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群青の軌跡  作者: 花 影
第5章 家族の物語
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第5話

 アジュガには昼頃着いた。今日は時間に余裕があるので、少し念入りに相棒の世話をする。エアリアルも嬉しそうだ。

「ルーク」

 そこへ兄さんが差し入れを持ってきた。竜舎に来るのは珍しく、思わず二度見してしまった。

「珍しいね」

「まあ、ちょっと話がしたくて」

 差し入れに持ってきてくれたのは程よく冷やしたお茶とミートパイ。思わず頬がほころぶ。ちょうどエアリアルの世話も一段落したし、小腹も空いていたので、一休みすることにした。

 竜舎を出て、領主館内にある竜騎士の休憩室に移動する。アルノーもマティアスも明日の準備に出払っているので、空いていたからちょうど良かった。手を洗い、持ってきてくれた差し入れをテーブルに並べて早速頂いた。そう言えば、兄さんと2人だけで話をするのは随分久しぶりかもしれない。

「なあ、ルーク」

「ん?」

「実家の隣のお前の持ち家を俺達に貸してくれないか?」

 ミートパイを食べ終わった頃を見計らい、おもむろに兄さんがそう話を切り出した。

「構わないけど、向こうの家は?」

 兄さん一家は工房のすぐ隣にあるリーナ義姉さんの実家に住んでいる。住み慣れている家を離れ、わざわざ仕事場から遠くなるあの家に引っ越すのは不便になると思うのだが、いきなりどうしたんだろう?

「それがなぁ……ザシャが工房へ無断で入ろうとするんだ」

「それは、確かに危険だな」

 ザシャは元より好奇心旺盛な性格をしている。フリッツやカミルが皇都へ行ってしまって退屈を持て余した彼は、父親やじいじが行く工房が魅力的な場所に思えたのかもしれない。

 しかし、工房は幼子にとって危険な場所だ。不用意にこけただけでも怪我どころか命の危険もある。口でいくら言っても2歳……もうじき3歳の子供が理解できるはずがなく、逆に興味を刺激されてしまっている状態らしい。

 見習いが出来るような歳になればいくらでも連れて行くのだが、さすがにまだ早すぎる。身重のリーナ義姉さん一人では大変なので、近所のおかみさんが交代で子守りの手伝いに来てくれているらしい。そう言う話を聞くと、本宮にある保育室の様なものをアジュガの領主館の中にも作った方がいいのではないかと思えてくる。

「ザシャと次に生まれてくる子のためにも、やはり工房から離れた場所に引っ越した方が良いだろうとリーナと話したんだ」

 兄さんはそこでいったん言葉を切ると、残っていたお茶を飲み干し、少し表情を引き締めた。

「昨年の事件があって、色々とお前やカミラに甘えていたんだと思い知らされたんだ」

「?」

 兄さんが言っている事がよくわからずに首を傾げると、自嘲した笑みを浮かべながら話を続ける。

「カミラが結婚する時にお前が将来を見据えてあの家を貸したけど、父さんと母さんはいつまでも元気で、俺達の手が必要になるのはまだまだ先の事だろうと思っていたんだ。だけど、あの2人の訃報を聞いた後の父さんと母さんの憔悴した姿を見て、色々考えさせられた。加えてじい様も亡くなられて、今住んでいる家に固執する理由も無くなった。やはり俺達が父さんと母さんの傍に居た方が良いだろうと思ったんだ」

「リーナ義姉さんは?」

「賛成してくれたよ。お前は国から頼りにされていて、まだまだ方々飛び回らないといけないだろう? この方が安心して勤めが果たせるだろうと言っていた」

「俺の方が甘えている気がするけど?」

「お前がよく言っているじゃないか、適材適所だよ」

 家を貸すことに異論はない。それに、兄さんが言う通り、父さんと母さんの傍に居てくれた方が俺達も安心する。悩む必要が無いくらい、俺の中ではもう答えが決まっていた。

「俺に異存はないよ。でも、向こうでオリガと話をしてからかな。父さんと母さんにはこっちに戻ってきてから言った方が良いかな?」

「ああ。俺から話すよ」

「分かった」

 話がまとまり、ホッと息をつく。もう少し休憩したら、今度は明日の移動の準備をしておこうかと考えていると、不穏? な気配を感じる。まさかと思い、腰をあげたところで、バタバタと慌ただしい足音と共にアルノーが駆け込んでくる。

「隊長! 傲慢女王竜パラクインスの襲来です!」

 ああ……今年も来たのか。と、言うか、何でアジュガに来たのだろう? 飛竜はともかく、同行されている方は丁重にもてなさなければならない。この分だと今夜もゆっくり休めないなぁと思いながら、重い足取りで着場へと向かった。




 着場に行くと、ちょうど黒い飛竜が降り立ったところだった。その背中から降りて来たのは、皇妃様の実弟でクーズ山聖域神殿の実質的な騎士団長を務めているアレス卿だった。

「突然、申し訳ないね」

 せわしなくキョロキョロしているパラクインスをなだめながら、さわやかな笑顔でアレス卿が挨拶してくれる。

「驚きましたけど、どうしてこちらに?」

「ロベリアに彼が居なくて、フォルビアにも行ったけど見つけられなくて、ここになら居ると彼女が言い張ったもんだから……」

 困った表情も男前だ。俺達と入れ違いでフォルビアに到着し、そこにもいないと気付くと、ほんの少しの休憩でアジュガまでやって来たらしい。その執念は見事だが恐ろしくもある。

 だが、人間側の事情も考慮してほしい。今回付き従ってきた竜騎士達の大半はまだロベリアに居て、明日にでもフォルビアに移動してヒース卿達と皇都へ向かう事にしたらしい。アジュガの竜舎があまり広くないのをご存知のアレス卿が配慮して下さり、彼に同行しているのは案内役のヒース卿の配下2名だけだった。だが、彼等だって忙しいはずだ。やはり、欲望に突っ走るパラクインスには教育的指導が必要かもしれない。

「そういえば、昨年は色々とご配慮、ありがとうございました」

「大したことはしていないよ。父上と母上からもお悔やみをことづかっている」

 遅ればせながら前年のお礼を言うと、彼は沈痛な表情で首を振った。あの火事の後、ウォルフが火傷を負いながら務めを全うしたことや、元気に駆け回っていた妹の事も彼は覚えてくれていた。明日の出立前に墓参する予定を伝えると、是非にと同行を希望された。もちろんそれは快諾させてもらった。


グツグッグッ


 アレス卿と立ち話をしていると、しびれを切らしたらしいパラクインスがとうとう俺に直接ブラシ掛けを催促してきた。ティムが居ないのなら代用品で我慢してやろうなどと、目線が随分と斜め上じゃないか。だが、勘違いするな。あの技術を彼に仕込んだのは俺だ。ちょうどいい。教育的指導と合わせてしてやろうじゃないか。

「部屋を用意させますので、アレス卿は休んでいてください。ちょっと彼女に付き合ってきます」

 後を文官達に任せ、俺は腕まくりしてパラクインスを竜舎へ連れて行く。そして彼女の念願のブラシをかけてやるのだが、合間に小言としつけを加えておいた。最後の方は反省の態度を見せていたので、これで少しは大人しくなってくれると良いのだが……。

 その日の晩餐はアレス卿のたっての願いで「踊る牡鹿亭」のミートパイを用意した。以前にアジュガへ来られた時に食べてその味が忘れられなかったらしい。そう言われると俺も何だか嬉しい。昼間に食べたばかりだったが、俺もつい手が出ていた。

 パラクインスのわがままに振り回されたアレス卿はお疲れだったご様子で、夕餉が済むとすぐに部屋で休まれた。そのおかげで俺も早くに休むことが出来た。これでゆっくり休めるぞと思ったが、広く豪華な寝台での一人寝はものすごく寂しかった。




 翌早朝、俺はアレス卿と連れ立って神殿の奥にある墓地へ足を運んだ。先日は家族みんなで賑やかに参ったが、今日はゲオルグから預かった香油を供えて静かに祈りを捧げた。アレス卿は前日のうちに花の準備を文官に頼んでいたらしく、華やかな夏の花を集めた花束を供えてくれていた。そして静寂の中での祈りを終えると、「行ってくるよ」と心の中で付け加えて神殿を後にした。


グッグッグッ


 出立前にもかかわらず、パラクインスは着場でブラシ掛けを要求してきた。全然懲りていないらしい。それでも既にミステルからシュテファン率いる教育部隊も到着しているので、そんな事に時間を取る余裕などない。後まわしだと宣告すると、さすがの彼女も観念したのか絶望の思念を送って来た。そうそう自分の都合よく人間達が動くと思うな。昨日強く言い聞かせた成果だ。

「出立する」

 兄さん一家やザムエル、新旧の親方衆にそのおかみさん達を始めとした街の人達に見送られて、俺達は皇都へ向けて飛び立った。


思い付きで登場、パラクインスとアレス。

傲慢女王竜の矯正はこんなものでは終わらない。

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