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群青の軌跡  作者: 花 影
第6章 親子の物語
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第11話

 夕刻、別荘に到着した。普段この別荘を管理している使用人の他、皇都のサントリナ家からも応援が来ていて、彼等が俺達……というかシュザンナ様の到着を歓迎してくれた。そして第1騎士団から警護を派遣してもらえたので、俺達はゆっくり休ませてもらえることとなった。

「失礼いたします、ルーク卿。オスカー卿が到着されました」

 あてがわれた部屋で家族とくつろいでいると、警護の責任者がオスカー卿の到着を知らせに来た。俺は急いで身支度を整えると、部屋を出る。するとそろそろ寝る時間のはずのカミルが寝間着のままついて来た。

「カミルは寝る時間だよ」

「いやー」

 止めようとすると、カミルは珍しく反抗し、俺の腕をすり抜けて部屋の外へ駆けていく。まさか反抗期? そんな考えが頭をよぎって打ちひしがれていると、オリガに「しっかりしなさい」と言わんばかりに背中を小突かれて我に返った。

「ちょっと行ってくる」

「お願いね」

 慌てて玄関に向かうと、何故かオスカー卿の前で通せんぼしているカミルの姿があった。それは知らせを受けて部屋から出て来られたシュザンナ様を守っている様にも見える。周囲にいる大人達は困惑しつつも彼の姿を微笑ましく見守っている。

「カミル、何しているんだい?」

「おねーしゃん、まもるの」

「どうして?」

「まだおうちについてないもん」

 カミルは出立前のアジュガで今回シュザンナ様を守りながら皇都のお家へ行くんだよと教えていたのをしっかり覚えていたらしい。警護担当が俺へわざわざ知らせに来たから、悪い人が来たと思い、大好きになった彼女を守ろうとしている。なんか、うちの子が頼もしい。いや、そんな事に感心している場合じゃなかった。

「だめなの」

「この人は悪い人じゃないよ」

「しらないおにーしゃん」

 ああ、そう言えばカミルはオスカー卿と初対面だった。知らない人が近づこうとしているから、守ろうとしているのか。オスカー卿はカミルの言葉に衝撃を受けたらしく、その場にがっくりと膝を付く。

「カミル君。この方は私の大切な方だから通してあげて」

 笑いをこらえながらシュザンナ様がカミルを説得する。カミルは可愛い眉をひそめて不思議そうにシュザンナ様を見上げた。

「この方はお父さんのお友達だから大丈夫だよ。シュザンナ様の事を心配して来て下さったんだ」

「おともだち?」

「そうです、そうです」

 俺も説得に加わる。俺の友達なら信用してくれるはずだ。どうやら立ち直ったオスカー卿も害がない事を必死に訴えている。

「今回のお仕事は、この方に頼まれたんだよ」

「そうなの?」

 オスカー卿と一緒に俺もうなずくと、ようやくカミルも肩の力を抜いた。そして安心したのか目をしきりにこすりだす。いつもならもう寝ている時間。眠くて仕方がないのだろう。

「おいで、カミル。よく頑張ったね」

 傍に寄って来たカミルを抱きしめると、やはり眠いのか、俺の胸に顔をうずめてくる。そんなカミルの頭をシュザンナ様がなでる。

「立派な騎士様でしたわ」

「ぼく、えらい?」

「偉いよ」

 そう答えると、カミルはへにゃりとした笑顔を見せるとそのまま俺にもたれかかって眠ってしまった。

「ルーク」

 そこへオリガが声をかけて来た。中々俺達が戻らないので心配して来たらしい。

「寝ちゃった。後を頼んでいい?」

「ええ」

 状況をまだ把握していないにもかかわらず、オリガは眠ったカミルを抱っこして部屋へ戻って行った。後でカミルの雄姿を語って聞かせてあげよう。その為にも先ずはオスカー卿の用事を済ませてしまおう。

「オスカー卿、息子が失礼いたしました」

「いえ、予定にない行動をとったのはこちらです。お気になさらないでください」

 子供のしたこととはいえ、不審者扱いしてしまった事をオスカー卿に謝罪すると、彼はこころよく許して下さった。ともかく、いつまでも立ち話するわけにもいかない。俺達は応接間へ移動した。

「陛下と両親には今回の婚約を承諾して頂けました」

「おめでとうございます」

 オスカー卿の報告にシュザンナ様は顔を綻ばせている。まあ、既に当代様から祝福を頂いているのだから、反対なんて出来ないだろう。特にサントリナ公ご夫妻は跡取り息子の結婚を待ちわびていた。その人となりを既にご存知のシュザンナ様なら諸手を上げて歓迎するのは当然だろう。

「明日は正午頃、本宮へ到着して頂きたいとアスター卿からの伝言です」

「分かりました」

 本宮からの指示はそれだけだったので、後は恋人達の邪魔をしないよう、すぐに応接間を後にする。少々やつれているご様子から、オスカー卿は無理に時間を捻出してここまで来たのだろう。それなのにカミルが邪魔をしてしまって申し訳なく思ったが、小さな体を精一杯広げていた姿は可愛かった。

 息子の雄姿にいつまでも浸っていたかったが、仕事は全うしなければならない。部下を集め、明日の予定を練り直してから部屋に戻った。

「お帰りなさい」

「ただいま。カミルは?」

「良く寝ているわ」

 寝台の真ん中でカミルは幸せそうに眠っていた。どこか満足そうでもある。

「カミルは何をしたの?」

「一緒に任務を全うしようとしていたよ」

 息子の寝顔を見ながら改めてさっきの事をオリガに教える。息子の雄姿に笑うよりも先にオスカー卿への不敬を気にしていたが、当の本人から気にしていないことを伝えられたと言うと、ようやく胸をなでおろしていた。そして改めて息子の雄姿を喜び合ったのだった。




 オスカー卿は明け方、皇都へ戻られた。そして俺達は別荘を出立して指定された通り正午に本宮へ到着した。

「小さな騎士様、最後まで護衛をよろしくね」

「はい、おねーしゃん」

 上層の着場には陛下を始め、主だった貴族が並んでシュザンナ様を出迎えられた。俺達は護衛として彼女の後に続いていたのだが、何故かカミルはシュザンナ様と手を繋いで歩いていた。しかもそれを誰も止めようとしない。

「いいのか、あれ?」

「あの方のご要望だからいいんじゃないですか?」

 思わずこっそりと隣のシュテファンに確認するが、彼も困惑した様子で肩をすくめる。全てはシュザンナ様のご要望のままに……ということになる。

 出迎えた貴族も困惑してざわついているが、意に介することなくシュザンナ様はそのまま陛下の前まで進まれる。その隣で一張羅に身を包んだカミルは誇らしげに歩いていた。

「遠路ようこそお越しくださいました」

 陛下がお声をかけられると、シュザンナ様は優雅に一礼される。そしてカミルはいつの間に覚えたのか、騎士の礼を取る。そのかわいらしさに陛下の顔もほころぶ。

「盛大なお出迎えありがとうございます。雷光隊の皆様のご尽力で無事に到着いたしました」

「部屋を用意させております。オスカーに案内させるので、今日はゆっくりとお休みください」

「ありがとうございます」

 陛下の側に控えていたオスカー卿が進み出る。カミルは彼の顔を見上げて少し首を傾げていたが、シュザンナ様とつないでいた手をオスカー卿の前に差し出した。昨夜の事を思い出したのかもしれない。

「おにーしゃんがまもるの?」

「はい、一生」

 この答えに詳細を知らされていなかった貴族達はどよめいた。そんな彼等を他所に、オスカー卿はカミルの頭をなでると、シュザンナ様の手を取って着場を後にした。

「ルーク、報告を頼む」

 陛下の言葉に我に返ると、カミルを抱き上げて陛下と共に着場を後にする。振り返ると他の隊員に守られながらオリガもついて来ている。このまま着場に残っていると他の貴族達からの質問攻めにあう。俺達は任務中という風を装い、混乱している着場からの脱出に成功した。




 移動した先は陛下の執務室だった。カミルを抱っこしたまま連れて来てしまったのでどうしようかと思ったが、別室を用意してもらえたのでレーナと共に待っていてもらう事とになった。着場から雷光隊と一緒に移動してきたヴァルトルーデやジークリンデも一緒にいてくれると言うので、多分カミルも寂しくないだろう。

「今日、公表してしまって良かったのですか?」

 オスカー卿とシュザンナ様の婚約は夏至祭で公表する予定だったはずである。ちなみにここにはその当の本人達はいない。今頃用意された客間で自分達の世界を築いているはずだ。今、執務室には陛下と俺達夫婦の他、アスター卿とサントリナ公、シュテファンと出迎えに参加していたラウルが集まっていた。他の雷光隊はこの部屋とカミルがいる別室を警護してくれている。

「仕方ない」

「あれもこらえきれなかったのだろう」

 陛下とサントリナ公の話では、オスカー卿には縁談が来ていたらしい。お役目を終えて帰国したら話を進めることになっていたらしいのだが、彼は自力で花嫁を見つけて帰国した。

 サントリナ家からその貴族家に対して謝罪と共に丁重にお断りをしたのだが、オスカーが連れ帰った女性がシュザンナ様であることをまだ公表できなかったのもあり、相手方が納得しなかった。そして昨夜は相手方の御令嬢が既成事実を作って強引に話を進めようと企て、オスカー卿はシュザンナ様の元へ逃げ出してきたと言うのが真相らしい。

「そう言えば、カミルが活躍したそうだな」

「シュザンナ様をお守りしようと思ったようです」

 昨夜の顛末をオスカー卿から聞いていたらしい陛下の言葉に俺は肩をすくめ、オリガは苦笑している。

「勇敢な子だと褒めていたぞ」

 息子が評価されるのは嬉しい。先程、シュザンナ様と手を繋いで歩いている様は凛々しくて可愛かった。こんな立派な後継ぎがいるのだと周知できたのが嬉しい反面、悪意にさらされるのではないかと不安にもなって来る。

「まあ、オスカーの事はもう心配いらない」

 くだんの貴族家には家族全員謹慎を言い渡されているらしい。かん口令を敷かれているとはいえ、こういった醜聞はすぐに広がってしまう。当面は肩身の狭い思いをするだろうが、これも自業自得だ、失った信用を回復するには時間がかかるだろう。

 そしてシュザンナ様も無事に皇都へ入られた。5日後に迫った夏至祭までは本宮に滞在され、その後は花嫁修業の名目でサントリナ家に滞在される。ここまでくれば彼女を狙う輩も手出しは出来なくなる。ちなみに婚礼は来年春に挙げる見込みだ。

「本題はここからだが、またお前に関して悪意のある噂が流れている」

「活躍しすぎたお前を私がうとみ、帰還してもすぐに休暇を与えて突き放した。それをお前が不服として夏至祭も欠席するのではないかと噂されている」

「はあ……」

 思わず気の抜けた返事となる。意図して流された噂ならば、その元凶は陛下もおとしめている事に気付いているのだろうか? そして俺にとって幸いだったのは、この噂は主に下位の貴族の間で流れていて、国の中枢を担う方々は全く信じていなかった事だろう。

「今日、お前が帰還したことでその噂の信憑性も薄れていくだろう」

「それは構いませんが、いいのですか?」

「真赤な嘘なのは皆知っている。恥をかくのは向こうだ」

 陛下は気にしていない様子ながら、静かに怒りを湛えているのが伝わって来る。

「夏至祭は自由に参加してもらうつもりでいたが、側近くで待機していてくれ」

かしこまりました」

 俺が側近くにいることで、噂が嘘であることを証明するのだろう。陛下の意図を察した俺はその命令をつつしんで受けた。


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