第6話
「何だか見たことある光景だわ」
途方に暮れているアルベルタの姿を見たオリガの感想だ。皇妃様が未だフロリエという仮の名前で暮らしていた頃、フォルビア正神殿に初めて来たときに同じような事があったらしい。その時は食餌の時間を早めて気を引いて仔竜達を離したらしいのだが、今日は食餌を済ませたばかりでその手は使えない。
クウクウクウ……
ともかくアルベルタに群がっている仔竜を手分けして引きはがす。仔竜達はただ遊んで欲しいだけみたいなのだが、一度に群がりすぎて彼女は苦しそうにしている。それでも無理に引きはがそうとすると仔竜が嫌がるので、適度に遊びながらオロオロしている飼育担当の係員に預けていった。
「さすがですね」
いつから居たのか、トビアス神官長が感心したように声をかけて来る。俺が着いたすぐ後くらいに来て、応援の神官や係員を呼んだりして下さっていたらしい。
キュー
アルベルタにくっついている仔竜はあと1頭になったのだが、その仔竜が彼女にしがみついて離れない。なでて機嫌を取りつつ色々声をかけているのだが、あまり効果は無さそうだ。
「どうやら絆が結び付けられた様ですね」
「やっぱり……」
互いに相棒としての絆が出来上がっていた。めでたい事の様にも思えるのだが、問題があった。彼女は竜騎士になる事を望んでいない。まだ他にも選択肢はあるが、俺だけではどうにもできないし、傍らにおられる神官長の協力が必要だ。何よりも彼女の希望を優先してあげたい。
「さて、どうするかな……」
「私がアルベルタと話をしてみます」
「頼むよ」
どうするか迷っていると、オリガからそんな提案があった。本当によくできた奥さんだ。2人で仔竜を構いながら話しているのを遠巻きにして眺める。大きさの違いはあるものの飛竜の扱いは2人とも慣れたものだ。やがて遊び疲れた仔竜は寝息を立て始める。起こさないようにそっと寝床へ移し、改めて話をすることになった。
「それでしたらこちらへどうぞ」
俺と一緒に一部始終を見守っていたトビアス神官長の計らいで近くの客間へ移動することとなった。アルベルタは不安そうにしているので、「大丈夫だよ」とそっと声をかけ、オリガが彼女の手をそっと包み込むように握る。それで幾分か緊張は解けたみたいだ。
客間に到着すると、神官が人数分お茶を用意してくれる。一息ついたところで、オリガに励まされたアルベルタが自分であの状況に至った経緯を説明してくれた。朝の自由時間に散歩をしているうちに仔竜の飼育場に着き、担当の神官の許可を得て中に入って仔竜を構っているうちにあの状況になっていたらしい。
「アルベルタはどうしたい?」
「あの子と別れたくないけど、竜騎士になるのは怖いです」
アルベルタは自分の気持ちをはっきりと伝えてくれた。俺はトビアス神官長に彼女の簡単な経歴を伝えることにした。さすがに母親のしでかしたことは省いたが、資質を見いだして勉強中だったことと、武術訓練が苦手で竜騎士になるのを諦めた事を伝えた。
「無理に竜騎士にならなくても良いのではありませんかな?」
「でも、あの子はどうなりますか?」
アルベルタは仔竜と引き離されるのではないかと心配しているが、もう絆が出来上がってしまっている以上それは不可能だ。それは俺が一番よく知っている。
「お嬢さんは素晴らしい資質を持っておられる。神官として神殿にいらっしゃいませんか?」
「神官……ですか?」
「時には神官にも資質が必要になる事があります。特に仔竜の繁殖を受け持つ我が神殿では、母竜と意思疎通が出来る人材が不可欠なのです」
トビアス神官長の提案は思ってもみなかったらしく、アルベルタは戸惑っている様子だった。そんな彼女にトビアス神官長はフォルビア正神殿が担っている役割を説明した。単に飛竜を増やすだけでなく、他国の神殿とも連携して飛竜の血が偏らないよう調整しているのだ。
「あの仔竜は陛下の相棒グランシアードの血筋でね、丈夫に育てば礎の里でその血筋を広める役割が与えられるかもしれない。何頭かいる候補の内の1頭だけどね」
「あの子が?」
どうやらあの仔竜は由緒正しいお嬢様だった様だ。だが、礎の里へ行くとなると、既に相棒となっているアルベルタも同行することになる。
「私はどうなるのですか?」
「あの仔竜と離れることは無い事は約束できます。後は……あの仔竜が成長してみないと分かりません。選ばれるのは他の候補かもしれないし、番を得て国内に留まる可能性もあります。貴女が来てくれるのであれば、見習い神官として学べるように取り計らいましょう」
トビアス神官長はアルベルタの事が気に入ったみたいだ。既に仔竜との絆が結ばれているが、竜騎士になるつもりが無いのならば神官への道を進むのが最良だろう。ミステルで受けている教育よりも格段に難しくなるが、元より彼女は学ぶことが好きな様子だ。
ちなみに彼女が竜騎士になるのを断念した段階で俺がこの提案をしなかったのは、将来の道は自分で決めてほしかったからだ。あの時はまさか飛竜と絆を得ることになると思わなかったし、俺が勧めてしまえば自分の意思を押し殺して従っていた可能性もあった。
「ただ、急いで決めなくていいからね。ルーク卿や他の人達の話を聞いて、じっくり考えて決めればいい。あの仔竜は我々が責任をもって面倒を見るから、もし神官の道を選ばなくてもいつでも会いに来て良いからね」
トビアス神官長の言葉にアルベルタも納得した様子でうなずいた。本当に敏い子だと思う。
「そうだね。ちょっと落ち着いてから答えを出そうか。仔竜にまみれて疲れただろうし、部屋に戻って休みなさい。今日は1日ゆっくりしていていいよ」
アルベルタは素直にうなずいたが、何かを言いたそうに俺を見上げる。
「あの、仔竜に会いにいってもいいですか?」
「それは構いませんよ」
「でも、また囲まれないように気を付けないといけないね」
俺がそう付け加えると、彼女ははにかんだ笑みを浮かべていた。
オリガがアルベルタを部屋まで送ってくれることになったので、俺は元々約束していた神殿の練武場へ足を向けた。そこにはリーガス卿とケビン卿がそれぞれの団から連れて来た見習いに指導をしている最中だった。見習い達はもう動けない様子で床に座り込んでいる。アルベルタの件が無ければ、俺も指導に加わることになっていた。
「聞いたぞ。大変だったみたいだな」
「大変というか、想定外の事でしたね」
とりあえず神官への道がある事を教えて後は本人の判断に任せることになったことを伝える。リーガス卿もケビン卿も納得した様子でうなずいていた。
「それにしても相変わらず特異な才能を見つけるのが上手いな」
呆れたようにリーガス卿に言われる。そうは言われてもこうなる事を意図してあの子を保護したわけではないのだけれど。
「ミステルに居る2人も有望だしな」
「今度は第2騎士団に預からせて欲しい」
切実と言った様子でケビン卿に頼まれてしまった。それだけ有能な人材が欲しいのだろう。ケビン卿の尽力もあって第2騎士団も大分風通しは良くなっている。俺が見習いだった頃のようなことはもう起こらないだろう。もう安心して推挙できるが、選ぶのはディルクとロルフだ。
「本人たち次第ですね」
「そこを何とか頼む」
「仕方ないですね。善処しましょう」
強要するつもりが無いのでそう言って言葉を濁しておいた。本人の意思を尊重したいので、そう答えるしかないのだ。
その後はまた見習い達への見本と称して試合をすることになった。ケビン卿には久々に勝つことは出来たが、リーガス卿にはどうやっても有効打を与えることが出来なかった。本当にあの人の体は何で出来ているのだろう? そんな疑問を覚えつつ、昼まで鍛錬に勤しんだ。




