第14話
墓参が済み、神官長に挨拶をして神殿を出た俺達が次に向かったのは町の市場。まあ、神殿へ行くまでに随分と町の人達の注目を集めていたので覚悟はしていたが、ここでは更に衆目を集める結果となった。
「竜騎士の兄ちゃんが綺麗なお嫁さんを連れて来た!」
親の手伝いをしていたらしい子供の1人がそう叫ぶものだから、買い物に来ていた人だけでなく店の奥から大人達が出てきて口々にお祝いを言ってくる。思わずオリガと顔を見合わせて苦笑する。一応まだ夫婦になっていないので訂正したのだが、聞こえていたかは不明だ。何はともあれ、歓迎されているのはありがたいことだ。
その場が落ち着いたところで、改めてオリガと市を見て回る。食料品だけでなく、職人の町らしく金属を使った多くの生活用品も並んでいる。特に料理好きのオリガは興味深い様子で台所用品を眺めていて、気に入ったものをいくつか購入していた。
「ルーク坊、可愛いお嫁さんを見つけたじゃないか」
昔からよく知る店主がそうからかいながらおまけしてくれる。もう訂正するのも面倒だ。笑って礼を言って荷物を受け取った。どの店に入ってもその調子で、気づけば両手に荷物を抱えていた。オリガも持つと言ってくれたのだが、このくらいなら問題ない。代わりに最後に屋台で買った軽食だけはお願いして持ってもらった。
思った以上に荷物が増えたので、今日はこの辺で引き揚げることにした。市場で気になったものの事を2人でアレコレ話をしているうちに家の近くまで帰って来た。そして俺は実家の隣の家の前で足を止める。
「ルーク、どうしたの?」
「ここに寄って行こう」
俺は荷物を降ろすと、母さんから預かっていたものを懐から取り出す。それはこの家のカギだった。
「ここは?」
「ギュンターさんが住んでいた家だよ」
そう答えると、再び荷物を抱えた俺は彼女を促して中に入った。戸惑った様子で中に足を踏み入れた彼女は、キョロキョロと薄暗い室内を見渡している。手近にあったテーブルに荷物を置いた俺は、鎧戸と窓を開け放って明かりと新鮮な空気を室内に入れた。
「勝手に入って大丈夫なの?」
彼女の不安はもっともだろう。俺は手近にあったソファーの埃避けの布を外し、座面が汚れていないのを確認してから彼女を座らせる。そして俺もその隣に腰掛けた。
「ギュンターさんの遺言で、ここは俺に譲られたんだ。まだ先の話だけど、年取って竜騎士を引退したらここに住むのもいいなと思ってこのまま残しているんだ。普段は父さんと母さんが管理してくれている」
「そうだったの」
「それで提案なんだけど、残りの休みの期間中はこちらで過ごそうと思うんだけどどうかな?」
俺の提案に彼女は首を傾げて俺を見上げている。かわいい……俺はたまらず彼女に口づけた。彼女は驚いたように固まっていたが、俺が口を話すと「もう……」と言って胸をポスンと小突いてきた。
「で、どうかな? その方が落ち着けると思うんだけど……」
今回俺達は長期休暇で滞在している。その間、父さんは普通に仕事があるので、母さんに余計な負担をかけないためにも俺達はこちらで過ごした方が良いのではないかと考えたのだ。ギュンターさんの世話になったことがある人も加わって定期的に掃除をしたり傷んだ個所を手直ししてくれていたのは知っていたし、カギを借りたときについこの間掃除をしたばかりですぐに使えると教えてもらったので決断は早かった。
「それも、そうだけど……」
オリガはまだためらっている。俺が家族と過ごす時間が減るのを気にしているのかもしれないが、日中は別でも夕飯は一緒に取ったりすることもできる。何より俺がオリガと2人きりで過ごしたいという下心もある。その辺をそれとなく伝えると、彼女もわかってくれた様子で小さく頷いた。
一先ず2人で家の中を見て回る。1階は今いる居間にギュンターさんが晩年寝室にしていた部屋と台所に風呂もある。2階は寝室が2つと書斎にしていた部屋があった。
古い家なので床がギシギシいうところもあるが、掃除したばかりとあってどの部屋もきれいに保たれている。家具もそのまま残してあるし、これなら寝具を持ち込むだけで今夜からでも泊まれそうだ。とりあえず空気の入れ替えをするために全ての窓を開け放ち、家具から埃避けの布を外したところで玄関の呼び鈴がなる。誰だろうかと思いながら出てみると、立っていたのは大きな籠を抱えたシュテファンだった。
「どうした? よくここが分かったな?」
籠を預かりながら訪ねてきた部下を招き入れる。中身を覗いてみると、母さん特製の果実水が入った瓶や食器などが入っていた。彼の話によると、家の方を尋ねたら母さんにこっちではないかと言われたらしい。ついでにとこの籠を持たされたのだとか。
とりあえず、彼を居間に通す。テーブルを拭き清め、籠の中身を出し、ついでに先程買った軽食を取り出す。ちょうど喉も乾いたことだし一息入れることにした。
「ザムエル殿から伝言です。今夜、『踊る牡鹿亭』にみんな集まるから忘れずに来るようにと。もちろん、奥様同伴で」
「は?」
「市場ですごい噂になっていますよ」
シュテファンはエアリアルの世話をした後、ザムエル達自警団の面々と鍛錬をしていたらしい。それが終わった後、昼食を購入しに市場へ向かったところ、至る所から俺が嫁を連れて歩いていたと話しかけられたらしい。やはり訂正したのは通じていなかった。まあ、近い将来、嫁になるのは間違いないからいいけど……。
「それから、今夜は自警団だけでなく親方衆も参加されるようです。やはり皆さん話を聞きたいそうです」
「入るのか? あの店に?」
『踊る牡鹿亭』はカミラが女給をしている宿屋兼食堂だ。あの店は客が20人も入れば満席になる広さだったはずだ。今夜参加予定の自警団の面々だけでも一杯になるのに、親方衆まで来たら入りきらないはずだ。
「店に面した広場を開放することになりました。『踊る牡鹿亭』だけでは間に合いませんので、他の店からも出店をするそうです」
「まるで祭じゃないか……」
俺は思わず絶句する。ただの飲み会だったはずなのに、春分節や収穫祭に匹敵する規模に膨れ上がっているのだ。娯楽に飢えているのは分かるが、絶対、後でクラインさんに何か言われるに決まっている。
「町長の事は親方衆が話を通してくれるそうなので、心配しなくていいそうです」
やけに手回しがいい。まあ、結局のところ理由をつけて飲みたいだけなのだろう。あきらめの境地となった俺は、気持ちを落ち着けようとオリガが注いでくれた果実水を飲んだ。優しい甘さがつかの間の癒しを与えてくれる。
「ルーク……」
傍らに座るオリガが不安げに俺を見ている。そうだ、彼女を不安にさせてどうする。俺は自分に喝を入れると腹をくくった。そして彼女を安心させるように微笑みかけると、腰に腕を回して抱き寄せた。オリガは頬を染め、シュテファンはあえて俺達を見ないようにしている。
「後は何か言っていたか?」
「今夜は親方衆のおごりです。気にせず好きなものを注文してくれ、だそうです」
まあ、そういうことなら遠慮なくご馳走になろう。噂が独り歩きしないように、いろんな人に真実を聞いてもらうのも今の俺達の役目だ。
その後はシュテファンから今朝のラウルの様子(早くイリスに会いたくてそわそわしていたらしい)や自警団との鍛錬の内容を聞いたりしながら軽食をつまんだ。
休憩が一段落したところで引っ越し……俺達の着替えと寝具を運ぶ程度だが……の作業にかかることにした。手が空いているというので、シュテファンにも手伝ってもらうことになった。
実は実家とこの家とは庭がつながっている。子供の頃はギュンターさんのところへは表からではなく裏口からいつもお邪魔していた。懐かしさを感じながら、あの頃の様に裏口から庭を通り実家に向かう。実家に入る前に竜舎を覗くと、どこかで一休みしているのかエアリアルはまだ戻ってきていなかった。
裏口から台所に入ると、母さんは夕飯の下ごしらえをしていた。父さんも親方衆の一員なので当然参加のはずなのだが、今夜の飲み会が大規模になったのをまだ知らなかったらしい。後でけんかにならないといいのだが……。
「あの家、今夜から使おうと思うんだけど、いいかな?」
「お前の家なんだから好きにすればいいさ。でも、オリガさんばかりに負担をかけちゃだめだよ?」
母さんの心配はもっともだが、俺だって一通りの家事はできるので全てを彼女に任せるつもりはない。まあ、懸念があるとすれば俺が理性を抑えきれなくて、寝台の中で彼女に無理をさせるくらいだろうか。
「心配いらないよ。まあ、足りないものはまた明日市場でそろえるとして、一先ず部屋にある寝具を借りていくよ」
「せっかくだからいいのを持ってお行き」
そう言って母さんは俺が止める間もなく台所を出て行った。こうなったら誰の意見も聞いてくれないので、先ずは部屋においてあるそれぞれの荷物を先に隣の家に移し、そして母さんが用意してくれた客用の寝具をシュテファンが担いで運んでくれた。
2階の日当たりのいい部屋の方を当面の寝室に決め、空の寝台に寝具を用意した。とりあえずもう一つの部屋へ荷物を運び入れ、後は滞在中に自分達の過ごしやすいように変えていけばいいと2人で話して決めた。
亡き師匠ギュンターさんから家を贈られていたルーク。
期間限定だけどオリガと甘々な新婚生活を送ることに。
彼の頬は緩みっぱなしです。
誤字報告ありがとうございます。早速修復しました。




