閑話 レオナルト
結局、レオナルト視点になりました。
面倒なことになったと、改めて思う。俺がミムラス家から勘当されてから中々後継が決まっていないとは聞いていた。何人か候補はいたが、気にいる者がいなくて全員家に帰してしまったらしい。
そんな事が続いて一族の誰もが協力しなくなり、焦れた父はあろうことか遠い昔に勘当した兄の遺児であるカミル君に目を付けた。兄をとうの昔にミムラスの籍に戻しているという小細工を労してまで裁判を起こしたが、その小細工は陛下の知ることになって即座に却下され、更には不興を買って謹慎を言い渡された。
「レオナルト様、どうかミムラス家にお戻りください」
その裁判から数日後、ミムラス家の縁戚の一部が雷光隊の詰め所まで押しかけて来た。一族の皆から当主の座を降りる様に迫られても父は首を縦に振らず、その一方で次は誰を当主にするかで意見が割れている状態らしい。
有力なのは父の一番下の叔父と従弟だが、彼等も引き受けようとはしていない。俺の元へ来た親族達は後れを取ったとかでそのどちらの派閥にも入らず、自分の元へ来たらしい。
「そのお話は聞かなかったことにしますから、お引き取り下さい」
あろうことか、彼等は隊長も巻き込もうとしたので、ともかくお引き取りを願った。自業自得でミムラス家から追い出され、籍が抜けているのにしゃしゃり出るわけにはいかない。気にはなるけれど、自分達でどうにかしてもらうしかないのだ。
「戻るつもりはないのか?」
「無理でしょう」
事情を知った隊長にも聞かれたが、今の自分にはどうすることも出来ない。確かに自分はミムラス家を継ぐための教育を受けて来た。だから勘当されて家を追い出された当初は途方に暮れた。それをヴァルトルーデや義父が支えてくれたおかげで立ち直ることが出来た。
そして見習いという身分でも雷光隊に居させてもらえたおかげで他ではできない体験をしてそれなりに功績を上げることも出来た。こうして親族達が俺の所へ来たのも周囲からの信頼が回復してきている証拠かもしれない。それでも今、自分がミムラスに戻るのは何か違う気がする。
「確かに未練は無いと言えば嘘になります。2年前は本当に愚かしい事をしたと悔やんでいますが、あれが無ければ今の自分は無いわけで、複雑な心境です」
既にミムラスの跡継ぎという肩書に囚われない未来を歩き出していた自分にはそう答えるしかできなかった。だが、早くも半日後にはその考えを改める事態が起きてしまった。
「うちの近くにまたミムラス家の馬車が来ているらしい」
その日の午後、そう言って隊長が執務室から飛び出してきた。帰宅すると言われたので、俺もすぐにその後についていった。父がカミル君を嫡子に迎えると言い出したころから雷光隊では万が一に備えて隊員達の間で手筈を取り決めていた。自分に与えられた役割は、とにかく隊長に付き従う事。今日はシュテファン卿とマティアス卿も同行して下さったので、心強い。
そして先行する隊長の背中を必死に追いながら着いた先で信じられない光景を見た。泣き叫んでいるカミル君と彼を庇っているレーナ嬢に父が杖を振り上げていたのだ。既にビレア家の護衛によって取り押さえられているが、カミル君を庇ったレーナ嬢は肩を打たれ、更には頬も叩かれたのか腫れている。
父は近年、特に激高しやすくなっていたと聞いていたが、まさか幼子と成人もしていない少女にも暴力を振るうようになっているとは思わなかった。すぐさま迎えに来た馬車にレーナ嬢は乗せられ、カミル君を抱いたままの隊長も同乗してビレア家へ帰って行かれた。それを見送りながらどうにかしなければという思いが強くなっていた。
カミル君やレーナ嬢の様子が気にながらも、シュテファン卿が中心になって事後処理が行われた。父は拘束されて衛兵に突き出され、その場でただオロオロしていた母はミムラス家に帰されて処遇が決まるまで謹慎となった。ビレア家の護衛などから事情を聞きだし、関係各所へ報告を上げた。
命令されるままに動きながら、思うのはやはりミムラス家の今後だった。自分はどうしたいのだろうと考えていた。そして数日後、アスター卿に呼び出された。
「失礼いたします」
緊張しながらアスター卿の執務室へ向かった。隊長のお供で何度か訪れたことはあったが、今回は自分一人だ。この国の騎士団全てを束ねる人から呼び出されたのだから緊張しない方がおかしい。
「わざわざ来てもらって済まない」
そしてそこにはこの国の頂点に立つ方もいらっしゃっていた。頭が真っ白になってその場でしばらくの間固まっていたせいか、後からグラナト補佐官や義父とヴァルトルーデも来ていたのに気付いて驚いた。
「まあ、座りなさい。呼び出したのはミムラス家の後継についてだ」
「父はどうなりますか?」
アスター卿のその一言で我に返った自分は、不敬にもそんな事を思わず聞いていた。
「敬称の剥奪と辺境への流刑を検討しています」
応えて下さったのはグラナト補佐官だった。陛下の裁定を無視したのだから罪が重くなるのは当然で、不敬として極刑を言い渡されてもおかしくない。だが、当人としては極刑よりも敬称の剥奪の方が堪えるかもしれない。
「そこでミムラス家をお前に任せたい」
「取り潰しにはしないのですか?」
「今回の事件は他の親族達が関わっていない。むしろ当主の座を降りる様に勧告していたことも分かっている。それ故、今回はフリードリヒ個人に罪を問う事にする……というのは表向きで、ミムラス家をつぶしてもその後が面倒だからと言うのが本音だ」
陛下のお話によると、ミムラス家の領地経営に不備はない。それを取り上げても手間ばかりかかって割に合わないと判断されたらしい。確かに今まで管理していた人間をそのまま国が雇用するにしても余計な事務仕事が増えるばかりだ。だったらミムラス家に恩を売っておいて、従順に従わせる方が得策な気がする。
「ですが、自分はミムラス家から勘当されている身です。誰も納得しないのではないでしょうか?」
「それについてはいくつか方法はある。私としては雷光隊で揉まれて成長した君が実権を握ってくれると大いに助かる」
グラナト補佐官の説明では、親戚の誰かの養子になれば問題ないとのことだった。他にも錯乱した父の判断を無効としてこの2年ほどの間に父が関わった決定事項を白紙に戻すと言った方法もあるらしい。さすが国の規模で関わるとこんな荒業も出来るのかと改めて思い知った。
「すぐに返答しなければなりませんか?」
「こちらとしては出来るだけ早くしてもらうと助かるのだが?」
「……」
返答に詰まり、ちらりと義父やヴァルトルーデに視線を向ける。国の重鎮方が揃う中へ連れて来られて、心なしか縮こまっている様にも思える。視線が合うと、義父からは「思うようにしなさい」と言葉を頂いた。
「レオナルト様についていきますわ」
ヴァルトルーデもそう言って後押ししてくれた。一度深呼吸をして気持ちを落ち着けると、この数日間考えていたことを集まった方々に伝えた。
2年ぶりにミムラスの本家を訪れると、家令は驚きながらも喜んで迎えてくれた。連れである父の叔父アルバンさんと父の従弟ハンネスさんを応接間に案内してもらい、自分は母がいると言う子供部屋へと向かった。
カミル君を迎えられると母が張り切って準備をしたらしいのだが、そこは子供部屋とは思えないほど豪華絢爛な部屋だった。山ほど揃えられた玩具だけでなく、精緻な細工が随所にちりばめられた調度やサントリナ領産の飾り壺なども置かれている。そんな部屋の真ん中に母は座り込んでいた。
思えば、私達は祖母が選んだ乳母によって育てられたので、母は子育てに関与したことがなかった。そんな人が選んだのだからちぐはぐになっても仕方がないのかもしれない。
「母上」
自分が声をかけると、母はのろのろと振り返った。そして自分の姿を確認すると、目を見開いて驚き、そして立ち上がると嬉しそうに抱き着いて来た。
「嬉しいわ、レオナルト。帰ってきてくれたのね」
「今日は使者として来ております」
毅然とした態度で母を引きはがすと、少し哀しそうな表情を浮かべた。心は痛むが、ここで情に流されてはいけない。あくまで事務的に国からの通達があるからと母を応接間へ連れて行った。
「お待たせしました」
応接間には既にミムラスの親戚たちが集まっていた。ハンネスさんの名前で呼び出したので、自分の姿を見て驚いていた。それを気にしないようにして母を席に案内し、彼の席の後方に控えた。
「本日はお集まりくださり、ありがとうございます。先日の事件について陛下からの通達をお伝えに参りました」
場を自分が仕切っている事に集まった親戚たちは困惑した様子でざわついている。平然としているのは既に事情を伝えてあるアルバンさんとハンネスさんだけだった。
「フリードリヒは陛下の裁定に逆らった咎で敬称を剥奪の上流刑。同夫人マルレーネも同罪として敬称剥奪の上、神殿での謹慎となりました」
母の顔は真青になり、今にも倒れそうだ。それでもこれからもっと重要な事を伝えなければならないので、手を差し伸べるわけにはいかなかった。
「今回の事はフリードリヒの独断とし、ミムラス家の次期当主はハンネス氏と致します。また、陛下からの強いご要望で自分が補佐に就くこととなりました」
「ハンネスの後はお前が当主になると言うのか?」
親族の1人が俺を指して聞いてくる。ハンネスさんは独身で跡取りが居ない。これも予想された質問だった。
「自分はあくまで当主の補佐です。次代は一族の子供を集めて教育し、その中で一番相応しい人物を次期当主とする予定です」
陛下が本宮内に作られた保育室に隊長がミステルの人達に手に職を付けるために始めた学び舎などを見てきて思いついたことだった。
子供達を集めて教育し、一番資質がある子が当主になればいい。他の子達も教育が身につき、それぞれの資質に会った道を選ぶことが出来る。その中には当主を支えてくれる人物もいるかもしれない。もしかしたら竜騎士になる子もいるかもしれない。
アスター卿に呼び出されたあの日、そんな思いを熱く語ったところ、陛下は「思うようにやってみろ」と仰って了承して下さった。だが、当主となる人物は今すぐ必要だった。そこで義父がハンネスさんを推薦して下さったのだ。
事情を説明したところ、繋ぎの当主であればと了承して下さった。ハンネスさんとは甥と叔父という間柄ではあるが、あまり年が離れていないアルバンさんも協力してくれることになり、話がまとまった。
「自分だけでは実現できません。どうかミムラス家の未来の為にもご協力をお願いいたします」
他の親族達にも懇切丁寧に説明し、最後にそう締めくくると、どうにか了承して頂けた。まだまだ先は長いが、先ずは新たな一歩を踏み出すことが出来たのだった。
次話から本編に戻ります。
レーナとカイの閑話はまた後程。




