第34話
仲直りが出来てホッとしたのか、夕方になってサイラス達の到着を知らせに来たレーナに起こされるまでオリガと2人で寝こけていた。急いで身支度を済ませると、サイラスと彼に同行してくれたコンラートとファビアン、マティアスが到着の挨拶に来た。
「ただ今到着いたしました」
サイラスにそれほど消耗した様子はないし、この時間帯に到着したと言う事は、無理をせずに飛んできたのだろう。そして彼等は俺とオリガの姿を見て一様にほっとした表情を浮かべる。無事に仲直り出来たことをどうやら察してくれたらしい。
「お疲れ。今日と明日はゆっくり休んでくれ」
俺がそう労うと、サイラスは少し不服そうにしている。いかなる時も主に尽くすのが職務と考えているのだろう。だが、今回ばかりは譲れない。俺達の為に家族と離れて暮らす選択をしてくれたのだから、久しぶりに会えた時ぐらいは共に過ごす時間を取ってほしい。そう伝えると渋々ながら了承していた。
「ガブリエラから今夜はビレア家の方々と夕餉を共にされると聞いております。1階の食堂にもうじき準備が整います」
「分かった。そう言えばレオナルトの姿は見たか?」
何しろレーナに起こされるまでずっと寝ていたので状況を把握できていない。これから行動を共にすることが多くなるだろうから、レオナルトの事も家族に紹介しておきたい。
「竜舎で飛竜の世話をしておりました」
彼等が到着した折に係官と一緒に飛竜を預かっていたらしい。
「家族に紹介したいから顔を出す様に伝えてくれ」
「分かりました」
コンラートが代表して応えたところで、レーナが夕餉の支度が整ったと伝えに来た。竜騎士達には十分休むように念押しして先に下がらせ、俺はオリガを伴い階下へ降りていく。その後を当然の様にサイラスが付き従っていた。
「きゃー」
「カミル……」
カミルがオリガの姿を見るなり嬉しそうに抱き着いていた。アジュガに着いてからのオリガは体調不良に加えてふさぎ込んでいたのもあり、あまりカミルをかまってあげることが出来なかったらしい。久しぶりに母親にかまってもらえ、更には家族が全員揃っているのが嬉しいらしく、妙に上機嫌だ。
「ルーク……何かやつれていないか?」
オリガと2人でカミルをかまっていると、今朝は顔を合わせられなかった兄さんが驚いた様子で声をかけて来る。自覚は無いのだが、食卓の準備をしている母さんとリーナ義姉さんが口を挟んでくる。
「今朝よりは随分良くなっているけどねぇ」
「そうそう。オリガの事で小言の一つでも言ってやろうと思っていたけど、あんまりひどかったから止めたのよ」
そんなにやつれていただろうか? 皇都から夜通し飛んで来たから確かに疲れてはいたけれど。
「オリガさんも元気になったみたいで良かったよ」
まだカミルと戯れているオリガを見て母さんはホッとした表情を浮かべている。夫婦で心配かけてい面目ない。
「腹減った。飯にしよう」
「全くあんたは……」
先に食卓に付いていた父さんに母さんは呆れたように言い返している。相変わらずの夫婦のやり取りに苦笑する。だけど父さんの意見にも一理あるので、みんなに席に着くように促した。
「それだけ食欲あるなら大丈夫みたいね」
料理を無心で胃に収めていると、リーナ義姉さんが呆れたように声をかけて来る。
「久しぶりにゆっくり寝たからかな。とにかく忙しかった」
そう返す間も手が止まらない。オリガが家を出てからの10日間は、寝る時間を削って仕事をしていた。食事も必要最小限だったので、自覚は無かったけどまあ、やつれたと言われても仕方がないかもしれない。
「変わったことは何かない?」
その辺の事情説明は後でするつもりだったので、先ずはアジュガの近況を聞いてみる。もうじき収穫祭があるので、その折にお披露目される父さん達のからくり玩具の新作が完成間近らしい。出来上がりが待ち遠しい。
あとはビルケ商会が手掛けてくれた雑貨屋が好評らしい。ロミルダが不祥事を起こした影響で彼女の実家の雑貨屋は閉店に追い込まれていた。そうなると逆に町も不便になってしまうため、ノアベルトさんの計らいで新たな雑貨屋の開店にこぎつけた形だ。
そしてヨルンの実家の酒屋も客足が遠のいていたので、こちらはミステルに移ってもらって再出発してもらっている。アジュガに酒屋は他にもあるし、各店それぞれの特色を出して頑張っている。
「失礼いたします」
そこへ竜騎士達が家族に挨拶に来た。どうやらコンラートがレオナルトに配慮して一緒に来てくれたらしい。
「レオナルトと申します」
俺が預かっている竜騎士見習いだと紹介すると、彼は緊張の面持ちで俺の家族に挨拶をする。家族へはまだウォルフの弟だとは伝えていない。その事も含めてこの後話をするつもりだ。当人の目の前でするといたたまれなくなるだろうから、今夜は踊る牡鹿亭へ繰り出すコンラート達とアジュガの夜を楽しんでもらう事になっている。
「レオナルト君、よろしくね」
俺の部下ということで、母さんは早速家族認定してくれていた。その押しの強さにレオナルトは若干引き気味だったが、こればかりは慣れてもらうしかない。
「明日はゆっくりしてもいいから、羽目を外しすぎない程度に楽しんで来い」
俺はそう言って挨拶を終えた竜騎士達を送り出した。色々な面で優遇されている俺達竜騎士は出向いた先でお金を還元するのもある意味役目と思っている。彼等もこの町でしっかり還元してくれると、領主の俺としてもありがたい。
食事も終わり、ガブリエラが子供達を連れ出してくれたところで今日の本題に入る。いつの間にか旅装を解いて着替えたサイラスがさりげない様子で全員にお茶を淹れてくれる。休んでなくていいのかと小声で聞いたら、問題ないという返事が返ってきていた。
「そろそろ聞かせてもらおうかしら」
サイラスが一礼して下がり、家族だけになったところでリーナ義姉さんが早速話を切り出してきた。
「発端はさっき顔を出したレオナルトが夏至祭の舞踏会の最中に起こした不祥事だ」
俺はレオナルトの身柄を預かった経緯をかいつまんで家族に説明した。彼の一方的な思い込みに皆が顔を顰める。
「どうしてそんな問題のある子を引き受けたの?」
「能力は間違いなく高い。それを捨てさせるのはもったいないと思ったんだよ。それに……彼はウォルフの実の弟だ。何だか見捨てられなかったんだ」
「おや、そうなのかい?」
「ああ。不祥事を起こしたのが気に入らなかったのか、兄同様彼も家から勘当された。何だか放って置けなかった」
「ルークらしいわね」
ウォルフの弟と聞いて家族の態度が軟化する。だが一方で父さんと母さんはその親に憤っている。
「でも、勘当だなんて……そんなに簡単に子供を見捨てる親も親だよ」
「うむ」
「何よりも体面を気にする家柄みたいだ。自尊心が高いから許せなかったのだろうとアスター卿は仰ってた」
「それでもだよ」
母さんは納得がいかない様だ。いろんな考えがあるのは俺も分かってはいるが、納得できる事ではないのは確かだ。
「もう後が無いと悟ったレオナルトは必死になって俺達の訓練にくらいついて来た。以前の思い込みを捨てさせれば以外に素直に言う事を聞いてくれる。おかげで竜騎士としての腕も随分と上げた。それがミムラス家の御当主は気に入らなかったらしい」
「それって逆恨みなんじゃない?」
問題児を押し付けられたことに始まり、アスター卿も気づかないところで面倒な仕事を俺に回してきたのだ。所属しているのは騎士団の会計だが、事務方にも顔が利くので根回しはお手の物らしい。
「それで休暇がなかなか取れなくて、ようやくとれたと思ったら問題児が騒動を起こして呼び出された。オリガには本当に悪い事をしたよ」
「ううん。私もどうかしていたのよ」
改めてオリガに謝ると、彼女は寛大な心で許してくれた。夫婦間で話がついているのなら、他の家族もこれ以上口を挟むつもりはないらしい。
「だけど、問題はもう一つある。レオナルトを勘当したからミムラス家は後継者を探さなければならなくなった。今は身内の中から候補者を選んでだれがふさわしいか見極めている最中らしい。だけど、そのいずれもがレオナルトに遠く及ばない」
「それは仕方ない事じゃないの?」
「そうだよ、ルーク。勝手に困っていればいい」
リーナ義姉さんと兄さんは口々にそう言うが、俺はお茶を飲んで一息つくと、最大の懸念を打ち明けた。
「その3人もいずれ不適格として家に戻される可能性がある。本当はレオナルトの勘当を解いてもらうのが一番いいのだけど、自尊心が高い彼がするとは思えない。一番俺が恐れているのは、カミルの存在に気付いて俺達から取り上げようとすることだ」
「え?」
「さっきも言ったようにウォルフはレオナルトの兄だ。俺達は養子を迎えたことを隠してはいないし、少し調べればカミルがウォルフの息子だとすぐにわかってしまう。子供ならば自分の都合のいい様に育てられると思うかもしれない。まだそうと決まったわけではないけど、対策だけはしておきたい」
そこでいったん言葉を切ると、隣にいるオリガと視線を合わせる。そしてうなずき合うと、改めて家族にお願いする。
「今回は迷惑かけてゴメン。これからも面倒かけるだろうけど、カミルを守るために手を貸して欲しい」
「そんなの当たり前じゃないか」
「そうだな」
「任せてちょうだい」
「おう。何が出来るかわかんないけどな」
家族から快い返事をもらえた。これほど頼もしい味方は無い。でも、まだどうすればいいかはよくわからないけれど。
ビレア家の家族の絆はタランテラ一




