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群青の軌跡  作者: 花 影
第6章 親子の物語
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閑話 オルティス

 美しい幾何学模様のモザイクが施された玄関ホールもそこを抜けた先の居間も全て記憶の中と変わらない。懐かしい声が聞こえてくるような錯覚を覚えるほどよく再現されている。内乱の折に焼失した先の女大公様が愛された別荘は、ヒース卿を始めとした多くの方々のご尽力によって2年前に再建されていた。

 同じ頃、長く勤めていた家令の職を辞して隠棲することとなった私に、陛下はこのお館の下賜を打診して下さった。私などにはもったいない。ましてや1人で住むには広すぎるので、謹んで辞退申し上げた。その結果、同じ敷地内に瀟洒な田舎家が立てられ、再建されたこのお館の名誉管理人といった称号を授けて下さった。

 とはいえ、私がすることは特にない。ヒース卿やリーガス卿御夫妻など、あの当時を知る特別なお客が来訪された時に対応する程度でしょうか。後はあの方が愛したバラを園丁に教えてもらいながら手入れしている。この年になって新しい事を覚えるのは難儀だが楽しい。

 実質的な管理はあの当時の侍女長の娘夫婦が担っている。近隣の村から使用人を雇っているのだが、そのほとんどが当時の使用人の子や孫といった縁ある人達だった。

「オルティス様。ルーク卿御一家が来られるのは明後日に変更となりました」

「そうですか……」

 来客は久しぶり。しかもこの館となじみが深いルーク卿が御一家で来られるとなれば、自然とその準備にも熱が入る。わくわくとした気持ちを抑え切れず、当時を知る使用人と一緒になって歓待の計画に加わっていたのだが、延期と聞いて残念な気持ちになる。

「ですが、明後日には絶対来られるとうかがっております」

「準備の時間が1日増えたと思えばいいのではないですか?」

「そうですな」

 管理人夫妻が落ち込む私をなだめてくれる。どうも最近、感情を抑えるのが難しくなってきた。変化の少ない毎日を送っているせいか、ルーク卿御一家の来訪を楽しみにしすぎていたかもしれない。気持ちを落ち着け、歓待の準備を再開した。




 その日の昼過ぎ、ルーク卿御一家が到着した。少し竜舎で思い出に浸っておられたらしく、すぐに館には入って来られなかった。確かにお2人にとってあの場所が一番思い出深い場所かもしれない。やがて満足されたのか、お子さんをともなって館に入って来られた。

「オルティスさん!」

 私が出迎えるとは思っていなかったらしく、お2人は驚いた表情を浮かべていた。皆で考えた作戦は大成功だったようです。ですが、喜んでばかりはいられません。国を代表してエルニアで奮闘されてきた英雄に対して表情を正し、うやうやしく頭を下げる。

「お久しぶりでございます。エルニアで大役を果たされたとか。ご無事のご帰還をお喜び申し上げます」

「ありがとう。でも、一番貢献しているのはティムじゃないかな。向こうで頑張っていたよ」

「そうですか……」

 相変わらずご自身への評価が低い方です。確かにティム卿……ここで見習い候補をしていた頃を思い出すと感慨深いものがありますが、一人前になった彼が活躍したのとはまた別の話。彼は彼にしかできないことをかの地で果たして来られたので、敬意を払うのは当然の事だと思うのですが……。

「こちらへどうぞ」

 いつまでも立ち話をするのは失礼なので、ご一家をあの居間へと案内する。一番に目につくのは、やはりあの方が良く座られていた安楽椅子でしょうか。皇妃様が以前あの方に編まれたショールと同じものが再現されてかけられている。2年前に留学前の姫様が立ち寄られた折に、皇妃様に託されて置いて行かれていた。

「ここもそっくりそのままに……」

「本当にありがたい事です。女大公様……グロリア様のお声が聞こえてくるようでございます」

 再現された居間を見て、お2人は感嘆の声を上げられる。その一方でその安楽椅子が目に入ると、神妙な表情で姿勢を正した。

「何か、ここに入ると緊張するんだよね」

「そう。自然と背筋が伸びるのよね」

 あの方がご存命の頃のルーク卿は、竜騎士としてまだ名が知られ始めたばかりの頃でした。この館へは当時第3騎士団長を務めておられた陛下のお供として来られる事が多く、この居間で寛ぐよりも竜舎で飛竜の世話をしておられた方が楽だったご様子。

 オリガ夫人に至ってはこの館の使用人として、傍に控えているのが仕事でした。そんな感想が漏れるのも当然でしょう。そんなお2人にはお茶、カミル様には果実水を用意して席を勧める。

「ちょーらい」

「ちょっと待ってね」

 カミル様は飲み物と一緒に用意したお菓子に目を輝かせる。このくらいの年の子供であればすぐに飛びついてくるものだけれど、両親から言い含められているのか騒ぐことなくお菓子を取り分けてもらうのを大人しく待たれている。

 そんなご子息をルーク卿は褒めちぎり、オリガ夫人は微笑んで見守る。お2人のご教育の賜物である微笑ましい光景に私も自然と笑みがこぼれていた。

「ここでこんな風にもてなしていただける日が来るとは思わなかったよ」

「そうね」

 カミル様がお菓子に夢中になっている間、大人達は思い出に浸っていた。在りし日のあの方の事だけでなく、幼い頃の姫様やティム卿の話と話題が尽きず、あっという間に時間が経っていた。気づけばカミル様はオリガ夫人に寄りかかって眠っておられた。

「移動したし、外ではしゃいでいたみたいだから疲れたんだろう。少し休ませてあげよう」

 お茶会はお開きとなり、ルーク卿がそう言ってカミル様を抱き上げ、オリガ夫人がそっと従って退出された。それはかつて組紐を交わされたばかりの陛下とご一家の姿と重なる。懐かしい出来事を思い出し、胸が熱くなってしまった。

 少々熱くなりすぎて私も疲れを感じてしまい、その後は少し休ませていただいた。家に戻ろうとしたのだが、今宵は遅くなるのを見越した使用人達は私が泊まる部屋まで整えてくれていたのでありがたく使わせていただいた。

 そして晩餐の席にはまたルーク卿ご一家とご一緒させていただいた。献立はあの当時陛下をもてなす時に良く出されていた山鳥の香草焼きを主とした内容となっている。ルーク卿も好んで召し上がっていたので喜んで下さり、とても嬉しい気持ちとなりました。

 そこからまた思い出が次々と蘇って話は尽きなくなり、カミル様が休まれた後はまた居間に移動して思い出を夜遅くまで語り合った。




「じぃじ、またね」

 翌朝はいつもより少し起きるのが遅くなってしまった。そんな私に気を使って下さったのか、出立は昼に近い時刻にして下さった。見送りに出ると、エアリアルの背中に収まっているカミル様が小さな手を振って別れを惜しんで下さった。

「どうかお元気で」

「また会いに来ます」

 ルーク卿とオリガ夫人とも挨拶を交わし、2人もカミル様を挟むようにして飛竜に騎乗された。

「どうかご健勝で」

 私が声をかけると、ルーク卿は黙礼を返し、相棒を飛び立たせる。付き従う雷光隊の方々もそれに続き、上空を少し旋回した後に北へ向かわれた。

「ああ、行ってしまわれた」

 寂しい気持ちを覚えながら、飛竜の姿が見えなくなるまで見送った。これでまた館に平穏で代り映えの無い日々が戻ってきたのでした。





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