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群青の軌跡  作者: 花 影
第1章 ルークの物語
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第11話

「先日、アジュガで今回の経緯をご両親とクライン町長に説明してきた」

 俺が落ち着いたところで、今度はアンドレアス卿が口を開いた。わざわざ出向いて家族にまで説明してくれたことに俺は驚いた。俺なんかの為に丁寧な対応をしてくれて本当に頭が下がる。

 彼の話では、団長職を解かれたホルスト卿も同席させたらしい。父さんも母さんも表情を変えず、淡々と説明を聞いていたが、一方のクラインさんはダミアンさんにも一部非があったとされて黙っていられなかったのだろう。彼は激高してホルスト卿につかみかかり、更には話を聞きつけた親方衆も乱入して話し合いは一時中断する事態となった。

 収拾がつかなくなり、それまで黙っていた父さんが一同を恫喝どうかつした。そもそもアジュガから推薦された見習い候補だったのは俺だけだったのをクラインさんがごり押ししてダミアンさんも候補に入れたのだ。そこを指摘されてクラインさんも渋々引き下がった。そしてホルスト卿が一同に土下座して謝罪し、乱入した親方衆には後で報告するからと言って部屋から追い出して事態はようやく収拾したらしい。

 俺の体も回復し、今までの処遇に対する補償も行われ、更に今後の待遇も改善されると説明を受けた両親はそれで納得したらしい。ただ、今後の事は息子である俺の希望をよくよく聞いてほしいと念押しされたらしい。

「今日は手紙と荷物を預かっている。部屋へ届けさせたから、後で目を通すといい」

 アンドレアス卿はアジュガで両親と面会した時に俺と面談する日にちを伝え、前日のうちにアジュガに寄って荷物を預かってきてくれたらしい。俺が感謝して頭を下げると、ただ運んだだけだから礼は不要だと言われた。

「ここまでで聞きたいことはあるか?」

 そう問われ、俺はしばし考えこんだ後に師匠のギュンターさんの事を聞いてみた。一度手紙をもらったきり音沙汰なしだ。あの後両親からもらった手紙にも特に書かれていなかったし、こういった場があればすかさず顔を出すと思っていたのに、今回名前もあがらなかったので気になっていたのだ。

「ギュンター殿はこの冬の初めに亡くなられたそうだ」

 思いがけない答えに俺は絶句した。どうやら俺達が見習いになった直後位から体を壊していたらしい。ダミアンさんによって俺の根も葉もない噂が流されていたあの町で今まで家族が肩身の狭い思いをしなかったのは、師匠が俺を庇ってくれていたかららしい。感謝してもしきれないのに、もうお礼も直接言えないのだ。

「ギュンター殿には幾度かお会いしたことがある。彼の魂そのものに竜騎士の精神が染みついていた。君ならその志を受け継げるのではないかな?」

 アンドレアス卿の言葉に俺は言葉が見つからなくてただ頷くことしかできなかった。



「現時点で、ゴットフリートは極刑が確定している。ヨーナス等3名もそれに準ずる刑となるだろう。ホルストは敬称剥奪の上で降格、第7騎士団へ左遷となるのが濃厚だ」

 続く殿下の説明では第2騎士団に所属する竜騎士だけでなく、シュタールの主だった文官にも何かしらの罰が下されることになるらしい。不満もある様子だが、異常に気付きながら放置していたのだから同罪だと言い切っておられた。

 ホルスト卿が助命されたのはゴットフリート等と違って飛竜に選ばれた竜騎士だからだそうだ。第7騎士団の管轄内には発見されて日の浅い銀鉱山がある。発展途上の地域で体が動く限り領民を守る仕事を命ぜられたのだ。飛竜は伴うが罪人として赴くので、待遇は見習いと同じとなり雑用もこなさなければならない。彼の後ろ盾となっていたグスタフも庇いきれないと判断したのか、横やりは入らず、彼はあっさりと切り捨てられた形となった。

「ホルストが謝罪したいと言っていたが、受けるか?」

 殿下の話ではこの日も同行させてほしいと言っていたらしいが、俺の体調を気遣って却下したらしい。

いろいろ遡って考えてみれば、今回の件は彼がダミアンさんを優遇するあまり、エアリアルの意思を無視したことが始まりとなっている。俺にだけでなくエアリアルにも謝罪してほしいとは思っているが、エアリアルの件をごまかしている辺りから判断すると本当に反省しているのか怪しい。上辺だけの謝罪なら欲しくはなかった。

 俺が考え込んでいると、迷っていると思ったらしい殿下は、春までに決めればいいし、無理に会う必要はないと言ってくれた。気持ちの整理がつかないのも確かなので、後日改めて返答することとなった。

「最後になったが、君の望みは何だ?」

 柔和な笑みを浮かべた殿下に問われて俺は頭をひねる。アンドレアス卿がしたいことを言ってみてくれればいいと捕捉してくれる。その言葉で一番に思いついたことがあった。

「俺……エアリアルと自由に空を飛びたいです。今までは仕事を強要されて時間に追われて飛ぶしかなかったから、仕事とは関係なく好きなところへ行ってみたいです。あ、でも、仕事が嫌だとかそんなんではなくて……」

 喋っているうちに何が言いたいか分からなくなり、狼狽えていると殿下は分かったと一言言って頷いた。どうやら伝わったようた。

「竜騎士になりたい気持ちに変わりはないな?」

「はい」

 殿下の問いかけに俺は迷いなく答えた。

「君の騎竜術は既に上級騎士に劣らない水準に達しているが、それだけでは竜騎士は務まらない。無為に見習いとして過ごさせてしまった君には申し訳ないが、今の君に足りないものを学んでもらうために、もう1年は見習いとして過ごしてもらうことになる」

 殿下の仰ることは当然だろう。俺もこの時すぐに叙勲されるとは思っていない。逆にまだその機会を残してくれることに感謝しかない。俺がそう伝えると殿下は満足そうに頷かれた。

「分かった。後はアンドレアス卿にゆだねよう」

「お任せください」

 ともかく俺はこのまま春分節が過ぎるまでは北砦で療養し、その後改めてバセット爺さんの診察を受け、問題ないと判断されてからシュタールに戻ることが決まった。復帰への道のりを分かりやすく説明してもらったので、俺は胸の内で抱えていた漠然とした不安をようやくすべて払拭することができた。

もちろん、まだ竜騎士になれるかはまだわからない。俺の努力次第だ。だが、今までの苦難に比べれば、越えられないものはないのではないかと思えた。

「ありがとうございました。よろしくお願いします」

 俺は晴れ晴れとした気持ちで殿下とアンドレアス卿に頭を下げた。



 討伐期はまだ終わっていないので、殿下と竜騎士方は話を終えると帰っていった。出立前に少しだけグランシアードにブラシをかけてやり、俺は一同の姿が宵闇にまぎれて分からなくなるまで見送った。

 それから夕食を大急ぎで済ませ、与えられている部屋に戻ると、アンドレアス卿が言った通り家族からの手紙と荷物が置いてあった。

 荷物の中身はいつも通り着替えと防寒具、そして母さん手作りの焼き菓子が入っていた。夕食を食べたばかりだったが、一つ取り出して食べてみる。素朴な懐かしい味にちょっとだけ涙が出てきた。

 気を取り直して今度は母さんからの手紙を開く。アンドレアス卿から事情を聞いて驚いたこと。俺の体を案じ、無理しなくてもいいが、可能であれば顔を見せてほしいと書かれていた。父さんの手紙には母さん同様、俺の体を案ずる内容から始まり町の様子なども書かれていた。ギュンターさんが亡くなられたことも触れてあり、俺達に心配かけたくなくて当人の希望で今まで伏せていたとのことだった。兄と妹からは簡単に俺の体を案じ、顔を見たいという内容だった。

 その日は夜遅くまで何度も何度も手紙を読み返し、家族と故郷に思いをはせた。



 春分が過ぎ、霧も晴れて長かった討伐期もようやく終わりを迎えた。俺の体もエアリアルと共に近隣を飛べるまで回復し、当初の予定通りシュタールに帰ることになった。

 そして迎えた帰還の日、前日に春分節の祭があったにもかかわらず、この春から正式に第2騎士団団長となったアンドレアス卿がわざわざロベリア北砦まで迎えに来てくれた。

 感謝して迎えると、「気にしなくていい」と言ってくれた。実は俺を冷遇してきた第2騎士団の竜騎士よりも顔見知りのアンドレアス卿が迎えに来た方が俺も安心するだろうという心遣いだった。お世話になった北砦の人達に改めて礼を言い、俺は気持ちも新たにエアリアルの背にまたがりシュタールへ向かった。

 途中、アンドレアス卿の要望であの泉がある高台で休憩となった。殿下から話を聞いて気になったと言っていたが、南砦に寄らなくて済むようにという配慮だろう。断る理由は無いので、前年の秋以来およそ半年ぶりにあの高台に立ち寄った。

 エアリアルの他にアンドレアス卿や護衛の竜騎士の相棒合わせて4頭の飛竜が降りると、高台はかなり窮屈になった。それでも飛竜達も人間達も順次喉をうるおし、一息つくことができた。休憩中、アンドレアス卿に聞かれるまま、俺がこの場所を見つけた経緯やここでの息抜きの内容を話した。そして殿下とここで過ごした時の様子も語った。

 一方、彼は見習いの頃の殿下の事もご存知だったようで、内緒だよと言いおいてから彼の武勇伝を語ってくれた。特別扱いを嫌った彼は髪を染め、クラウスと名乗り、周囲には下級貴族の子弟と思わせて訓練に参加していたらしい。地位をひけらかす先輩を実力で打ち負かし、親の七光りを使っての復讐も返り討ちにしたのだとか。その後叙勲されたときに正体を明かし、周囲を驚愕させたらしい。いたずら好きなのは昔からだよと言ってその話を締めくくった。

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