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群青の軌跡  作者: 花 影
第4章 夫婦の物語
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第25話

「どうしても伝えておきたいことがある」

 ひとしきり笑い合ったあと、ユリウス卿は表情を引き締めて私達に向き直った。

「先代リネアリス公御夫妻が亡くなられて、イヴォンヌ嬢をセシーリア様が引き取られることになった」

 その名前にルークも私も自然と表情が硬くなる。陛下が即位される前、彼女は事件を起こした。つたない計略だったけど、皇妃様を害しようとしたのだ。未然に発覚し、公では無かったことになっている。これに対し皇妃様が下された罰は、心から反省して当事者全員に誠心誠意謝罪して許されること。その当事者の中に私達も含まれている。

「甘くないか?」

 私は何も言わなかったけれど、ルークの意見に賛成だった。この5年間、先代リネアリス公御夫妻が向き合ってこられたが、彼女は自分の不運を悲しむばかりで事実と向き合おうとはしてこなかったと聞いている。現在の御当主、ジークリンデ卿のご両親も手を焼いているらしい。だからと言ってセシーリア様が引き取るのは本人の為にも良くないようにも思えた。

「俺もアルメリアもそう言ったんだけど、神官見習いとして扱うらしい。それに耐えられるかも怪しいけど……」

 どうやらユリウス卿も反対らしい。けれども、話は既に決まってしまっていて、夏頃までにはセシーリア様がおられる神殿に到着する予定になっている。

「アルメリアは義母……セシーリア様には何かお考えがあるのだろうと言っていた。陛下が御許可した以上、我々が口を挟むことは出来ない」

「……経過を見守るしかないか」

「そうだな」

 ルークとユリウス卿は諦めたようにため息をついた。ともかく私達は本人が謝りに来た時に厳しく見極めるだけなのだけど。

 その後はそれぞれの家庭の近況に話題が移った。今回の春分節、お2人目をご出産されたばかりのアルメリア皇女は御欠席されていた。待望の男の子の名前はハルベルト。偉大な祖父の名前を受け継ぐことになった。

 私達はユリウス卿が春分節の前に皇都に来られた時に時間を作ってお祝いにうかがっていた。話題が後回しになってしまったけど、そのお礼で今日は訪問されていた。

「彼も父親になったんだって?」

「ああ。俺達もまだ見てないけど、母子ともに元気らしい」

「そうか、それは良かった」

 ユリウス卿が言った彼とはウォルフさんの事だった。2人は幼馴染だったけど、ウォルフさんがグスタフに付いたことで疎遠になっていた。内乱後もそれぞれの立場があって直接の交流は控えている。その分、ルークがウォルフさんの事を気にかけて現在の状況に至っている。

「ミステルに行った帰りに寄って来るけど、何か伝言がある?」

「そうだな……おめでとうと伝えてもらえるか? 君達の甥になるわけだし、お祝いぐらいはいいよな?」

「良いんじゃないか? きっと喜ぶよ」

「分かった、何か見繕っておく」

 国主会議に出立する前にルーク達雷光隊は一度ミステルに向かい、現地集合する教育部隊に参加する隊員と顔合わせすることになっている。向こうには2日か3日ぐらいしかいられず、講師役のシュテファン卿と補佐のローラント卿を残してすぐに皇都へ引き返してくることになる。そんな荒業が出来るのも雷光隊ならではの機動力だからこそかもしれない。

 ルークは仕事で行くので、妻の私でも同行出来ない。もっとも国主会議に御同行される皇妃様の準備で忙しい。アジュガとミステルには国主会議から帰ってきたらまた改めてうかがうことになっている。

 その後も会話が弾み、気付けば随分と時間が経っていた。サイラスがさりげなく時間を知らせてくれたので、午後から予定があったユリウスは少し慌てて席を立った。明日、マルモアへ帰るので今日中に終わらせておかなければならないらしい。私達も午後から仕事だった。ユリウス卿を見送った後、慌ただしく昼食を済ませて本宮へ向かった。




 さらに半月が経ち、春が来たことを実感できるようになった頃、ルーク達雷光隊がミステルに向けて出立する日を迎えた。すぐに帰って来るのだけど、やはりちゃんとお見送りしたい。着場に行くと私の他にもイリスさんやフリーダも来ていた。

 特にシュテファン卿は教育部隊の指揮官も兼ねてミステルに駐留することになるので、見送りに来てくれたフリーダをなだめる様に話をしている。周囲はそんな2人を微笑ましく見守っていた。

「気を付けてね」

「うん」

 私もいつもの様にルークへ声をかける。ルークはお土産を買ってくると言ってくれるけれど、とにかく無事に帰ってきて欲しい。そう言うと彼は笑って私の頬に口づけた。そして軽く抱擁を交わすと、隊員に声をかける。全員がピシッと揃って敬礼し、準備万端で待ち構えているそれぞれの相棒にまたがる。

「行ってくる」

 先ずは若い竜騎士を相棒に持つ飛竜が飛び立つ。そして次々とそれに続いていき、ルークは最後にエアリアルを飛び立たせた。上空を舞って待機していた飛竜達は即座に2つの編隊を組んでその後に続く。あまりの見事さに見送りに来ていた私達だけでなく、その場に居合わせた本職の竜騎士達からも感嘆の声が上がっていた。何だか自分の事の様に誇らしい気持ちになった。

 ルークの居ない間、広いお屋敷にいるとものすごく寂しく感じる。空いた時間はガブリエラが話し相手をしてくれるのだけど、一緒になって私を慰めようとしてくれるフリッツ君が可愛い。もう2歳になったし、今年の夏は一緒にアジュガへ行ってみようかと話をしている。向こうには同い年のザシャ君もいるし、きっといいお友達になれると思う。

 それでもガブリエラばかりを頼るのも申し訳ない。国主会議で礎の里へ向かう準備もあるので、自然と北棟で仕事をしている時間が増えてくる。最近は使用人も増えたために侍女長の私が実際にすることは少なくなっているけれど、最終確認だけは私の仕事だ。衣装の不備があれば、陛下と皇妃様に恥をかかせることになる。

「オリガ様、大変です」

 気合を入れて最終確認をしていると、侍女の1人が慌てた様子で駆け込んでくる。はしたないと注意する立場なのだけど、皇妃様がお倒れになられたと聞いてそれどころではなくなる。慌てて居間に向かう。

「ちょっと気分が優れないだけよ」

 私に気付くと、ソファに横になっている皇妃様がそう言って微笑まれた。大げさだと仰るが、明らかに顔色が悪い。オルティスさんが既に陛下へお知らせして医師の手配も済まされている。私は皇妃様に一言断ると、衣服を少し緩めた。

「フレア!」

 ほどなくして陛下がお戻りになられた。すぐさま皇妃様を抱き上げられて寝室へ向かわれ、寝台に降ろされた。ほどなく医師も到着したので、すぐに診察が始まる。

「ご懐妊でございます」

 ほどなくして診察結果が出た。妊娠による貧血だったようだ。それを告げられた陛下は固まり、やがて喜びが湧き上がってきたのか大喜びで皇妃様を抱きしめられていた。

 しばらくはお2人だけにしておいた方が良い。私はそっと寝室を後にして仕事に戻る。しかし、そこではたと気付く。まだ妊娠の初期になる皇妃様が国主会議に同行するのは無理ではないかと。そうなると計画が大幅に変更となり、また1からやり直しになる。私は脱力してその場に膝を付いていた。




 ルーク達が本宮へ帰還したのはその翌日だった。強行軍だったのか随分と疲れた様子で、家の玄関先で迎えると思いっきり抱きしめられた。

「予定外の事があって大変だった」

「こちらもよ」

 私が苦笑して答えると、ルークは不思議そうに私の顔を覗き込んだ。皇妃様のご懐妊はまだ一般には公表されていないし、ちゃんと落ち着いて話がしたい。サイラスにお話はちゃんと旅装を解いてからだと促され、彼は肩を竦めると自室に向かった。

 リタが張り切って腕を振るい、今日の夕餉はルークの好きなものが並ぶ。衣服を改めたルークはテーブルに並ぶご馳走に頬を綻ばせている。ルークはエール、私は果実酒で乾杯し、2人で夕餉を堪能する。

「カイは随分勉強を頑張ったみたいだ。背も伸びていたし、見違えたよ」

 孤児院に保護されていたが、それでもどこか大人を信用していなかったカイ君だったけど、夏の事件をきっかけに良い方へ変化したらしい。約束通り、ルークは見習い候補として迎え入れることに決めたらしい。ちょうど教育部隊も発足するし、ミステルに居ついてしまったギードさんの下で飛竜について学ぶことになったらしい。

「良かったわ。他の子達も変わりなかった?」

「ああ。絵本、喜んでいたぞ。それから、レーナに専属侍女の話をしたら即答で受けようとしていた。さすがにすぐに連れて帰れないし、秋までによく考えるように促しておいた」

「そう……」

 ミステルへ行くのならばと、集めておいた絵本を孤児院に持って行って欲しいとルークに頼んでいた。彼自身が行けなくても、誰か人を通じて渡してもらえればいいと思っていたのだけれど、カイ君の様子を見に行くついでに渡してきてくれたらしい。

 昨年、私の専属侍女を提案されて真っ先に思い浮かんだのはレーナちゃんだった。良くなついてくれたし、下の子達の面倒もよく見ていた。彼女なら家に迎え入れたいと思えたのだ。ただ、覚えてもらうことが沢山あるし、飛竜での移動も慣れてもらわなければならない。ルークが猶予を与えたのもその辺りをよく考えて欲しかったからだ。

「職人が思ったよりたくさん来ていてびっくりしたよ。領主館の俺達の部屋、最優先でしてくれているみたいだ。夏には終わらせるらしい」

 偽物を作った贖罪としてミステルに来てくれているのだけど、無理はしないで欲しい。でも、職人達は皆楽しそうに作業していて、住民が何人か弟子入りしていたらしい。ルークが描いた未来にほんの少し近づいたみたいだ。

 そんな話をしながら食事を楽しみ、食後は私が気に入っている中庭に面した小部屋へ移動する。サイラスに食後のお茶を淹れてもらい、それを味わいながら予定外の話に移る。

「アジュガに覚えのない請求が来ているそうだ」

 春分節を過ぎた頃から、ウォルフさん宛てにシュタールから請求書が届いていた。その内容は高級品の購入や宿の宿泊料、それも複数回に及ぶ。シュタールに行ったこともないウォルフさんに心当たりがあるはずもなく、当然、払う義務は無い。シュタールの文官出身のアヒムさんも交えて対応を協議し、こちらの立場を明確にしたうえで経緯の説明を求めることにしたらしい。

「大事にならないと良いのだけど」

「そうだな」

 今はシュタールからの返答待ちで、後は国主会議から帰ってきてから対応するしかなさそうだった。

「そういえば、オリガの方は?」

 お茶を飲んで一息ついたルークが聞いてくる。

「それがね、皇妃様がご懐妊されたの」

「おぉー、それはおめでたいね」

 ルークは最初喜んでいたけど、後から何かを思い至ったらしく動きが止まる。

「もしかして……国主会議の警備、変更になる?」

「多分」

 そんな会話をしたのと同時にサイラスが本宮からの知らせを届けに来た。それにはまさしく国主会議に関する会議を開くから参加する様にという内容が描かれていた。

「ま、またか……」

 連日の様に会議を続けていた日々を思い出したのか、ルークは絶望した表情を浮かべていた。


がんばれ、ルーク!

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