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群青の軌跡  作者: 花 影
第5章 家族の物語
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第37話

「失礼いたします。リーガス卿がお見えになられました」

 次の話題へ入ろうとしたところでサイラスが来客を告げる。忙しいはずなのにリーガス卿がわざわざカイを迎えに来てくれたらしい。昨日のうちにシュテファンが俺の予定を知らせておいてくれたのは知っていたが、さすがの対応力だ。

「分かった。すぐに行く」

 残りの報告は夕食後に聞くことにして会議は一旦お開きにし、俺とオリガはすぐに応接間へ移動する。そこにはリーガス卿とこの冬もミステルに駐留する予定となっているクレスト卿がお茶を飲みながら待っていた。

「何か、ジーンが色々と強引に推し進めたみたいで済まなかった」

 開口一番、リーガス卿は謝罪してきた。ジーン卿から話を聞いて随分気にしておられた様だ。ジーン卿が単なる悪ふざけでしたわけではないとも知っているので、俺達は気にしていない。それを伝えると、ほっとした様子で感謝してくれた。

「さっき少し話をしてきたが、あれはなかなかの逸材だ」

「見習いとして預けてもいいでしょうか?」

「大地の資質持ちなんて久しぶりだ。もちろん歓迎する」

 リーガス卿は着場でカイと会って話をして来たらしく、その資質を評価してくれていた。クレスト卿からもお墨付きをもらっていたらしく、推薦した俺としても鼻が高い。ただ、相変わらず勉強が苦手なのが気がかりだ。皇都にいる間も定期的に届けられたアヒムからの報告書でも彼の事も触れられていて、苦手なりにも努力はしていると評されていた。

「失礼します」

 そこへサイラスに連れられたカイが応接間へやって来た。普段は身に付ける物に無頓着なところがある彼だが、作業着から清潔な衣服に着替えている。サイラスが一緒に来たから、もしかしたら彼から何か言われたのかもしれない。

「カイ。改めて君の意思を聞きたい。竜騎士になりたい気持ちに変わりはないか?」

「はい」

 幾分緊張した面持ちで彼は即答した。保護した時には栄養不足で細かった体も、しっかりとした食事と基礎的な鍛錬を積んでいるおかげで随分とたくましくなっていた。なんとなく、女大公様のお館で飛竜の世話をしていた頃のティムの姿と重なる。カイも一人前に育ってくれるとありがたいのだが……。

「先程顔を合わせたとは思うが、彼は俺の先輩で第3騎士団の団長をされているリーガス卿だ。今後は見習いとして彼の下で修練に励んで欲しい」

「頑張りますので、よろしくお願いします」

 ここでの教育の賜物だろうか? カイは反発することなくリーガス卿に頭を下げた。孤児院へ保護するのも苦労した子なので、何だか感慨深い。

「おう、よろしくな、カイ。急で悪いが明朝ロベリアへ帰る。準備をしておいてくれ」

「分かりました」

 カイは迷いなくそう答え、顔合わせは無事に終了した。出立の準備があるだろうからカイに退出をうながすと、礼儀正しく頭を下げて部屋を出ていく。その姿に成長を感じてまたもや感慨深くなってしまった。

 その後は互いの近況などを報告している間に夕食の時間となり、話が尽きなかったのもあってそのまま一緒に夕餉となった。

「傭兵団との契約も終了してしまったし、ティムも抜けてしまった。この冬はどうなる事かと心配したが、ローラントも教育部隊の2人も良く動いてくれている。あれなら大丈夫だろう」

 リーガス卿の本音としてはコンラートに来てほしかったみたいだが、代わりに送り出したローラントは彼に負けない働きをしているらしい。送り出した俺としても一安心だ。他所からの移動もあったとかで、第3騎士団は討伐期を乗り越えるだけの人員をどうにか確保できたらしい。

 一方の第2騎士団も大幅に人員を入れ替えた上に昨年から継続して指導してきたおかげで、昨年よりは戦力が向上しているらしい。シュテファンは今年も残った教育部隊3人と一緒に第2騎士団を支援していく予定だった。

「そういえば教育部隊の面子は雷光隊に入れないのか?」

「元の騎士団へ戻ってもらって俺達のやり方を広めてもらう事になっています。惜しいですけどね」

 俺達も出し惜しみなく鍛えたので、教育部隊の5人はかなり有能な人材に育ちつつある。俺としても何人かは手元に残しておきたかったのだが、当初に交わした契約を違えるわけにはいかなかった。

「そうか……」

5人の中に第3騎士団出身はいない。リーガス卿はそれを残念に思ったのかもしれない。だが、カイを手始めに今後も我が領で見出した将来有望な騎士見習いを預ける予定なので、彼等が成長するまで我慢していただきたい。

「騎士科が軌道に乗ればこんな苦労もしなくて済むか」

「別の問題も起きそうですけどね」

 騎士科は将来の幹部候補の育成を視野に入れて新設される。騎士科に入ることが出来れば将来が安泰と考え、あの手この手で自分の身内を入れようとする輩が出てくるのは間違いない。俺はそれの巻き添えを食わないように、一時的に皇都を離れている状態だ。

「まあ、入ることが出来ても一定の水準を維持できなければ意味がない。今、決まっている講師陣の顔ぶれからしても、その辺は厳しく対処するはずだ」

「まあ、そうですね」

 最初の選定は陛下の指示の下、アスター卿が全責任を持って行うことになっている。現段階では仕方ないとしても、いずれは試験を行って目に見える形で選定される様にしていく事になる。それはそれでまた大変かもしれないけれど。

 こうして話を聞くと、騎士科は思っていた以上に期待されているのが分かる。当面は場所を貸すだけだが、それでも関わる事には違いはない。一層気を引き締めて準備に当たらなければと強く思った。




 リーガス卿との夕餉を終えると、俺は主要な人員を再び集めて会議の続きを行った。次は夕餉の席でも話題に上がったミステルで試験運用される騎士科の準備状況をアヒムが報告してくれた。

「関係者を含め、総勢100名程度なら問題なく受け入れることが可能です」

 ミステルの砦部分は無駄に広い。先の領主の時代にはシュタールから兵団を受け入れていたため、当時使用していた宿舎が転用可能だ。だが、手直しは必要で、この辺はまた皇都から詳細が届いてからになる。

「資材の調達は既にビルケ商会に依頼してあります。職人もすぐに手配できます」

「分かった。皇都から連絡が来たらすぐに始めてくれ」

かしこまりました」

 今回は国からの依頼なので、修繕にかかる費用は国がもってくれるのがありがたい。だからと言って無駄遣いしていい理由にはならないので、きちんと詳細を把握してから着手したい。試験運用まで1年あるけれど、冬の間に工事を進められれば住民の雇用につながるので非常に助かる。

「見習い候補の子供達との面談ですが、明日の昼前に予定しています。その分、香草畑の視察時間が短くなりますが、よろしいでしょうか?」

「構わない。子供達を優先してくれ。畑へは飛竜で移動しよう」

 当初は町中の視察も兼ねて馬で移動するつもりだったが仕方がない。短縮できる移動手段を持っているのだからそれを活用すればいい。

「町中は私が視察をしてきましょう」

「ありがとう、そうしてくれると助かる」

 オリガの提案を即座に了承する。彼女にはサイラスが同行し、護衛にはシュテファンがついてくれることになった。視点が異なる3人の報告は非常にありがたい。

「影の御大から話があると伝言をことずかっています」

 最後にザムエルから報告を受ける。ブルーノから連絡が来るのは珍しい。連絡が無くても会いたいと思っていたので、明日の夜に件の店に行くことにした。例え話が伝わらなくても、あの店に行けばひょっこり姿を現してくれるはずだ。

 これで報告は粗方受けたはずだ。既に遅い時間となっていたので、この日はこれまでとして休むことにした。




「カミルはどうしているかしら?」

 生まれ変わり、格段に居心地が良くなった領主館の寝室で夫婦2人きりの時間を過ごす。しかし、気になるのはアジュガへ置いてきた息子の事で、話題はその事ばかりだ。

「盛大に甘やかされてわがままになって無ければいいけど」

「それは、確かに困るわね」

「でも、帰ったら俺達が甘やかしてしまうかもね」

「どうしよう、否定できないわ」

 腕の中でオリガがクスクスと笑っている。こんな会話が出来るのも、あの子がいるおかげかもしれない。

「ともかく、早く仕事を終わらせてしまおう」

「そうね」

 結局のところ、それに尽きるのだ。翌日も予定が詰まっている。それに備えて体を休めておこうと、おやすみなさいの口づけをして目を閉じた。




 そして翌日早朝、リーガス卿に連れられてロベリアに向かうカイを俺達は見送った。いつかきっと、立派な竜騎士になる事を信じて……。

 


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