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群青の軌跡  作者: 花 影
第5章 家族の物語
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第35話

今回、短めです。

 家族との夕餉を終えた後はカミルと過ごし、そして夜は親子3人で眠った。昼間ずっと寝ていたから眠れるか不安だったが、やはり疲労がたまっていたのかよく眠ることが出来た。明け方、カミルがおねしょをするまでは……。

 慌てて着替えをして寝具を取り換える。起きるにはまだ早い時間だったので、べそをかくカミルをオリガと2人でなだめて寝かしつけた。ようやくカミルが落ち着いて寝息を立て始める頃にはすっかり目が冴えてしまっていた。

「なんか……目が冴えちゃったな」

「鍛錬してくる?」

「良いのかい?」

「ええ」

 良く寝たおかげで体調が良くなり、体を思いっきり動かしたい気分になっているのをどうやら見抜かれていたらしい。朝食には戻ると約束し、奥さんのありがたい申し出に甘えて朝の鍛錬に行かせてもらう事にした。

 オリガに感謝を込めて口づけてから寝ているカミルを起こさないようにそっと寝台から抜け出す。鍛錬用の服に着替え、アジュガに滞在中は竜騎士達の練武場となっている中庭へ向かった。

「何だ、早いな」

「隊長こそ早いですね」

「さすがに寝すぎた」

「自分もです」

 誰もいないと思っていたその場所では既にレオナルトが素振りをしていた。どうやら彼も昨日は昼間に寝ていた影響で早く目が覚めてしまい、朝食前に鍛錬をしておこうと思ったらしい。

 ともかく体を動かし始めたのだが、思った以上に体がなまっていた。嫌がらせで10日近く執務机に縛り付けられていたのだから当然か。ここで無理をすると怪我をするので、通常よりも抑えて体を動かしたのだが、それでもすぐに息が上がっていた。

「隊長、休憩しましょう」

 黙々と体を動かしていると、レオナルトに声をかけられる。いつの間にかサイラスも来ていて、飲み物と汗を拭く布を用意してくれていた。

「おはようございます、旦那様」

「ああ、おはよう」

 こちらにいる間はもっとゆっくりしていてもらいたいのだけど、彼の性格からすればそれは無理かもしれない。彼が用意してくれた果実水で喉を潤し、流れる汗を拭う。中庭の端に置かれている椅子に腰かけ、大きく息を吐いた。すると果実水を飲んでいたレオナルトがおもむろに謝ってくる。

「隊長、すみませんでした」

「お前が謝る事ではないだろう?」

「ですが……」

 何を謝りたいかは分かっている。自分が愚かなことをしなければ、その結果俺が身柄を引き受けなければ今回の様な面倒ごとに巻き込まれずに済んだと悔やんでいるのだ。

「あちらとはもう縁は切れているんだ。気にするな」

「……」

「こんなことも出来ないのかと言われているようで、俺もムキになっていた。それでオリガやカミルに寂しい思いをさせてしまったのは反省だけど」

 何も言えず、ただ項垂れるレオナルトに俺はそう声をかけた。

「さて、そろそろ朝食だ。今朝はここまでにしよう」

「はい」

「午前中に神殿に行くからそれには付き合ってくれ。後は好きに過ごして構わない」

「分かりました」

 そろそろカミルも起きる頃だろう。朝食の前に軽く汗を流しておきたいし、鍛錬はひとまず終了することにした。体が鈍っているし、また後で時間を見つけて動かす必要はあるけれど。俺はレオナルトをその場に残し、ずっと控えていたサイラスをともなって自宅となる3階へ引き上げた。




 柔らかい秋の日差しが降り注ぐカミラとウォルフの墓は今日も花であふれていた。昨日は疲れ切っていて、昼間は寝て過ごしてしまったので、1日遅れてアジュガに着いた挨拶をしに来たのだ。もちろんオリガとカミルも一緒だ。

「ただいま。やっと来れたよ」

 そう声をかけながら持ってきた花を供えていると、カミルも真似をして持っていた花を置く。見よう見まねで祈りを捧げる姿は微笑ましい。オリガと笑い合うと、改めて2人に祈りを捧げた。

「……」

 俺達の後ろにはサイラスとレオナルトが控えているのだが、墓碑銘を見たレオナルトが息を飲む気配が伝わって来た。そういえばウォルフがアジュガで眠っているのを話していなかった。噂ぐらいは耳にしているかと思っていたら、どうやらそれすら聞いたことは無い様子だ。

「オリガ、カミルと神殿で待っていてくれるかい?」

「分かったわ」

 少しレオナルトと話をしておいた方がいいと思い、オリガにそうお願いすると彼女は快諾してくれた。カミルの手を引き、付き従うサイラスと共に墓地を後にする。その後姿を見送ると、俺はレオナルトに向き直った。

「レオナルト」

「……はい」

「ウォルフが家を出た後の事はどの程度知っている?」

「ゲオルグの取り巻きだったのに、いつの間にか陛下に取り入って優遇されているとしか……」

 予想通り真相は知らないみたいだ。俺はゲオルグの取り巻きをしていた頃のウォルフの事は他人からの伝聞でしか知らないが、本人も肯定していたから悪事に手を染めていたことは間違いないだろう。しかし、陛下に取り入ったと言う話は事実と異なる。

「ウォルフはラグラスに捕えられていた陛下を助ける手助けをしてくれたんだ」

 俺はレオナルトに勤めて穏やかな口調でウォルフの功績を教えた。

「出会いは最悪で、彼は俺達の話を信じてくれなかった。だが、実際に陛下が地下牢に囚われているのを見て考えを改めてくれたんだ。彼から届いた詳細な情報のおかげで、俺達は短時間でフォルビア城を制圧できた」

「そんな事が……」

「それだけの功績を上げたのだから褒賞も思いのままだったが、彼はグスタフの悪事に加担していたからと言って全て辞退した。そして最下級の文官として仕える事だけを望んだんだ」

 俺の話を聞いたレオナルトは信じられない様子で呆然としている。そしていつの間にか彼の目には涙があふれていた。そんな彼にウォルフを休暇に誘ったのをきっかけにこの町に来ることになり、カミラと知り合って結婚したことを教える。そして、理不尽な暴力によって命を失ったことも伝えた。

「彼は文官として優秀だった。俺だけでなく町の人達からも頼りにされていた。どれだけ慕われていたかは供えられている花で良くわかると思う。ただ、子供の事は心残りだったはずだ。だから、2人に安心してもらえるよう、俺達はカミルを引き取り育てることにした」

「じゃあ、あの子は……」

「君の甥っ子になるな」

「……似ているとは思ったんだ」

 レオナルトもカミルが俺達にではなくウォルフに似ていたことを疑問に思っていたが、面と向かって聞くことが出来ずにいたらしい。今の話で納得できたみたいだが、別段隠している事ではないので、もう少し情報収集を真面目していれば気付けたことだ。そう言ってやると反省して項垂れていた。それでも俺達が危惧している事に彼も気づいた。

「でも、この事を父さんが知ったら……」

「狙われるかもしれないね。だから、一応気を付けてはいる。陛下もアスター卿も気にかけて下さっているから、滅多なことは起こらないとは思うけれど」

 俺たち家族には沢山の有力な後ろ盾がある事を思い出したレオナルトはホッとした様子で肩の力を抜いた。そして涙を袖で拭うと、幾分スッキリした表情で俺に向き直る。

「もう少しここにいてもいいですか?」

「俺達は先に帰るから後は自由にして構わない」

「ありがとうございます」

 俺に頭を下げるレオナルトを残し、俺も墓地を後にする。神殿で神官長と話しながら待ってくれていたオリガとカミルと合流し、町の人達と交流しながら領主館へと引き上げたのだった。



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