第30話
遅刻しないように努力すると言っていたのにいきなり遅刻してすみません。
迎えた祝宴の当日は天候に恵まれた。今回は夏至祭の後に行った送別会よりも規模が大きくなるので、普段は使わない広間や大食堂など1階の大部分に加えて中庭も開放して会場を整えた。
20人近い竜騎士に満足させようと思うと、料理の準備が大変なことになる。アイスラー家からも手伝いに来てくれるけれど、オリガやリタに負担をかけたくなかったので、よく行く料理屋の主人に応援を頼んだところ、快く引き受けてくれた。朝早くから来てくれて、慣れない厨房でもその腕を存分に振るってくれている。会場の準備をしている間にその匂いが漂ってきて、お腹が鳴ってしまった。
「お招き下さり、ありがとうございます」
無事に準備が整い、後は客を迎えるばかりとなった。予定していた昼過ぎ、最初に来たのはジークリンデを除く教育部隊の4人とレオナルトだった。レオナルトはちゃんと婚約者を連れて来ている。遠慮しそうだったから先に連れてくるように言っておいて正解だった。
「ヴァルトルーデ・ディア・バルリングでございます。本日はお招き下さいましてありがとうございます」
レオナルトの婚約者の御令嬢はそう言って俺とオリガに優雅な仕草で挨拶をしてくれた。あどけなさが残るが、なかなか利発そうなお嬢さんだ。きっと彼は気付かないうちに彼女の掌で転がされているような気がする。
「みんなが揃うまで中で寛いでいてくれ」
「無理ですよぉ」
一同を促すと、教育部隊の4人からは情けない返事が返って来た。そんな彼等の案内をサイラスに任せ、続けて来たマティアス達の応対に回る。彼等もまたしり込みをするので、背中を押して会場へ追いやってやった。
「本日はありがとうございます」
そしていよいよ今日の主役がやって来た。正装姿のアルノーに手を引かれたジークリンデは、薄紅色のドレスを纏っていた。まさに幸せを絵にかいたような2人に俺もオリガも自然と顔が綻ぶ。
「楽しんでいただけると嬉しいわ」
オリガがそう言って2人を促そうとしたところで、ジークリンデの足が止まる。彼女の視線の先にあるのは1枚の絵画。牧歌的な農村の風景画で、それほど大きな作品ではないのだが、なぜか目を引く作品だった。それは亡くなられたジェラルド殿下が生前に描かれたもので、この家を賜った折にアスター卿とマリーリア卿から頂いたものだった。
「素晴らしいです……」
感極まった様子で彼女はその絵の前で跪く。俺達があっけにとられている中、アルノーは「リンデ、落ち着いて」と声をかけていた。
「失礼いたしました。彼女はジェラルド殿下の作品の愛好者なんです」
感動して涙ぐんでいるジークリンデに代わってアルノーが説明してくれた。2人供芸術品が好きで時間があれば本宮や大神殿の装飾を見て歩いているのは俺も知っている。リネアリス家の本宅にも殿下の絵は飾られていて、幼い頃にその絵を見たジークリンデは感銘を受け、芸術に興味を持ち始めたと言う。
きっかけとなったジェラルド殿下の作品への思い入れが強く、新しい作品に出合うとこうして感極まって涙ぐんでしまうらしい。良く出入りしているアルノーは我が家に殿下の作品があるのを知っていたが、驚かそうと黙っていたのだとか。
「お騒がせしてすみません」
「いや、かまわないよ。仲がいいのが良く分かった」
絵の側から離れがたそうなジークリンデにはまた後でゆっくり見ればいいと言って会場へ促し、その直後にフリーダを伴ったシュテファンも到着して全員が揃った。
「アルノーとジークリンデ、シュテファンとフリーダ嬢、2組の婚約を祝って乾杯」
主催者として冒頭に簡単な挨拶をして幸せな2組を祝う宴は始まった。堅苦しくしたくは無かったので、食事は立食式にして好きに過ごしてもらう事になっている。俺もラウルやシュテファンと酒杯を傾けながら雑談に興じる。今日ばかりは仕事を忘れてのんびりしたいので、話題も個人的な話ばかりだ。
「アジュガで開ければ良かったんだがな……」
「さすがに無理でしょう」
「礎の里へ行く途中に寄る訳にも行きませんし」
実のところ、シュテファンやアルノーの婚約を後から手紙で知らせたところ、うちの両親もものすごく喜んでいた。お祝いしたいと書いてあったが、日程的に無理があったのでアジュガまで行くのは断念していた。まあ、今年は無理でも来年以降に立ち寄ればそれを口実にした祭りが開かれるだろう。
「あと3年ある訳だが、寂しくないのか?」
「それは寂しいですよ」
フリーダはもうじき礎の里へ行ってしまう。少し茶化してシュテファンに聞いてみると、深いため息と共に当然ともいえる答えが返って来た。
「10年待ったのだから3年くらいなんともないだろうと母には言われたのですが……気持ちを自覚してしまうと離れてしまうのが辛く感じます」
シュテファンは苦笑しながらそう付け加え、杯の中身を飲み干した。その視線の先にはオリガやイリス夫人と共に子供達をあやしているフリーダの姿があった。
最初に紹介されたのは6年前、シュテファンの実家に3人で立ち寄った時の事だった。年の離れた妹だと思ったら、婚約者だと紹介されてすごく驚いた記憶がある。彼にまとわりつく姿は幼気なかったのだが、今では誰もが振り返るような美少女に成長している。シュテファンが気が気でないのもわかる気がする。
「戻ってきたらすぐに籍を入れるのか?」
「そのつもりです。彼女の気が変わらなければですが……」
余程寂しいのか、シュテファンはいつになく弱気だ。そんな彼にラウルがポンと肩を叩く。
「どんなに妹扱いされても昔から彼女はお前しか見ていなかっただろう? お前に相応しくなる為にひたすら努力してきたんだ」
「そうだな……」
「3年後にはまた盛大に祝おう。今度はアジュガで」
最後に俺がそう声をかけると、シュテファンはぎこちなく笑っていた。
話が一段落したところで、会場を見渡す。雷光隊に入って日の浅いレオナルトは楽しめないのではないかと危惧していたが、ラヴィーネでも一緒に行動していたドミニクが気にかけてくれている。
彼やファビアンには既に婚約者がいて、今日も一緒に来てくれているのでヴァルトルーデの話し相手もしてくれている。俺の方からは特に指示をしていなかったのだが、機転を利かせてくれているのはありがたい。
そこで俺はもう一組の主役の様子を見に行くことにした。向かった先はオリガのお気に入りの小部屋。実はジークリンデは食事もそこそこに玄関ホールの絵を見に行こうとしていた。さすがにお客様をずっと玄関に立たせておくのも失礼だ。そこで急遽、サイラスに命じて絵をこの部屋へ移動させたのだ。
そっと中をのぞいてみると、2人でその絵をじっくりと鑑賞していた。手を握り、時折顔を見合わせながら笑い合っている。俺に気付いてアルノーは黙礼を返してくる。彼がついているのなら、ほどほどのところで切り上げさせて会場の方へ戻ってきてくれるだろう。邪魔をするのも悪いので、俺はそっとその場を離れた。
再び広間に戻ったのだが、そう言えば頭数が妙に少なく感じる。もしかしてと思って中庭に出てみると、隅の方に教育部隊の4人とマティアス達3人が固まって酒杯を傾けていた。
「ここで固まっていても楽しくないだろう?」
「いえ、十分に楽しんでいます」
とてもそうは見えないから声をかけたのだが、良い酒と美味い料理にありつけているので十分楽しいらしい。
「そういえば誰も恋人はいないのか?」
皆には恋人も連れてきていいと言っていたのだが、ここにいる面々は皆誰も連れて来ていない。何気なく聞いてみたのだが、彼等は一様に力なく首を振っている。
「俺は振られました」
「自分もです」
オスヴァルトとハーロルトはそう言って肩を落とす。ハーロルトは故郷の幼馴染と付き合っていたが、休暇を利用して先日合いに行ったら金持ちの商人と結婚していたらしい。そしてオスヴァルトは夏至祭で知り合った女性といい雰囲気になっていたらしいのだが、ラヴィーネに行っている間に貴族の嫡男と婚約していたらしい。
実に気の毒な話だった。他は忙しすぎて恋人を作る暇が無いと胸を張って言われてしまった。うーん、今度は出会いの場を設けた方がいいのだろうかと本気で悩むところだ。
「まあ、なんと言うか、元気出せ」
「隊長、出会いをください」
まさに切実な訴えだった。何だか気の毒になってきて、考えておくと答えて俺はその場を後にした。後で妙案は無いかオリガやサイラスに聞いてみよう。俺に頼られてもどうしていいかはわからない。
「隊長、今日はありがとうございました」
日が暮れる頃、宴はお開きとなった。まだ早い時間なので、今日の主役たちを始め、恋人と参加している隊員達はこの後またどこかへ 出かけるみたいだ。特にシュテファンとフリーダは出立までの時間を大切にして欲しい。
独り身組は片付けの手伝いを申し出てくれたが、今日はお客様として参加してもらっているので丁重に断った。こうして全てのお客様を見送り、ビレア家で初めて開催された宴は終了したのだった。
今回は書き上げるのに苦労しました。にもかかわらずあまり意味がない内容になってしまった気も……。
5章を最終章にしようと考えていたけれど、思った以上に話が進まないし、思った以上に話が長くなっているので、秋の話までで一区切りとして6章を追加しようかと思案中。




