第8話
本編再開です
「ただ今戻りました」
1カ月後、夏至祭前の休みがそろそろ終わりを迎えようとする頃、仔竜との絆を深めるためにフォルビア正神殿に滞在していたアルベルタが帰って来た。迎えに行く予定でいたのだが、直前になってラウルが連れて来てくれると連絡があった。そこでアジュガへ送ってもらったのだ。
ラウルはイリス夫人の実家に子供達を連れて滞在していたが、皇都へ帰る前にフォルビア正神殿へ挨拶に立ち寄っていた。トビアス神官長からアルベルタの事を聞き、途中アジュガに立ち寄る予定もあったことから同行を申し出たらしい。フォルビアでは彼の家族の移動の手伝いに合流したコンラートやルーペルトだけでなく、実家に帰っていたシュテファンも加わっていたので移動に問題ないと判断したとのことだった。
「お帰り。仔竜とは仲良くなれたか?」
「はい。貴重な経験をさせていただき、ありがとうございます」
1ヶ月でアルベルタは見違えるほど成長していた。まだ見習い神官の衣装には慣れていないみたいだが、それでも以前よりも洗練された仕草で挨拶をしてくれた。いい時間を過ごせたみたいで何よりだ。アジュガには2日程滞在した後にミステルに移動し、あちらで3日程滞在してからフォルビア正神殿へ戻る予定にしていた。
ちなみにミステルではなくアジュガへ連れて来たのは、帰省していたモニカやヤスミーンが町を案内したいと言い出し、更にはアルベルタの事を聞いた母さんがお祝いしたいと言い出したからだ。ただ、大掛かりな事はせずに、食事会へ招こうと言う話にまとまっていた。
「慣れない移動で疲れただろうから、夕餉まではゆっくりしていていい。モニカ、ヤスミーン、レーナ、部屋に案内してあげてくれ」
「はい!」
彼女達の元気な返事が返って来る。俺の許可が出たとたんに4人の少女達は仲良く連れ立って領主館の中へ入って行った。
「さあ、たくさん食べてちょうだい」
「は、はい……」
母さんが張り切って準備していたその日の晩餐は非常に賑やかだった。アルベルタだけでなくモニカ達も招き、更にはラウル一家とシュテファンも同席していた。ただアルベルタに気遣ってか、顔なじみのない父さんは親方衆と踊る牡鹿亭に出かけ、兄さん達は遠慮していた。
テーブルを3つ用意し、一つは主賓であるアルベルタとモニカ、ヤスミーン、レーナが座り、2つ目はカミルやアイスラー家の子供達とそれぞれの母親がついている。残る3つ目には俺とラウル、シュテファンが座り、酒杯を傾けている。
もっと堅苦しい席だと思っていたらしく、大皿で次々出てくる家庭料理にアルベルタは戸惑っている。それを遠慮していると思ったらしい母さんは彼女の前に追加の大皿をドンと置く。俺達ならまだしもちょっと彼女達には多いかもしれない。
「小母さんのお料理美味しいのよ」
「そうそう」
「今、少しずつお料理を教わっているのよ」
そんな話をしながら料理をとりわけ、アルベルタに勧めている。
「……おいしい」
「でしょう? でも、同じように作っても小母さんと同じならないのよね」
「不思議よね」
彼女達のおしゃべりは止まらない。それでいて取り分けた料理はあっという間に無くなっていた。場の雰囲気に馴染めないでいた様子のアルベルタも彼女達と話をしているうちに慣れて来たようで、笑顔にぎこちなさがなくなっていた。まあ、彼女達に任せておけば大丈夫だろう。
「ばーば、おいちぃね」
「そうかい? たくさんお食べ」
給仕は使用人に任せて母さんにも食卓につくように勧めると、迷わず子供達がいるテーブルへ向かった。そちらへは香辛料を控えて子供向けに味付けをした料理が並んでいる。カミルは大人数なのが嬉しいのか、終始ご機嫌だ。
オリガに口の周りに着いた食べかすを拭いてもらったカミルがニコニコと話しかけると、母さんは嬉しそうにその頭を撫でていた。アイスラー家の姉弟も気に入ってくれたようで、いつもよりよく食べているとラウルが言っていた。
子供達は寝る時間となって退出し、アルベルタ達4人も満足した様子で席を立った。今日は特別に4人で客間に泊まるように手配してあるので、後は部屋に戻っておしゃべりに興じるのだろう。彼女達の夜はまだ長そうだ。
そして俺とラウルとシュテファンは残った料理を肴に酒杯を傾けていた。それぞれの休暇の様子などを話していたのだが、ラウルが思い出したようにカイの様子を教えてくれた。
「神殿でカイにも会いましたが、無事に相棒を得られて良かったですね」
「ああ。まだ早いんじゃないかと思ったが、心配いらなかった」
「仔竜とも順調に絆を深めているようです」
ギード爺さんからみっちりと飛竜との接し方を学んでいたからその辺は心配ないだろう。今後は神殿にほど近い砦の配属となり、神殿に通いながら職務に励むことになる。そして飛竜が成熟するころに正式に竜騎士として叙勲される運びとなる。
「何やら目標があるみたいですが、詳しくは教えてくれませんでした」
「ほう……」
目標があるのはいい事だ。手がかかった子だけに、その成長が一際嬉しかった。叙勲される日が本当に楽しみだ。
その後はまた酒杯を傾けながら雑談していたが、ふとアスター卿の事を思い出した。
「そういえば、アスター卿の帰還は何時か聞いたか?」
「いえ、まだ連絡は来ていないそうです」
予定ではもうそろそろ帰って来るのだが、まだそんな話を聞いていない。単に田舎に籠っていたから情報が届いていないだけかと思ったが、フォルビアに居た2人が聞いていないとなると、本当に帰還が遅れているのだろう。何か予定外の事が起こったのかもしれない。
「厄介なことになっていないと良いのですが……」
「不吉な事を言うのはやめてくれよ」
エルニアから帰還前に立ち寄った礎の里の様子を思い浮かべる。エルニアに関しては各国の国主の合意が得られていたはずで、今回の会合もそれが履行されているか確認のための物だったはずだ。
もし万が一不測の事態が起きれば、真っ先に声がかかるのは俺達だろう。休みが返上になるのはやめて欲しい。だが、起きてもいないことを危惧するのもばからしい。雷光隊創設時の3人で呑むのも久しぶりなんだし、とりあえず今を楽しむことにして不安を頭の隅へ追いやった。
翌日、アルベルタ達4人はまだ少し眠そうながらも元気よく町へ繰り出していった。狭い町だが十分楽しめたらしく、夕刻には充実した表情で帰って来た。いい思い出が出来たのだろう。
そしてその翌日にはアルベルタを連れてミステルへ移動した。3日間の間に私物をまとめ、係わりのあった人への挨拶を済ませるのはなかなか大変だったかもしれない。そしてあっという間に出立の日を迎えた。
「元気でね」
「手紙書くね」
ヤスミーンとモニカも休みを切り上げてミステルへ戻ってきて、挨拶回りに付き添ったり、私物をまとめるのを手伝っていた。今日はレーナも彼女を見送りに来ていて、最後まで名残惜しそうにしていた。
「さて行こうか」
「はい」
今回同行するのは俺とオリガ、シュテファンとレオナルトだ。ラウルは家族と共に先に皇都へ戻ったので、その手伝いをしているコンラートとルーペルトもいない。カミルは母さん達に預かってもらい、ヴァルトルーデ嬢もアジュガで待ってもらう事にした。1ヶ月にわたる滞在で彼女もすっかり慣れた様子なので、大丈夫だろう。
オリガは当然エアリアルに、アルベルタはコンラートの相棒に乗せてもらい、その他の2頭の飛竜に荷物を分けて括り付けてある。私物は大した量ではなかったのだが、色んな人から餞別をもらって大荷物になっていた。その中には母さんが贈った焼き菓子もある。
準備が整い、順次飛竜が飛び立つ。先ずは神官への第一歩を歩み出したアルベルタを無事にフォルビア正神殿へ送り届けなければ。その後は一旦アジュガへ戻り、夏至祭へ参加するためすぐに皇都へ向かうことになる。
のんびり過ごした1か月間から一転。忙しくなる。俺は気を引き締めると、フォルビア正神殿へ向かったのだった。




