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群青の軌跡  作者: 花 影
第5章 家族の物語
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閑話 フリーダ

「はぁ……やっちゃった……」

 私は1人で落ち込んでいた。昨日、ティム卿が姫様の留学の護衛に加わらないと知り、後先考えずにそれを姫様にお伝えしてしまった。怒った姫様は陛下に抗議しに行かれ、皇妃様や国の重鎮方を巻き込んだ大きな騒動となってしまった。

「一呼吸おいてよく考えてから行動しなさい」

 フォルビアにいた頃からよくそんな注意をされていた。シュテファン兄様のお嫁さんに相応しい女性になると宣言していたのに、結局私は全然成長していないのだ。更には後から聞いた話によると、陛下と皇妃様は姫様が衝撃を受けないよう、順を追って説明するおつもりだったらしい。私が考え無しに行動してしまったためにそれを全て台無しにしてしまったのだ。

 姫様付きの筆頭侍女のイリス夫人からはお叱りを受けたが、姫様を想っての行動と皇妃様がとりなして下さったおかげでおとがめはなしとなった。それでも心は晴れず、昨夜はなかなか寝付けることが出来なかった。当然、今日は寝不足で午前の授業は身が入らず、家庭教師から強制的に休みを言い渡された。

「元気がありませんね」

 何もする気になれず、裏庭の椅子に腰かけてぼんやりとしていると声を掛けられる。振り返ると皇妃様付きの筆頭侍女、オリガ夫人が立っていた。

「オリガ夫人……」

「昨日の事を気にしているのね?」

 私が小さくうなずくと、彼女は隣に腰を下ろしてそっと私の肩を抱く。

「昨日も言ったように、一番悪いのはティムですからね。反省も必要だけれど、貴女は姫様の為に行動したのですから、必要以上に気にしなくていいのよ」

 オリガ夫人の言葉に私はうつむきながら小さくうなずいた。

「少し、気分転換でもしましょうか?」

「気分転換……ですか?」

 夫人は戸惑う私をうながすと、北棟の中にある客間の一室へ連れて行く。そこへはドレスや装飾品がいくつか用意されていて、数名の年若い侍女が待機していた。何だか嫌な予感……。

「彼女達の経験の為にちょっと付き合って下さいな」

 夫人はそう言うと侍女達に号令をかける。すると、私はたちまち彼女達に囲まれてしまっていた。




 あれでもない、これでもないと言いながら侍女達が悩みに悩んで選んだオレンジ色の衣装を身に纏い、髪を結われ、化粧をほどこされ、装飾品を身に付けられる。夫人が納得せずにやり直ししたのもあって思った以上に時間がかかり、終わった頃にはもうへとへとだった。

「まあ、いいでしょう」

 夫人が合格を出した時には既にお昼を過ぎていた。これでやっと窮屈な衣装から解放されると思っていたら、夫人にそのままの格好で付いてくるように言われた。いつもよりも踵の高い靴に苦労しながら後をついていくと、皇妃様がくつろがれている居間に到着した。

「まあ、可愛らしく仕上がった事」

 肩に止まらせている小竜を通じて私の姿を確認した皇妃様は満足げにうなずかれた。私はどう返事をしていいのか分からず、お礼を言うだけに留めた。

「皇妃様、お見えになられました」

「お通しして下さいな」

 近く引退されるオルティスさんに代わってこの春から正式に北棟の家令となったヨハンさんが皇妃様にお客様の来訪を告げる。そして程なくして居間に姿を現したのは、竜騎士正装を身に纏ったシュテファン兄様だった。

「失礼いたします……」

 居間に入って来た兄様は皇妃様に挨拶をしようとしたところで私を見て絶句した。そして不自然に視線を逸らせる。似合わないのだろうか? 不安に駆られていたたまれない気持ちになっていると、彼の顔がだんだん赤くなって来る。

「どうしました? シュテファン卿」

「いえ、その……」

「せっかく着飾っているのに、貴方がそのような態度ではフリーダも不安になってしまいますよ」

 たしなめられるようにそう言われたシュテファン兄様は。コホンとわざとらしい咳払いしてからぎこちない動作で私に向き直る。

「よく……似合っている」

「……ありがとうございます?」

 どうにも状況が理解できなくて、思わずお礼が疑問形になってしまった。その様子を見ていたオリガ夫人はため息をつくと少し強めにシュテファン兄様の肩を叩いた。

「急ぎませんと間に合いませんよ」

「は、はい」

 シュテファン兄様はもう一度咳払いをすると、私にその大きな手を差し出した。

「フリーダ、出かけよう」

「えっと、お仕事は?」

「休みになった」

 それなら問題はないのかな? 結局よくわからないままに2人で出かけることになった。シュテファン兄様に手を取られて皇妃様の前を辞したのだけど、部屋を出た後に盛大な溜息が聞こえたのは聞かなかった事にしよう。心なしか兄様が肩を落としているようにも見えた。

 その後、玄関に用意されていた馬車に乗り込んだ。すぐに馬車は動き出したけど、お互いに無言で何だか気まずい。そう思っていたら、隣に座っている兄様にそっと手を握られた。

「……気が利いた言葉が出なくてゴメン」

「でも、一緒にお出かけできるのは嬉しい」

「そうか……」

 その後も目的地に着くまで結局お互いに無言だった。でも、ずっと手を握ってくれていたおかげで不安は消え去っていた。

 着いた先は国立の大劇場。社交の場ともなっていて、この国で一番格式が高い劇場だ。そんな場所に成人前の私が来ても大丈夫なのかと不安に思ってシュテファン兄様を見上げる。

「大丈夫だよ。騒ぐような小さな子供は入れないけど、君はちゃんと礼儀作法を学んでいる。胸を張って堂々としていればいい」

 兄様はそう言って私の手を取って歩き出した。




 この日の演目は皇祖様の伝記を元にした歌劇だった。元々の話は長いので、人気のある場面の歌ばかりを集めた音楽会のような催しだった。皇妃様が目が不自由で長時間の観劇が難しい事もあり、最近ではこういった音楽会が催される機会が増えているらしい。昔ながらの舞台を好まれる方からは不評らしいけれど、名場面が次々とみられるので私は得した気分だった。

「良かったぁ」

 公演が終わって帰りの馬車の中。私は舞台の余韻に浸りながらその感想を語り、シュテファン兄様は嫌な顔をせず聞き役に徹してくれていた。それをいいことに延々としゃべり続けている間に本宮へ着いてしまったらしく、馬車が停まってしまった。もっと一緒に居たかったのに、ものすごく残念だった。

「兄様とのお出かけ、もうお終いかぁ……」

「勝手に終わらせるな」

 そう言われて馬車の外を見て見ると、着いた場所は本宮ではなく高級料理店の前だった。話に夢中になりすぎて全然違う方向へ向かっているのに気付かなかった。

「食事をして帰ろう」

「遅くなりすぎないかな?」

「食事をして帰る旨は伝えてある」

 夏至祭直後なので、まだまだ日は傾き始めたばかりだけれど、普段であればそろそろ帰宅しないといけない時間だ。シュテファン兄様は私を連れ出す前にちゃんと許可を頂いていたらしく、今夜は少し遅くなっても問題ないらしい。一人前の淑女になった気分で兄様に手を引かれてお店の中へ入って行った。

 久しぶりに兄様との食事。しかも高級料理店なので少し緊張したのだけれど、今日見た舞台の話をしている間にその緊張も解けていく。美しく盛られてくる料理はどれも美味しく、気付けば食後のお茶が運ばれてきていた。

「楽しんでもらえた……かな?」

「もちろん。ありがとう、兄様」

 少し自信なさげだった兄様に私は笑顔で応える。多分、昨日の失敗を聞いて私を励まそうとしてくれたのだろう。周囲の方達もそれに協力してくれたのだと思う。

「秋に出立するまでにこうして時間を取る事はもう難しいかもしれない。だから、今、こうして時間を取れて良かった」

 今日の兄様のお休みは雷光隊のみんなの後押しで取れたらしい。この後兄様たちはラヴィーネへ1カ月ほどの予定で演習に向かう。戻って来られてからすぐ位に今度は私が姫様のお供で礎の里へ出立することになっている。向こうでの勉強は3年間の予定で、兄様とはしばらくの間会えなくなってしまう。

「フリーダ」

 兄様は徐に席を立つと私の傍らにひざまずいた。

「何?」

「君が嫌でなければ、留学から帰ってきたら籍を入れよう」

「兄様……」

 突然の申し込みだった。私との婚約は不本意だったのではないかとずっと思いながら、少しでも意識してもらおうと頑張ってきた。それが、こんなに突然に兄様から申し込まれるとは思っていなかった。

「こんなおじさんでは嫌か?」

「そんなことない。だって、だって……」

 後はもう言葉にならなかった。涙があふれて止まらない。兄様は困った様子でオロオロしながらも私が落ち着くまで抱きしめてくれた。





本当はおまけでラヴィーネへ向かうレオナルト君の奮闘記を入れるつもりだったけど、書く時間が足りなくてまたの機会となりました。そのうち載せると思う。

次話から本編へ戻ります。

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