第26話
今回の国主会議の当初の予定では、陛下と皇妃様だけでなくアスター卿とブランドル公が補佐として同行。更に皇妃様付きの侍女が私以外に5人、文官が10名、医師や侍官も帯同する。護衛は第1騎士団のデューク卿の大隊から選抜された竜騎士が10名とルークを筆頭とした雷光隊が5名同行することになっていた。
当然、荷物も膨大な量になるため飛竜では運びきれないし、国主会議期間中は神殿騎士団以外の飛竜は乗り入れ禁止になる。それでも今回雷光隊は特別の許可があって礎の里へ飛竜の乗り入れを許可されていたが、特別な船を仕立てて礎の里へ向かうことになっていた。そこで雷光隊は船の寄港地へ先行して逗留先の安全を確認してから一行を迎え、一行が出立するのを見送った後、次の寄港地へ向かう……という手筈が整えられていた。
間近に迫った出立に合わせて荷物の準備もほとんど済んでいた中、皇妃様のご懐妊により変更が余儀なくされた。単に国主会議に参加する人員を減らすだけでは話は終わらない。妊娠初期の為、まだ大々的に発表できない皇妃様の不参加をどう説明するか、人員を減らすにしても誰を残すのか、船をどうするのか、等々……。更には皇妃様が本宮に残ることによって、その警備体制も変わって来る。何よりも皇妃様にお会いできるのを楽しみにしていらっしゃる方々にどう連絡をするか、急な変更により細々とした問題が沸き起こってきた。
幸いにして今年もパラクインスはタランテラにやってきた。ティムはロベリアにいるのでパラクインスはそこに留まったままだが、ケビン卿の案内でアレス卿が挨拶に訪れたのはそんな会議の最中だった。彼がしかるべき方々に連絡をするついでに親書を届けて下さるのを引き受けて下さったので、問題の一つは早期に解決していた。
「こちらは大丈夫だから、貴女は行ってらっしゃいな」
皇妃様の参加取りやめの為、当然、私も残るつもりでいた。しかし2年前、私達の結婚にあたり、国外の高貴な方々からもたくさんのお祝いを頂いていた。国主会議の合間にそのお礼を言う機会を頂いていたのをご存知だった皇妃様はそう言って私も同行する様に勧めて下さった。
「ですが……」
一番大切な時期に側を離れるのも憚れる。それにあちらで盛装するとなると、誰かを連れて行かなければならない。昨年おかみさんが心配していた事がここで現実となってしまった。いろいろ迷っていると、一緒に話を聞いていたグレーテル様が口を挟まれる。
「ちょうど会議でも夫が提案している頃だと思うのですが、私も同行しようと思いますの」
外務を担当しているブランドル公は陛下の補佐として参加することになっている。あちらでは女性同士のお付き合いもある。国の代表で参加するので、身分の高い女性でないと難しい。皇妃様が出られないとなると、それに準ずるお方となる。
タランテラ国内で身分の高い順に名を連ねていくと、コリン様はまだ未成年だし、アルメリア様は出産後間もないので無理は出来ない。セシーリア様は一線を退かれておられるし、サントリナ家のソフィア様は近頃体調があまり思わしくないご様子とうかがっている。マリーリア卿もお子様がまだお小さいし、こういった場を苦手としておられる。そういった事からグレーテル様が適任とご夫婦の間で話がまとまったらしい。
「ブランドル夫人が行って下さるなら安心だわ」
私が返事に困っている間に皇妃様とグレーテル様の間ですっかり話がまとまってしまっていた。
「侍女としてではなく、私の娘として行きましょう」
「ですが……」
「私の代わりに見聞を広め、そして帰ってきたらたくさん話をして下さいな」
皇妃様にここまで言われてしまうと、私も無下にお断りできない。会議で最終的にどのような結果になるか分からないけれど、私も同行することを了承した。
そして3日間に及ぶ会議の結果、どうにか話をまとめることが出来た。その結果、陛下に同行するのはブランドル公御夫妻とブランドル家の侍女5名、文官7名と医師と侍官、そして私。護衛の人員は減らさずそのままになった。
その会議終了後に陛下は徹夜で親書を書き上げ、聖域にお帰りになられるアレス卿に託された。
「いつもパラクインスが迷惑かけているからこのくらいは当然だよ」
恐縮する陛下にアレス卿はそう言って快諾されていた。そして来た時同様、ケビン卿の案内で一路ロベリアに向かわれた。これが国主会議出立の5日前の事だった。
急な変更にもかかわらずグレーテル様は出立の準備を驚異的な速さで整えられた。ブランドル家の総力を結集したと、彼女は誇らしげだった。それでも必要なものが出来れば、順次その地で購入するつもりらしい。庶民感覚の私にはついていけない大胆な方針に少しだけ腰が引けた。
そしてあっという間に出立の日を迎えた。船はロベリアの港に待機しているので、ロベリアまでは飛竜で移動となる。国主会議への出立なので、着場では盛大に見送りが行われる。
「お気をつけて」
「フレアも体を大事に」
皇妃様もお見送りに来られていた。お体を心配された陛下は移動に輿を使うように厳命されていた。護衛を兼ねた屈強な兵が担ぐ輿に乗って現れた皇妃様に居合わせた貴族達は驚いた様子だった。
「コリン、エルヴィン、母様のことを頼むぞ」
「母様が無理しないようにしっかり見張るね」
「母しゃまは僕が守りましゅ」
しっかり者に成長したコリン様のお言葉に陛下は苦笑し、エルヴィン様の頼もしいお言葉に笑みがこぼれる。陛下は改めてお2人とも抱擁を交わし、最後にもう一度皇妃様を抱きしめてから待っているグランシアードの下へ向かう。随行するルーク達雷光隊、更にはブランドル公とグレーテル様をロベリアまで送っていく第1騎士団の竜騎士達も既に準備は整っている。私も既にエアリアルの背中に乗せてもらっている。後は陛下の号令を待つばかりだ。
「出立する」
陛下の号令と共に順次飛竜が飛び立っていく。陛下のグランシアードは最後に飛び立ち、それを守護する様に雷光隊が取り囲む陣形になっている。今回はエアリアルに私が同乗しているので、先頭はラウル卿が勤めルークは殿を勤めている。無理はせずに途中ワールウェイド領で1泊し、ロベリアには明日の昼に到着する予定だった。そしてロベリアでも1泊し、出航は明後日となっている。ちなみに同行する侍女や文官達は先に出立していて昨日のうちにロベリアへ到着しているはずだった。
陛下やブランドル公御夫妻がワールウェイド領で1泊している間、私達は予定を変更してアジュガへ立ち寄った。やはり先日の謎の請求書の件が気になったからだ。お供は今回の護衛任務から外れたエーミール卿とファビアン卿。ちなみに秋に入隊したばかりの3人は、私達が帰還するまでミステルで教育部隊と一緒にシュテファン卿の指導を受けることになっている。
「ルーク卿、わざわざ立ち寄って下さったのですか?」
着場に降り立つと、領主館からウォルフさんが慌てて出て来た。その後ろからは報告で来ていたのかアヒムさんの姿もあった。
「やっぱり気になって。あれから動きは?」
ルークは私をエアリアルの背中から降ろし、装具を手際よく外しながら挨拶もそこそこに本題に移る。
「少し、気になるお話があったので、こちらに来ておりました」
ルークの問いに後ろにいたアヒムさんが答える。立ち話で済ませる話ではないので、ルークは外した装具をファビアン卿に預けると領主館の中へ2人を促す。当然、私もその後に続いた。
「シュタールでミステルへの融資を募っている者がいると噂になっております。お心当たりはありますか?」
「いや、無いな」
しばらく留守をしなければならないのに、アヒムさんからもたらされた新たな問題にルークも苦々しい表情になる。国内にいればまだ対処は出来るだろうけれど、これから向かうのは国をいくつも超えた大陸の南側だ。そう簡単に連絡がつかないし、帰ってこれない。この時期にまるで狙ったかのように起きた問題に自然とため息がこぼれる。
「こちらも伝手を使って現在調査しております。申し訳ありません。お出かけ前にこのような問題が起きてしまって……」
ウォルフさんとアヒムさんが揃って頭を下げる。でも、だからと言って彼等が悪いわけではない。
「2人の所為じゃないだろう。悩ましいけど、どうにか情報を集めておいてくれ。何か言ってきたら、帰国したら俺が対応すると伝えてくれ」
「分かりました。お手を煩わせて申し訳ありません」
「いや、頭を下げるのは俺の方だよ。手間をかけるけど頼むよ」
ルークはそう言って2人を労った。留守中に何かあったら頼って構わないとヒース卿やアスター卿から言って頂いている。エーミール卿とファビアン卿には交代でアジュガに駐留し、必要とあらば動いてもらえることになっていた。本当は私達だけで解決するのが望ましいのだけど。
起こってもないことに対応するのはなかなか難しい。もしも何かあったら「ルークが帰ってきてから対応する」で話を通し、それでも対応が難しければエーミール卿かファビアン卿に連絡してもらってヒース卿かアスター卿に相談することを確認した。
急ではあったけれど、私達が立ち寄ったのを知ったお母さんから夕餉のお誘いがあった。申し訳ないと思いつつも久しぶりに皆さんに会いたかったのでお邪魔することにした。ルーク達はもう少し仕事の話をすると言うことで、私は少しでも手伝いを出来たらと一足先にビレア家に向かった。
「まあ、ウォルフさんそっくり」
そこで初めてカミル君と対面したのだけれど、何と言うかウォルフさんそっくりだった。髪とか目の色とかはカミラさんなのだけど、顔の作りと言うか全体的な感じがもうウォルフさんだった。
「合う人全員に言われます」
子守りを任された私がカミル君をあやしながら感想を言うと、台所でお母さんのお手伝いをしているカミラさんが笑顔で応える。ちなみにリーナお姉さんは足りない食材を買いに行っているので、お留守番のザシャ君も一緒になってカミル君の顔をのぞき込んでいる。
「お父さん、デレデレなのよ」
どうやらお父さんは2人目の孫も溺愛しているらしい。それからほどなくしてリーナお姉さんも帰ってきて、賑やかに互いの近況を話しながら支度を勧めていく。やがて仕事を終えた男性陣も帰ってきて、賑やかな夕餉が始まった。
この時ばかりは気の滅入るような難しい話題から目を背け、ただ、ただ、明るい楽しい話題に花を咲かせた。その中心は2人の小さな子供達。ビレア家の明るい未来を夢想しながら終始盛り上がっていた。
「行ってくるよ」
アジュガで1泊した私達は、一路ロベリアに向かう一団と合流するべく、朝の早い時間に出立の準備を整えていた。着場にはビレア家の皆さんやザムエルさん、同じくアジュガに1泊したアヒムさんも見送りに来ていた。そして念のため、今日からアジュガに待機してもらうことになったエーミール卿の姿もある。
「気を付けて行っておいで」
「陛下によろしくお伝えしてくれ」
「お土産よろしくね」
みんなが思い思いに声をかけてくれる。ルークは笑いながらそれに応え、準備を整えたエアリアルに跨った。
「後を頼むよ」
「お任せください」
ルークは最後にウォルフさんにそう言うと、エアリアルを飛び立たせた。その後からファビアン卿も続く。ルークは広場に集まっている町の人達への挨拶代わりに上空を1周し、それからワールウェイド領へ向かった。心配は尽きないけれど、先ずはやるべきことがある。私達は互いの顔を見合わせると、任務を無事に成功させて帰って来ようと誓い合った。
徐々に不穏な空気が……。




