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群青の軌跡  作者: 花 影
第5章 家族の物語
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第40話

いつも遅くなってすみません。

 収穫祭当日は天候に恵まれた。実は職人の町であるアジュガに農業で生計を立てている人はいない。それなのに収穫祭が行われるのは、砦だった頃の名残だった。討伐期間中の糧食が運び込まれるのがこのくらいの時期で、駐留する兵士や竜騎士が集められたそれらの糧食に感謝すると同時に討伐期を無事に乗り越えられるよう祈願していたのが始まりだった。

 現在は母さんの様に個人的に畑を作っている人はその収穫物の一部を、職人達は自分達が作り上げた作品を神殿に奉納してダナシアに感謝を捧げている。昔も今も共通しているのは、奉納後は宴会を開いて討伐期前のつかの間の平和を楽しむところだろうか。

「これはわしらが作ったからくりだ。みんなに楽しんでもらえると嬉しい」

 職人達の作品の奉納が終わり、最後に登場したのは父さん達が作ったからくり玩具だった。大きいし重いので、神殿前の広場で荷車に乗せた状態でのお披露目となった。周囲には沢山の人が集まっていて、町中の人が来ているのではないかと思うくらいだ。

 領主の特権で俺達一家と神官長には特別に席が設けられる。だが、これは是非、町の子供達に見てもらいたいので、優先的に前で見させてやる様に兵士達に呼びかけさせる。町の人達も快く子供達に見やすい場所を譲ってくれていた。

「では、始めます」

 一張羅を着て少し緊張した面持ちの父さんの合図で控えていた若い職人がからくり玩具の取手を回し始める。基本的にはアルベルト殿下のお祝いに作ったものと同じだが、それよりも全体的に大きく、動物の数が多い。そして最後に本体の陰から飛竜が姿を現す。何だか見た感じがエアリアルみたいだ。これには歓声が上がり、父さんもものすごくうれしそうだ。ともかく大成功と言っていいだろう。

 子供達はもっと見たいと言っていたが、1回動かすのも相当な労力が必要なので今は我慢してもらう事にした。その代わり日が沈む前にもう一度披露すると約束し、この場は解散となった。ちなみにこのからくり玩具は領主館に設置されるので、定期的に披露する機会を作る予定だ。父さん達の事だから更に改良を加えていくだろうから、また新鮮な気持ちで見ることが出来るかもしれない。




 神殿への奉納が終わり、広場に作られた舞台では、楽団の演奏が始まっていた。夜には招いている劇団がこの舞台で歌劇を上演する予定なので、それまでは自由に楽しむことにした。

 周囲には沢山の屋台が出ており、護衛のマティアスとレオナルトを従えながら、家族でそれらを見て回る。そうしていると迷子にならないよう、抱え上げたカミルが何かに惹かれて指をさす。

「とぉー」

「あれが欲しいのかい?」

 喉が渇いていたらしく、カミルが欲しがったのは果実水だった。早速それをあがない、ちょっと味見をしてからカミルに飲ませる。気に入ったのか、中々の飲みっぷりだ。オリガは近くの屋台であぶり肉を乗せたパンも買ってきてくれたので、休憩用の椅子に座って、3人で仲良く分け合って食べた。話しかけて来る人に応えながら、家族3人で過ごす時間を楽しんだ。

 そして夜。カミルをリーナ義姉さんに預かってもらい、舞台の最前列に設けられた特等席で俺とオリガは歌劇を鑑賞した。演目は「タランテラ復興譚」を抜粋して上演すると聞いていたのだが、思っていたのと違う。人気がある場面ではなく、俺が出て来る場面ばかりが集められていた。しかも随分美化されていて何だか恥ずかしい。

 そんな俺とは対照的に他の住民達には非常に好評だった。終演後はみんな立ち上がって拍手を贈り、役者は何度も舞台に戻って挨拶をしてくれていた。俺ははいたたまれない気持ちになりながらも、舞台は確かに素晴らしかったので拍手を贈った。




 歌劇の鑑賞後は元親方衆に付き合わされて踊る牡鹿亭で宴会となった。集まった顔ぶれからすると長くなりそうだったので、オリガには先に帰ってもらった。二日酔いの薬を用意しておいてくれるらしい。有能な奥さんには本当に頭が上がらない。

「やっぱりルークはすごかったんじゃのぉ」

「ルークはわしらの誇りじゃ」

「英雄様に乾杯じゃ」

 話題はもっぱら歌劇の感想だった。あれは随分美化されていると言ってもなかなか納得してくれない。何度も酒を勧められ、断り切れずにそれに応じた結果、いつもよりも呑みすぎてしまった。これはさすがに明日がきつい。

 見渡せばもうみんな酔っぱらっているので、そろそろ抜けさせてもらう事にした。ちなみに代金は先にある程度払っていたのだが、足りない分は元親方衆に払ってもらうと店を出るときに店の親父さんが言っていた。

「あー、飲みすぎた」

 既に深夜。並んでいた屋台も店じまいしてしまっていて広場に人気は無くなっていた。秋も深まって来たので、夜風は冷たい。だけど酔い覚ましにはちょうど良いので、迎えの馬車を断り、歩いて領主館へ帰ることにした。

「隊長は慕われているんですね」

 護衛として俺に付き合ってくれているレオナルトがおもむろにそう言った。護衛だからと断っていたのだが、押しの強い元親方衆には敵わなくて彼も随分と呑まされている。だが、足取りはまだしっかりしているので大丈夫そうだ。

「小さな町だから住民全体が顔見知りなんだ。俺は慕われていると言うか、彼等にとってはいつまでたっても近所のいたずら小僧のままなんだよ」

「それでも、すごい事です」

 酒が入っているからか、いつになくレオナルトは饒舌だ。ミムラス家にいた頃に受けた領主教育では、領民に侮られないようなれ合ってはいけないと教えられたそうだ。まだ数日の滞在だが、俺もオリガも当たり前の様に住民達と交流しているアジュガの光景にこれまでの常識を覆されたらしい。

「俺1人では何もできないからね。みんなに手伝ってもらっているんだ」

「そんな、考え方もあるんですね」

 親から押し付けられた考えに凝り固まっていたが、俺達と行動をすることで色々と物の見方が変わってきている様だ。少しずつ成長しているようで、俺も引き取ったかいがある。

「あの人も……兄さんも驚いたんですか?」

「そうだな。一番は元親方衆の字の癖の強さに驚いていたな」

 ウォルフに休暇を過ごしてもらうために連れて来たのに仕事を手伝ってもらったのはいい思い出だ。あれからこの町との縁が出来て、そして町の為に心血を注いでくれた。

「自分も兄さんの様に慕ってもらえるようになれるでしょうか?」

「なれるだろう」

「そうだと嬉しいです」

 その後は会話も途絶え、男2人で星空を見上げながら領主館へ戻った。さすがにみんな飲みすぎで、翌朝は俺だけでなくレオナルトも元親方衆もオリガの薬のお世話になったのは言うまでもない。




 収穫祭が終わると本格的に冬支度が始まる。俺は休暇中なので、のんびりと家族と過ごすだけでいいのだが、落ち着かなくて結局アジュガとミステルを行き来しながらその采配をしていた。

「ただ今戻りました」

 休暇の期間がそろそろ終わろうとしていた頃、礎の里へ行っていたアルノーとジークリンデが帰国し、アジュガへやって来た。昨日ロベリアに到着したのだが、俺がアジュガに居るのを知って一足先に出立したらしい。

「無事、役目を果たせたようだな」

「はい」

 2人の顔には充実感にあふれている。公私共にいい時間を過ごしてきたようだ。

「陛下には先に知らせを送ったのですが……」

 アルノーが向こうで知り得た情報によると、エルニアへの直接介入の機運が高まっているらしい。そうなると応援要請が出される可能性がある。

「無視はできないな」

「はい」

 2人の表情が曇る。内乱の折に陰ながら援助をしていただいたのだ。陛下はその要請を断ることは出来ないだろう。

「戻った方がいいかもしれないな」

「我々に声がかかるのは間違いないでしょう」

 竜騎士を派遣するとなると、真っ先に指名されるのは俺達雷光隊の可能性が高い。休暇はまだ少し残っているが、切り上げて皇都へ戻った方がいいかもしれない。

「オスカー卿からの伝言です。もし、アジュガへ立ち寄るのを許していただけるのでしたら、同道も可能です、とのことです」

 家族でアジュガに滞在しているのをリーガス卿から聞いたのだろう。それは確かにありがたい申し出だ。だが、目の敵にされている相手から公私混同と言われるかもしれない。不安はあるが、今更の気もする。

「お申し出を受けよう」

 悩みはしつつもその方が合理的だ。オスカー卿達は明日ロベリアを出立予定だ。夕刻にはワールウェイドに到着し、1泊して皇都を目指す予定だったはずだ。アジュガに立ち寄るのは明後日の午前中といったところか。立ち寄るからには休憩をするだろうからすぐにサイラスを呼んで準備を命じた。

「来年は慌ただしい年になりそうだな」

「はい……」

 俺の言葉に2人も神妙にうなずいた。杞憂に終わる事を願いながら俺は2人に断りを入れると準備の為に席を外したのだった。




あと閑話をいくつかあげてから5章は終了、6章に入ります。

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