第23話
その後も色々と各方面からの報告を聞き、最後に手を上げたのはおかみさんだった。
「これは意見というよりも提案だけど、奥様に専属の侍女を付けるべきなんじゃないかと思うんだけど?」
思いがけない提案に思わずルークと顔を見合わせる。
「いずれはとは思っていますけど……」
「奥様が何でも出来るのは分かっているけど、今後の事を考えたら必要なんじゃないかねぇ。今はこの町に尋ねてくる人少ないかもしれないけど、この間みたいに急な来客はあると思うんだよ。お貴族様の応対ともなるとお支度が必要だろう? 私らも手伝えるけど、都の流行の事なんてわからないし、奥様に恥をかかせないためにもそういった事を熟知した人を雇った方が良いんじゃないかねぇ」
皇都の家ではガブリエラが何かと手伝ってくれていたし、正装や礼装ともなるとグレーテル様が喜んで手を貸して下さっていたので不自由はしていなかった。しかしおかみさんの言う通り、この先、アジュガやミステルでお客様に応対する機会は出てくるだろう。一通りの事は自分で出来るとはいえ、それも限界があるのは確かだった。
「そうね……でも、すぐには無理かもしれません」
おかみさんの言うことは尤もなのだけど、私専属となると色々と大変かもしれない。普段は皇都にいるけれど、夏の休暇はアジュガやミステル、時にはフォルビアまで移動する。しかも飛竜での移動がほとんどで、それに付き合うことが出来る人は果たしてどれだけいるだろうか? 皇都のお屋敷を賜った時に侍女も探したのだけど、飛竜での移動を躊躇して採用には至らなかった経緯もある。専属侍女を雇わないのではなく、雇えない現状をおかみさんに伝えた。
「だったら、侍女でなくても条件に合う娘を雇って、教えたらいいんじゃないのかい? 奥様は本宮の侍女なんだから、その辺を教えるのも出来ると思うんだけどねぇ」
おかみさんの提案はルークの方針そのものだった。だけど、私達の移動方法に耐えられる人が一般の人の中から探すのはなかなか難しいかもしれない。
「とりあえず、条件に合いそうな人を探してみようか?」
「そうね」
ちょっと考え込んでしまった私にルークが声をかける。今、ここで考えていても話は進まないので、おかみさんの提案を受け入れて候補を探すことで話は落ち着き、会議は終了したのだった。
翌日、昼間は皇都へ帰る荷造りと町の人達への挨拶に追われ、そして夜はビレア家での晩餐に招かれていた。家族だけで揃うのはカミラさんの結婚を決めた時以来かもしれない。あの時はカミラさんの懐妊が分かったばかりでちょっとギスギスした雰囲気があったけれど、今日は和やかな雰囲気が漂っていた。
「じぃー」
夕食の支度の手伝いをしていると、仕事を終えたお父さんが帰ってこられた。ルークが子守りを任されていたのだけど、お父さんの姿を見たとたんにザシャ君は駆け寄り、お父さんも相貌を崩して抱き上げている。
「雷光の騎士様も形無しだねぇ」
随分楽しそうに遊んでいたのにじぃじには勝てなかったルークはがっくりと肩を落とし、その様子をお母さんがからかっている。ルークには悪いと思いながらも、居間で寛いでいたカミラさんとウォルフさんが肩を震わせているのを見ていると我慢できずに一緒に笑ってしまった。
「仕方ないわよ。大抵のわがままを聞いちゃうんだもの。先が思いやられるわ」
一緒に台所に立っていたリーナお姉さんはため息をつく。舅だし、どこかでこうやって甘やかす人も必要と割り切ってもう諦めているのだろう。そしてそれからほどなくして仕事を終えたクルトさんもやってきて全員が揃った。ちょうど食卓の準備も整ったので、みんなで席に着いた。
「それでは、カンパーイ」
それぞれに飲み物がいきわたり、乾杯をして食事会が始まった。ザシャ君も果実水が入った取手付きの器を皆と合わせて真似をしていた。その姿が可愛くて、みんな代わる代わるザシャ君と乾杯している。
そんなザシャ君のお守りをしているリーナさんにクルトさんはせっせと料理を取り分けている。懐妊中のカミラさんにはウォルフさんが、そして何でも出来る私の旦那様も私の為に同じことをしてくれていた。
「少しは若い者を見習ったらどうだい?」
若い夫婦達の行動を見ていたお母さんは傍らにいるお父さんに視線を向ける。聞かないふりをしてお酒を煽っていたけど、刺すような視線は向けられたままだった。
「……あんな恥ずかしいこと出来るか」
「そうかい。なら明日から晩酌は無しにしようかね」
「……」
しばらく無言でお酒を飲んでいたお父さんは徐に料理が乗った大皿を手に取るとお母さんの前にドンと置いた。その行動にみんな一瞬動きが止まる。
「ほれ」
「仕方ないねぇ」
お母さんは苦笑しながらその皿から自分が食べる分だけでなく、ついでにお父さんの分まで取り分けていた。長年連れ添った夫婦らしい不器用なやり取りに思わず笑みがこぼれた。
「そういえば、新婚生活は順調か?」
お父さん達もあんまり注目されると恥ずかしいみたいなので、ルークがウォルフさんに話しかけて話題を変える。
「えっと、まあ、うん、幸せだよ」
「こんなに幸せでいいのかなって思うくらい」
急に話を振られたウォルフさんは顔を赤らめて答える。その隣ではカミラさんが幸せそうにお腹をさすっていた。カミラさんの話では、彼女の体を気づかって、家事を率先してやってくれているらしい。
「仕事から帰ってきて、出迎えてもらえるのがこんなに嬉しいものだとは思わなかったよ」
本当は蜜月中でお休みなんだけど、やはりどうしてもウォルフさんがいないと困る事があって、数日に一度は出てきてもらっていた。本当はちゃんと休んでもらいたいのだけど、当の本人は全然苦にしていない。カミラさんもそんな彼の性格をよくわかっているらしく、笑って送り出しているらしい。
「ああ、でもそれって良くわかるな」
ウォルフさんの感想にクルトお兄さんもルークも同意してうなずいている。家庭を持った喜びを皆実感しているらしい。
「あんたはどうだったんだい?」
「……ふん。昔の事なんざ忘れたよ」
お母さんの問いにお父さんはぞんざいな答えを返していたけど、心なしか顔が赤くなっているのはお酒の所為だけではなさそうだった。
大皿に盛られた料理が粗方なくなったところで、賑やかな晩餐はお開きとなった。晩餐前にルークと思い切り遊んで疲れたのか、気付けばザシャ君はウトウトしている。今日はこのままビレア家にお泊りらしく、リーナお姉さんが抱き上げて2階へ引き上げていた。
一方で男性陣はまだ呑み足りないらしく、居間へ移動して呑みなおすことにしたらしい。しばらく離れるから話は尽きないとかで、お酒が飲めないウォルフさんもルークに誘われて一緒に移動していた。明日は長距離を移動するので、ほどほどで切り上げてくれるといいのだけど。
男性陣が居間へ移動してしまうと、私とカミラさんはお母さんを手伝って食後の後片付けを始めた。さすがにこれだけの量の洗い物をお母さん1人に押し付けるのは申し訳ない。手分けして食器を洗い、水滴を拭って棚に収めていく。結構な大仕事だったけど、ほどなくして台所は綺麗に片付いた。
「お茶でも淹れようかねぇ」
居間の酒盛りはまだ続いているし、私達もちょっと一息入れようとお茶を飲むことにする。お母さんが淹れて下さった優しい香りのお茶を頂きながら、それぞれの暮らしぶりや町で体験したこと等、思いつくままに話題を替えながら話が弾んだ。
やがて、夜が更けてきたころに領主館から迎えがやってきて、この日のビレア家の集まりはお開きとなったのだった。
翌日の早朝、旅装を整えて着場に行くと、既にビレア家の皆さんが見送りに来てくれていた。お父さんとクルトさんは少し顔色が悪かったけど、私が昨日のうちに渡しておいた二日酔いの薬のおかげで見送りに出て来られたとリーナお姉さんがこっそり教えてくれた。
「体に気を付けるのだぞ」
「無理だけはしないでね」
着場にはビレア家以外にザムエルさん、親方衆など身近な人達が集まっていた。私達が挨拶をすると、口々に気遣ってくれる。仕方なかったとはいえ、女王に単独で挑んだ過去があるので、無茶だけはしないようにとお母さんは特に念を押していた。
「鋭意努力いたします」
心配をかけた自覚のあるルークは神妙にそう返事をしていた。
「領主様、いってらっしゃーい」
「たくさん妖魔を倒してきてね」
着場の近くの広場には沢山の住民が集まっていた。中でも子供達はルークの姿を見付けると、そんな声をかけてくる。彼等にとってルークは沢山の困難に立ち向かって今の地位を手に入れた英雄なのだろう。
「みんなも体に気を付けて。また来年会おう」
ルークはそう言いながら広場に集まった人達にも手を振っていた。
「隊長、準備が整いました」
私達が挨拶をしている間にローラント卿とドミニク卿が手分けして荷物を飛竜にくくり付けてくれていた。ウォルフさんとカミラさんの結婚式には雷光隊に所属する竜騎士全員が揃っていたけど、アジュガの竜舎が手狭なのもあってラウル隊とシュテファン隊は先に出立していた。彼等とは途中で合流し、一緒に帰還する予定になっている。
「では、行こうか」
「はい」
いつもの様にエアリアルに挨拶をしてからルークが私をその背に乗せてくれる。ルークも騎竜帽をかぶって準備を整えると軽やかにその背中に乗る。その頃には着場で見送りをしてくれた人たちは退避を済ませており、ローラント卿、ドミニク卿、そしてルークのエアリアルの順に飛び立った。
「あっという間だったね」
「ええ」
集まった人達への挨拶代わりに上空を旋回し、飛竜は皇都のある北へ進路を向けた。
次からまた閑話を何回か入れる予定。
そして閑話の後、4章後半へと続きます。




