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群青の軌跡  作者: 花 影
第5章 家族の物語
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第12話

 打ち合わせを済ませた俺は南棟の医務室へ向かった。ティムはちょうど目が覚めたところだったらしく、体を少し起こしてオリガと話をしていた。

 既に夕刻。舞踏会が始まる時間も迫っている。女性は支度に時間がかかるのでオリガと交代する。別れ際に口づけると彼女は恥ずかしそうに顔を赤らめていた。そんな姿も可愛い。ダンスを披露しなければならないのは気が重たいが、彼女がどんな衣装をまとってくるかはものすごく楽しみだ。

「無茶したな」

 オリガが部屋を出ていき、開口一番にそう言うと、本人もそれは自覚していたらしい。飛竜レースで力を使いすぎたせいで武術試合に影響が出ていた。その辺りをダメ出しすると、当人も分かっていたのかしおらしく反省の言葉を口にしていた。本当はもっといろいろ言ってやりたいところだが、一応病人なのでこのくらいで勘弁しておいてやろう。

「昼間、姫様が妙な奴に絡まれていた」

 昼間のディーターという神官の話をすると、ティムは何故捕まえないのか俺に食って掛かる。そうは言われても明確に罪に問えるような行動までは起こしていない。その辺りを説明すると、納得は出来ないながらも黙り込んだ。

「狙いが姫様だとすると、お前の存在は邪魔なはずだ。何か仕掛けてくる可能性がある。十分に注意しろ」

 こんな時には相手が思ってもみなかった行動に移して反応を見るのが一番だ。俺は前日にオリガに頼まれて預かっていたティムの礼装を手渡す。

「一応礼装を用意した。念のためシュテファンに監視させているが、こちらが予定外の行動を起こせば向こうも諦めるだろう。遅れてもいいから顔を出せ」

「分かった」

 包みを開けたティムは新品の礼装に驚いていた。誂えたばかりの礼装もあるので、もったいないと思ったのが顔に出ている。だがこれは、昨年、ティムから今年の夏至祭に出ると聞いてからオリガが俺のと併せて1年かけて用意した物だ。皇都に来てからは姫様も刺繍を手伝ってくれていたと聞く。それを伝えると、喜んで使うと態度をころりと変えていた。分かりやすい奴め。

 事情があるとはいえ、医師に無断で舞踏会に参加できないので、念のために診察を受けるように言って俺も支度の為に再び詰め所に戻った。




 日が完全に沈んだころ、舞踏会が始まった。冒頭に武術試合の褒賞の授与が行われたのだが、体調不良で欠席となったティムは後日授与されることになった。

 そして試練の時間が始まる。始めは陛下と皇妃様が音楽に合わせて優雅に踊られる。続けて他国からの賓客に国の重鎮方が続くのだが、何故か高貴な方々に混ざって俺とオリガも踊っている。

 何しろ今回はソフィア様が体調不良で欠席しておられるのでサントリナ公は高みの見物をしておられるし、マリーリア卿がご懐妊の為に欠席されているのでアスター卿も踊られる気は無さそうだ。だが、勝手に奥方の欠席を決めたためにそれでけんかとなり、現在別居中らしい。誰がどう見てもアスター卿が悪いと思うので、そろそろ奥方に謝罪して仲直りしてほしいものだ。

「何度やっても緊張するね」

「そうね……」

 おさらいはしてきたとはいえ、俺達にとってダンスは苦行なのに変わりはない。音楽に合わせて慎重に足を運ぶのだが、どうにか見られるようになっていると信じたい。何とか間違えずに苦行の時間は終了し、俺とオリガはさっさと壁際へと退散した。

「とりあえず一番の難関は終わったね」

「ええ」

 飲み物を手に互いにホッと安堵の息を吐く。広間の中央ではまた陛下と皇妃様が楽しそうに踊っている。平和が来たと実感できる光景だ。そんな様子を嬉しそうに眺めているオリガを見るのが俺は楽しい。

 今回もまたグレーテル様が渾身の衣装を用意して下さっている。今回の地色は緑。それに銀糸で一面に刺繍が施され、派手さを抑えて上品に仕上がっている。美しく着飾ったオリガは今日も綺麗で、いつまでも見ていたい。

「隊長」

 そこへドミニクが俺を呼びに来る。どうやら想定外の事が起ったらしい。ちょうど近くにブランドル公御夫妻がおられたので、オリガの事を頼んでその場を離れた。




「何だこれは?」

 移動した先の西棟の医務室は野次馬が詰めかけて騒然としていた。扉の前では打ちひしがれた様子のレオナルトが何やら呟いているし、開け放たれたままの扉の奥、医務室の真ん中では腰に布を巻いただけのバルトルトが呆然と立ち尽くしている。極めつけは部屋の奥から聞こえる女性のすすり泣く声。

 状況からして女性が乱暴されそうになったところをレオナルト卿が助けたようにも見える。しかし、それにしてはレオナルトが打ちひしがれている理由が分からない。

 ともかく南棟の大広間ではまだ舞踏会の真最中である。他国からの賓客を招いているので、こんな騒ぎが明るみになるのは国の威信にも関わる。幸いにしてここの騒ぎはあちらにまでは聞こえていない。それでもこれ以上大きくなる前に事態の収拾に勤めなければならない。

 何から手を付けるべきか迷うところだが、先ずは団長と同等の権限を大いに利用し、緘口令を敷いた上で野次馬達は解散させた。残ったのは先程の3名の他にレオナルト配下の竜騎士2名と駆け付けてくれた雷光隊員。そして奥にいると思われる女性の世話の為に残ってもらった女性の侍官。

 さて、次はどうしようと思っていると、知らせを聞いたらしいアスター卿がわざわざ来てくれた。

「後は私が引き受ける。お前は広間に戻れ」

「しかし……」

 確かにアスター卿ならこの手の事後処理はお手の物だろう。しかし、総団長が自らする仕事ではない気もする。

「せっかくの夜会だ。オリガの相手をしてやれ」

 そう言う気づかいは奥方にするべきでは……と思うのだが、口に出して言う勇気は俺にはない。広間に残してきたオリガも気になるし、もしかしたらそろそろティムが姿を現す頃合いでもある。ここはありがたくその言葉に従わせてもらう事にし、その場にいたドミニク達雷光隊員にはアスター卿の指示に従うように言い残して俺は広間にもどった。




 広間では何事もなかったように舞踏会が続けられていた。ティムの姿がまだ見えないので、医者が許可を出すのを渋っているのかもしれない。一方のオリガはグレーテル様に連れられて御婦人方と談笑していた。俺が戻って来た事に少し安堵の表情を浮かべると、御婦人方に断りを入れてその場を離れた。やはりまだこういった会話に加わるのは慣れないのだろう。俺も永久に慣れる気がしない。

「御用は済まれましたの?」

「アスター卿が変わってくれた。事後処理でしばらくは忙しくなるかも」

「そう……」

 事後処理が必要と言うだけで、彼女も何かしら不測の事態が起こったことを察してくれた。夏至祭が終わった後は、俺が父さんと母さんを皇都見物に連れて行く予定だったけど、もしかしたらオリガやサイラスにまた頼むことになりそうだ。

 そんな会話を交わしていると、寂しそうにしている姫様の姿が目に入る。1人にならないよう念押ししたからか、傍らには護衛の竜騎士が控えている。姫様は何かを思い立った様子で顔を上げられると、竜騎士に何かを命じていた。

「まずい……」

 姫様の傍から護衛が離れたとたんにディーターが姿を現す。注意をしていたのに迂闊にも接触を許してしまった。すぐに傍へ駆けつけようとしたところで、広間の入口の方からざわめきが起きる。

「ティム・バウワーだ」

 いや、正式にはティム・ディ・バウワーなのだが。思わず脳内でそんな突っ込みを入れられるくらい、彼の登場で心に余裕が出来た。逆にディーターの方は驚いた様子でティムの姿を見ている。ティムの登場は彼にとって予定外の事だったのだろう。ティムに会場の視線が集まっている間に、彼は逃げる様に広間を後にしていく。すかさずシュテファンがその後を付いていったので、後は彼に任せておけば大丈夫だろう。

 ティムはすぐに姫様の元に向かった。言葉を交わしているうちに、姫様の強張っておられた表情もすぐに明るくなってホッとする。それから2人は連れ立って陛下の元へ向かった。

 陛下は急遽舞踏会を一時中断すると、延期となっていたティムへの褒賞の授与を行う事にされた。俺とオリガも側近くに招かれ、長剣と鉾があしらわれた記章がティムの左胸に付けられるのを見守った。

「コリンが部屋に戻る。北棟までの護衛を任せる」

 無茶をしたが、飛竜レース、武術試合双方で優勝したティムに、陛下は最高のご褒美を用意して下さった。ティムも姫様もあからさまに顔がほころんでいる。平静を装いながらティムは謹んで大役を拝命すると、姫様の手を取り軽い足取りで広間を後にしていった。



誰も見ていなかったら、ティムもコリンもスキップをしていた。

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