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群青の軌跡  作者: 花 影
第5章 家族の物語
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閑話 ヴァルトルーデ

 突然ですが、婚約者が不祥事を起こして降格になった上に家から勘当されました。話を聞いた時には何の冗談かと思ったけれど、彼のお父様から直々に聞いたから間違いじゃない。

 小父様からは婚約の白紙撤回を宣言されると同時に新しい縁組を打診されたけど、何だか物でも扱うような言い方が気に入らなくて、即刻却下した。これまで花嫁修業でミムラス家へうかがっていた時は、猫をかぶって大人しくしていたから私に反論されるとは思っていなかったみたい。随分と驚いていたけど、怒った小父様は彼を置いてさっさと帰ってしまった。

 残された彼は呆然自失となっていた。12歳で婚約が決まって以来、高位貴族の令息として自信に満ち溢れた姿しか見ていなかったので、焦燥しきった彼の姿はとても新鮮だった。同時にとてもかわいいと思ってしまった。

「さて、どうしようかねぇ」

 そう言いながらも父様は全然お困りのご様子ではなかった。何でも、予めこうなる事は予測していたらしく、国の重鎮方から彼の保護を頼まれていたらしい。騎士資格を剥奪されているけれど、ルーク卿の元で修練に励めば復位も可能なのだと教えて下さった。

 義弟をおとしめようとしたのに、レオナルト様の才能を惜しんでルーク卿の方からそう申し出て下さったとか。小父様は成り上がりだとさげすんでいたけど、ルーク卿の方が大人な対応をしている気がする。

 その後の話し合いでそれがよくわかった。レオナルト様は小父様に飛竜レースで1位帰着を果たせなかったことで叱責されていたらしい。ティム卿に負けたのが許せなかったみたい。レオナルト様もそれがあったから余計に悔しくて愚かしい計画を企ててしまったとのことだった。この話を聞くと、元凶が小父様の様に思えてくる。

 でも、起きてしまった事は変えられない。落ち込む彼をなだめつつ、時には厳しい声をかけて奮起をうながした。彼にはとにかくルーク卿の元で頑張ってもらって復位してもらわなければ。それまでは父様が彼の後見し、結婚はその後考えることになった。絶対幸せになって、あの小父様を見返してやると私は決意した。




 勘当された衝撃からなかなか立ち直れなかったレオナルト様に喝を入れたのは、新しい上司となられたルーク卿だった。謹慎が解け次第、ラヴィーネへ連れて行く予定だったらしいのだけど、今のままでは過酷な旅程に耐えられない。そう危惧されたルーク卿は方々に許可を取って、謹慎期間中でも彼を外に連れ出して鍛え上げた。ついていくのがやっとという過酷な特訓に身を投じることで、余計な事を考えなくて済むようになったと、後からレオナルト様は教えてくれた。

 そしてその出立の日。服装を選ぶのに悩みすぎてしまい、着場に着いたのはギリギリだった。ルーク卿のご厚意でレオナルト様にお守りを渡し、短いながらも会話を交わすことが出来た。母様が言う通り、前の日のうちにちゃんと決めておけばよかった。反省。反省。

 レオナルト様がラヴィーネ遠征中、私は領地に帰らず皇都のお屋敷に残った。主な目的は交友関係の見直し。レオナルト様を受け入れたことで我が家との付き合い方を変えられる家が出て来て、親しくしていた友人の中にもあからさまに距離を置く人もいたのはとても残念だった。

「貴女がヴァルトルーデ嬢? どうぞよろしくね」

 その一方でルーク卿の奥方であるオリガ夫人と知り合った事で、新しい交友関係を築くことが出来た。ワールウェイド公マリーリア様にブランドル公夫人グレーテル様等々、その顔ぶれはこちらが恐れ多くなるくらい錚々たる顔ぶれだった。

 皇妃様主催の北棟での私的なお茶会にも招いて頂き、後からそれを知った元友人方が悔しそうにしていたのを見て、ちょっとだけ留飲を下げた。あくまでちょっとだけ。後はレオナルト様と幸せになってからにしよう。

 ラヴィーネはわが国で最も辺境に当たる場所なので、そう頻繁に手紙のやり取りが出来ない。それでも1ヶ月の遠征期間中にレオナルト様は1度だけ手紙を送ってくれた。その手紙には今までの常識が全て覆されたと、書かれていた。雷光隊の他の隊員との実力差を思い知り、衝撃を受けていたらしい。でも、それで落ち込んでしまうのではなく、少しでも早く追いつけるように頑張るという決意が書かれていたので安心した。

 私もこちらの様子を少しだけ書いて返事を送った。レオナルト様自身だけでなくルーク卿や雷光隊にも悪い噂が流され始めていた。証拠はないけど、小父様の仕業に違いない。やることが本当に大人げない。帰って来ればいずれ分かる事だし、隠し事はしないと約束していたので、その事も書いておいた。

「ただいま……」

 1ヶ月間のラヴィーネ遠征を終えて帰って来たレオナルト様は随分とやつれていた。装具は所々痛んで薄汚れ、面差しには疲労の色が濃く出ている。1ヶ月の遠征がいかに過酷だったかがよくわかる。今までの良家の子息らしくキッチリと騎士服を纏っていた姿をかっこいいと思っていたけれど、精悍さが増したこの姿の方が断然かっこいいと思えた。

「お帰りなさい」

 何だか嬉しくなって抱き着こうとしたが、「汚れるから……」と慌てている姿が可愛い。そんな私達のやり取りを使用人達が生温かい目で見守っていた。

「これ、お土産」

 贈り物自体は昔から良く頂いていた。大抵はミムラス家の格を示すような、一目で高価と分かる宝飾品の類だった。普段使いには難しく、夜会や花嫁修業の為にミムラス家へおうかがいする時ぐらいにしか使えなかった。

 そして初めて辺境と呼ばれる場所へ行った今回は、飾り気のない素朴な瓶に入った野イチゴのジャムだった。予想外すぎて反応が遅れた。

「その……ゴメン、気の利いたものが思い浮かばなくて……」

「いえ、違うの。ちょっと意外と言うか、びっくりしたと言うか……。でも、うれしいです。ありがとうございます」

 しどろもどろになりながら慌ててお礼を言うと、陰っていた表情が途端に明るくなる。以前に比べて何だか表情が豊かになった気がする。はにかんだ笑みが可愛くて、もっと見ていたいと思った。

ジャムは翌朝、朝食の席で頂いた。素朴だけど、甘酸っぱくて美味しかった。彼が一生懸命選んでくれたのだから当然かもしれない。




 レオナルト様とバルトルト卿の決闘騒ぎに始まり、大小さまざまな問題がルーク卿に降りかかったのは、彼の事を気に入らない小父様が陰で仕組んだからとも言われている。確たる証拠が無いので陛下もアスター卿も罰することが出来ないと、レオナルト様が悔しそうにしていた。

 皇都に居ては嫌がらせも激化するばかり。当面の仕事を終えたところでルーク卿はアジュガへと帰省された。レオナルト様も当然、それに同行することになり、またしばらくの間会えなくなった。だけど今回は近いので、数日に一度の頻度で手紙のやり取りが出来るのは幸いだった。

『兄さんの墓がアジュガにあった。随分と慕われていたみたいで花で埋もれていた』

 レオナルト様の兄、ウォルフ様の事はミムラス家では禁忌とされていた。だから彼の口からお兄様の事が出てきて驚いた。手紙にはそれ以上の事は書かれていなかったけど、自分も勘当されたことで思う事もあったのかもしれない。

 その後の手紙にはもうウォルフ様の事に触れられることは無かった。アジュガでの収穫祭や、時折訪れるミステルの町の事等、長閑な内容ばかりだ。長期休暇を兼ねているから当然で、今度は私も一緒に連れて来たいと締めくくられていた。手紙を読んだだけだけど何だか楽しそうな町。私も行ってみたいかも。

 そうして過ごしているうちに休暇を終えたルーク卿が皇都に戻られた。もちろん、レオナルト様も。そして、姫様の護衛として礎の里へ同行していたオスカー卿やアルノー卿らも一緒だった。途中で落ち合って一緒に帰って来たらしい。ともかく無事に帰ってこられて良かった。

「ただいま。これ、お土産」

 皇都に帰ってきてすぐに、お土産を持って私に会いに来てくれた。お土産はミステルの香草茶とコケモモのジャム、そして薬缶。薬缶?と思ったけど、アジュガの工房で作られた物らしい。小ぶりで蓋の取手に小さな花の彫刻が施されている。

「お茶を淹れる時にいいかなと……」

 香草茶を買っていたから思いついたらしい。彼なりに考えて選んでくれたのだ。お礼を言って受け取った。褒められて嬉しそうにしている姿は、やはり可愛い。

その姿を見て、つくづく思う。あの時、小父様の提案を蹴飛ばして良かった、と。そして幸せになって小父様を見返してしてやろうと改めて決意した。




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