第34話
カミル君……いえ、カミルが私達の養子になると決まった2日後、シュタールの視察をされていた陛下がアジュガへ戻って来られた。傍らには先日報告に来てくれた担当者が随分やつれた様子で控えている。そして同行した第3騎士団の竜騎士をシュタールへ置いて来たらしく、アジュガへ戻って来た時に付いていた護衛はリーガス卿だけだった。
「かなり強引な手法をとることになりそうだ」
陛下はすぐにルークを呼んでシュタールの視察結果を教えて下さった。ゼンケルの事件の後、アンドレアス卿が団長を勤めておられた頃は綱紀粛正が図られていたのだけれど、アンドレアス卿が引退された後はまた元の家柄重視の人事がまかり通る様になっていたらしい。
今回、商人達の話を鵜呑みにした竜騎士を罰するだけでは不十分と判断された陛下は、現在の第2騎士団に所属する竜騎士全員の再教育を決断された。それには大規模な人事異動が必要になり、陛下1人で決められない。そこで応急措置として全員をケビン卿配下の第3騎士団員の更にその下に付くように命じたらしい。
「文官達の更生は当面ラファエルに現場復帰してもらって当たってもらうことになった。彼なら身分の上下に関わらず判断が出来るだろう」
ラファエルさんは相当優秀なお方だったらしい。身柄を預かって下さっていたウォルフさん達が不幸な事件に巻き込まれてしまった事をとても悔やんでいたらしく、同様の事を起こさないためにも陛下の請願を快く受け入れて下さったらしい。
「そうですか……」
ゼンケルの事件の頃から数えると、既に10年近い歳月が流れている。それなのにその教訓を生かすこともなく変わろうとしないシュタールの体制に怒りよりも呆れの方が強い。
「商人達も似たような考えをしている。長年家柄重視で商売相手を選んできたから当然か」
陛下の率直な感想に同意しながら、代理で商人達との面談に立ち会ったリーガス卿がその時の状況を説明してくれた。
「商人達との面談の場に立ち会ったが、あれは酷かった。自分達は被害者で非は無いと言い張って、反省どころか金の返済の話ばかりだった」
商人達は自分達の利益の為にアジュガやミステルとつながりを持とうとしていたはずなのに、ルークやウォルフさんの事は見下していたのだろう。だからなのか、彼等がウォルフさんを訴え、それが要因の一つとなって命を落とす結果になっても罪悪感はあまりない様子だったらしい。
「ハインツとメルヒオールから商品の代金は返済させると言うと喜んでいたが、融資は対象ではないと分かると不平を漏らしていた。逆に元使用人という理由だけでルークに補填させると言う話まで出て来た始末だ」
好き勝手なことばかり言う商人達をリーガス卿は一喝して黙らせた。そして大人しくなったところで商人達の落ち度を指摘したらしい。
ハインツの怪しい融資話にシュタールの商会全てが関わっていたわけではない。これは完全に彼等の自業自得だ。そして帰国後に応対するというルークの申し出を無視してウォルフさんを訴える暴挙に出た。アジュガで調査をしたと言っていたが、ヨルンの証言から見てもウォルフさんを訴えるのを前提で行動していたようにも見える。これらは全て、自分達の失敗を認めたくなくて起こした行動の結果だった。
落ち度を指摘したとたん、仲間内で罪の擦り付け合いが始まり、更にはリーガス卿に取り入ろうとするものまでいたらしい。それでいてルークやウォルフさんに対しての謝罪の言葉は一切出てこなかった。もっとも、誠意のない謝罪は欲しいとは思わないけれど。
「救いようが無いな」
あまりにも見苦しい様子に陛下は呆れた様子で言い捨てた。そして彼等には向こう10年、総督府への出入り禁止を命じたらしい。これによりシュタールにおける彼等の信用は完全になくなった。
「問題は彼等に雇われている従業員だが、その辺はラファエルが引き受けてくれた」
新たな雇用先を斡旋したり、独立したい人には支援する準備も進めて下さっているらしい。本当に有能なお方なのだろう。
「最後にハインツとメルヒオールだが、シュタール北部の鉱山に送ることにした」
アジュガに金物の職人が多いのは、近くに古くから採掘されている鉱山があるからだった。最近は採掘量が落ちて来ているが、全く出なくなったわけではない。ただ、あまりにも過酷な環境の為、採掘するのはシュタール内で労役を科せられた罪人に限られている。
「仕事になりますかね?」
「ハインツはともかく、メルヒオールは無理だろうな」
陛下の立会いの下で2人には刑を言い渡していた。ハインツは諦めがついたらしく淡々としていたが、メルヒオールはこの期に及んでも自分はミステルの正当な領主であると思い込み、何をしても許されるのだと信じていた。
そんな彼は予め拘束して跪かせ、一々口を挟めないように口をふさがれていた。その状態で自分が敬称を剥奪され、延いては死刑を言い渡されるほどの重罪人であることを告げられる。なかなか信じようとはしなかったが、最後はハインツがそれを肯定したことで理解した様だ。絶望に打ちひしがれたらしい彼は、1人で立ち上がることも出来なくなっていた。
少しやりすぎたと反省しておられたが、私達からすればそれでもまだ足りない気がする。どのくらいかかるか分からないけれど、自分が遊興にふけった代金は働いてしっかり返してもらわなければならない。
「まあ良かったことも一つある。メルヒオールが通っていた違法の賭博場と法外な利息を取る高利貸の摘発に成功し、更にはそこに出入りしていた手配中の犯罪者も捕縛できた。少しは治安も良くなっていくだろう」
この数日の間で本当にシュタールは大きく風向きが変わることになったらしい。
少し休憩した後、今度は私達の方から陛下に報告することになった。先ずは商人達に嘘を教えたヨルンの事。過去のいきさつも踏まえて伝えると「呆れた奴だな」と率直な感想を頂いた。
「処罰をどうしようか迷いましたが……」
ルークはそう前置きをして、労役を科すことに決めた事を伝える。鉱山に送るのではなく、この町の中で働かせることで、自分がどれだけの事をしたか自覚してもらうつもりだった。
「それでいいのか?」
「はい。町の住民全員が監視することになります」
ヨルンにとっては身の置き所が無い日々を過ごすことになる。私達の決定に「ルークがそれでいいのなら」と仰って特に反対はなさらなかった。
「それから、カミルを私達の息子として育てることにしました」
「そうか……それなら彼も安心できるだろう」
陛下は穏やかにほほ笑まれてうなずかれた。もしかしたらこうなる事を予期されていたのかもしれない。
「皇都へ一緒に連れて行くのか?」
明日、陛下と共に私達も皇都へ向かうことになっている。だけどあちらでの用事が済めばすぐにまたアジュガへ戻って来るつもりでいるので、赤子のカミルはアジュガでお留守番してもらうことになる。次の討伐期はアジュガで過ごしたいことも加え、私達の考えをルークが陛下に伝えてくれた。
「ふむ……無理はしなくてもいいのではないかな?」
陛下は少し思案された後、そう言ってご自身の考えを続けられる。
「養子に迎えるのなら、カミルとの信頼関係を築かなければならないのだろう? だとしたら、今が一番大切な時期ではないのか? だったら無理して皇都へ行かなくてもいいと思うのだが」
「しかし、護衛の役目を途中で放り出すわけには……」
「それはラウルに任せればいいだろう。今回の護衛はお前個人にではなく雷光隊に任せているのだから、問題はない」
責務にこだわるルークに陛下はあっさりと解決策を提示された。しかし、良いのでしょうか? 私も挨拶が無いまま皇妃様のお傍を離れることになる。
「オリガもフレアの事を気にしているみたいだが、心配いらない。事情が分かれば彼女も同じことを勧めるはずだ」
思わず、ルークと顔を見合わせる。彼も困惑している様子で、更にはラウル卿に視線を向ける。彼は「お任せください」と言ってうなずき返していた。
「本当に……良いのですか?」
「構わない。秋には一度顔を出してもらうことになるが、今はカミルやご両親の為に尽くせばいい」
「ありがとう……ございます」
ルークと私は感謝して陛下に頭を下げた。
「討伐期のアジュガ滞在も逆に我々が助かる。さっきも言ったように第2騎士団は大きく人員を入れ替えることで戦力が落ちる可能性がある。ミステルの教育部隊と合わせて雷光隊がシュタールの西部を引き受けてくれるのなら大いに助かる。雷光隊内の人員の振り分けは任せるから、シュテファンが戻ってきたらよく話し合って決めて欲しい」
「分かりました」
陛下のご配慮にルークも私も感謝して頭を下げた。ここまで考慮して下さるこの方に改めて今後も誠心誠意仕えようと改めて決意した。
そして翌朝、アジュガに1泊された陛下は皇都へ帰還するため出立された。護衛はラウル卿とアルノー卿の他にアジュガに滞在してくれていたエーミール卿とファビアン卿がつくことになった。随分少なく感じるけれど、最初の休憩で立ち寄る砦で第1騎士団からの迎えと合流する手筈となっている。更に手薄となるアジュガにはミステルから教育部隊が2人ずつ交代で来てくれることになった。ちなみにリーガス卿は仕事が溜まっているとかで前日のうちにロベリアへ帰られていた。
「行っちゃった」
飛竜が飛び去った空を眺めながらルークが呟く。陛下からのご提案とはいえ、やはり責務と全うできなかったという無念さが残っているのかもしれない。
「ルーク」
「うん」
名残惜しそうに空を眺めていたルークに声をかける。我に返ったらしい彼は振り返ると、私の腕の中でぐっすり眠っているカミルの顔をのぞき込む。先程までぐずっていたので、目尻にはまだ涙が残っていた。彼は武骨な手でそっとその涙を拭った。
「守るって決めたんだもんな。今はそれに全力を尽くそう」
「そうね」
おそらく自分に言い聞かせる為にそう口に出して言ったのだろう。
「日差しが強くなってきた。中に入ろう」
季節はもう夏に移っていた。今日は朝から強い日差しが照り付けている。彼は幼い息子を守るため、先ずは日差しの届かない屋内へと私達を促した。
こうして結婚2年目の夏、私達に息子ができました。
あと閑話をいくつか更新してから4章終了です。




