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群青の軌跡  作者: 花 影
第4章 夫婦の物語
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閑話 ハインツ1

 自分は幼い頃に両親を妖魔の襲撃で失った。親族をたらいまわしにされた後、引き取ってくれたのはミステルの先代様ご夫妻だった。

「息子の遊び相手になってちょうだいな」

 今にして思えば、ご嫡男のメルヒオール様の世話役を任せるために引き取られたのだと分かる。子供であれば住むところと食事を与えるだけで給金など必要ない。しかし、子供だった自分にはそんな思惑など分かるはずもなく、ただ、ご夫妻に感謝して幼い若様に誠心誠意お仕えする決意をしたのだった。

「ハインツは頼りになるね」

 世話を取り仕切る乳母に命じられて、着替え等の身の回りの事は自分の仕事となった。出来て当たり前の事なのだが、メルヒオール様に褒められれば悪い気はしない。そのお褒めの言葉が聞きたくて、率先してお手をお貸しした。その結果、メルヒオール様は実に貴族らしく……悪く言えば1人では身の回りの事もできないままお育ちになられた。

 その頃のミステル家では、他国からの珍しい品々の取引が行われていた。毎日の様に夜会が開かれ、国内屈指の大貴族ワールウェイド公を筆頭に国の内外からお客様がひっきりなしにいらっしゃるほど栄えていた。メルヒオール様が御成人された頃はその取引が最も多く行われていて、傍付きである私もその場に立ち会うことを許された。

「これは素晴らしい品だ」

 旦那様が特に力を入れていたのは旧プルメリア王朝時代の調度品だった。旦那様直々にその素晴らしさを教授して下さり、それを引き継ぐことになるメルヒオール様の為に自分もその素晴らしい由来を覚えた。

 しかし、それからしばらくして急にミステルで夜会が開かれなくなった。旦那様のご説明では、懇意にしていたワールウェイド家の御当主が失脚されたらしい。国から目を付けられないようにするためにしばらくは夜会を控えることになったと説明を受けた。

「婚約者が決まった」

 それからほどなくしてメルヒオール様のご婚約が調ったと知らされた。お相手はお隣の町アジュガご出身の竜騎士ルーク卿の妹、カミラ嬢らしい。何故、メルヒオール様ほどのお方の奥様に平民を……と不満に思ったが、旦那様がお決めになられた事に自分ごときが口に出すべきではないと口をつぐんだ。

 若奥様を迎えられるのであればその準備を……等と思っていたら、御一家は急に皇都へ移られることになった。

「ハインツなら安心して任せられる。留守を頼むよ」

 自分も当然同行するのだと思っていたら、旦那様にそう頼まれてミステルの領主館に残ることになった。頼りにされているのだと誇らしく思い、慌ただしく出立された御一家を見送った。




 一向にお戻りにならない御一家を待ちながらミステルの領主館を維持し続けて1年ほど経った後、シュタールから役人来た。

「ミステル領は本日より国の管理下に置かれる」

 自分達は知らなかったが、数カ月前から起きていた内乱が先日鎮圧されたらしい。旦那様と奥様がそれに加担したとして捕縛され、それに伴う措置だと説明された。俄かには信じられず、何度も何度も役人に聞いてみたが、結局その役人も詳しい事は知らなかった。

 きっと、何かの間違いに違いない。それならば無実が証明されてお戻りになられるはずだ。ならば自分がやることは決まっている。旦那様にお願いされた通り、この領主館を守っていくのが自分の役割だ。そこで今後も領主館の維持をさせてもらえるように役人に願い出た。人手が足りないからとそれはあっさりと認められ、自分はこれまで通り領主館の維持に努めた。

 それから更に3年くらい経った頃、ルーク卿がアジュガとミステルの領主になると発表があった。何故、ルーク卿なのだろうと疑問に思っていたが、時を同じくしてメルヒオール様が自分を訪ねて来た。

「若様!」

 久しぶりにお会いしたメルヒオール様は随分とおやつれになられていた。内乱とその後の内乱平定による混乱で運悪く囚われてしまわれた若様は労役を強いられていたらしい。それでも、無実が証明されて自由の身になる事が出来たと胸を張られた。成長されたお姿に胸が熱くなったが、すぐに自分の権限を使って若様を以前のままを保ち続けたお部屋へお通しした。

「おお、さすがはハインツだ」

 部屋に入るなり若様は感心したように褒めて下さった。これだけで全てが報われた気がした。その日は話が尽きず、夜遅くまで若様の苦労話に耳を傾けた。貴族としてのご教育を受けられた若様が労働を強いられるなんて、本当に涙を禁じ得えなかった。

「手違いがあったのですから、国からは何かしらの保証があるのでしょうか?」

「当然だろう。ミステルを返してもらうだけでは絶対に足りない」

「それがですね……」

 ここでふと、ルーク卿がミステル領を賜った話を思い出す。そしてそれを若様に伝えると、しばらく何かを思案された後に何かをひらめいたご様子だった。

「すっかり忘れていたがあの女だ。カミラと言ったか」

 あまり認めたくは無かったが、若様の御婚約者はルーク卿の妹カミラ嬢だった。若様のお考えでは、不手際を認めたくない国側が一旦ルーク卿にミステルを任せ、そこからカミラ嬢とご成婚された若様にお返し下さると言う回りくどい方法を選んだのだと結論付けた。

「それでしたら、ご挨拶にうかがいませんといけませんね」

「面倒だが仕方あるまい」

 若様の方が身分が上なのだが、形式上は仕方ない。2日程ミステルで休養を取られた後、若様はアジュガへ向けて出立された。同行を申し出たが、今まで通り領主館を守ってほしいと言われ、ならばせめて出来る事をと思い、今までの蓄えから路銀をお渡しした。

 そして秋が深まる頃、ルーク卿がミステルへ視察に来られた。竜騎士と聞いてもっといかつい人だと思っていたが、意外にも柔和な雰囲気の方だった。この方が若様のご親戚となられる。それならば最上級のお部屋でおもてなしをしようと準備を整えたのだが、部屋へご案内したとたんに顔をしかめられた。

「俺は宿舎でいい」

 そう言って砦の宿舎へ移られてしまった。絶対の自信を持っていた分、彼の反応には失望したが、平民出身の彼にはこの部屋の良さが良くわからなかったのだろうと納得した。

 しかし、後になってあの素晴らしい家具を処分するよう、ルーク卿が文官に指示をしているのを聞いた。あの名品の数々を売るだなんてとんでもない。断固拒否したけれど、自分には拒否権は無いと冷たくあしらわれた。それでもどうにか抵抗し、最上級の家具が並ぶ御領主様の部屋や客間は死守した。

 ルーク卿は忙しいらしく、数日間で慌ただしく視察を終えて皇都へ戻られた。一先ずは貴重な調度品を守ることが出来たが、次に来られた時までにどう守るか考えておこうと決意した。

 その後は代り映えしない日々を過ごして冬を迎えた。そう言えばアジュガへ向かわれた若様はどうなさっているのだろうか? ルーク卿は何もおっしゃっていなかったが、自分はただの使用人だから無関係だと判断されたのかもしれない。何だか虚しさを覚えたが、若様がお幸せならそれでいいと思うようにした。




 そしてまた季節は移り、夏になった。ルーク卿が奥方を伴い、ミステルへ視察に来られた。大人しそうな雰囲気のお方だったので、先ずは彼女を味方に付けようと機会をうかがった。ちょうど滞在2日目に奥方はルーク卿とは別行動となり、領主館内を見て回られることになったので案内役を名乗り出た。

 文官のアヒム殿からは余計な事は言わないようにと釘を刺されたが、それが何を指すかは具体的に言われなかったので、予定通りの行動に出る。先ずは調度品の素晴らしさを知ってもらわなければならない。その昔、旦那様からうかがった調度品の由来を張り切って説明した。

「少し疲れたわ」

 反応は余りかんばしくなく、付き添っていたアジュガの文官の勧めで休憩となった。彼が案内したのはその昔、奥様が少人数のお茶会を開いていた部屋だった。ここにも当然、数々の名品が置かれていたのだが、ルーク卿の命令だと勝手に片付けられ、飾りも何もないみすぼらしい質素な家具が置かれていた。もう我慢が出来なくなり、その場で思い切って直訴する。

「ルーク卿にこれ以上この領主館を荒さないようお願いしていただきたいのです」

 奥方にいかに貴重な品かを切々と訴えたのだが、やはり反応は芳しくない。更にはお戻りになられる若様の為にもと、涙ながらに訴えたのだが取り合ってはいただけなかった。

「この領主館にあるものの中で、本物と言えるものがあるかどうか疑問です」

 しかも奥方はとんでもないことを言い出した。この領主館にある素晴らしい品々が全て贋作だと言うのだ。そんな事は無いと言い返したが、旦那様から聞いた由来の品々は国家間の贈答で使われるものばかりらしい。しかも本宮の侍女をしている奥方は本物を見ており、似ても似つかないと断言された。

 それでも自分はここで引くわけにはいかない。一時的に預かっているだけのルーク卿にこれ以上この素晴らしい領主館を荒らされるわけにはいかないと、少し語気を強めて訴えた。そしてそれが問題視されてルーク卿が呼ばれ、執務室へ場所を移すことになった。こうなったら自分の主張を訴えるのみだ。そう意気込んで臨んだのだが、そこで認識の違いをはっきりと知らされることとなった。



思い込みの激しいハインツさんの話は書いてて疲れる。(苦笑)

思ったよりも長くなったので次話に続きます。


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