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群青の軌跡  作者: 花 影
第1章 ルークの物語
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第16話

 市場に向かう前に『踊る牡鹿亭』に寄り、昨夜のお礼も兼ねてここで食事をしていくことになった。店に入ると女給のカミラより早く店主が機嫌よく応対してくれた。昨夜は親方衆が遅くまで粘っていたので、その片付けの為に食事の提供は昼まで宿屋の客だけに限っているらしい。

 昼にはまだ早い時間だったが、俺達は特別に食事を頂ける事になった。席に案内されてほどなくして、次々と料理が運ばれてきた。メインはこんがり焼いた肉と程よくソテーされた魚。それに野菜のスープと薄焼きのパンが添えられてきた。

 かなりの量があったが、鍛錬で体を動かした俺には全く問題がなかった。先にオリガが食べる分を取り分けてもらい、残りは俺がもらった。俺の食べっぷりに店主は追加でミートパイも出してきたが、さすがにもう入らない。それはお土産として包んでもらい、後で頂くことにした。

 お代はいらないと言われたが、それでは申し訳ない。俺は店主に押し付ける様に食事代を払い、礼を言ってオリガと共に店を出た。

 市場は今日も賑わっていた。前日は日用品を主に見て回ったが、今日は食材を見て回る。先ずは調味料を中心に必要不可欠ですぐに腐らないものを選んでいく。ここは全てオリガに任せ、俺は荷物持ちに徹して購入した品を運びやすいように袋に詰めた。

 続けて肉や野菜を選ぶときに「今夜は何がいい?」と問われたが、腹がいっぱいで今は何も思い浮かばない。だからと言って何でもいいと安直に答えるのはやめた。2人でアレコレ話しながら買い物をしていると、誰かに呼び止められた。

「あ、ルーク!」

 笑顔で手を振っていたのはリーナ義姉さんだった。その足元には小麦粉の袋やら油の入った壺やら荷物が山の様に置いてあった。嫌な予感がする。まさかこれを運べと言うんじゃ……。

「あ、リーナさん」

 俺が止める間もなくオリガがリーナ義姉さんに駆け寄っていく。止める術もなく、俺は荷物を抱えてその後を追った。

「いい所にいるじゃない。これ運んでちょうだい」

 やっぱり……。どうやら拒否権はなさそうだ。俺は持っていた荷物の袋を背中に背負い、小麦粉の袋を左肩に担ぎ上げ、油の入った壺を右手で持ち上げた。オリガは俺達の買い物だけでも持つと言ってくれたが、意地もあって荷物を引き受けた。

「あーすごいすごい。さすが竜騎士様は力があるわ」

 リーナ義姉さんは一人で手を叩いて喜んでいる。本当は兄さんと買い物に来る予定だったらしいのだが、今日も二日酔いで動けなかったらしい。仕方なく1人で買い出しに出たが、あれもこれもと買っているうちに荷物が増えたのだとか。

 そんな話をしているうちに2人の工房兼新居に着いた。近々寄るつもりでいたが、今日、こんな形で実現するとは思っていなかった。「ただいま」と言って入っていくリーナ義姉さんに続いて俺達も家の中に入って行く。

「あれ? ルーク」

 台所へ荷物を持っていくと、ちょうど水を飲みに来ていた兄さんがいた。俺の姿を見て驚いている。

「市場でちょうど会ったから運んでもらっちゃった」

 リーナ義姉さんはそう言うと、食糧庫へ荷物を運ぶように指示する。逆らえるはずもなく、俺は言われた通りに運んできた荷物を支持された場所へ置いた。ついこの前まで、下端として雑用もこなしていたのでこのくらいの荷物を運ぶのは問題ないが、さすがに汗だくだ。

 そんな俺をリーナ義姉さんはねぎらい、今のソファーに席を勧めてくれる。俺は背負っていた荷物を降ろしてようやく一息ついた。そんな俺にオリガはリーナ義姉さんに断りを入れて台所を使い、今日買ったハーブを使って即席のハーブ水を作って出してくれる。俺はありがたく受け取って一気に飲み干した。おかわりと言おうと思ったらすかさず空になった器にオリガが注いでくれていた。それも飲み干し、ようやく落ち着いた。

「なんか、リーナが無理言ったみたいで悪かったな」

 俺の向かいに座った兄さんが申し訳なさそうに頭を下げる。だが、そこへすかさずリーナ義姉さんが反論する。

「クルトが一緒に来てくれなかったからじゃない」

 確かにそうなのだが、それなら自分が持てる量に抑えるとか、後で運んでもらうとかすればいいのだが、彼女に口答えできる人間はこの場にはいなかった。

 落ち着いたところで、兄さんに工房を案内してもらうことになった。現在、兄さんの他に若い職人が2人と見習いが1人この工房に所属している。いずれもこの町に住む職人の次男や三男で、親方衆の推薦で集まっていた。そんな彼らに隠居したリーナ義姉さんの祖父が相談役として技術指導をしているらしい。

 いつもであれば作業している音が響いているはずなのだが、今日は兄さんも隠居の爺さんも二日酔いで仕事にならないことから工房は休みにしたらしい。人気のない工房はガランとして見えるが、普段は新しいことに挑戦する若者達の熱気でにぎわっているらしい。

「爺さんとも相談して決めたんだけど、お前が融資してくれた金でこの工房の傷んでいる個所を直すことにした」

 兄さんが言う通り、爺さんが長年使ってきた工房の壁も床も随分傷んでいる。立ち上げの前にある程度は修繕したらしいのだが、まだ不十分。そこで俺が用意した報奨金を使うことにしたらしい。

「必ず、倍にして返すからな」

「ははっ。期待して待っているよ」

 また詐欺師の常とう句のようなことを言っているが、俺はあの報奨金が有効活用されるならどう使われようと構わない。家族に、ひいてはこの町の役に立つのならこれ以上の事は無かった。

「おお、ルーク坊来ておったのか?」

 そこへ爺さんが顔を出す。工房で物音がするから来てみたらしい。俺が挨拶をすると、彼は相貌そうぼうを崩した。昔はもっと怖い印象があったのだが……。

 その後は作業場の椅子に腰かけ、仕上がっている金具を見ながら、使用している各竜騎士の反応を細かく話した。俺の話にまだ改善の余地はありそうだと兄さんはブツブツ呟いていた。

「あ、お祖父ちゃんもいたんだ。軽食を用意したんだけど一息入れない?」

 俺達が話に熱中している間に、リーナ義姉さんとオリガは軽食を用意してくれていたらしく、リーナ義姉さんが俺達を呼びに来た。既に昼時を過ぎている。俺とオリガは朝と昼を兼ねて食事を済ませているが、二日酔いで寝ていた兄さんと爺さんはまだ何も食べていないはずだ。話をしている間に二日酔いの影響もどこかに行ったみたいだし、午後のお茶と洒落込むにはちょうどいい頃合いだろう。

 母屋に移動すると、既に軽食の準備が整っていた。オリガが作ったらしい干し果物入りの焼き菓子に先程『踊る牡鹿亭』でもらったミートパイ、そして二日酔いの2人の為に穀物の入った野菜スープが用意されていた。飲み物もお茶と先程オリガが即席で作ってくれたハーブ水があり、とても短時間で用意したものとは思えない品数だった。

 兄さんも爺さんもあまり食欲ないだろうなぁと思っていたが、完全に不調は脱したらしい。スープを平らげると、ミートパイも美味しそうに食べている。まあ、確かに『踊る牡鹿亭』のミートパイはこの町の名物だ。多少不調でも食べたくなるのは分かる気もする。俺も食べ損なわないように自分の分は早目に確保した。

「ルーク達が帰った後、クルトもシュテファン君も随分飲まされていたわよ」

「ははは……」

 焼き菓子を摘まみながらリーナ義姉さんが、昨夜俺達が帰った後の様子を話してくれる。案の定シュテファンは集中的に飲まされていたらしい。後は親方の1人が酔った勢いで裸踊りを始め、その奥さんに叩かれて引きずられるように連れ出されていったといった話を教えてくれた。まあ、こういったお祭り騒ぎの折の定番の騒動だろう。

 お茶会後はオリガが片づけの手伝いを申し出たので、それが終わるのを待ってからお暇することにした。夕飯も一緒にと誘われたが、エアリアルが戻ってくるからと丁重に断った。賑やかなのもいいが、今夜はオリガと静かに過ごしたいと思ったからだ。

 兄さん達に見送られて家路につく。先ずは市場で買ってきた物を2人で片付けた。そしてオリガが夕飯の下ごしらえを始めるころにエアリアルが帰って来た。

 帰って来た相棒を出迎えて頭をなでてやるとゴロゴロと喉を鳴らして甘えてくる。どうやら今日はシュテファンの相棒も一緒にあの湖に行ってきたらしい。昨日も今日もあまりかまってやれなかったから、明日辺りは時間を見つけて一緒に出掛けてもいいかもしれない。

 エアリアルの世話を終えて竜舎を出る。一つ伸びをしてからオリガが待つ家へ戻った。

「おかえりなさい」

 裏口を開けると、笑顔のオリガが迎えてくれる。うん、何だかいいな。俺は頬が緩むのを感じながら「ただいま」と言って彼女に口づけた。




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