュガやミステルにある既存の商店ともいい関係を築けているのだろう。

「空地は十分あるから問題ない」

 実は内乱前にはここには前の領主が開いていた怪しげな競売にかけられる商品を一時保管するための倉庫が沢山あった。だが、内乱前に失火による火事があり、半数以上が消失していた。今では土台だけが残っている状態だが、10年にも満たない間だというのに風化が著しい。きっと、工事も手抜きだったの違いない。

 倉庫を建てるなら全て崩して一から作り上げた方がよさそうだ。試しにエアリアルに頼んで崩してもらったら、あっさりと瓦礫の山が出来上がっていた。これが楽しかったらしく、マティアスの相棒と共に残っていた全ての土台を瓦礫に変えてくれた。彼等にとっては砂遊びに等しいのかもしれない。

「ミステルの町中の工事も一段落したし、今度はこちらに作業員を募ろうか」

 既存の物もあるが、先ずは作業員達が寝起きする場所を拡充させる必要がある。まあ、場所はいくらでもある。工事が終わった後も使えそうだし、こちらもしっかりしたのを作っておこう。

 ノアベルトさんや責任者と話をしながら思いつく限りの案を書き留めていく。そうしているうちにすっかり日が傾いていた。また、ミステルに戻ってアヒム達も交えて話をすれば、またいい案も浮かんでくるだろう。

「支配人、そろそろお戻り頂く時間です」

 忙しい筈なのにわざわざ時間を作ってくれていたノアベルトさんにお迎えが来た。まだまだ話し足りないみたいだったが、桟橋に停泊していた船へ引きずられるように乗せられて帰って行った。俺はそれを見送ると、1日付き合ってくれたエアリアルとマティアスに感謝してミステルに戻ったのだった。




 滞在4日目の午前中は前日の視察の成果をふまえての会議を開いた。アヒムを筆頭にしたミステルの首脳陣達とも活発に意見を交わして案がまとまった。早めに着手した方が良いだろうと言うことになり、作業員が集まり次第工事を始めることを決定して会議を終えた。

「あ、騎士様だ!」

「でも、1人だね」

 会議が終わった後は孤児院を訪問した。俺の姿を見るなりみんな駆け寄ってくるが、オリガが居ないことに気付くと何だか不満そうだ。

「オリガは都合がつかなかったんだ。俺1人だけでゴメンね」

 世話をしている神官が慌てて子供達をたしなめていたが、気にはしていない。みんなから歓迎の歌を歌ってもらった後、お土産があるよと言って彼女から預かって来た絵本やお菓子の類を渡すと、彼等は喜んで受け取っていた。その後は全力で子供達と遊んだ。それをミステル内にある孤児院3か所全てで……。

「お疲れですね」

 その日の夜、本当に久しぶりにあの酒場を訪れた。もうブルーノには会えないのは分かっているのだが、ミステルに訪れると自然と足が向いてしまう。

「子供達の相手はさすがに疲れたよ」

 いずれ弟子に任せると言っていたが、幸い店主はまだ引退していなかった。春には訪れる機会が無かったので、1年ぶりの再会を喜んでくれて珍しい酒を用意してくれた。ありがたく頂いているその隣ではマティアスが黙々と料理を胃に収めている。なんだかんだと言って雷光隊の面子は皆ここの店主に気に入られているので、皆機会があれば通っていた。

「孤児院にいかれたのですか?」

 厨房をある程度任せられるようになっているらしい弟子が新たな酒肴を俺の目の前に置いてくれた。寡黙な店主とは違い、おしゃべりは苦にしていない様子だ。

「ああ。3か所全ての子供達と全力で遊んだら、鍛錬より疲れた」

「今の子達は幸せですね」

 この年若い弟子も孤児院の出身らしい。空腹でこの店の残飯を漁りに来ていたところ、店主が皿洗いとか細々とした用事をさせる代わりにちゃんとした食事を食べさせてもらった縁で弟子入りしたのだとか。今までこの店に来ても姿を見なかったのは、未成年だったのと他所の店で修行をしていたかららしい。

「もう子供達に辛い思いはさせないつもりだ」

 町の人達も生活に余裕が出て来たからか、孤児院の子供達を邪険に扱うような輩はいなくなった。親が働きに出ている間、子供を預かる事もしているので、交流が増えたと言うのもある。今のこの町の状態をブルーノはよろこんでくれているだろうか? ふと、そんな事を思った。

「おそらく、来年の春までとなるでしょう」

 うまい酒と肴を堪能し、代金を支払って店を出ようとしたとき、珍しく店主の方からそう声をかけてくれた。わざわざ期限を知らせてくれた店主に了承の旨を伝え、改めて「ごちそうさま」と伝えて店をでた。少しだけ寂しい気持ちがしたのは確かだった。




 滞在5日目。午前中に執務をこなし、昼を過ぎた頃にビアンカの店を訪れた。ちなみに今日のお供はマティアスではなくザムエルだ。どうしても今日はこの役を譲れなかったのだろう。

「ざむしゃん」

 記憶よりも成長したベティーナが俺ではなくザムエルに抱き着いていた。それだけでこの男がどれだけこの店に馴染んでいるかがよくわかる。それでいて、ビアンカとの仲はまだあまり進んでいない。相変わらず周囲の方がじれったく感じている様だ。

「お久しぶりでございます、ルーク卿。ご無事な姿を拝見できて安堵いたしました」

 恭しくベティーナが頭を下げて迎えてくれた。ここで遅い昼食を頂いてミステルで予定していた事が全て完了する。そして夕刻にはアジュガへ帰る予定だ。

「元気そうで何よりだ。店の方はどうかな?」

「おかげさまで順調です。今度、別の店を出すことにしました」

 ビアンカの話によると、前々から予定していた女性達の手作りの品を置いた店の開店準備を始めたらしい。それらの雑貨の他、店内の一角には今郊外で作られている香草のお茶と香草を使った軽食も出す予定らしい。新しく従業員を雇う他、今の店の従業員の一部がそちらに移る予定だった。

「それは楽しみだね。その時はオリガもカミルも連れて来るよ」

「お待ちしております」

 どうやら香草を使った料理を町の新たな名物にしようと言う話を聞いて、計画を早めることにしたらしい。ちなみにそれらの情報の出どころは間違いなくザムエルだろう。公私混同を咎めるところだが、町の為に動いてくれるのなら問題ないだろう。

 美味しい昼食を頂きながら近況を報告する。知っているかどうかまだわからないが、カミルが襲われた事はまだ公にしていないし、悪戯に心配させるだけなので止めておいた。ともかく穏やかな午後のひと時を過ごし、ビアンカを筆頭にした店の従業員に見送られて店を後にしたのだった。




「おとーしゃん!」

 夕刻、予定通りアジュガへ帰還した。着場では真っ先にカミルが出迎えてくれた。どうやらもう外へ出るのは怖くなくなったみたいだ。

「ただいま、カミル」

 息子を抱き上げ、そのぷくぷくした頬をつつく。以前の様に声を上げて笑うようになっていて、ホッと胸をなでおろした。

「そう言えば、オリガは?」

 息子に気を取られて気付くのが遅れたが、いつもなら出迎えてくれるオリガの姿が無い。サイラスに尋ねると出迎えた他の人達が何とも言えないような表情を浮かべていた。

「お部屋で休んでおられます」

 出立前に顔色があまり良くなかったことを思い出し、心配になった。カミルをガブリエラに任せ、半ば駆け足で寝室へ向かった。扉をそっとたたくと、返事があったことに先ずは安堵した。中に入ると、部屋着姿のオリガが窓際に置かれた安楽椅子に座っていた。やはり顔色はあまり良くない。

「ただいま、オリガ」

「お帰りなさい、ルーク。出迎えなくてごめんなさい」

「いや、良いんだ。どこか……具合が悪いのか?」

 俺は彼女の側に行くと跪き、決死の覚悟で尋ねた。彼女は微笑み、俺の手を掴むと彼女のお腹にあてる。

「あのね、ここに、赤ちゃん、いるんだって」

「え……」

 彼女が何を言っているのか、すぐには理解できなかった。だが、遅ればせながらそれを理解すると、言いようがない喜びが沸き起こって来た。

「本当に?」

 震える声で確認すると、彼女は小さくうなずいた。

「やったー!」

 俺はそう叫ぶと、彼女を抱きしめていた。

「ルーク……泣いているの?」

「嬉しいんだ」

 長くできなかったので、子供は半ばあきらめていた。望外の喜びにいつの間にか俺は涙を流し、そして自然と「ありがとう」と感謝の言葉を口にしていたのだった。



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