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群青の軌跡  作者: 花 影
第1章 ルークの物語
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第17話

 俺達は2人での生活を満喫していた。朝一番にエアリアルの世話をし、その後軽く朝食を摂ってからシュテファンやザムエル相手に鍛錬をして体を動かす。オリガが用意してくれた昼食を食べた後は2人で出かけたりして過ごすという穏やかな毎日を過ごしていた

 オリガはたまに午後からリーナ義姉さんやカミラに誘われて女性の集まりに参加することもあった。彼女もすっかりこの町になじみ、この町の生活を楽しんでいるみたいだ。その間俺は、自警団に顔を出したり、エアリアルと空の散歩を楽しんだりしていた。

 そしてアジュガ滞在6日目の今日は、一泊の予定でオリガと出かけることになっていた。朝のエアリアルの世話を済ませ、装具を整えて荷物をくくり付けるとオリガを呼びに行く。このお出かけのため昨夜は自重したので、今朝は一緒に起きてお弁当を用意してくれていた。今から楽しみだ。

「お待たせ、準備できたわ」

 裏口から台所を覗くと既にお昼が入った蓋つきの籠を手にしたオリガが待っていた。俺はその籠を受け取り、彼女の手を引いて家を出た。籠がひっくり返らないように荷物に固定し、オリガをエアリアルの背に乗せて騎乗帯で固定する。そしてエアリアルの背に跨ったところで畑にいたらしい母さんが声をかけてきた。

「気を付けて行っておいで」

 予め今日、明日は留守にすることは伝えてある。どうやら見送りに来てくれたらしい。

「うん」

「行ってきます、お母さま」

 騎竜帽をかぶった俺はオリガが母さんに手を振り返したところでエアリアルを空に飛び立たせた。



 一時ほどの空の旅で着いたのは、いつもエアリアルが遊びに来ている湖のほとりだった。昔、夏場にギュンターさんに連れられて来ていた俺にとっても思い出深い場所でもある。青空とこの時期にもまだ雪の残る山を背景に草地には一面に花が咲き乱れる美しい景色が広がっている。

「綺麗……」

 眼下の景色にオリガが感嘆の声を上げている。見せたい光景の一つだったので、喜んでもらえて良かった。頬が緩んでくるのをこらえつつ、上空からの景色を楽しみながらゆっくりと目的の場所に着地した。

「どうしたの、これ……」

 オリガの呟きはそのまま俺の疑問だった。実はギュンターさんが建てた山小屋が今でも残っていて、今夜はそこに泊まることになっていた。しかし、小屋の周りには立派な天幕が建てられていて、さながら小規模な軍の野営地となっている。景色とオリガの反応に気を取られて気付くのが遅くなった。

 まあ、こんな事をした張本人は分かっている。シュテファンと自警団の面々だ。オリガが町の女性陣の集まりに招かれている間、俺は今日の計画に合わせて山小屋の手入れもしていた。それをシュテファンとザムエルが手伝ってくれたのだ。アジュガにも非常時に備えてこういった野営の設備が一式揃えてあるはずだから、それらの点検とか設営の訓練とかといった名目で持ち出したのだろう。

 オリガを降ろし、エアリアルに積んだ荷をほどいていると、天幕の陰からその張本人たちがしたり顔で姿をあらわした。

「大丈夫なのか? これ」

 天幕に感心しているオリガに聞こえないように、小声で作業を手伝うシュテファンに文句を言うと彼は澄ました顔で「訓練です」と答えた。彼等は俺達の護衛としてここから少し離れたところで宿営しているらしい。エアリアルがいれば野生動物が襲ってくる心配はないが、念のためだとか。

 思った通りの返答に呆れつつもオリガには少しでも快適に過ごしてもらいたかったので、この時は「やりすぎだ」と小声で言い返すだけにとどめた。

 荷物はシュテファンが運んでくれるというので、気を取り直してオリガと共に野営地に設けられた設備を確認する。大きな天幕の一つはエアリアル用の簡易の竜舎になっていた。今日は外で休ませる事になるのを申し訳なく思っていたが、十分な寝藁も用意してくれているので、これなら彼もゆっくりと休めるだろう。

 小屋の傍にある天幕は台所と居間を兼ねたようになっていた。隅に煮炊きもできる小さな炉が設置され、食卓だけでなく2人でゆっくりと休めるようなソファーまで置いてある。今は入り口を大きく開けていて、ソファーに座れば湖の景色が一望できるようになっていた。

 小屋へはこの天幕を通らないと入れないように工夫されていた。扉を開けて中に入ると、俺が思っていた以上の設備が整えられていた。むき出しだった床には敷物が敷かれ、どこから調達したのか鏡台まで置いてある。俺は簡易の寝台を持ち込んでいたのだが、いつの間にしっかりした広い寝台に入れ替わっていた。寝台の周りには天井から帳が下げられていて、まるで貴族が使う部屋の様になっていた。

「なんか、すごいね」

「うん……」

 あまりの光景に俺もオリガもただ絶句していた。俺にも想定外だったことはバレバレだが仕方ない。ここまで来たら部下や友人の好意を受け入れて楽しむしかないと腹をくくった。

 小屋から出ると、シュテファンに装具を外してもらったエアリアルがちょうど飛び立ったところだった。彼は早速、派手な水しぶきを上げて飛び込んでいた。冷たい水が気持ちいいらしい。その様子をしばらく眺めていたが、朝食がまだだったので、オリガが作ってくれたお弁当を早速広げることになった。

 オリガがその準備をしてくれている間に、俺は野営地に戻ろうとするシュテファンを天幕の外で捕まえた。

「苦しいです、隊長」

「何を企んでいる?」

「何も企んでいませんよ。ただ、お2人にはゆっくりしていただきたかっただけで」

 羽交い絞めにして締め上げたが、嘘は言ってなさそうだ。だが、それにしてもやりすぎだ。

「心配いりませんよ。本来ならこれぐらいの待遇はされて当然の立場におられるんですよ」

 シュテファンはそう力説してくるが、俺はそんなたいそうな身分になったつもりはない。彼もラウルも俺を神聖視しすぎな気がする。まあ、今回はオリガが一緒だから甘んじて受け入れるが……。仕方ないから適度に締め上げてから解放し、今回のいたずらへの罰を終了した。

「あ、夕食はこちらで用意して運んできますので、それまでお2人でごゆっくりどうぞ」

 シュテファンはそう言い残すと、そそくさと自分達の宿営地に戻っていった。全然懲りてないな、あれは……。アジュガ滞在の残り期間中、シュテファンにも自警団連中にも厳しめの訓練を科してやろうと固く決意した。

 

 

 オリガが用意してくれた美味しい弁当を堪能し、食後は少し休憩してから周囲を2人で散策した。最初は花畑を愛でていたが、いつの間にか2人で有用な薬草や山菜、そしてキイチゴやスグリを採取していた。途中、お弁当を入れてきた蓋つきの籠を取りに天幕へ戻り、その籠一杯になるまで収穫していた。

 その成果に満足して戻った俺達は、休む間もなくその成果を仕分けする。特に薬草の類は品質を保つためには手早い処理が必要らしい。俺はオリガの指示を受けながら汚れを落とし、そしてそれを束ねて乾燥させるために吊るした。のんびり過ごすつもりだったが、ついついこうして何かしら作業をしてしまうのは俺達らしいのかもしれない。

 それでもその後は摘んできたキイチゴやスグリをつまみながらオリガが淹れてくれたお茶を飲んで一息入れた。そして天幕にしつらえてあったソファーでくつろぎながら外の景色を飽くることなく眺めてゆったりと流れる時間を過ごした。

 夕刻、シュテファンは鳥の丸焼きをメインとした本当に豪華な夕食を運んできた。食前酒もスープもデザートもついていて、山の中で食べるとは思えないほど豪華な内容だ。ただ、邪魔をするつもりはないようで、その内容を説明したらまた自分達の野営地へと戻っていった。

「なんか……すごいわね」

「そうだね」

 食卓にずらりとならんだ料理を俺もオリガも唖然として見ていた。絶対、あいつら面白がってやっているだろう。だが、このまま突っ立っていたのではせっかくの料理が冷めてしまうので、俺はオリガを座らせると、自分も席に座る。そして食前酒で乾杯してからこの豪華な食事を頂いた。

 ここはアジュガよりも高地になるため、日が沈めば夏でも随分と冷える。夕景を楽しみながらの食事を終えた俺達は、簡単に片づけを済ませると、早々に小屋の暖炉に火を入れて天幕の入口を閉ざすことにした。ちなみに夕食で使った食器類はシュテファンが後から回収してくれるらしいので、簡単に汚れを拭ってから料理を入れてきた箱に収めて天幕の外に置いておいた。

 そして俺達は早々に寝室となっている小屋に引き上げた。寝るまでの間、お茶を飲みながらゆっくり話をするだけのつもりだったが、我慢できるはずもなくどちらからともなく抱き合って肌を合わせていた。無理をさせるつもりはなかったのだけど、気づけば彼女は腕の中で力尽きて眠っていた。やりすぎたかな。でも、恥ずかしがるオリガが可愛いのだから仕方ない。うん。



キャンプを予定していたはずが、いつの間にかグランピングにかわっていて驚くルーク。夕飯はオリガにはゆっくりしてもらって男の手料理を披露する予定だった。


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