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群青の軌跡  作者: 花 影
第6章 親子の物語
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第16話

 俺が今回の事件の全容を把握できたのはその日の深夜になってからだった。家に到着してほどなくしてオリガも本宮から帰宅したので、カミルを彼女に任せて現場に戻ろうとしたのだけれど、カミルが不安がって離れてくれない。後の事が気にはなったものの、息子の方が大事なので夜ねかしつけるまで家族3人で一緒に過ごしたからだ。

 サイラスを通じてシュテファンに事情を伝えたところ、改めて遅い時間に我が家の書斎へ関係者を集めて報告に来てくれた。事件とは言え雷光隊の通常の業務からかけ離れているのに、協力してくれる部下達には感謝しかなかった。

「わざわざこんな時間に済まない」

「いえ、問題ありません」

 書斎にはシュテファンとレオナルト、そしてサイラスと我が家の警備隊長にイーヴォが集まっていた。

「カミル君は?」

「今やっと寝てくれた。怪我は無いが、やっぱり怖かったみたいだ。俺とオリガ、どちらが離れても不安な様子だ」

 レオナルトが真っ先にカミルの様子を聞いてくる。2年前はぎこちなく接していたが、今は時間が許す限り遊び相手をしてくれるほどかわいがってくれている。加えて今回の事件は実の父親が引き起こしているので責任を感じているのかもしれない。

「言っておくが、お前の所為ではないからな。気にするな」

 先んじてレオナルトに釘をさしておく。彼は納得いかない様子だったが、また一緒に遊んでやって欲しい。大人の俺達があの子にしてやれるのは、少しでも早く事件の事を忘れさせてやることだ。楽しい事を沢山経験させてやれば、また以前の様に笑顔を見せてくれるだろう。

「レーナはどんな様子だ」

 俺としては体を張ってカミルを守ってくれていたレーナの方が気になる。彼女もきっと怖かったに違いないのに、俺はカミルにかかりっきりになってしまって彼女を気にかける余裕が無かった。

「医師の診断によりますと、肩の怪我は骨に異常はなく、打撲と診断されました。後、頬をはたかれた様で口の中を切っております。しばらくは食事に苦労するかもしれません。今は痛み止めを飲ませて休ませております」

 俺の問いにサイラスが答えてくれる。今はリタが看病してくれていて、家の事は普段は通いで来てくれている使用人が今日は特別に泊まりこんでくれているらしい。本当に感謝しかない。後で特別手当を出すように指示した。

「そうか……当面は体を治すことに専念してもらおう」

かしこまりました」

 想定していたよりも重症ではなかった事に安堵するが、それでも無理はして欲しくない。すぐにでも動き出そうとするだろうが、しっかり体を治してから復帰してもらおう。




 一番の被害者の状態を確認し終えたところで、改めて事件の報告を先ずはイーヴォから受けることにした。ザムエルのお墨付きをもらってアジュガから派遣されただけあって、武技だけでなく気配りも出来る男だ。実は彼がここ最近我が家の近くにやって来る馬車がミムラス家の物だと突き止めてくれていた。今日の一件に早く対処が出来たのもそのおかげだった。

「今日も若様はアジュガの大旦那様と大奥様に会いに行くと仰ってお出かけになられました」

 裁判が終わった頃からカミルは俺達が行けないのなら、独力でアジュガへ行けばいいと言う結論を出したらしく、毎日の様に1人で出かけようとしていた。だが、我が家の周囲はイーヴォ達が警戒しているので抜け出せるはずもなく、結局レーナといつもの公園まで行き、そこで全力で遊んで疲れて帰って来ると言う日々を過ごしていた。

「先にミムラス家の馬車が近くまで来ているという情報が入ったので、せめて自分も同行しようとしたのですが、若様に断られてしまいました。仕方なく部下と共にお2人を陰ながら警護することになりました」

 いつもカミルのお出かけを邪魔するので、イーヴォはすっかり嫌われてしまったらしい。お散歩の中止も考えたそうだが、大人の目を盗んで1人で出かけてしまう可能性が無いわけではない。仕方なしにいつも通りレーナが付き添い、陰ながら警護することにしたらしい。

 そもそも向こうはビレア家への接触を禁じられている。陛下が下された裁定を破るとは思ってもいなかったと言うのが正直な話だ。

「いつもでしたら公園で遊び始めるのですが、どうやら若様も学ばれた様で、そのまま先へ進もうとなさるのでレーナがやんわりと止めました。すると若様は怒って、『じいじとばぁばに会いに行くの!』と言われました。間が悪いことにそこへくだんの馬車が来て、中から貴族らしい身なりをした2人が出て来ました」

 それがフリードリヒとその夫人だった。今まで我が家の近くを徘徊する馬車に乗っていたのは夫人だけだった。今日はフリードリヒまで乗っていたので騒ぎが余計に大きくなった可能性がある。

「レーナが若様を庇いながら対処していました。我々も急ぎ駆け付けようとしたのですが、ミムラス家の護衛に行く手を阻まれました。何とか躱して2人の元に駆け付けた時には若様を庇ったレーナがあの男に杖で打たれていました。更に振り上げたのでそれを阻み、抑えている所へ旦那様が来てくださいました」

「レーナはフリードリヒが激高するような事を言ったのか?」

「すみません、あちらの護衛を相手にしていて聞いていません」

 レーナは年の割にしっかりした娘だ。フリードリヒを煽るようなことはしないはずだ。だが、そうでもしない限りは周囲の目もはばからずあの男があの様な暴挙を起こすとは考えにくかった。

「その辺りでしたら、リタがレーナから聞き取っております」

 サイラスがそう言って報告書を差し出したので、俺はすぐに目を通した。それによると、カミルが言った『じぃじとばぁば』が自分達の事だとフリードリヒは勘違いし、それで喜び勇んで馬車から降りて来たらしい。だが、レーナは冷静に彼等の勘違いを指摘し、お引き取り願った。それが気に食わなかったフリードリヒがレーナの頬をはたくと、それを見ていたカミルが怒り、フリードリヒに体当たりしたらしい。これにフリードリヒは逆上し、カミルに杖を振り下ろそうとしたのでレーナが庇ったというのが真相だった。

「何と言うか……腹立たしいな」

「同感です」

 やり場のない怒りがこみあげて来る。まだ成人していない少女と年端も行かない子供相手に平気で暴力を振るその神経を疑う。

「本当に……昔から変わっていない」

 レオナルトがポツリとこぼした。彼の話によると、彼は身分の低い相手は自分の意のままに動くのが当たり前だと思っている。以前にミムラス家で使用人が失態を犯した時、他の使用人が擁護しようとしたのが気に入らなくて2人供その場でむち打ちにしたことがあったらしい。今日はいかに正論だったとしても、使用人であるレーナに口答えされたのがよほど腹が立ったのだろうとの事だった。

「で、その御大はどうなった?」

「事情を説明した後、兵士に引き渡しました。抵抗していましたが、陛下の裁定を無視した重罪人として牢に収監されています。夫人の方は自宅での謹慎となっております」

 俺の問いに事後処理を引き受けてくれたシュテファンが答える。実はフリードリヒが俺の元へ押しかけて来た時から、我が家の警備兵だけでなく雷光隊にも協力してもらって、万が一の場合が起こった折に連携をどうするか打ち合わせをしていた。

 強引に連れ去られるような事があればすぐにエアリアルを放つのもその時決めていた。俺の相棒ならばどこにいてもカミルを見つけ出せる。今日は未遂であったが、エアリアルが上空に居たおかげで位置をすぐに把握できたし、何が起こったのかは彼が記憶している。今頃上層の飛竜達の間にその記憶は広まり、陛下やアスター卿にも時機に詳細が伝わるだろう。

「念押しをしておきましたので、金銭で解放されることは無いでしょう」

 何しろ重罪人だ。新たな裁定が下されるまでは保釈金は受付けられない。自尊心が高いあの男にはそれだけでもこたえるだろう。

「ミムラスはどうなるでしょうか?」

「……陛下の御心次第だな」

 レオナルトの呟きにしばらく考えた後にそう答えた。後継者が決まっていれば即刻代替わりさせることもあるだろうが、今現在のミムラス家は内輪もめの真最中だ。今回の事で余計に候補者の2人は家を継ぐことに消極的になっているかもしれない。

「気になるか?」

「一応……」

 愚問だと思ったが念のため聞いてみた。先日の親族達からの打診が脳裏をよぎったに違いない。だが、今のままでは彼にもどうしようもないのが現状だ。

「申し訳ないが、俺の方から働きかけることは無い。それは分かってくれ」

「それは当然です。義父にも相談してみます」

 レオナルトは竜騎士に再叙勲されたのでヴァルトルーデ嬢と正式に婚約をしていた。バウリング家へ婿入りし、次期当主となるヴァルトルーデ嬢の従兄を補佐することが決まっていた。そして彼女の父親の現当主を義父と呼ぶようになっている事から、いい関係を築けているのがうかがえる。

「そうしてくれ」

 ミムラス家に関しては俺が関与する権利もないし、そのつもりもない。突き放す様でもあるが、そちらでどうにかしてもらうしかなかった。

「夕刻、お話をうかがいたいと兵士がいらっしゃいました。お手が離せない状態だとお伝えしたところ、また後日いらっしゃるそうです」

 最後にサイラスから報告があった。どうやら近隣の警備を担当している隊長がわざわざ来てくれたらしい。レーナにも話を聞きたがったらしいが、まだ面会できる状態ではない。また日を改めて一緒に話を聞きに来ると言って帰ったらしい。

「念のため、リタが聞き出したこちらの報告書の写しを渡しております」

「そうか」

 さすが、サイラスだ。それなら彼女の聞き取りも短時間で済み、体に負担もかからないだろう。よくできた家令に感心していると、2階からカミルの泣き声が聞こえた。どうやら目を覚ましてしまったらしい。

「済まないが、戻る」

「そうして下さい」

 集まってくれた面々に断りを入れて席を立ち、報告会は終了となったのだった。

一連の事件はまた改めてレーナかフリードリヒ視点の閑話で。もしかしたら両方描くかも。

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