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群青の軌跡  作者: 花 影
第5章 家族の物語
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第11話

遅くなってすみません

 一夜明けて武術試合の当日を迎えた。たとえ寝ていても息子の顔を見たくて、昨夜は夜会がお開きになった後、夜が更ける頃に帰宅していた。その為に、今日も夜明け前に起きて身支度を整えた。

「今日はお父上が武術試合を観戦されますので、私が付き添います。お母上とビアンカは広場で開かれている市を見に行かれると言うことで、リタとウーゴが付き添います。若様は今日も保育室へ招かれておられるとのことでしたので、奥様が出仕される際にガブリエラとレーナが付き添って向かわれることになっております」

 着替えを手伝ってくれながらサイラスが今日の家族の予定を教えてくれる。ちなみにフリッツは保育室に同行し、ベティーナはヤスミーンとモニカ、そして派遣してもらっているブランドル家の侍女達が面倒をみてくれることになっているらしい。中々ない機会だから母さん達にも市をゆっくり見て回ってもらいたいけれど、人が多いから長居は出来ないだろうとの判断からとのことだった。

「分かった。家を空けてばかりで悪いけど、頼むよ」

「お任せください。詳細のご報告はまた改めていたします」

「うん」

 身支度を終えるとまだ寝室で寝ているオリガの頬にそっと口づけてから本宮へ向かった。




「我がタランテラ皇国の竜騎士として日ごろの鍛錬の成果を存分に発揮し、悔いのない結果を残して欲しい」

 今年の武術試合は陛下と一緒に姫様も観覧される。試合前に参加者へ檄を飛ばされる陛下の隣で、可愛らしく着飾られた姫様はいつも以上に人目を引いていた。他の参加者と一緒に整列しているティムもきっと目を奪われているに違いない。気が散って試合に影響しなければいいが……。

「今年はオスカーが最有力だな」

 陛下とアレス卿が会話をしているのが聞こえる。まあ、客観的に見ても妥当な評価だと思う。何しろティムは昨日の飛竜レースに出ていて、その影響はまだ残っているはずだ。過去に同じ年に双方とも出場した竜騎士はおらず、この挑戦は無謀だと本人も自覚している。ただ、これには姫様は納得できないと言った様子だった。

 そうしているうちにティムの第1試合が始まった。相手は運命のいたずらか、ジークリンデの見合い相手らしいバルトルト卿だった。敵意丸出しの彼に対し、ティムは何やら思い悩んでいる様子。足元をすくわれないか危惧したが、俺の心配をよそに彼はあっさりと勝利していた。

「これは、可能性があるな」

 ティムの戦いぶりに陛下とアレス卿の評価も変わり、姫様は当然と言った様子で胸を張っていた。

 その後ティムもオスカー卿も順当に勝ち上がって残るは決勝のみとなった。決勝は午後から行われるので、貴賓席の観客は隣接する露台から広間に移動して休憩となった。

 休憩時間の終盤、決勝戦を観戦される皇妃様が広間にお出ましになられた。その皇妃様を陛下が出迎えられ、そしてお2人が揃ったところで新しく大神殿に赴任してきた神官長が挨拶をしてきた。会場の注目が集まったその間のちょっとした隙に、神官服姿の男に姫様が声をかけられていた。

 その場面を見ただけでは咎めるようなことではないが、姫様の表情が険しくなっている。将来フォルビア公になられる姫様を狙う輩は数多くいる。もしかしたらこの男もその1人なのかもしれない。

「姫様、陛下がお呼びでございます」

 俺は姫様の傍に寄ると、相手の男にも聞こえるように言付けを伝える。口実が出来た姫様は男に断りを入れると、ホッとした様子でその場を後にする。やはり1人になってしまったところで得体のしれない相手に声をかけられて心細かったのだろう。

 チラリと男の様子を伺うと、忌々しそうに舌打ちをして俺をにらみつけていた。他国からも賓客が集う場所でその行為は品性を疑う。そして同時に男が邪な思惑で姫様に近づいていたことを示していた。

 神官長の長い挨拶から解放された陛下と皇妃様のお傍に着いてようやく姫様の表情が和らぎ、そこで何があったかを簡潔に説明して下さった。男は礎の里に息子がいるから頼ってほしいと言っていたらしい。言葉だけ捉えれば何の問題はないが、男の態度を見ればその狙いは明らかだ。

 すぐに傍に居たシュテファンに目で合図を送る。俺の意を酌んでくれた彼はすぐに調査に向かってくれた。サイラスのおかげで侍官にも伝手があるので、すぐに情報は集まるはずだ。




 想定外の出来事に見舞われた休憩時間も終わり、いよいよ決勝戦の時間となった。決勝に挑む2人の名が呼ばれると、観客から大きな歓声が沸き起こる。そして審判の号令で試合が始まった。

 朝からの好天で気温が上がり、本人に自覚は無いかもしれないが昨日の飛竜レースの影響もあって明らかにティムの動きが悪い。規定に定められた通りの防具をまとって数合打ち合ったが、一旦間合いを取った後に2人の動きが止まった。

「何事だ?」

 観客がざわつく中、2人に何かを確認した審判が陛下へ報告にやって来る。

「防具を付けたままでは2人供実力を発揮できないので、外す許可を頂きたいとオスカー卿より申し出がありました」

「防具を外すのを許可する。2人供存分に戦うといい」

 陛下は迷うことなく許可を出した。2人は騎士の礼で謝意を伝えると、すぐに防具を外した。そしてその場で感触を確かめるように体を動かすと、どちらからともなく再び対峙した。特設の闘技場は先程までのざわめきが嘘の様に静まり返り、観客が固唾をのんで見守る中、試合が再開された。

 防具を外したことでティムだけでなくオスカー卿の動きも良くなっている。ティムは身軽さを生かして手数で勝負し、オスカー卿はそれを受け流して攻撃に転じていく。互いの長所を生かした激しい攻防は果てることなく続いていた。

「これ以上は危険だな。止めよう」

 試合はもう半刻も続いている。さすがにこれ以上続けるのは危険だと判断し、陛下は審判役の竜騎士に試合を止めるよう指示を出す。しかし、あまりにも激しい技の応酬に中々割って入ることが出来ない。

「アスター、ヒース!」

 陛下の意を受けて、2人が闘技場に駆け下りると颯爽さっそうと間に割って入る。何が起こったのか、観客も戦っていた当人達も理解が追い付かないほどの早業だった。

「この勝負、両社は互角とみなして引き分けとする」

 陛下の裁定が下り、今年の武術試合はティムとオスカー卿2人が優勝と決まった。一瞬の間をおいて観客から大歓声が沸き起こる。しかし、限界に達していたティムもオスカー卿も気が緩んだのか、その場で倒れ込んでいた。例年であれば最後に入賞者を称えて終わるのだが、優勝した2人が動けない状態となってしまったため、それは省略されて武術試合は終了となったのだった。



 ティムは賓客が利用する南棟の医務室へ運び込まれていた。普段であれば宿舎がある西棟へ運ばれるのだが、先にティムが試合で倒したバルトルト卿が運び込まれていたので、双方の精神衛生の為にも一緒にはしない方が良いだろうと言う配慮からそうなったらしい。

 オリガと共に様子を見に行くと、彼は寝台で横になっていた。医師の話では数日の安静が必要だが、大事ではないと聞いてほっと胸をなでおろす。オリガはもう少し付いていると言うので、俺は昼間の神官の件も含めて事後処理の為に雷光隊の詰め所へ向かった。そこには既にラウルとシュテファン、アルノーとコンラートが揃っていた。

「昼間の男はディーター正神官。グスタフの遠縁です。内乱前に修行と称して礎の里へ移り、この度就任した大神殿の神官長の供でタランテラへ戻って来たようです」

 先ずはシュテファンが調べてきたことを報告してくれる。仕事の早さに感心する。と、いうかディーターという男、わざわざ礎の里まで行って正神官止まりとは一体何の修行をしていたのだろうか?

「侍官達から聞いた話では、失った利権を取り戻すために帰って来たとか言っていたそうです。それから、レオナルト卿と話し込んでいるのを見かけました」

「レオナルト卿?」

 意外な名前が出て来た。詳しい人となりを知っているわけではないが、自ら進んでディーターに手を貸すようには思えない。ただ、昨日の様子を見る限りティムの事は相当敵視しているのは間違いないだろう。

 そのティムの事を陛下が目をかけているのは周知の事実だ。その事から将来姫様の婿に迎えるつもりではないかという的を付いた噂が流れている。もしかしたらディーターの耳にも入っている可能性があり、手段を選ばないのであればティムに危害を加えようと画策することも考えられる。

「ティムを1人にしない方が良いな」

「そうですね。それならば自分が警護をいたしましょう」

「良いのか?」

 警護を名乗り出てくれたのはラウルだった。元々奥方のイリス夫人は舞踏が苦手で、今宵は不参加の予定だった。既婚でも1人で参加していれば声をかけてくるような強かな女性もいるので、裏方に回った方が彼も気が楽らしい。

「ディーダーの方は今、ファビアンが様子をうかがっています。この後交代することになっていますので、怪しい動きがあれば連絡します」

 シュテファンもラウルと同じ理由で裏方を選択した。となると自然と表舞台の舞踏会で陛下の安全を守るのは俺とアルノー、コンラートの役目となった。また女性達に絡まれるのを想像したのか、2人供表情がさえない。

「今日はご一家の側近くに控えよう。その方がいざとなった時に動きやすいだろう」

 俺の提案にアルノーとコンラートは安心した様子でうなずいていた。更に警備の細かい確認を済ませて打ち合わせを終了した。



なかなか「小さな恋の行方」の裏の場面を書き起こすのは難しい。

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