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群青の軌跡  作者: 花 影
第4章 夫婦の物語
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第19話

 カミラさんとウォルフさんの結婚式が近づくにつれて、アジュガの町はまるでお祭りの様に賑わっていった。領主館前の広場ではもう10日も前から露店や屋台が並び、慶事があると聞いて集まった大道芸人がそれぞれの技を披露している。ルークは秋の収穫祭まで続くかもしれないと言っていた。

 そうしているうちにビレア家の慶事を聞きつけた縁の方々から様々なお祝いの品がアジュガに届けられていた。ヒース卿からはフロックス領名産のエール、リーガス卿を筆頭にした第3騎士団の竜騎士達からはロベリア特産の馬が送られてきていた。他にも織物や工芸品などが送られてきて、ウォルフさんとカミラさんは随分と恐縮していた。

 そんな中、レオポルト様方をツヴァイク領へ送るために一度アジュガを離れていたラウル卿達が戻って来た。彼等も方々からことづかった祝いの品を運んできていたのだが、その中に飾り気のない木箱に入れられた香油があった。

「これは……」

「あの人からです。ウォルフ殿がご結婚されることをことの外喜んでいました」

 受け取った木箱の中身を確認したウォルフさんは感無量といった様子だった。あの人というのは、かつてウォルフさんが仕えていたゲオルグ殿下の事で、現在はフォルビアの南にある古の砦に幽閉されている。内乱前は我儘で手が付けられなかったが、今は改心して神官になるために勉強中で、その一環として香油を作っているとルークから聞いている。

「ありがとう……」

 ウォルフさんは大事そうに彼の思いが込められたその木箱を受け取った。彼はずっとゲオルグ殿下の支援をしていたが、神官になる決意をした折に自立するからとその支援を断られていた。それでも気にはなっていたが、本人の意思を尊重して今では手紙だけのやり取りになっている。この事はカミラさんにも話しているらしく、木箱に添えられた手紙は2人で読むと言っていた。

 それから更に慌ただしく日々は過ぎ、カミラさんとウォルフさんの結婚式まであと2日に迫っていた。この日は結婚式に参列するため、ウォルフさんの元上司、古文書管理所の所長ヘルマンさんが来られた。

「所長、良くおいでくださいました」

「元気そうで何よりだ」

「所長も元気そうで安心しました」

「それで、そちらのお嬢さんがそうかの?」

「はい。妻の……カミラです」

 ヘルマンさんは穏やかな笑みを浮かべてウォルフさんの出迎えを受けた。続けてウォルフさんが少し恥ずかしそうに奥さんとなるカミラさんを紹介すると、本当に嬉しそうに何度もうなずいている。

「ヘルマン所長、良くおいで下さりました」

「おお、ルーク卿。この度はご招待ありがとうございます」

 頃合いを見計らってルークがヘルマンさんに声をかけると、今度はルークに何度も頭を下げる。本当にウォルフさんの結婚を喜び、その場に呼んでもらえたことが嬉しいご様子だった。

「続きは中で落ち着いて話をしましょう」

 ヘルマンさんは長旅で疲れているだろうし、カミラさんも無理をさせられない。ルークは一同を屋内へうながし、何かと使い勝手のいい少人数用の応接間に案内した。私が淹れたお茶で一息ついたところで、積もる話もあるだろうからと後はウォルフさんとカミラさんに任せて私達は応接間を後にした。

 ヘルマンさんは領主館に泊って頂くことになっている。夕食の時間まで3人での会話は弾んだようで、応接間からは賑やかな笑い声が絶えなかった。




 そしていよいよ結婚式の当日を迎えた。天候にも恵まれ、今日は綺麗な青空が広がっている。男性陣が追い出されたビレア家の居間では朝早くから花嫁の支度が始まっていた。

 ドレスはお腹を締め付けないよう、胸の下にリボンをあしらって軽く絞り、裾は緩やかに広がる形に変えていた。襟元の少し古びたレースは新しいものと取り換え、新たに小粒の真珠を縫い付けていた。

 実は新しいレースと真珠は、婚礼衣装を手直ししていると知ったノアベルトさんが用意して下さっていた。お祝いだから代金は不要と最初は言っていたけど、そこまでお世話になるわけにはいかない。ルークが交渉して格安で譲って頂く形にしたのだ。

「カミラさん、綺麗……」

「ありがとう。みんなのおかげです」

 幸いにして今日のカミラさんの体調は良さそうで、みんなで手直しした花嫁衣装に身を包み、はにかんだ笑みを浮かべた彼女は本当に幸せそうで輝いて見えた。

「さて、婿殿が待ちくたびれているだろうから、そろそろ呼んであげようかね」

 カミラさんだけでなく、結婚式に参加する私達の着替えも済んだところで、お母さんがそう声をかける。ビレア家の外からは男衆の会話が聞こえてくる。どうやらウォルフさんの支度も済み、待ちきれない様子で表をうろうろしているみたいだった。

 それからほどなくしてお母さんに呼ばれたウォルフさんがやって来た。文官の礼装に身を包んだ彼は、カミラさんの姿を見てその場で固まっていた。

「しっかりしなさいよ」

 すかさずリーナお姉さんが喝を入れる。それで我に返った彼は、顔を赤くしながら「綺麗だよ」と言ってカミラさんに手を差し出した。カミラさんも嬉しそうにその手を取ると、2人はそのまま玄関に向かった。

 ビレア家の目の前には小型の馬車が用意されていた。私達が普段使っているものだけど、今日は新郎新婦を乗せるために綺麗に飾り付けられている。アジュガの伝統では花嫁は馬に乗せて町中を練り歩くのだけど、身重のカミラさんの体を気遣い、今回は馬車を用意していた。馬車を引くのは今回新たに第3騎士団の竜騎士達から贈られたアーベントだった。

「カミラちゃん、綺麗よ」

「2人とも、おめでとう」

 ウォルフさんとカミラさんが乗り込むと、近所の人達にも見送られて馬車はゆっくりと動き出す。これから2人は町の中を一回りしてから神殿へ向かい、私達は神殿へ先回りして2人を迎える手はずとなっていた。昨夜は領主館に泊ったお父さんとお義兄さんは既に神殿へ向かわれていて、ルークはウォルフさんに付き添ってこちらまで来てくれていた。

「さ、俺達も移動しようか」

 馬車はもう1台用意されていた。普段は使わない少し豪華な2頭立ての馬車で、こちらはシュネルともう1頭が準備万端で待っていた。お母さんとリーナお姉さん、そして私が馬車に乗り込む。御者台にはティムが乗っており、ルークは騎馬で後に続いた。

 神殿前には既に沢山の人が集まっていた。先に到着した私達にも大歓声で迎えてくれる。そんな彼等に手を振りながら一旦神殿の中へ入る。神殿内は町の伝統にのっとって、たくさんの花で飾られていた。それだけたくさんの人がウォルフさんとカミラさんを祝福している証ともいえる。

ちなみに今朝はカミラさんの着替えの手伝いで忙しくなるのが分かっていたので、私達は沢山の花を生けた花籠を昨夜のうちに準備して飾っていた。内側に水を張った小鉢を入れておいたので、花はしおれずに綺麗なままを保ってくれていた。

「そろそろ到着する。表で待とうか」

 いつもと違う神殿内を見ているうちにカミラさん達が乗った馬車が到着する時間となった。みんなで外に並んで待っていると、やがて2人を乗せた馬車が到着した。歓声が上がる中、ウォルフさんに手を取られてカミラさんが馬車から降りる。幸せそうな2人に集まった人達……特に若い女性からため息が漏れる。それくらい、今日のカミラさんは光り輝いて見えていた。

「体は大丈夫? 気分は悪くなっていない?」

 ウォルフさんは身重のカミラさんを心配してしきりにそんな事を聞いていた。当のカミラさんは全然平気なようで、心配性な彼に笑って「大丈夫よ」と答えていた。

 主役の2人がそんなやり取りをしている間に表へ出て来た神官の合図でダナシア賛歌の合唱が始まる。神官の先導で主役の2人が神殿の中へ入っていき、その後に私達も賛歌を歌いながら続く。中に入れるのは近親者だけなのだが、神殿の外からも賛歌が聞こえる。2人がどれだけ町の人達から慕われているかが良くわかる。

 花で彩られた祭壇の前で2人は愛を誓い合い、神官の祝福を受けながらそれぞれの手に互いの瞳の色を織り交ぜた組紐が巻かれていく。そして特にウォルフさんが緊張した様子でカミラさんと口づけを交わし、神官が婚姻の成立を宣言してつつがなく婚礼の儀式は終了したのだった。



ようやく正式な夫婦となったウォルフとカミラ。

みんなから祝福されて嬉しいけどちょっと恥ずかしい。

ちなみにクルトとリーナの息子ザシャ君はまだ小さいので領主館でお留守番です。

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