表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
群青の軌跡  作者: 花 影
第5章 家族の物語
185/245

閑話 アルノー1

 討伐中にしくじって利き手の右腕を負傷した。妖魔の群れを完全に無に消し去る前に油断していた第2騎士団の竜騎士を庇ったのだが、左腕を出せば良かったとちょっと間抜けな後悔をしていた記憶が残っている。俺も多分、気が動転していたのだろう。その後は後続部隊を率いて来てくれた隊長のおかげで妖魔のせん滅は成功していたが、第2騎士団と俺達雷光隊の実力の差が浮き彫りとなってしまった。

 その件以降、アジュガで活動していた雷光隊も拠点をミステルに移すことになったのだが、負傷した俺はアジュガに留まり飛竜の騎乗許可が下りるまで静養することになった。独り取り残された気分になり、もどかしい気持ちを抱えながら悶々と日々を過ごした。

「あの、大丈夫ですか?」

 ただ寝ているのも飽きたので、竜舎で相棒の世話をしていると、遠慮がちに声をかけられる。振り返ると、そこにはジークリンデ卿が立っていた。一時的にアジュガへ戻って来られた隊長のお供で来ていたのだ。片腕だけでやりにくそうにお世話をしているのを見かねて声をかけてくれたらしい。

「まあ、何とか……」

 苦笑しながら相棒にブラシをかけていると、「お手伝いします」と言って手伝ってくれる。美人が相手だと現金なもので、相棒は気持ち良さげに喉を鳴らしていた。実のところこうして彼女と2人きりになるのは2度目だ。

 前回は夏至祭の飛竜レースの直前。彼女の装具が紛失する事件が起き、俺の装具を貸してレースに間に合いわせた時だ。その後、装具を返しに来てくれた時は彼女の上司も一緒だったし、周囲には雷光隊の仲間も一緒で美人さんがお礼を言いに来てくれたことを随分冷やかされた記憶がある。

 俺としてはとにかく悔いを残してほしくない一心だったわけだが、それでも彼女は動揺を抑えることが出来ずに残念な結果になってしまった。下手な慰めは彼女を傷つけると思い、これを教訓に鍛錬を続けて欲しいと激励した。ちなみに彼女がリネアリス家の令嬢だというのはその時知り、ちょっと失礼だったかなと後悔した。

「ありがとう、助かったよ」

「お役に立てて良かったです」

 結局、その時は大した会話をせずに黙々と作業を続け、相棒が上機嫌で喉を鳴らしている音が室に響いていた。やがて満足した相棒は寝藁に丸まってしまったので、道具を片付けてその日は終了となったのだ。




 腕の傷はそれほどひどくなかったのもあり、それからほどなくして飛竜への騎乗許可が下りた。そこですぐにミステルへ移動して仲間と合流した。ただ、すぐに討伐に参加は出来ないので、少しでも早く復帰できるように無理のない範囲で鍛錬をこなししていった。

 そんな中、事件が起きた。俺がミステルへ戻る直前、隊長に夜這いをかけようとした女達を捕えると言う大きな事件が起き、その事後処理でシュタールやフォルビアと頻繁に使いが行き来することがあった。戦闘にまだ参加できない俺は率先してその役目を引き受けることにしていた。

「お主は何をしに来とるんじゃ?」

 フォルビアから戻り、相棒を竜舎へ連れて行くと何やら騒がしい。様子を見に行くと、係員が遠巻きにしている中、ギード爺さんの目の前で膝を付いて座らされている男がいた。確か近くの砦に駐留している第2騎士団所属の竜騎士だったと記憶している。ギード爺さんの後ろには表情がさえないジークリンデ卿が立っていた。

「何の騒ぎですか?」

 俺が声をかけると、一同の視線が俺に向けられる。その隙に男が逃げ出そうとしたので、拘束して元の位置に座らせた。

「おお、アルノーか。嫌がる女性に力づくで言い寄ろうとする愚か者に説教をしておったんじゃ」

 ギード爺さんが呆れた様子でそう答えると、逃げ出そうとした男をにらみつける。男は「ひぃっ」と情けない声を上げて逃げ出そうとするが、俺が襟首を掴んだままだったのでその場で無様に転んで顔面をしたたかに打ち付けていた。

「すまんが、報告の後でいいから彼女を休ませてくれんかの?」

 相棒は係官の1人が引き受けてくれたので、俺はギード爺さんの頼みを快諾した。残りの係官が男の包囲網を狭めたのでもう逃げ出すのは難しいだろう。彼女に強引に迫ったのならば許しがたい。ギード爺さんに心が折れるまで説教されるといい。

「行こう」

 後の事は任せておけば問題ないだろう。俺はまだ顔色の良くないジークリンデ卿をうながしてその場を離れた。一先ず上司に報告は上げておいた方が良いだろう。ただ、今は隊長もシュテファン卿も出払っている様子だ。ならばフォルビアからの返信を届けるついでにクレスト卿へ報告しておけばいいだろう。

「アルノーです。ただいま戻りました」

「お疲れ。……おや、デート先が上司の執務室とは色気がないねぇ」

 クレスト卿の元へ報告に行くと、いきなりそんな事を言われて転びそうになった。どうにか踏みとどまって態勢を整え、「フォルビアからの返信です」と言って書簡筒を手渡した。クレスト卿はその場で手紙に目を通すと、また近いうちにフォルビアへ行ってもらいたい旨を俺に伝えた。多分、あの2人を連れて行くことになるのだろう。独りでは難しいから、誰かもう1人同行してもらう必要がある。

「さて、もう一つの要件を聞きましょうか」

 そう言ってクレスト卿はジークリンデ卿に視線を向ける。彼女は少しためらった後、先程の騒ぎを説明してくれた。

「リネアリス家の娘である私と結婚すれば、次期リネアリス公になれると勘違いされておられる方が居るのです」

 父親がリネアリス公に選ばれた頃から明らかに地位が目当てで結婚の申し込みをする人が後を絶たないらしい。彼女には弟がいるので、彼女と結婚しても当主にはなれないのだが、それでもお構いなしだとか。最近は落ち着いていたが、今日使いで来たあの男にいきなり妻になれと言われ、それを断ったら強引に関係を迫られそうになったらしい。

「頭の悪い奴がまだいたんだな」

 俺の感想にクレスト卿も呆れた様子でため息をついていた。今はギード爺さんから説教を受けていると伝えると、事件の内容をシュタールにも送り、すぐに砦へ送り返して謹慎を命じると言われた。最終的な処罰は第2騎士団を預かっているキリアン卿に任せることになるだろう。

「アルノー、復帰はまだ先だったな?」

「そうですね」

「なら当分の間、彼女を気にかけてやってくれないか?」

 皆で協力するにしても、まだしばらくは討伐の頻度が高い状態が続いているので、竜騎士で手が空いているのは俺だけだ。彼女の行動に一番合わせやすいのも確かだが、男の俺が始終付きまとうのも気が引ける。

「そこまでしていただくわけには……」

 ジークリンデ卿が恐縮して断ろうとするが、クレスト卿はそんな彼女を制して言葉を続ける。

「四六時中一緒に居ろと言う訳ではないよ。極力1人にならないように貴女自身も気を付ければいい。アルノーもそれならいいな?」

「分かりました」

 俺が了承すると、ジークリンデ卿は不安そうな視線を俺に向ける。今日の事は本人が思っている以上に傷ついているはずだ。俺は少しでも彼女が安心できるように、笑いかけた。

「今日はもう休んだ方が良い。部屋まで送るよ」

「そうしなさい」

 クレスト卿も了承してくれたので、まだ遠慮している彼女を促して執務室を退出し、彼女の部屋の前まで送り届けた。そしてくれぐれも1人での行動を控える様に言い含め、その日は別かれた。




 無謀にも隊長に夜這いをかけた件の女2人は第2騎士団から派遣されていた竜騎士が送っていく事になった。俺はジークリンデ卿の護衛もあるし、この頃から討伐に同行して隊長やシュテファン卿が指揮しているのを見学させてもらっていたからだ。

 小隊長として後輩の雷光隊員を率いてきたが、他の騎士団員を交えた大規模な討伐の指揮はあまり経験がない。今回の負傷もそれが一因だった。上司達の計らいでジークリンデ卿が討伐に参加している時を選び、戦闘に加われない俺は上空で周囲を警戒しながらお2人の戦闘指揮を学ばせてもらった。おかげで色々と実りある時間を過ごさせてもらえた。

「隊長の武勇伝を聞かせて下さい」

 幸いにして不埒な真似をしようとする者は現れなくなり、討伐期も終わりに近づいた。雑談する余裕も出て来て、こういった時にマティアスや教育部隊員にねだられるのは我らが隊長の武勇伝である。ただ、残念なことに俺は内乱終結後に加わったので、主な内容はカルネイロの残党一掃事件と女王に単独で喧嘩を吹っかけた話が主になる。後は礎の里での飛竜レースぐらいだ。

 ちなみに内乱前の無茶はクレスト卿が嬉々として語ってくれた。内乱中の武勇伝はラウル卿やシュテファン卿から聞いていたが、あの人の無謀ぶりは筋金入りだと改めて思った。

「アルノー卿のお話も聞かせてください」

 そんな中でいきなり無茶振りをしてきたのがジークリンデ卿だった。特に話せるような事は無いと言ったのだが、前々回の飛竜レースで2位帰着をした時の事をせがまれた。これには特に教育部隊の他の4人とマティアスも興味を示してきた。

「いや、でも、特に話す様な事は無いんだけど……」

 隊長達に鍛えられている間は幾度も楽しめと言われたが、レースの序盤はただ必死だった。だけど、途中から相棒と飛んでいるのが楽しくなってきたのは覚えている。それを伝えると、彼等は一様に納得したようにうなずいていた。

「あれだけ、必死に飛ぶ事ってなかなかなかったから確かに楽しかったよな」

 そんな感想を漏らしたのはハーロルトだったか。飛竜レースに参加した者は皆、そんな感想を抱くのかもしれない。それは、直前の騒動で気が動転していたジークリンデ卿も一緒だったらしく、最後の方はただ相棒と飛ぶのが楽しかったと言っていた。




 そして討伐期最終盤、俺は現場に復帰した。腕も思うように動かせるようになり、何頭も青銅狼を無に帰した。そしてその年最後の討伐で隊長から全体指揮をやってみろと言われた。隊長に補佐してもらいながら何とかこなしたが、やはり全体に目を行き渡らせるのは難しい。まだまだ修練が必要だと感じた。

 そして、その日を境に妖魔は出没しなくなり、その年の討伐は終結したのだった。


ルークですらクレストさんには敵わない。

当然、アルノーも良い様に弄ばれています。


アルノーの話、次も続きます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ