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群青の軌跡  作者: 花 影
第5章 家族の物語
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第13話

ちょっと短くて済みません。

 広間を退出した姫様と入れ違いでアスター卿が戻って来られた。あれからそんなに時間は経っていないが、あの場をもう収拾させてしまったのだろう。さすがの手腕としか言いようがない。そんなアスター卿が目で合図を送ってくる。何か緊急で伝えたいことがあるのだろう。そうなるとまたオリガを1人残して少し席を外さなければならなくなる。

「フレアを少し休ませる」

 アスター卿から報告を受けた陛下は周囲にそう仰って皇妃様をともない広間を一時退出された。俺の葛藤を分かって下さったのか、格好の口実を作って下さった。オリガが皇妃様のお傍に控えるのは不自然ではない。俺はオリガを伴い、誰にもいぶかしまれることなくその後に続く。詳しい事は伝えていないが、オリガもどうやら察してくれたみたいだった。

「何があった?」

 広間を退出して一時的に皇家の控えの間に移動する。そして人払いして俺達だけになると、すぐさま陛下が疑問を口にする。

「レオナルト・ディ・ミムラスが不貞行為が行われていると断言して西棟の医務室に踏み込みました。そこでは彼の言う通り、バルトルトとエルネスタ嬢が情交の真最中でしたが、レオナルトが想定していた人物ではなかったそうです」

「ほう……」

 こういった内容だけであれば、わざわざ舞踏会を中座してまで聞く話ではない。陛下はアスター卿に話の先をうながした。

「レオナルトは西棟の医務室でティムが休んでいると思っていたようです。そして、彼がエルネスタと付き合っていたが、出世の為に邪魔な彼女を捨てたのだと思い込んでいました」

「は?」

 その場にいた全員がその突拍子もない思い込みに首を傾げた。

「昨夜の夜会で褒賞授与後にエルネスタ嬢に絡まれていたところを痴情のもつれだと勘違いしたそうです。ただ、今回の事にディーターが絡んでいます」

 レオナルトからの話によると、ティムと姫様の噂を彼に教え、常駐する医師を遠ざけてエルネスタ嬢を西棟の医務室へ手引きしたのがあの男らしい。ただ、これでも親切心で手助けしたのだと言い訳されてしまう可能性がある。姫様だけでなく、ティムの身辺も警護を強化する必要がある。

「ふむ……ティムを1人にしない方が良いな」

 陛下はその場ですぐさま手紙を書きあげると、外に控えていた侍官を呼んで北棟へ届けさせた。姫様を送ったら、そのまま北棟に待機させておくつもりらしい。急げば今からでも間に合うだろう。

「レオナルトとバルトルトには自室での謹慎を言い渡し、エルネスタ嬢は家族に迎えに来るように手配して、後はデュークに任せて報告に上がりました」

 レオナルトだけでなく、体調不良で休んでいたにもかかわらず、女性と同衾していたことが発覚したバルトルトにも罰を言い渡されるのも当然だろう。しかも今回、大公家の令嬢と見合い話もあった矢先の出来事だ。元からあったかはともかく、社会的信用も失う事になる。そしてジークリンデとの縁談も白紙になるだろう。気が進まない様子だったから、これで良かったかもしれない。

「取り急ぎ、報告したかったのはこれだけです」

「分かった。舞踏会の後、また集まろう」

 舞踏会の主催者である陛下が長く席を外しているのも良くない。この場は一時解散し、後でまた集まることに決まった。




 大広間では何事もなく舞踏会が続けられていた。礼装姿の雷光隊員も戻ってきている事から、西棟の医務室で起きた不祥事の後始末もどうやら済んだらしい。俺の姿を見付けて、アルノーとシュテファンが報告にやって来た。

「事後処理は完了しました」

「ディーターは本宮を出て大神殿に戻りました」

「お疲れ。2人供ありがとう」

 想定外の出来事とは言え、みんなに余計な仕事を押し付けてしまった形になってしまった。代表として報告に来た2人をねぎらうと「当然の事をしたまでです」という実に頼もしい答えが返って来た。

「気は抜けないが、ディーターが帰ったのなら今日はもう何も起きないだろう。あと少しだが、楽しんでいていいぞ」

 そう言ってはみたが、シュテファンは女性に囲まれる危険を回避するため、護衛として陛下のお傍に控えるのを選んだ。一方のアルノーは神妙な表情で何か考え込んでいる。

「どうした? アルノー」

「バルトルト卿の事、リネアリス公にお伝えした方が良いですか?」

 彼が向けた視線の先には、着飾った迫力ある女性に何やら話しかけられているリネアリス公一家の姿があった。あの女性は先代の従姉妹で、リネアリス家内での発言力が強かったと記憶している。そして今回、ジークリンデに見合い話を持ち込んだのは彼女だと聞いていた。

「まだ早いな。止めておいた方が良い」

「そうですか……」

 俺の答えにアルノーは肩を落とす。早く伝えてやりたいと言う気持ちは分かるが、立場は弁えなければならない。俺達は優遇されている分、その行動にも慎重さが求められている。

「でも、1曲踊るくらいは問題ないのではなくて?」

「そうだなぁ、せっかくの舞踏会だ。楽しんでも罰は当たらないと思うぞ」

 そこへ口を挟んできたのは、一緒に話を聞いていたオリガだ。俺も彼女の意見に賛同すると、アルノーは顔を赤らめて慌て始める。それでも今日も美しく装っている彼女の姿から目が離せない。昨日は結局、ジークリンデは先に帰ってしまい、話しかけることが出来なかったらしい。

「む、無理ですよ……。俺じゃ……」

「あら、どうして?」

「ダンスはお手のものだろう?」

 アルノーは雷光隊に入る前、ドムス家の分家という扱いだったが、本家の嫡男の学友として同等の教育を受けて育っている。その為、歌舞音曲と言った貴族のたしなみも身に付けていた。それこそ俺なんかじゃ足元にも及ばない。

「ほら、行ってこい」

 ちょうど曲が終わった。俺がアルノーの背中を押して送り出すと、彼はぎこちない動きでリネアリス家の御一家の元へ向かっていく。雷光隊の長衣は目立つので、自然と彼の行動が注目を集める。

 あんなに緊張していて大丈夫かな、アイツ……。と思っていたけど、彼は洗練された仕草でジークリンデに手を差し出していた。リネアリス公御夫妻も件のご夫人も驚く中、ジークリンデははにかんだ笑みを浮かべてその手を取っていた。

「良い報告が聞けると良いですわね」

「そうだな」

 オリガがそっと感想を漏らす。雷光隊のミステル駐留組の間では2人が惹かれ合っているのは周知の事実だ。討伐期間中、負傷して寝込んでいたアルノーをジークリンデはかいがいしく看病し、アルノーもまんざらでもない様子だった。今回の一連の行動で彼の気持ちも明白になった形だ。

 次の曲が始まり、2人は軽やかに踊り始める。その様子をリネアリス公夫妻は暖かく見守り、件の女性は顔を歪ませて睨みつけていた。今回の縁談でジークリンデを自分の影響下にある下位の貴族に嫁がせて追い出し、彼女の弟に自分の娘を嫁がせてリネアリス家を乗っ取る算段なのだろうとサイラスが言っていた。

 情報がいつ伝わるかはまだ不明だが、相手の不祥事のおかげでその目論見はついえた。加えてそんな相手を推薦したことでかえってその信用も落ちていくに違いない。後はアルノーの努力次第だが、この様子を見る限り心配はないだろう。

 そんな事を考えているうちに曲が終わり、アルノーとジークリンデが互いに礼をしている。その表情は実に晴れやかだ。一方でリネアリス家の方を見て見ると、件の女性の姿が無くなっていた。もしかしたら彼女の元にバルトルト卿の失態が伝わったのかもしれない。

「これで最後まで気兼ねなく2人で過ごせますわね」

「そうだな」

 俺達の会話が聞こえたのかどうかわからないが、一度リネアリス公御夫妻の所へ戻った2人はその後、連れ立ってテラスへと出ていく。きっと、思い出に残るいい時間が過ごせるだろう。

 その後は大きな問題が起こることなく、夏至祭の大舞踏会は無事に終了したのだった。



アルノーとジークリンデの話は、そのうちまた閑話で詳しく。

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