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群青の軌跡  作者: 花 影
第5章 家族の物語
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第26話

「ルーク、よく来てくれた」

「ようこそ、ルーク卿」

 翌日の夕刻、この日の宿泊地であるマルモアに無事到着した俺を第4騎士団長であるユリウスと奥方でマルモア総督でもあるアルメリア様がわざわざ出迎えてくれた。そしてその背後には先に到着したラウルが控えていた。

「出迎え、ありがとうございます。大人数で押しかけて申し訳ありません」

「雷光隊なら大歓迎だ」

 2人は諸手を上げて歓迎してくれる。俺はお茶に誘われたので、ラヴィーネから行動を共にしていたドミニクとレオナルトには休養を取る様に言い、まだ到着していないシュテファン隊とコンラート隊の事はラウルに任せた。

 ユリウスとアルメリア様に案内された先は2人が私的な客をもてなす応接間。アルメリア様がお手ずからお茶を淹れて下さった。

「そういえばまだ全員揃っていないみたいだけど、他の隊員は?」

「今日中には着くはずだ」

 帰りは雷光隊だけの移動。そこで久しぶりに雷光隊式の飛竜レースをすることにしたのだ。俺の他にラウル、シュテファン、コンラートを隊長とし、他はくじ引きで配属を決めて4つの隊を作り、それぞれが選んだ経路でマルモアにどれだけ早く着くかの競争だ。飲食代を賭けることもあるのだが、今回は到着順に先延ばしになっていた夏季休暇をとることになっている。

「また、君達は変わったことをしているね。だからこれだけ短期間で精鋭と呼ばれる様になったんだろうけど」

 今回の趣旨を説明すると、ユリウスからは呆れたような感想が返って来た。ちなみに、しくも俺の隊にはドミニクとレオナルトとなっていた。何か作為でもあったのではないかと疑いたくなったが、くじ引きの現場に俺も立ち会ったから純然たる運だ。

 雷光隊内では誰が誰の指揮下に入っても連携が取れるようにしていて、これはその訓練の一環でもある。エーミールとファビアンが配下に着いたラウルに先を越されてしまったが、まだ長期間の高速移動に慣れないレオナルトをドミニクと2人で庇いながら移動して2着だったのは上出来だろう。

「晩餐の準備が整ったら呼ぶから、それまでゆっくりしていてくれ」

 ユリウスもアルメリア様もまだ仕事が残っているらしく、ゆっくりお茶を飲み終えた頃合いで侍官が2人を呼びに来た。独りこの場に残ってもすることも無いので、俺も席を立って別の侍官に部屋へ案内してもらった。

 ユリウスの計らいで、俺にはマルモア総督府で最も格の高い客間が用意されていた。ちょっと落ち着かないのではないかと思っていたが、こういった扱いに慣れてきてしまっている自分もいる。移動で疲れてはいたが、ラヴィーネに滞在していた間の気疲れに比べれば何でもない。湯を浴びて着替えただけでその疲れも吹き飛んでいた。

 その後シュテファン隊もコンラート隊も無事にマルモアへ到着した。シュテファン隊は後学の為に指揮をローラントに任せたのだが、ちょっとした判断を迷って遅くなったらしい。一方のコンラート隊は完全に経験不足によるものだった。コンラートもこの雷光隊式の飛竜レースで小隊長を任せるのは初めてだったし、配下となったマティアスもオスヴァルトもまだ経験が浅い。今回はくじ引きの運が強く出た結果になった。




 晩餐に招かれたのは俺の他に今回小隊長を務めた3人。ちなみに他の隊員は宿舎の食堂で第4騎士団の団員と交流しながら食事をしているはずだ。

「今度第4騎士団でもやってみようかな」

 晩餐の席で先ず話題になったのは今回の雷光隊式飛竜レースだった。特にコンラート隊の苦労話に感銘を受けたらしいユリウスは本気で訓練への導入を考えている。しかし、やっている俺達が言うのもなんだが、いきなりこれをやるのは難しいかもしれない。

「元は今知られている経路よりも早い経路を見つけるのが目的だったんだ。マルモアは平地が多いからやってもあまり差異が出ないと思うけど」

「うーん、それもそうか。でも、即席で隊を組ませて連携を強化させるのはいいかもしれない」

 ユリウスなりの妥協点はどうやら見つかったらしい。最初は戸惑うだろうが、そのうち第4騎士団内で当たり前の訓練になっていくかもしれない。

「それにしても雷光隊をかたるなんて許せませんね」

 その後はラヴィーネ演習に話題が移ったのだが、既にあの若様が引き起こした事件を2人供ご存知だった。特にアルメリア様はあの男が子供を相手に暴行を繰り返していたのを許せなかったらしく、鉱山送りでは生ぬるいとおっしゃっていた。

「簡単に許すつもりはありませんよ」

 伝え聞いた話だが、鉱山労働者の中には既に明確な序列が出来上がっているらしい。力のある一握りの古株が権力を握っているらしく、新入りは彼等に気に入られないと居場所すら確保するのが難しいらしい。元の身分など関係ないし、同じく鉱山送りとなった取り巻きとも引き離されるので、件の若様は苦労するに違いない。

「それでも、許せませんわ」

 孤児院を増やして身寄りのない子供を積極的に保護しているアルメリア様は怒りが治まらないご様子だ。そんな彼女に隣に座っているユリウスが優しく声をかける。

「怒った顔も可愛いよ」

「もう……」

 ああ、はいはい……。相変わらず仲がよろしいようで……。そんな2人のやり取りにラウルとシュテファンは視線を逸らし、コンラートは食事に集中するフリをして見ないふりをしていた。だが、続くユリウスの一言に俺達は固まる。

「陛下を怒らせたからね、ラヴィーネの有力者達は近々その権力の全てを失うはずだよ」

 俺が皇都に帰ってから報告をする予定だったのだが、既にハーゲン卿から詳細な報告が送られて周知されていたらしい。ユリウスの話によると、アントン総督ももしかしたら更迭されるかもしれないとのことだった。彼の場合は他に適当な人材が無くて仕方なくみたいな感じがする。

「彼は上に立つよりも誰かの指示に従って働いた方が能力を発揮できるのでは?」

 俺は何気なく言ったつもりだったが、ユリウスとアルメリア様は何やら真剣な表情で話している。先程までいちゃついていたとは思えないほどの豹変ぶりだ。

「ルークは誰が上に就いた方がいいと思う?」

 おもむろにユリウスがそう尋ねて来る。現段階で純粋にラヴィーネを任せられるのは1人だろう。ただ、実際に出来るかどうかは疑問が残るが。

「ハーゲン卿かな。ただ、1人では無理でしょう」

 俺の答えにユリウスもアルメリア姫も納得した様子でうなずいている。でも、そのまま陛下に進言するのはやめてくれよ? まあ、向こうに帰ってから同じことを聞かれたら同じことを答えるだろうけれど。

「一つの意見として叔父上にご報告致しましょう」

「俺の意見だと言うのは言わないで欲しいのだけど?」

「無理だね」

「無理ですわ」

 俺の嘆願は2人に即座に却下された。




 和やかな(?)雰囲気のまま晩餐は終了し、食後のお茶を飲んでいると乳母に連れられて2人の子供達が挨拶にやって来た。上の女の子は3歳で下の男の子はもうすぐ2歳になる。2人供カミルと年が近い。夏至祭の折には保育室で玩具を取り合っていたらしいが、きっといい友達になってくれるはずだ。

 やがて晩餐会もお開きになり、ラウル達は宿舎へ引き上げていった。俺はユリウスから酒席に誘われたので、彼の私室へ移動する。

「とりあえずお疲れ」

 ユリウスが俺の為に用意してくれていたらしいワインを杯に注いで労ってくれる。俺は感謝してそれを受け取ると香りを確かめてから口に含んだ。どうやら奮発してくれたらしく、ブレシッド産の年代物……みたいだ。確信はないけど、でも、美味しい。

「やっと、帰れる……と言ったところかな」

「突発で決まったからね。アジュガへは帰れそうかい?」

「難しいかもしれないな」

 休みを取る事は可能だが、もうじき夏も終わるので長期間は難しいかもしれない。俺とオリガだけだったら数日あれば帰ることが出来るが、カミルも一緒となるとちょっと考えてしまう。今年はこのまま皇都で過ごすことになりそうだ。

「なあ、ルーク。レオナルトはこのまま雷光隊でやっていけそうかい?」

 しばらく無言でワインを味わっていたが、ユリウスが徐にそんな事を訪ねて来る。

「まあ、よく頑張っているんじゃないかな」

「復位は出来そうか?」

「彼の気持ちが切れないうちは大丈夫だろう」

 いきなり無茶をさせたが、それでも彼は歯を食いしばって耐えている。自分のしたことを反省してか? バルリング家の令嬢の為か? もしくは自分を見捨てた父親を見返すためか? いずれにせよ後がないという自覚がある限り、復位することは出来るだろう。

「そうか、ならいいんだ」

「何かあるのか?」

 ブランドル家とミムラス家は懇意にしていたと聞いているからユリウスも昔からレオナルトの事を知っていたのだろう。ただ、彼の口ぶりは知り合いを気にかけているだけの様には聞こえなかった。

「ラヴィーネの話と共に皇都から届いた話だが、ミムラス家は後継候補として縁戚から養子を3人迎えたそうだ」

 完全にレオナルトの存在を無いものとして扱う様だ。その身勝手さに腹立たしくはあるけれど、いかにブランドル家とは言え他所の後継問題に首は突っ込めない。ブランドル公夫妻も歯がゆい思いをしているらしい。

「その養子に迎えた3人だが、俺が知る限りレオナルトに遠く及ばない」

 ユリウスだけでなくブランドル公が心配しているのは、彼等では完璧主義のミムラス家当主フリードリヒ殿が満足できないのではないかと言う事だった。

「そうなるとまた後継候補を探すことになる。そしてカミル君に目を付ける可能性がある」

「あの子はうちの子ですよ」

「分かっている。だけど、君の理屈を理解してくれない可能性がある」

 カミルが俺達の養子であることを別に隠してはいない。少し調べればウォルフとカミラの息子である事もすぐにわかるだろう。それをフリードリヒが知れば、自分の後継に望む可能性があるとユリウスは警告してくれたのだ。

「分かった。十分注意するよ」

 既にその可能性はオリガやサイラスだけでなく陛下や皇妃様にもにも伝えてくれているらしい。なので俺の留守中は皇妃様のお計らいでなるだけ北棟で過ごすようにしているらしい。ありがたい事だ。帰ったらその辺の事も家族でよく話し合っておこう。

 翌日はまた皇都へ移動するので、酒はほどほどで止めておいた。ちょっと後ろ髪惹かれたけれど。ユリウスがまた今度、美味しいお酒が手に入ったら一緒に呑もうと誘ってくれたので、次回を楽しみに待つことにした。

 そしてその翌日、俺達は全員揃ってマルモアを出立し、およそ1カ月ぶりに皇都へ帰還したのだった。


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