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群青の軌跡  作者: 花 影
第6章 親子の物語
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閑話 アルベルタ

「神官になって神殿にいらっしゃいませんか?」

 思いがけず仔竜との絆を結んでしまった私にフォルビア正神殿の神官長様からそんなご提案を頂いた。思いがけない話に驚いたけど、それほど迷うことなくそのお話を承諾することに決めた。

「もう少し考えてからでもいいのよ?」

 奥様にも旦那様にももう少し考えてから決断してもいいのではないかと言われたが、私の気持ちは決まっていた。仔竜とずっと一緒に居られるし、何よりもたくさん勉強が出来る。頼れる親がいない私が1人で生きていくには神官になるのが一番だと思えた。

 私が神官になると決意すると、神官長様のお計らいで1ヶ月間、竜騎士見習いの方々が受ける仔竜との絆を深める勉強を一緒に受けることになった。加えて神官になるための勉強もさせていただくことになり、フォルビア正神殿にお部屋を頂けることになった。

「必要な物をそろえに行きましょう」

 必要最低限の物は神殿から支給して頂けるし、長期間は想定していなかったけど身の回りの物も持ってきている。奥様のお申し出を辞退しようとしたのだけれど、同行を申し出られたジーン卿に言いくるめられて市場へ連れて来られた。

「すごい人……」

「迷子になりそう」

 正神殿の外にはお参りに来る人達を目当てとした大掛かりな市が立っていた。私だけでなく奥様に誘われて一緒に来たヴァルトルーデ様もその人の多さに驚いていた。

「先ずは着替えからね」

「あそこの店がいいものをそろえているわ」

 うっかり周囲の物に目を奪われていると、先頭に立って歩くジーン卿に置いて行かれてしまう。私は背が低いので、人込みの中では周囲が見渡せられない。奥様の後を必死について歩いていると、ヴァルトルーデ様が手を引いてくれていた。彼女の傍らには御婚約者のレオナルト卿がいて、護衛として付いてきてくださっている他の竜騎士方と協力して人の波に押されないようにして下さっていた。

「すみません」

「良いのよ。行きましょう」

 やっとの思いで目当ての店に着くと、既にジーン卿は品定めを始めていた。奥様も一緒になってあれも、これもと次々と商品を手渡され、私は衣類を山の様に抱えたまま立ち尽くしていた。

「このくらいかしら」

「あの、でも、こんなに……」

「リーガスとルークから沢山支度金を預かっているの。神官になるための支度ですもの遠慮しないで」

 満足した表情でジーン卿がそうおっしゃると、奥様は同意する様にうなずかれて代金を支払っていた。買った商品をおずおずと受け取ったのだけど、ジーン卿が護衛の竜騎士に持つように指図していた。

「おや、お嬢さんは神官になられるのかい?」

 私達の話を聞いていた店主がそれならお祝いにと端切れで作ったらしい巾着をいくつかおまけして下さった。たくさん買ったので店主も気分がいいらしい。ジーン卿はその店主からちゃっかりその他の商品はどこで買うのが良いか聞き出していた。

「さあ、次行きましょう」

 張り切るジーン卿に連れられてやってきたのは小物を扱う店が集まっている区画だった。素材や用途で店が分かれ、更には宝飾品も扱っているお店もある。ここでも奥様とジーン卿が手分けして商品を選び出した。鞄に室内履き、扇子に帽子にショールに手袋……もう止めるのも疲れてしまい、私はただ立っているだけだった。

「あら……」

 ただすることもなくぼんやりと周囲を見ていると、宝飾品を扱うお店の前で銀の髪飾りに目を輝かせているヴァルトルーデ様の姿が目に入った。その傍らにはレオナルト卿がいて、苦笑しながら代金を支払っていた。仕事中だけど、息抜きを兼ねていると聞いたのでこのくらいは大目に見て頂いているのかもしれない。心なしか、護衛として一緒に待機して下さっている竜騎士方が羨ましそうにしていた。

「あー満足したわ」

 言葉通り満足そうなジーン卿がまたもや大荷物を抱えて戻って来た。どうやら私の物だけでなく、ご自身の物も購入されたらしい。そしてそれらをまた護衛の竜騎士様方に預けていた。




「疲れたわね。ちょっと休憩しましょうか」

 最初のお店で休憩できる場所も聞いていたらしく、またもやジーン卿の先導で食べ物を扱う区画へ移動した。いろんな食べ物の屋台の他、近隣の農家が野菜を売っていたりとこちらも様々な店が軒を連ねている。そんな中、ジーン卿が選んだのは店先に休憩用の椅子を用意してある屋台だった。

「はい、どうぞ」

 本当は自分が動かなきゃいけないのに、奥様は私を先に席に座らせ、飲み物を勧めて下さった。確かに人込みで疲れていたし喉が渇いていたので、お礼を言って受け取った。爽やかな味の果実水が体に染み渡るようだった。

「後は雑貨ね」

 まだ回るのかと思ったのは私だけではないはず。ちょっと疲れていたのもあったし、何だか申し訳なかった。

「もう十分だと思うのですが……」

「さっきも言ったけど、遠慮は無用よ」

「でも……私は使用人で……」

「私達が庇護し、後見となるのですから貴女は家族も同然です。ましてや神官見習いとして送り出すのですから」

 奥様から返ってきた言葉に私は驚いて固まった。

「私、1人で生きて行かなきゃと思って……」

 神官になったら自分1人で生きていくのだと思っていた。思いがけない言葉に私は涙が止まらなかった。

「そんな事はありませんよ。家族なのですから、いつでもミステルへ帰ってきて、楽しい事も辛い事も話して欲しいわ」

 奥様はそう仰って私が落ち着くまで抱きしめて下さった。ジーン卿は私の頭を撫で、ヴァルトルーデ様は何故か一緒に泣いて下さった。




 私が落ち着くのを待っていただいたせいで、少し休憩が長くなってしまった。それでもその後は雑貨を扱う店へおもむき、部屋で使う小物類をそろえた。嵩張る物が増えたせいか、荷物を持って下さった竜騎士方は本来の職務である護衛よりも大変そうだった。




 翌日の早朝、レーナにせがまれて私と絆を結んだ仔竜に会いに行った。するとそこにはカイさんがいた。彼も自分の相棒となった仔竜に会いに来ていたらしい。

「カイ兄……」

「ああ、おはよ」

 お2人の微妙な関係はモニカやヤスミーンから良く聞いている。私は仔竜を散歩に連れ出し、そっとその場を離れた。そのまま外で時間をつぶし、仔竜の飼育部屋へ戻ってくると、その入り口付近には人だかりが出来ていた。よく見ると皆カイさんと同じ日に相棒に恵まれた竜騎士見習いの方々だった。

「どうしたんですか?」

「しー。静かに」

 私がそっと声をかけると、みんな慌てて静かにするように言って来た。一緒になって中をのぞいてみると、カイさんとレーナが仲良く仔竜の世話をしていた。見習い竜騎士さん達はバレていないと思っているみたいだけど、多分2人とも気付いている気がする。

「いいよなぁ、アイツ」

「俺も彼女欲しい」

 どうやらいい雰囲気の2人……というかカイさんが羨ましいらしい。

「こんなことしているくらいだったら自分を磨けばいいのに」

 ヤスミーンやモニカだけでなくミステルでは一緒に働いていた使用人の恋愛話や理想の男性像を聞かされて来た。こんな風に他人をうらやんでいるようでは、そんな理想像からはかけ離れていくばかりだと思う。そんな事を呟くと、彼等が驚愕の表情で私を見ていた。

「師匠!」

「女の子にモテる秘訣を教えてください!」

「え?」

 彼等はそう言って私の前にひざまずいて来た。そんなこと言われても困るのですが……。

 結局、1ヶ月間神殿に滞在している間、彼等から女の人の理想の男性像をあれこれ聞かれる羽目になった。私だってそんなに詳しいわけではない。でも、身近で一番かっこいいと思えたのはご領主様だったので、奥様と過ごされている時の事を少しだけ話した。

 そしてそんな話をしている間、カイさんも聞き耳を立てていたのはここだけの話。



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