第13話
「長々と話したけど、結局クラインさんはダミアンさんが死んだのは、俺にも責任があると未だに思っている。その俺が部下を率いる立場になっているのが許せないんだろう」
「ルークのせいではないのに……」
「そう言ってくれると救われるよ」
オリガは俺の腕の中で心配そうに見上げている。思わず見惚れそうになった俺はそんな彼女の額に口づけ、言葉を続ける。
「生前、ダミアンさんから聞いたことがあったんだけど、アジュガをクライン家の所領とするのがあの人の念願らしい。自分はその資質が無くて諦めたが、息子が竜騎士となって出世し、手柄を立てたらその願いは叶うと思っていたみたいだ」
実際にはそんな特例はめったにない事なのだが、クラインさんは自分の夢を息子に託していた。「町長なのに領主じゃないから」という理由で奥さんに逃げられたから余計に固執していたのだろうと町の人が噂していたのを聞いたこともある。
「悲しい……人ですね」
「俺もそう思う」
小さな町だが、それでもこれまで無難にまとめ、あの内乱中もグスタフの諫言に惑わされることなく中立を保った手腕があるのだから、元々優れた人なのだろう。住人からも信頼されていたのは確かだ。
けれども今回の件はアジュガ全体の利益に絡み、住人達も「困った人だねぇ」と笑って済ませる範疇を超えている。俺へのあからさまな嫌がらせによって怒り心頭のラウル達と親方衆が結託して動けば、クラインさんの更迭もあり得てくる。
頼みの綱の息子を失い、己の念願も叶うことはない。そんな人にこれ以上の罰はいらないだろう。任期が終わるまで無難に町を治め、功労金を受け取って静かに余生を過ごしてもらえればと思っているのだが……。
「ルーク……」
黙り込んでしまった俺を心配してか、オリガがそっと頬に触れてくる。俺はその手を取るとそっと口づける。
「少し、休みましょうルーク。今考えこんでもいい案は浮かんでこないわ」
「そう……だね」
確かにオリガの言うことは正しい。気づけばもう東の空が白み始めている。彼女を連れて行きたい場所はたくさんあるし、明日……もう今日か、晩は自警団の連中から誘われているからまた飲み会だ。少し休んでおかないと、せっかくの休暇を満喫できない。
オリガが俺の腕から抜け出したので、俺は立ち上がると大きく伸びをする。凝り固まった体をほぐし、それから彼女に手を貸して立たせた。
「少し寝ておこうか。ごめんね、付き合わせて」
「ううん」
彼女は首を振ると俺の胸にもたれかかってくる。なんか、こうやって一緒にいるだけで幸せだ。俺は彼女の頬に手を添えるとそっと唇を重ねた。
「じゃ、行こうか」
既にろうそくが燃え尽きた手燭を手に取り、ぐっすりと寝ている飛竜に「おやすみ」と声をかけて竜舎を出た。そして2人で夜明け前の新鮮な空気で深呼吸してから母屋へと入り、オリガを部屋の前まで送ってから自分の部屋に戻った。そして寝台に倒れ込むと、そのまま力尽きて寝入っていた。
目を覚ますと、既に日は高く昇っていた。さすがに寝すぎたと慌てて階下に降りると、台所では母さんが父さんに持っていく昼食の準備をしていた。
「おはよう母さん。ごめん、寝すぎた」
「おはようルーク。お休みなんだからゆっくりすればいいんだよ。ごはんは食べるかい?」
「いる。顔洗ってくるよ」
俺はそう答えると、エアリアルにも挨拶しておこうと裏口から外に出る。既に竜舎から出ていた彼は、オリガにブラシをかけてもらっていた。なんか、絵になる光景だ。
「おはようオリガ。ご機嫌だね、エアリアル」
「おはようルーク」
俺がそう声をかけると、彼女はこぼれるような笑みと一緒に挨拶を返してくれた。うん、これで朝の爽やかさが倍増した。ちょっと朝というには遅い時間だけど……。
俺は井戸水でサッと顔を洗うと、エアリアルのブラシ掛けをオリガから代わる。彼女も少し寝坊したらしく、朝食の準備に間に合わずに申し訳なかったと言っていた。長旅で疲れていたうえに夜遅くまで俺の話に付き合わせてしまったのだから気にしなくていいんだけどね。そう伝えると、彼女は少し困ったような表情を浮かべていた。働き者の彼女は何もしないと返って落ち着かないんだろう。
そんな他愛もない会話をしていると、食事の準備が出来たと母さんが呼びに来た。俺は返事をすると、エアリアルを散歩に送り出す。相棒が飛び立つのを見送った俺達は道具を手早くまとめ、共に母屋へ入っていった。
台所のテーブルには野菜のスープとハムチーズを挟んだパン、そして甘瓜が添えてあった。母さんは父さんのお昼を籠に詰めていて、量から判断するとあちらで一緒に食べるつもりなのだろう。
「お茶を淹れますね」
俺が席に着いて早速パンにかぶりつくと、オリガは慣れた手つきでお茶の用意を始める。お昼まではまだ時間があるので、準備が終えたらしい母さんと3人分のお茶を淹れたオリガも席に着いた。
「朝一番にね、ラウル君がフォルビアに戻ると挨拶しに来てくれたよ。その後シュテファン君がエアリアルの世話をしに来てくれたんだけど、2人ともお前をゆっくり休ませたいと言っててねぇ、本当に優しい子達だねぇ」
俺が腹を満たしている傍らで母さんが早口で今朝の状況を話してくれる。実は俺に合わせてラウルとシュテファンも休暇が与えられている。好きに過ごしてもらって構わないと言ったところ、ラウルは緊急連絡に備えてフォルビアで過ごすことを選んでいた。まあ、一番の理由は姫様付の侍女に抜擢されたイリスの事が気になって仕方がないのだろう。早朝に出立したところから見ても、その可能性は高い。
一方のシュテファンは俺達の護衛を兼ねてアジュガで過ごすことを選択していた。フォルビアには婚約者もいるんだし、無理に付き合わなくてもいいと言ったのだが、ラウルと話し合って決めていたらしい。確かに、今回はオリガもいるのでいてもらえるのは非常に助かるのは確かだ。母さんの言う通り、俺にはもったいないくらいによくできた部下達だと思う。
「今日はゆっくりするのかい?」
案の定、今朝の父さんは二日酔いだったとか、クルト兄さんはリーナ義姉さんに追い立てられるように帰っていったとか今朝の様子をひとしきり話し終えた母さんは、お茶を飲んで一息ついてから聞いてきた。
「ん……ギュンターさんの墓参りに行こうかな」
「それなら花がいるねぇ」
そう言って母さんは席を立つと、ハサミを手に庭へ出て行った。そういえば母さんもじっとしていられない性質だった。その姿を見送ると、俺達の様子をにこにこと眺めていたオリガに向き直る。
「ギュンターさんに君を紹介したいんだ。一緒にお墓参りに行ってくれる?」
「私が行っても大丈夫かしら?」
「俺の事を随分と心配してくれていたから、こんな素敵な彼女が出来たと安心させたいんだ」
照れた彼女にポスッと胸を小突かれる。心なしか頬が赤らんでいるが、彼女は小さく頷いた。
食事の残りを平らげた俺はお茶を飲んで一息つく。少し冷めてしまったけど、オリガが淹れてくれるお茶は大陸一美味しい。そのお茶も飲み干してごちそうさまと言うと、オリガが朝食の皿を片付けてくれる。それが終わったころに花を抱えた母さんが戻って来た。
「あらあらゴメンね」
母さんはオリガに礼を言うと、束ねた花を水を張った桶に浸しておいてくれる。本当はゆっくりしてもらいたいと思っているみたいだが、本人が好きなように過ごしてもらうことが一番だと理解してくれているみたいだ。
「ありがとう。着替えたら出かけるよ」
せっかく2人で出かけるのだから、もうちょっといい服に着替えておきたい。当然オリガも同じ考えだったらしく、一旦荷物を置いているカミラの部屋へ向かった。ちなみにその部屋の主は、近所の宿を兼ねた食堂で女給の仕事の真最中だ。
母さんにもう一つ頼みごとをしてから俺も一旦部屋に戻って洗い立てのシャツとズボンに着替えた。花と一緒に備えるつもりで持ってきた蒸留酒の小瓶を用意し、階下に降りると母さんが頼んだものを持ってきてくれていた。
「はい、ルーク」
「ありがとう、母さん」
母さんが手渡してくれたものを俺は懐に入れると、先程の花束を手に取る。準備が整ったところで着替えを済ませたオリガも降りてきたので、父さんにお昼を届けに行く母さんも一緒に家を出た。
オリガと墓がある小神殿に赴き、神官長と少し話をしていくばくかのお布施をしてからギュンターさんのお墓に参った。彼の墓は既に花に埋もれていて、町の人からいかに慕われていたかがよくわかる。
俺も持参した花と酒を供え、祈りを捧げる。しばらく来れなかったことを詫びつつ、内乱の終結等の近況を報告した。ちらりと傍らのオリガを覗き見ると、彼女も目を閉じて祈っていた。何だか神々しさを感じる。頬が緩んできそうになるのをこらえ、伴侶となる女性を師匠に紹介した。ふと、脳裏に師匠の穏やかな笑顔が浮かんだ。きっと喜んでくれたに違いない。




