第22話
遅くなってすみません。
翌朝、鳥のさえずりで目を覚ますと、山小屋の寝台の中、ルークにしっかりと抱きしめられていた。昨夜の行為で意識を手放した後、ルークは私の体を清めて寝間着代わりに彼のシャツを着せてくれていた。そして私が寒くないようにしっかりと毛布で包んでくれただけではなく、小屋内の炉の火を絶やさないように気を配ってくれていたらしく、部屋の中はとても暖かだった。
「おはよう、オリガ」
「おはよう、ルーク」
私が身じろぎしたのでルークも目を覚ました。朝の挨拶を交わし、口付ける。そのまま寝台の中で抱き合っていると、起き出してしまうのがもったいなく感じる。幸せな時間をもう少し、もう少しと思いながら寝台の中で過ごしていたのだけれど、ふと、ルークの動きが止まる。同時にいつの間にか戻ってきていたらしいエアリアルが仲間に挨拶をする声が聞こえた。
「……お迎えが来てしまったみたいだ」
雷光隊全員ではないだろうから、来るとすればラウル卿かシュテファン卿、もしくはティムがお使いを押し付けられた可能性もある。ほどなくして人の足音が聞こえ、小屋の扉が叩かれる。
「お休みのところ、お邪魔します。お届け物です」
声の主はティムだった。単なるお使いと分かり、ルークは少しほっとした様子だった。
「荷物はそこに置いておいてくれ」
「ちょっと話をしたいんだけど?」
「アジュガに帰ってからじゃだめか?」
「ロベリアに帰還するから今すぐでお願いします」
ミステルにいた頃だから、もう2か月も行動を共にしていたことになる。所属する第3騎士団から長く離れていたので、もしかしたら帰還命令が出たのかもしれない。
「分かった、支度するから少し待ってくれ」
ルークはそう答えると、私から体を離して寝台から抜け出す。そして手早く着替えを済ませると、私の額に口づけて小屋の外へ出て行った。
ルークは無理しなくていいよと言ってくれたけれど、ティムがロベリアに帰るのなら私も一緒に彼の話を聞いておきたい。だるく感じる体を起こし、ルークが用意してくれたお湯を使って身だしなみを整え、持ってきていた着替えに袖を通した。
「おはよう姉さん。邪魔してゴメン」
「おはよう、ティム。もう少しのんびりしてから帰ると思っていたわ」
小屋の外に出ると、ルークとティムは朝食の準備をしてくれていた。お湯を沸かしてくれていたので、私はお茶の準備を整える。
「そうしようと思ったけど、まあ、そろそろ帰ろうかなと思って」
そう言いながらティムは温めたパンを皿に盛る。ルークが焼いた腸詰をそのパンに乗せていき、溶かしたチーズをその上に乗せた。お母さん特製の野菜の酢漬けも加わり、私がそれぞれにお茶を淹れると、朝食が完成する。
これらの食材は、ティムが帰還の挨拶をしにビレア家へ寄ったら、届けてほしいとお母さんから託されたものらしい。ティムの分まであるのは、お母さんらしい配慮だった。
「で、話というのは?」
「そこまで改まって言う事じゃないんだけど、次の夏至祭に俺、出ようと思うんだ」
今年の夏至祭も規模を縮小して行われたが、趣向を変えて雷光隊の入隊試験を兼ねていた。あまりにも雷光隊への入隊希望者が多かったため、公正を期すために目で見て分かる形で審査をすることにしたらしい。距離を短くした飛竜レースとその翌日に行われた武術試合、それぞれで上位入賞した者の中から選び、結果は秋の辞令で公表されることになっている。
「いいんじゃないかな。来年は通常通りの開催にすると陛下も宣言されていたし」
「うん。それで両方挑戦してみようと思うんだ」
「本気か?」
「うん」
過去に同じ年の夏至祭で飛竜レースと武術試合、両方に出場した例はない。禁止されているわけではないけれど、普通の竜騎士であれば体が持たないというのが一番の理由だ。
「ただ、どちらかに出て勝つだけじゃダメな気がするんだ」
ティムは姫様と共に歩む未来を選び、陛下もそれを認めて下さっている。けれど、周囲……特に気位の高い貴族達にそれを納得させる必要があり、その為に上級騎士になるという条件が与えられていた。ティムの実力なら飛竜レースで上位に入る事は間違いないと言われているけれど、本人はそれでも不安に思っている様子だった。
「武術試合であっさり負けたらそれこそ逆効果だぞ」
「分かっている」
ティムは本気だった。これからロベリアに帰り、リーガス卿に願い出るつもりらしい。
「それにしても急だな」
「そうでもないよ。ずっと考えていたんだ。このままじゃいけないって」
日頃の鍛錬を強化するだけでなく、飛竜レースや武術試合に出た人の話も聞くようにしているらしい。アジュガに来てラウル卿やアルノー卿とも話をして、余計に焦りを感じているみたいだった。
「そう、焦らない方が良いぞ」
「そうなんだけど、落ち着かないんだ」
ルークはやんわりと止めようとしたけれど、ティムの意思は固い様子だった。どの道出場するには上司であるリーガス卿の許可が必要なので、本当に無理であれば彼が止めてくれるはず。そう考えたらしいルークはもうそれ以上は言わなかった。
朝食を済ませて一息つくと、ティムは出立すると言って立ち上がった。私達も一緒に立ち上がり、テンペストが待つ花畑の外れまで一緒に向かう。
「あまり無茶はしないのよ?」
「分かってる」
「まあ、気を付けて」
「うん」
装具を確かめ、騎竜帽をかぶる。私達がかける声に端的に応えたティムは相棒の背中に乗ると「それじゃ、また」と言って飛び立っていった。
ティムを見送ると、その後も2人でゆっくりくつろいでいた。するとお昼が過ぎた頃、またもや来訪者が現れた。
「お迎えに上がりました」
現れたのはラウル卿とシュテファン卿で、2人の自由時間はここでおしまいとなったのだった。ルークも諦めた様子で肩を竦めると、迎えに来た2人に手伝ってもらいながらこの場の後片付けを始めたのだった。
2日仕事を放棄していたしわ寄せは、その解消までに5日程かかってしまったらしい。その間ルークは、1日の大半を執務室で過ごさなければならなかった。そしてその間、そんな彼を労わるのが私の仕事となっていた。
溜まった仕事も片付くと時間がとれるようになり、まだ続いていた町中のお祭り騒ぎを2人で楽しむことも出来るようになった。大道芸など、領主館に呼べばいくらでも来てくれるらしいのだけど、やはり町中で見るのが一番だと思う。屋台で買ったものを食べ歩きするのもお祭りでしか味わえない楽しさだった。
そんな風にしてアジュガでの残りの休暇を過ごし、皇都へ戻る日が2日後と迫って来た。この日は町の有力者を集めて会議が開かれていた。出席しているのは親方衆にクルトお兄さんとザムエルさん、この日ばかりは休日返上のウォルフさんと彼の配下の文官2人、そして商店街の代表とおかみさんの姿もあった。更にミステルからアヒムさんも来ている。
「集まってくれてありがとう。今日は遠慮なく意見を言ってほしい」
冒頭にルークがそう挨拶して会議は始まったけれど、彼の挨拶からしても今日の会議は堅苦しいものではない。領主であるルークがしばらく町を離れるから、その前に必要事項を確認すると言った趣旨で開かれていた。
「町はあの状態だから、まだしばらくこの騒がしさは続くと思う」
カミラさんとウォルフさんの婚礼から始まる町のお祭り騒ぎはまだ続いている。ザムエルさんの報告によると、酔っ払い同士のけんかが増えたくらいで、今のところ町の治安に問題はないらしい。
「ミステルからの流入は?」
「春に比べればずいぶん減ったよ」
ミステルの領内でも仕事が得られるようにした結果が少しずつ見え始めているらしい。飛竜の装具に使われる金具は国の管理下にあり、違反すれば厳罰が下る事を周知したのもあり、親方達の元へ無茶な要求をしてくる者もいなくなったらしい。
「ルークがきちんと対処してくれたおかげだ」
「本当にありがたいのう」
夏に来た頃は随分と激高していた親方達も安心した様子で出されたお茶をすすっている。ビレア工房の方も忙しいながらもゼンケルの工房からの注文を順調にこなしていると報告があった。
「ミステルの方はあれからどうなった?」
「ツヴァイク領から来られた職人達が早速作業を始めています。職人見習いを希望する者が多く押しかけてきましたので、手伝いをさせながら選定を行うことにしました」
「そうか……」
「皆さんやる気になっていますので、完成したら領主館も見違えますよ」
「それは、楽しみだ」
全てお任せしてしまうのは何だか申し訳ない気もするけど、いるだけで落ち着かない気持ちになるあの部屋がどんなふうに生まれ変わるかは純粋に楽しみだった。
「門の修繕の終了後は、ご指示通り長屋の建設に着手しております」
町はずれに住んでいる住民は、今まで収入を得る方法がほとんどなく、夏は路上で、冬は季節限定で解放される神殿で過ごしていた。ルークが領主になってからは上水施設や町の正門の改修、香草栽培などの手伝いで収入を得る機会が増え、そのおかげで生活が格段に向上し、自分の住いを持とうとする住民が増えていた。そんな住民の為に新しい長屋をいくつか建てているけれど、出来上がる傍から借り手がついて空き部屋が無くなっている状態らしい。
「これで楽に冬が越せるといいのだけど」
「昨年も実施した、拾ってきたゴミとの引き換えでの物資の配給や炊き出しも継続して行うつもりです」
「分かった」
ミステルの近況を聞けて何だか安心した。まだ道のりは遠いけれど、それでも少しでも住みやすい町に代わってくれたら私達も嬉しい。




