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群青の軌跡  作者: 花 影
第6章 親子の物語
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第17話

 事件から3日後の早朝、俺は本宮の練武場で年若い隊員と共に鍛錬をしていた。事件の悔しさを振り払おうと無心で剣を振るう。しかし、どうしても息子の泣き声と痛々しいレーナの姿が蘇る。

「身が入って無いな」

 不意に声をかけられて振り返ると、鍛錬着姿の陛下が立っておられた。既に他の隊員達はひざまずいており、俺だけ来訪に気付かずにいたらしい。慌てて俺も跪こうとしたが陛下に止められた。

「申し訳ありません」

「構わぬ。その代わりちょっと相手をしてくれ」

 断れるはずもない。息を少し整えてから陛下と対峙した。しかし、結果は散々だった。やはり身が入っていなかったらしく、幾度も地面に転がされてしまった。結局大した鍛錬も出来ずに休憩をすることとなった。

「カミルの様子はどうだ?」

 練武場の隅に設置されている椅子に腰かけ、侍官が差し出した果実水で喉を潤しながら陛下が尋ねて来る。俺も同じものを御相伴に預かりながら少し間を開けてから答えた。

「外に出るのが怖いみたいです」

 事件があった翌日までは俺とオリガ2人供揃っていないと不安だった様子だが、昨日からはどちらかとサイラスかリタ、ウーゴが居れば落ち着くようになっていた。しかし、あれだけ好きだった散歩に連れ出そうとすると、「お外は怖い」と言って泣きだした。かろうじて中庭には出られるようになったが、この分だとアジュガへ帰るのも難しいかもしれない。

「あれ以来、あの子は笑っていないんです。どうにかしてあげたいのですが……」

「そうか……」

 陛下はそう言って黙り込み、何かを思案される。その間にお付きの侍官が果実水を入れていた杯を手際よく片付けていく。

「今回の件の処断について、正直なところまだ少し迷っている。被害者であるお前の意見を聞きたい」

 片づけを終えた侍官が下がり、さっきまでいたはずの隊員達もいつの間にか姿が見えなくなっていた。広い練武場に俺と陛下だけが残り、辺りは静寂に包まれる。この分だと周囲は人払いがしてありそうだ。

「今後一切近づくな。それだけです」

「ああ、それは当然だ。聞き方が悪かったな。ミムラス家をどうしたい?」

「どう……とは?」

 返答に困って首を傾げていると、陛下は現状を教えて下さった。

「今回の件はフリードリヒ個人を罰するだけでは済まない。あの男がやらかした事を思えば、ミムラス家そのものへの処罰も必要になる。取り潰しも視野に入れているが、それだと色々と悪影響もあって、ミムラス家存続の嘆願が親族以外からも出ている」

 まあ、彼等にしては死活問題だ。取りなしてもらおうと躍起になっているのは知っている。何しろ俺の所へも来たからだ。我が家はそれどころではないのでお引き取り願ったが。

「我が家に影響がなければどちらでも……と言ったところでしょうか。ミムラス家が取り潰しになったところであの子の傷ついた心が治る訳でも俺達の溜飲が下がる訳でもありません。フリードリヒが罰せられ、ミムラス家のお家騒動に巻き込まれなければそれで充分です」

「お前らしい答えだな」

 まあ、俺の答えは聞かずともわかっておられたご様子だ。陛下は嘆息すると更に続ける。

「今のところ家は存続の方向で話を進めている。こちらから指名した人物に継がせ、事後処理を任せるつもりだ」

「あの家にそれが務まるような人物がいますか?」

「どうにかする」

 何かお考えがあるのだろう。一番可能性があるのはレオナルトだ。まあ、それが一番丸く収まる方法だ。だが、籍を戻す必要がある。まあ、国の上層部の方々なら抜け道を作るのもお手の物だろう。後は陛下を含めた上層部の方々にお任せしておく。まあ、最初から自分の意見を通すつもりは無かったけれど。

「カミルが外に出られるようであればアジュガへ行くのか?」

「そのつもりです。向こうの方が俺達もですがあの子も安心できると思います」

「そうか……。その時はレオナルトを置いて行ってくれ」

「……分かりました」

 俺が返答すると、陛下は執務に戻ると仰って練武場を後にされた。やはりレオナルトにミムラス家を任せるつもりらしい。本人も気になっていた様子だったから引き受けるだろう。

「さて、俺も戻らなければ」

 陛下と話し込んでいる間にすっかり日が高くなっていた。午後からは俺が息子の相手をすることになっている。俺は急いで着替えを済ませると、家に向かった。

 家に着くと、既に交代予定のお昼を大幅に過ぎていた。急いでカミルの元へ向かうと、彼は既にお昼寝の最中でオリガも一緒に横になっていた。2人の寝顔は俺にとってこの上ない癒しでありご褒美だ。こんな時に不謹慎だと思ったが、ずっと眺めていたい。

「良く寝てる」

 俺は2人の頭を交互になでる。それでも2人とも目を覚まさない。カミルにずっと付きっ切りで世話をしているオリガは随分と疲れているみたいだ。遅れたお詫びに今日は夜の寝貸し付けまで俺が引き受けよう。

 ひとしきり2人の寝顔を堪能した俺は、寝台の脇に机を引き寄せると、サイラスから渡された書類に目を通す。やがて目を覚ましたオリガから起こさなかったことに文句を言われた。でも、頬を膨らますその姿も可愛い。




「おいで、カミル」

「……だっこ」

 お昼寝から覚め、おやつを済ませたカミルを中庭に連れ出そうと外から呼ぶと、カミルは少し躊躇ちゅうちょした後に抱っこをせがんできた。本当は自分の足で出てきて欲しかったのだが、やはりまだ無理の様だ。俺は苦笑するとその小さな体を抱き上げた。

「お外は気持ちいいね」

「……こわい……」

「お父さんがいるから大丈夫だよ」

 俺にギュッとしがみついてくるカミルの頭をそっとなでる。そしてそろそろだろうと空を見上げると、複数の飛竜が飛んでいる。

「カミル、空を見てごらん」

 俺に言われてカミルは恐る恐ると言った様子で顔を上げた。そんな姿も可愛い。

「りゅーしゃん」

 カミルが指をさす。少し元気が出た様だ。実は雷光隊の若い隊員達に頼んで、このくらいの時間に飛竜を飛ばして欲しいと朝のうちにお願いしていたのだ。カミルの回復に少しでも役に立つのならばと、みんなもこころよく引き受けてくれたのだ。

「ほら、エアリアルもいるよ」

「えあるぅ?」

 カミルはまだエアリアルの名前をちゃんと言うのは難しいらしい。でも、俺の相棒だと分かっているので少し顔を綻ばせて空に手を振っている。良かった。なんか、希望が見えてきた気がした。気づけばオリガだけでなく、サイラスを筆頭とした使用人達も俺達というかカミルの様子をうかがっていた。

「エアリアルがカミルに会いたいって言っているよ」

「えあるぅ……」

 カミルは飛んでいる飛竜達を見ながら首を傾げる。やがて小さな声で「会いたい」と呟いた。

「明日、会いに行こうか?」

「……お外、こわい」

「お父さんが守るよ」

「おとーしゃん、こわくない?」

「お父さんは強いんだよ。妖魔も悪い人もやっつけるよ」

「しゅごい」

 ちょっと自慢げに胸を張って見せると、カミルが尊敬のまなざしを送って来る。何だか誇らしい。

「お父さんが守るから、明日、エアリアルに会いに行こうよ」

「おかーしゃんも?」

「うん。一緒に行こう」

「レーナも?」

「レーナはお休みかな」

「しょっか……」

 レーナは頬の腫れはひいたが、肩はまだ思うように動かせないらしい。体調が良くなるまでゆっくり休むように言っている。彼女が一緒に行けないと知ってカミルはしょんぼりとした様子で肩を落とした。そんな様子も可愛い。

「その代わりお土産を買って帰ろう」

「おやつ?」

「お菓子がいいか?」

「おかーしゃんのお菓子!」

 それはお土産になるのだろうか? 多分カミルが食べたいだけかもしれない。室内から様子をうかがっているオリガに視線を向けると、苦笑しながらうなずいていた。すぐに屋内へ入っていたので、早速用意しておいてくれるのだろう。焼き菓子は1日置いた方が味が馴染んで美味しい。カミルじゃないけど明日が楽しみだ。

「用意してくれるみたいだよ。良かったね」

「うん」

「じゃ、明日一緒にエアリアルに会いに行こう」

「……うん」

 ちょっと元気のないお返事だったが、それでも頑張ってみる気になってくれたのだろう。また、明日になってみないと分からないが、元気を取り戻すきっかけになってくれればいいなと思った。


エドワルドとの会話が長引いて予定のシーンまでたどり着けなかった。(苦笑)

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