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群青の軌跡  作者: 花 影
第4章 夫婦の物語
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閑話 シュテファン

今回は悩めるシュテファン君のお話。

 国主会議に同行された隊長の留守中に信じられない悲劇が起きた。アジュガの城代を任されているウォルフ殿が、冤罪で捕縛された挙句にシュタール側の不手際で事件に巻き込まれてカミラ夫人と共に命を落としてしまった。

 留守を任されていた自分達がウォルフ殿の冤罪を晴らす為にシュタールに居たにもかかわらず、最悪の事態を防ぐことが出来なかった。だが、落ち込んでいる暇はない。この不測の事態に対処するため、先ずはフォルビアのヒース卿を頼った。

「何だと?」

 さすがのヒース卿も想定外の事態に絶句されていた。しかし、それからものすごい勢いで何通かの手紙を書きあげられた。そしてそれらを移動速度に定評のある竜騎士に預けて皇都へ送り出した。

「使いでしたら自分が行きます」

 自惚れではないが、第3騎士団のどの竜騎士よりも早く皇都へ行く自信はある。そうヒース卿に申し出たのだが、逆に体を休めておくよう命じられる。

「休んでなどいられませんが?」

「君には大陸を縦断してもらう事になるかもしれない」

 ヒース卿の話では、この事件の知ったアスター卿は躊躇ちゅうちょなく礎の里へ使いを送る決断をするはずとのことだった。その時に使いを任せる事になるだろうから、それに備えておくために休むように言われたのだ。

「懸念は分かるが、こっちの事は我々に任せてもらおう。今度という今度は容赦はしない」

 実はヒース卿も相当頭に来ていたらしい。彼が本気になれば、今回の不祥事に関わった連中はもう日の目を見ることは無いだろう。本当にこの人を敵に回さなくて良かったと、つくづく思った。

 皇都へ手紙を送った翌日には返事が戻ってきた。アスター卿の手紙だけでなく皇妃様からの手紙も一緒に届いていて、国の中枢の人達がこれだけ率先して動いて下さっているという事実に、改めて隊長の偉大さを認識した。

 そしてヒース卿が言われた通り、自分が使いとして礎の里へおもむくことになった。アスター卿からの手紙により、途中聖域に立ち寄って神殿騎士団に協力を仰ぐよう指示されていた。その指示通り聖域に立ち寄って案内役を付けてもらい、体力の限界まで飛び続けて礎の里へ向かった。

「嘘……だろう?」

 震える手で差し出した手紙を読んだ隊長は絶句した。そして「何をしていたんだ」と自分につかみかかって来た。隊長が取り乱されるなんて今まで見たことが無い。そんな隊長を制して下さったのが陛下だった。

 その場ですぐにその後の対応が話し合われた。幸いにして公式な行事は全て終わっており、本国より危急を知らせる使いが来た事を理由に予定を早めて陛下が帰国される形をとることになった。

 陛下やオリガ夫人が同行するとはいえ、かなりの強行軍となる。同行するのは、本気で飛ぶ隊長についていけるラウルとアルノー、そして神殿騎士団からアレス卿とレイド卿が同行して下さることになった。本当は自分も同行したかったのだが、消耗が激しいからと、船団の護衛をする残りの雷光隊員の指揮を預かることになった。

「後を頼む」

 翌早朝、隊長は見送りに出た自分にそれだけ言うと、タランテラ目指して飛び立たれた。国主会議前にもタランテラで同じ事を言われて留守を頼まれたのに、不幸な事件を防げなかった。その事を思い返すと、陰鬱な気持ちになった。




「ちょっと護衛をお願いするわ」

 その日の午後、ブランドル公夫人グレーテル様のご依頼で町に出かけられる夫人のお供をすることになった。護衛は他にドミニクが同行することになり、国主会議で賑わう街中へ向かった。

「フリーダにお土産を選びましょう」

「はい?」

 とある商店に着くと、馬車から降りられたグレーテル様はそんな事を言い出された。物見遊山に来ているわけではないので不要だと固辞しようとしたのだが、押しの強い夫人に敵わない。そこでドミニクに助けを求めようとしたが彼は視線も合わせてくれなかった。

「今回の事、自分の所為だと思い込んでいる今の貴方には気晴らしが必要よ。可愛い婚約者の為にお土産を選ぶだけでも、いい気分転換になるわよ」

 どうやら自分の精神状況を心配して下さって誘って下さったらしい。しかし、最近女性らしくなった彼女が何を好むのかさっぱりわからなくなっていた。女性好みの小物が並ぶ店の中で、途方に暮れて立ち尽くす。

「あらあら、今までどうしていたの?」

 途方に暮れる自分にグレーテル様が呆れた様子で声をかける。上司の奥方であるオリガ夫人や、ラウルの奥方イリス夫人に見繕ってもらったものを選び、内情を知っている彼女もそれで喜んでくれていた。それを伝えると「仕方ないわね」と言われていくつか見繕って下さった。

 それでもどれが良いか迷いに迷った。しかし、長く伸ばした彼女の美しい髪をなんとなく思い出したので、南国らしい花の装飾が施された小箱に収められた櫛とブラシを選んだ。気に入ってもらえると良いのだが……。グレーテル様に選んだ決め手を聞かれたが、気恥ずかしくて言葉を濁しておいた。

「ルーク卿の代わりを務めるのですから、シャンと胸を張って責務を果たしてちょうだい。そして向こうに着いたら、ちゃんとあの子にお土産を手渡してあげなさい」

「はい、ありがとうございます」

 グレーテル様の激励に神妙に頭を下げる。グレーテル様がおっしゃる通り、隊長の代わりを務めるという大事な任務を任されたのだ。今はその務めを果たすことに全力を注がなければならない。あちらでの後悔に囚われるあまり、もっと大きな失敗を起こすところだった。

「タランテラに着くまでの間、よろしく頼むわよ」

かしこまりました」

 グレーテル様のおかげで気持ちを切り替えることが出来た自分は、改めて彼女に感謝し、神妙に頭を下げたのだった。




 その翌日、船団は無事に礎の里を出航し、帰路に就いた。そしておよそ20日後、最後の寄港地であるタルカナを出航したのを見届けた我々雷光隊は、飛竜を飛ばして一足先にロベリアに到着した。

 本当はすぐにアジュガへ向かいたい。しかし、ブランドル公御夫妻を皇都へ送り届けるまでが今回の任務だ。その気持ちをグッとこらえ、お2人が乗った船が着くまでの間、自分が礎の里へ向かって以降のタランテラでの話をリーガス卿から聞かせてもらった。

「相当お怒りだったらしく、陛下は強権を発動して第2騎士団の解体を決められた」

 イグナーツ卿が個人的な感情で規則を無視してウォルフ殿を捕縛しなければ防げていたかもしれない悲劇だった。ゼンケルの事件以来、進めていた改革の効果が全くなくなっていた事実が浮き彫りになり、現在は第3騎士団の管理下に置かれているらしい。

「おかげでこっちも大忙しだ」

 ケビン卿が第2騎士団を預かることになり、人手不足とその移動に関する書類が増えたのも重なってリーガス卿の執務机の上には書類が山積みになっている。書類の山にはうんざりした様子だったが、それでも彼も今回の事で思うことがあるらしい。

「あいつはもっと評価されて良かったんだ。せっかく自分の幸せを見つけてこれからだったのに……。全く、第2の奴らを恨むぜ」

 内乱中、囚われていた陛下を助けたのは当時の第3騎士団を中心とした竜騎士達だった。だから、その手助けをしてくれたウォルフ殿の事を皆感謝しているが、当人は元々グスタフに仕えていたことを恥じて英雄扱いされるのを望まなかった。そんな彼が隊長の下で小さな幸せを見つけたことを皆喜んでいたのだ。

「陛下はシュタールの大掃除を済ませてから皇都へお戻りになられた。ルークは残されたカミル坊を養子に迎え、更にはご家族を支えるために今度の討伐期はアジュガで過ごすことを決めたそうだ。だが、雷光隊全員にアジュガに行かれるのは色々と困るらしい。お前さんが戻ってきたら、改めて部隊の振り分けをすると聞いている」

「そうですか……分かりました」

 船団が無事にロベリアに到着したのはそれから3日後だった。ブランドル公御夫妻がロベリアで1泊された後、2日かけて皇都まで送り届けて無事に自分達の任務は完了した。

「急な予定変更にもかかわらず、最後まで責務を果たしてくれて感謝する」

到着後、陛下は当初の予定を変えたことを陳謝し、最後まで責務を果たしたご夫妻と我々に労いの言葉をかけて下さったのだった。




 高速での大陸の縦断は自分でも思った以上に体へ負担がかかっていたらしく、皇都に着いたとたんにどっと疲れが出て寝込んでしまった。すぐにアジュガへ戻らなければと気持ちは焦るのだが、体が言うことを聞かない。拠点にある自分の部屋で無為に寝て過ごす日が続いた。

「シュテファン兄様!」

「フリーダ?」

 ある日、そんな自分に来客があり、誰かと思って迎えたらそこに居たのはフリーダだった。

「体調が悪いと聞いてお見舞いに来ました。あの……迷惑でしたか?」

「いや……」

 教育部隊の立ち上げで忙しく、彼女に会うのは昨年の秋以来になっていた。久しぶりに会う彼女は随分と女性らしく、そして綺麗になっていた。

「その……散らかっているが……いや、2人きりになるのはまずいか?」

 何しろ、今やフリーダは姫様のご学友として周囲に認知されている。2人きりで男の部屋にいるのは彼女にとって色々と良くないのではないかと考えてしまう。

「まだお顔の色が優れないのですから、お休みになって下さい」

 こちらの心配をよそに、彼女は自分に寝台で横になる様に言うと、散らかったままの部屋を片付け始めた。何だか……申し訳ないし、恥ずかしい。そうしている間に部屋は片付けられ、彼女は持参した見舞いの品を渡してくれた。

「皇妃様に教わったハーブティーと滋養効果のある薬酒です。毎日少しずつ飲むと効果があるそうです」

「ありがとう」

 籠の中に乾燥させたハーブが入っているらしい缶と小さな壺が入っていた。自分の体を気遣って用意してくれたのだと思うと、何だか嬉しかった。

「あ、そうだ」

 用事が済んで彼女はすぐに帰ろうとしたけど、お土産があったことを思い出して引き留めた。礎の里から持ち帰った荷物は手つかずのまま部屋の隅に置いたままになっていた。それを開けて中から厳重に梱包したお土産を取り出した。

「その、里で買ってきた」

 そう言って手渡すと、彼女は嬉しそうに受け取ってくれた。この場で開けていいかと聞かれ、反応は怖かったが同意すると、早速彼女は嬉しそうに包みを開けた。

「わぁ……」

 彼女は櫛とブラシに目を輝かせた。タランテラではまず見ることが出来ない花の模様を特に喜んでくれて嬉しかった。

「ありがとう、兄様。大事にするね」

「うん。こっちこそ心配かけた」

「早く元気になってね」

 フリーダはそう言うと、櫛の入った小箱を大事そうに抱えて部屋を出て行った。笑っている彼女の姿が何だか眩しく感じる。思えば、彼女もあと2年ほどで成人を迎える。先延ばしにしてきた決断をしなければならない時期に来ていた。

「……寝よう」

 そう決意したものの体はまだ休養を欲している。結局、思考を放棄して寝台に体をうずめ、決断は先延ばしにすることになった。



久々に登場のフリーダちゃん。

益々綺麗に、そしてしっかり者に成長しております。

シュテファンが尻に敷かれる未来しか見えない。(苦笑)

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