第23話
2日後、雷光隊は第7騎士団と共にラヴィーネへ向けて出立した。それを見送った俺は、謹慎中のレオナルトと面談するために彼の下へ足を運んだ。
「初めまして、レオナルト……です」
「ルーク・ディ・ビレアだ」
夏至祭の夜会で彼が飛竜レースの褒賞を受け取った時に姿を見たことはあったが、こうして面と向かって話をするのは初めてだ。先ずは無難に自己紹介を済ませる。だが、その後が続かない。俺は委縮して立ったままの彼の姿をじっくりと観察した。
飛竜レースやその後の舞踏会で見かけた折には自信に満ちた姿だったのに対し、現在は少しやつれているようにも見える。自業自得とは言え、あれほどの騒ぎを起こし、更には父親から勘当を言い渡されたのだから当然かもしれない。そこでふと、あることに気付く。
「今、鍛錬はどうしている?」
「えっと……」
謹慎を言い渡されている彼は現在、懲罰用の個室へ入れられている。部屋にあるのは固い寝台と小さな机があるだけの粗末で狭い部屋だ。彼は壁際に立っていて、俺は机に備え付けられた椅子に座っているのだが、それだけでも窮屈に感じるほどだ。
謹慎期間中は午後に見張り付きで少しだけ外に出ることは許されているが、それ以外の時間はこの部屋で過ごすことになる。当然、竜騎士の本分である鍛錬も限られてくる。彼が言うには外に出た折には出来るだけ体を動かす様にはしているらしい。しかし、部屋に戻ると勘当された事実を思い出すと何も気力がわかずに1日ぼんやりとしている事が多いと言う。
「それは、まずいな……」
明らかにレオナルトはやつれている。謹慎明けにはラヴィーネに連れて行かなければならないのに、これでは向こうに着く前に途中で倒れてしまうだろう。聞けば、夜もあまり眠れず、食欲もわかないらしい。益々危険だ。
「あの……」
何か言いたげなレオナルトを制し、俺は急いで考えを巡らせる。そして一旦面談を切り上げると、関係各所へ許可を求めに奔走した。
「ふむ。思ったほどひどくは無いな」
アスター卿に謹慎中のレオナルトを俺の鍛錬に付き合わせる許可をもらい、ついでに練武場も抑え、早速この日の外出時間から鍛錬を始めることにした。見張りとしてついて来た2人にもただ立っているだけではつまらないだろうからと一緒に誘い、雷光隊式の基礎鍛錬から始めたのだ。
「もう……無理……」
「さて、手合わせはどうするかな……」
練武場の床にはレオナルトを含めた5人の若手の竜騎士が伸びていた。俺が直接伸した訳ではない。基礎鍛錬の終了と同時に練武場の床に倒れ込んだのだ。ちなみに鍛錬の途中でレオナルトをからかいに来た奴が居たので、暇そうだからと少し強引に参加させたので人数が増えていた。
「ルーク卿」
声をかけられて振り向くと、オスカー卿が立っていた。これから出かけるのか、もしくは帰って来たばかりなのか、騎竜服を纏っている。
「オスカー卿、何か御用ですか?」
「いや、ルーク卿ではなくそこの2人に」
オスカー卿が指したのはレオナルトをからかいに来て、鍛錬に参加させた2人だ。用事があるとか言って逃げようとしていたのだが、レオナルトに対してのヤジがひどかったし、言い訳にも聞こえたので強引に加えたのだが、どうやら用事があるのは本当だったらしい。
「それは、申し訳ない事をした」
俺はオスカー卿に謝罪し、事の経緯を説明する。彼は何かを思案している様子だったが、徐に上着を脱いで準備運動を始める。
「ならば、私も混ぜて頂こうかな」
「御用があったのでは?」
「まあ、単なる口実ですし……。ルーク卿と手合わせをする方が楽しそうだ」
オスカー卿の話では、最近母親のソフィア様やお姉様方からの見合い攻勢にうんざりし、仕事を理由に皇都から離れようと考え、そのお供を配下の第5騎士団の竜騎士に頼んでいたらしい。
「ソフィア様はそう言ったお世話をするのがお好きだったね」
「ええ、困ったことに」
俺も昔、まだオリガと付き合い始める前、夏至祭の舞踏会でソフィア様に女性を紹介された。まあ、あの当時から俺の心にはオリガしかいなかったし、ダンスが壊滅的で恥ずかしかった記憶しかない。もうあれから8年も経つのだと思うと感慨深くもあるけれど。
「そういえば、夏至祭に御参加されていなかったけど、ソフィア様のご容体は?」
「いい時と悪い時と波があってね……。だからこそ見合いを勧めて来るのかな。母上を早く安心させてあげたいとは思うのだけど、どうしてもね……」
内乱中に騙されて服用した薬がソフィア様の体を蝕んでいる。皇都のサントリナ家の公邸で療養しておられるのだけど、お歳もあって年々悪くなっていると聞いている。サントリナ家の嫡男であるオスカー卿に早くお嫁さんを……と考えるのも無理からぬ話だ。
そんな会話をしている間にオスカー卿の準備運動も終わった様だ。俺はまだ伸びているレオナルト達を促して端へ移動させ、試合用の剣を手にオスカー卿と対峙した。
ガキン
さすが武術試合優勝者。繰り出してくる一撃一撃が鋭くて重い。まともに受け流していては早々に腕が使い物にならなくなりそうだ。武術試合でティムが倒れるまで動き続けた理由がこれだ。だが、俺はもっと強い攻撃を受けたことがある。陛下との試合を思い出しながら、隙をついて攻撃を繰り出していく。
「くつ……さすがです」
攻勢に転じて俺の攻撃を受けたオスカー卿が顔を顰める。まだ余裕がありそうだ。相手に攻撃の暇を与えず、一気に畳みかけるように仕掛けていく。特に防御が弱い場所を重点的に攻め続け、彼の剣を弾き飛ばした。
「参りました」
オスカー卿が手を上げて降参する。すると、周囲から大きな歓声が沸き起こる。気づけば、多くの見物人が練武場の周囲を囲んでいた。
「いい鍛錬になった」
「いえ、こちらこそありがとうございます」
観客を気にしないようにしてオスカー卿と握手する。雷光隊の仲間内だけでの試合だと代り映えがしなかったので、今日のオスカー卿との試合はいい刺激になった。満足したところで今日の鍛錬の参加者の方に目を向けていると、一様に顔色が悪くなっている。
「嘘だろう?」
「あれだけ動いた後で……」
このくらいで驚いてもらっても困るんだがなぁ……。ロベリアにいた頃の鬼の副団長のしごきはこんなものではなかった。
「このぐらい動けるようになってもらうからな」
俺の宣告にレオナルトは蒼白となり、彼をからかいに来ていたはずの第5騎士団の2人は慰める様に彼の肩を叩いていた。
「面白そうだね。私も参加しようかな。そうだ、そこの2人も付き合ってもらおう」
オスカー卿が部下の2人を指さすと、彼等はガタガタと震えだす。竜騎士の質が向上するのはこの国にとっても利点になる。俺は彼の申し出を快く承諾した。
そしてその次の日から毎日、厳しい鍛錬を行った。当初は俺とレオナルトだけで鍛錬をするつもりだったのだが、気付けば毎日参加者が増え続け、最終日には20人を超えた。みんな暇なのか? アスター卿やヒース卿、そして陛下までも参加しようとしたので、それは全力でご遠慮いただいた。
そのかいあってか、レオナルトの体力が多少回復した。夜もぐっすり寝られるようになり、以前の様に食事もとれるようになったらしい。まあ、当初の目的はこれで達成したとみていいだろう。
「行っちゃ、やだぁー」
早朝の着場にエル坊の泣き声が響いていた。神殿騎士団の一員になり、アレス卿がいる聖域へ向かうティムが今日、皇都を出立する。この10日間、護衛という名目の下、エル坊の子守りをしていた彼はその役目を果たしたらしく、随分と懐かれていた。
その大好きなお兄ちゃんが今日、遠くへ行ってしまうと知ったエル坊が駄々をこねているのだ。周りの大人達が必死に宥めているが、エル坊はティムの長衣を掴んで離さない。それは既にエル坊の涙ともよだれとも判別付かないものでシミが出来ていた。
「エルヴィン」
ティムは神殿騎士団へ編入という形をとるのもあって、今日の見送りには国の重鎮方も揃っている。悪戯に時間が過ぎるのも良くないのもあり、最後は陛下が強制的にティムからエル坊を引きはがして謝罪していた。
「タランテラの竜騎士の誇りを常に忘れずに行動してくれ」
「はい、陛下」
陛下の激励に続き、ティムは重鎮方からも次々と声をかけられる。そして最後に俺の所へ挨拶に来る。
「ま、体に気を付けて頑張ってこい」
「ありがとう、ルーク兄さん」
傍らのオリガはなかなか言葉が出てこないらしく、涙ぐみながらティムを抱擁していた。そして最後にようやく「体に気を付けて」と声をかけていた。
エル坊が駄々をこねたおかげで出立の時間が送れている。フォルビアまで同行するヒース卿に促されてティムが相棒の元へ向かおうとしたときに、フロックス夫人の後押しでようやく姫様がティムに声をかける。そして急いで作ったらしい冬用の防寒具とお守りを手渡して抱擁を交わし、大胆にもティムは姫様の額に口づけていた。これで集まった人達には2人の関係性が周知された事だろう。
「では、行ってまいります」
ティムはそう言ってテンペストに跨る。すると長衣のシミの部分が飛竜に触れて、飛竜は心なしか顔を顰めていた。それを宥めつつ、ヒース卿達に続いて相棒を飛び立たせた。
彼はロベリアで世話になった方々への挨拶を済ませてから聖域に向かうことになっている。彼の今後の成長が楽しみでもあり、ついに自分も追い越されるのかもしれないと思うとなんとなく複雑な気分だが、無事に帰ってくれることを願ってその姿を見送った。
更にその翌日、今度は俺が見送られる立場となって着場に来ていた。前日で謹慎が解けたレオナルトを伴い、ラヴィーネへ向かうためだ。見送りはオリガとカミルだけ。鍛錬に参加した竜騎士達も見送りに来たがっていたが、単なる演習で仰々しくする必要は無いので遠慮してもらっていた。
「では、行こうか?」
「はい……」
1カ月だけでも離れるのは寂しい。レオナルトを待たせたまま、刻限ギリギリまで家族と過ごしたが、とうとう時間となってしまった。オリガと口づけ、カミルの頬をつついてから待っている相棒の元へ向かう。
「待ってください」
そこへ1人の若い女性が駆け込んできた。驚いた表情を浮かべたレオナルトがお伺いを立てる様に俺の顔を見たので、うなずき返してやると、慌てて相棒の背から飛び降りて駆け寄る。遠目に見ただけだが、意志の強さを感じる彼女がレオナルトの婚約者なのだろう。
上司を待たせている自覚があるらしく、せっかく来てくれた彼女から何かの包みを受け取り、少し会話を交わしただけで戻って来た。
「もういいのか?」
「はい」
泣きそうになっているレオナルトは目深に騎竜帽をかぶって準備を整えた。俺はオリガともう一度視線を交わすと、相棒を飛び立たせる。レオナルトもそれに続き、ラヴィーネへ進路を向けた。しかし、着場に居る彼女の事が気になるのか、何度も振り返っている。
「本当に大変な時に味方してくれる人を大事にしろよ」
「はい……」
内乱の折の経験から、その人とのつながりが宝石よりも価値がある宝だと身に染みていた。今回の事で彼もきっとわかってくれただろう。彼がうなずくのを確認すると、遅れを取り戻すべくエアリアルに速度を上げさせた。
きりがいい所までと思ったら、思った以上に長くなってしまった……。
次話からいくつか閑話を上げる予定。
どのくらいになるかは作者自身にも分かっておりません(汗)




