第6話
皇都はお祭り騒ぎのただ中だった。皇都の住民達の間では、アルベルト皇子誕生が公表された冬の最中から既にお祝いが始まっていたと聞く。そして討伐期が終わると遠慮も無くなり、新年を祝う春分節と合わせて盛大なお祭りが開かれ、それが現在に至るまで続いている。そんな賑やかな町並みを見下ろしながら、俺達は本宮の着場に飛竜を降ろした。
今回は賓客でもあるアレス卿が同道しているので、アスター卿を筆頭とした国の重鎮方を従えた陛下が出迎えて下さった。ちなみにいつもであれば真っ先に出迎えてくれるはずのラウル達皇都駐留組はその後ろの方で大人しく敬礼して迎えてくれている。
「アレス、よく来てくれた」
「パラクインスのわがままで予定より早くなりましたが、今年もよろしくお願いします」
陛下とアレス卿が挨拶を交わす。元々、パラクインスが来るのを想定して今年の夏至祭にアレス卿は賓客として招く予定だった。それまでブレシッド側で彼女を抑えておいてもらうつもりだったのだけど、欲望に忠実な彼女を止めることが出来なかった。
「中でゆっくり話そう。疲れている所悪いが、ルークも来てくれ」
「畏まりました」
陛下直々のご指名では断れない。俺は相棒とパラクインスを部下に任せ、陛下を筆頭とした一行に従って着場を後にする。
ちなみにティムには夏至祭に集中してもらうため、それが済むまでは雷光隊総出でパラクインスの相手をすることになっている。賓客である彼女は上層の広い竜舎があてがわれているが、まだ上級騎士ではないティムの相棒テンペストは下層の竜舎にいる。ティムが夏至祭の訓練に集中している限り、彼女と遭遇することは無い。ただ、多少は満足させてやらないと彼女は暴走する。それを防ぐため、俺達が手を貸すことにしたのだ。
向かった先は、南棟にある陛下が私的に客をもてなす時に使われる応接間。陛下の住いである北棟に次いで入室を許される人が限られる部屋だ。今日は部屋の主である陛下の他に賓客であるアレス卿、腹心のアスター卿、そして俺という顔ぶれとなった。
お酒が用意されることもあるのだが、この後アレス卿は陛下に北棟での私的な晩餐に招かれている。先に飲んでしまうと皇妃様の心証がよろしくないとかで、侍官が用意したのは薫り高いお茶だった。ちなみに正式な歓迎の晩餐会は、ロベリアに残してきたプルメリアからのお供が皇都へ到着してから行われるらしい。
「遠慮はいらないぞ」
お茶の用意を終えた侍官が退出すると、陛下は途端に正装の上着脱ぎ捨てて襟元を緩める。俺達もそれに倣い、楽な姿勢になったところで非公式な会談が始まった。
「シュザンナ様の大母就任は持ち越されることになりました」
最初に口を開いたのはアレス卿だった。
「昨年あれだけ根回ししたのにか?」
昨年行われた国主会議でシュザンナ様を次代の大母と決定し、今年の春に新大母の即位式が行われるはずだった。だが、間際になってエルニア出身の大母補ミネルヴァ様を強く推す一部の賢者から反対の声が上がったらしい。狙いは最近になって確立されたと言う真珠の養殖技術がもたらす利益だ。彼女を推すことでその利益が舞い込むと思っているらしい。
「これまでエルニアがどれだけ悲惨な状況か伝えても見向きもしなかったくせに、金になると分かったとたんの変わり身の早さに父上と母上も呆れていたよ」
「そんなに多いのか?」
「賢者達のおよそ半数だね。無視できない数まで増えてしまっているから、即位式を強行できなかったみたいだ」
賢者と言っても皇妃様の祖父である賢者ペドロ様の様な高潔な人ばかりではない。むしろ礎の里に居座っている連中のほとんどは失脚したベルクに成り代わって権力を握ろうと画策していて、賢者と呼ぶには疑問が残る。
「婚礼を控えておられるエスメラルダ様の退位は先延ばしに出来ない。そこでシュザンナ様とミネルヴァ様が2人で代行すると言う形になった」
「大丈夫なのか、それで」
「母上が仰るには、元々ミネルヴァ様に即位する意思は無く、急に祀り上げられて困惑しておられる状態らしい。それでも、故国の状況を憂いておられて、どうにかしたいとも思われているご様子とのことだった」
アリシア様は大母補の指導役も勤めておられる。時には国元から離れた彼女達の母親代わりとなって支えることもあると聞いた。そんなアリシア様からの情報ならば、信じてもいいのかもしれない。
「手始めに傭兵団に動いてもらって、エルニア国内の様子を探ってもらい、場合によっては俺達も動くことになるかもしれない」
「アレスが動くのか? 大丈夫か?」
「エスメラルダ様の大母としての最後のお願いなんだ。タランテラでの働きを認めて下さって、必要であれば動いてほしいと頼まれた」
「そうか……」
アレス卿としては、その時には俺達にも手伝ってもらいたいと思っている様子だが、正直に言ってそれは厳しい。彼もそれは重々承知している様子で、この場ではその要請は出てこなかった。
アレス卿からはその他に南のヴェネサスの話も聞いたが、こちらも混乱が続いているらしい。ヴェネサスはいくつかの氏族が寄り集まった国で、普段はそれぞれの氏族ごとで生活している。プルメリアと似ているが、その氏族数は小さなものを含めると3桁に登るとも言われている。そんな氏族同士が争っている状態が何十年も続いているらしい。
「こちらも終わりが見えない。何しろ礎の里の干渉を一切受け付けないからね」
「どちらの国も早く落ち着くと良いのだが……」
陛下の呟きに俺達は同意してうなずいた。内乱を経験した俺達は平和のありがたみを感じている。大陸の一番遠い所から出来ることは限られるが、南の2国も早く平和が訪れる事を心から願った。
アレス卿による南方の情勢の報告が一段落すると、今度は間近に迫った夏至祭へ話題が移る。一番の話題は飛竜レースと武術試合の両方に挑戦するティムの事だ。
「ティムが両方に挑戦すると聞きましたが、調子はどんな様子ですか?」
「実のところ、昨年以来会っていないので、詳細は俺にも分かっていません。独力で結果を出したいと言っていたので、夏至祭が終わるまでは会う事は無いと思います」
「それはまた、無茶なことをしているね」
俺の返答に陛下とアスター卿はリーガス卿から既に話を聞いていたのか冷静だったが、アレス卿は随分と驚いている。
「焦っているのだろうな。コリンとの約束に付けた条件を真面目に果たそうとしているのだろうが、そこまで追い込まなくても十分に果たせるだけの力はあるはずなのだが……」
「姫様に、延いては陛下のご期待に相応しくありたいと思い、自分に自信を付けたいのではないかと思います」
「なるほど」
昔はヤンチャな一面もおありだった姫様も今ではすっかり人目を引くような美少女に成長されていた。加えて将来はフォルビア大公の地位を約束されているとなれば、権力を欲している男達の格好の餌食だ。ティムとの仮の婚約はまだ公表されていないから、その機会を虎視眈々と狙っているのだろう。
ティムが焦る気持ちは分からなくもない。だが、少しは周囲を信用してほしい。俺の力は微力だが、それでも姫様の事を大切に思う人たちがそんな輩を彼女に近づけさせるはずがない。ましてや、陛下御自身がアイツの事を息子と呼ぶ日を心待ちにしているのだから。
「飛竜レースは間違いないだろう。ただ、武術試合はオスカーも出るから、彼とはいい勝負になりそうだ」
「それは、目が離せませんね」
サントリナ家のオスカー卿とも幾度か手合わせしたことあるが、彼の腕もなかなかのものだ。陛下に手ほどきを受けたこともあると言うからそれも納得だ。最近はティムと手合わせをしていないから憶測でしかないけれど、きっといい勝負をするだろう。確かに楽しみな組み合わせだ。
「まあ、心配しなくても、彼は順当に結果を残してくれるはずだ」
「我々は無粋な邪魔を仕掛けてくる輩の排除をするだけですね」
アスター卿の笑顔が何だか怖い。何事も起こらないことを願うばかりだ。
「邪魔と言えば、パラクインスが一番厄介かもしれないね」
「雷光隊の総力を挙げて対処しますよ」
今頃は皇都駐留組もシュテファンから説明を受けているはずだ。彼等もティムの挑戦の事は知っているので、快く対応してくれるはずだ。今回は直接彼に何かをしてやれなくて歯がゆい思いをしていたが、このくらいの手伝いならお安い御用だ。
「あいつも贅沢だよね。本来の仕事以外で雷光隊を独り占めするんだから」
「支障が出るようだったら言え。係員を増員して対処させる」
「いえ、大丈夫です。これ以上甘やかせると彼女自身にも良くないので、しつけをしつつ対応します」
「出来るのか?」
「アジュガでもしてきました」
そう答えるとアレス卿は苦笑し、陛下とアスター卿が驚いた様子で俺を見ていた。
「あの傲慢女王竜をしつけたのか」
「まだまだですよ。彼女自身の為にも、もう少し我慢を覚えてもらうだけです」
俺の答えに、他の3人からは尊敬のまなざしが送られていた。大陸でも有数の竜騎士である彼等を驚かせることが出来たのは何だか誇らしいと思うと同時に照れ臭かった。
それからほどなくして北棟で予定されている晩餐の時間が迫って来たので、非公式なこの会談はお開きとなった。ヒース卿が皇都へ到着したらまた時間を作って集まることを約束させられ、俺はようやく自分の仕事場である雷光隊の詰め所に戻れたのだった。
「小さな恋の行方」ではとうにシュザンナ様が大母に納まっていたのだけど、書いているうちに微妙に設定が変わってしまっている。
笑って許していただけると助かります。




