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群青の軌跡  作者: 花 影
第1章 ルークの物語
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第10話

「そうかしこまらなくていい」

 殿下は苦笑しながら俺に立ち上がるようにうながした。しかし、俺は固まったように動けなかった。あの高台の泉のかたわらでやらかしたアレコレが蘇る。最初に会ったときにはキイチゴと交換だったとはいえ殿下のお昼ご飯を横取りしてしまった。次に会ったのは夏で、沢に罠を仕掛けて捕えた魚をあの泉の傍で焼いて一緒に食べた。確かこの時もお昼ご飯を分けてもらった。最後に会ったのは秋で、採って来た山ブドウをお気に召して娘の……姫様の土産にすると持ち帰られた。これも当然の様にお昼ご飯と引き換えだった。

 あれこれぐるぐると考えていると、肩をポンとたたかれた。

「そもそも私が素性を明かしていなかったのだから気にするな。それにしても元気になったようで良かった。君に話があって来た。場所を変えよう」

 殿下に言われ、確かにこの場所で落ち着いて話はできないと納得する。まだ衝撃から立ち直れていなかったが、ギクシャクと立ち上がろうとすると、恐れ多くも手を貸して下さった。礼を言うと、移動しようと促される。

 ふと、エアリアルの散歩をどうしようかと室に視線を向けると、係員が後を引き受けてくれた。殿下をお待たせするのはさすがにまずいのは俺にも分かる。ここはお言葉に甘えて、竜騎士の一団と共に竜舎を後にした。



 北砦の責任者を兼ねている兵団長が案内したのは砦の応接間だった。一番奥の席に殿下が座り、彼の右手に隊長の記章を付けた40代と思しき竜騎士が座った。兵団長も殿下に付き従ってきた竜騎士も壁際に立ったので、俺もその横に並ぼうとしたら殿下の正面に座るよう促された。固辞しようとしたが、俺に話があって来たのだからと説得されてしまい、俺はガクガクと震える足をぎこちなく動かして恐る恐る席に着いた。

「バセットを通じてある程度話が伝わっているだろうが、直接話をしたいと思って寄らせてもらった」

 俺が席に座ると、満足そうに頷いた殿下はそう仰った。そして彼は、彼の右手に座る竜騎士を紹介してくれる。今回の不祥事を重要視し、第1騎士団から1小隊が派遣されてその管理下に置かれているらしい。彼はその隊長アンドレアス卿だった。そして壁際に立っているのは第3騎士団の団員で、殿下の護衛として来ていた。

「関係者からは全て話を聞いている。関わった者の処分もほぼ確定しているが、やはり、君の口からも聞いておきたい。辛いかもしれないが、これまで何があったか、何をさせられたのか、話してもらえないだろうか?」

 殿下のこの言葉に、俺の話も聞いてもらえるんだと先ずは思った。それを口に出して言うと、殿下の表情が少しだけ険しくなる。俺が口ごもると、表情を和らげた殿下はここで俺が正直に何を言ってもとがめられる事は無いと請け負って安心させてくれた。

 それで腹をくくった俺は、見習い候補になってから起こったことを思い出せる限り詳しく話した。バセット爺さんが送ってくれた本のおかげで何が異質だったかはある程度分かるようになり、怒りと悲しみがこみ上げる。それでも勤めて淡々と自分の身に起きた出来事を語った。そしてその内容を壁際に立った竜騎士が書き留めていた。ちゃんと記録に残してもらえることが俺は嬉しかった。

 俺の話が終わったところで一度休憩となった。殿下と竜騎士方は何か話し合いがあるということで、俺だけはそれが済むまで退出することとなった。遅くなった昼食を済ませ、散歩から帰って来たエアリアルの世話をしていたら竜騎士の1人が呼びに来た。応接間に入ると、また殿下の正面に座るよう促される。やっぱり緊張するが、最初の時よりは足は震えなかった。

「待たせてすまなかった。ちょっと食い違う部分があって協議していた」

 殿下の釈明に、俺は嘘をついたと思われたのだろうかと不安になった。だが、殿下は俺のそんな考えをお見通しだった。

「心配するな。君が偽りを証言したとは誰も思っていない」

 そう言って俺を安心させてから、殿下が自ら俺に第2騎士団で行われていたことを語ってくれた。

 ホルスト団長はゴットフリートだけでなく、これまで10人以上の資質のない貴族の子弟に飛竜を与えて竜騎士に仕立てていた。数年勤めあげれば引退後も功労金が国から支払われるので、これといった収入源のない貴族が挙って彼に依頼していたことが分かった。本人は否定していたが、当然金品の授受もあるとみて間違いないらしい。

 ダミアンさんは口がうまく、ホルスト団長に耳障りのいい言葉だけをかけてうまく取り入り、優遇されていた。町長であるクラインさんから後に謝礼をもらえるのも期待していたのだろう。逆に俺の事は悪く言われていたらしく、それがエアリアルの意思が無視される暴挙につながった。

「ホルストはダミアンが自殺した後にエアリアルは君を選んだと言い張っていたが……」

 この期に及んで保身を図るホルスト団長に殿下は呆れたようにため息をつく。第2騎士団の他の竜騎士の証言と見習いであるはずの俺への対応とで疑念を持っていたが、俺の証言を得てそれは確信に変わったらしい。いずれにせよ降格は免れず、その時すでに第2騎士団の指揮権は第1騎士団から来たアンドレアス卿にゆだねられている。

「まあ、ゴットフリートの行状を見れば、まだかわいいものだが」

 ゴットフリートの名が出たところで殿下の表情が険しくなる。そして告げられた内容に俺は怒りを抑える様に拳を握り込んだ。

 奴はゼンケル砦に着任してからの俺に支払われる給与をごまかしていた。ダミアンさんが負傷した件で擦り付けられた罪によって没収となっていたのも嘘で、俺から巻き上げる口実に使ったのだ。そして秋に家族から俺宛に送られた荷物や正式にエアリアルが俺の相棒になった折に贈られる装具一式と祝い金まで彼が着服していた。更には砦の管理には俺をこき使い、国へは人を複数雇っていたと申請して補助金もせしめていたのだ。

 ゴットフリートの悪行はこれで終わりではなかった。羽振りのいい彼に賭場に通い詰めていたヨーナスが近づき、賭け事にのめり込むようになる。当然、体のいいカモにされて有り金は全て巻き上げられた。やがて手持ちの金が尽きると、金貸しから借金をしたのだ。当然、返済する見込みはない。そこで金貸しから提案されたのが密猟だったのだ。

 俺が第3騎士団に保護されたあの日、彼等は正にそれを決行していたのだ。俺を保護した場に居合わせた殿下は、ホルスト団長にも来るように伝言を送ってゼンケル砦に向かったらしい。

 館の使用人から話を聞いている所へ、意気揚々とゴットフリートらが帰還した。彼等の荷をあらためると、タランテラ固有とされる流紋りゅうもんヤマネコや雪玉ウサギ等が見つかった。

 流紋ヤマネコはその毛皮の美しさから国主の礼装に用いられ、国家間の贈答品にも使われる。雪玉ウサギは女性用の小物に使われ人気がある。両方とも国外への持ち出しは制限があり、破ればもちろん罰則もある。しかも殺されたメスのヤマネコは子育て中で、授乳期の幼獣も生け捕りにされていたのだ。

 もっと問題だったのは狩りを行った場所だった。ゴットフリートは狩猟を趣味にしていた。特に意気投合したダミアンさんとは頻繁に出かけた結果、領内に獲物はほとんどいなくなっていた。そのため、この時はロベリアまで足を延ばして狩りに出かけたのだ。ロベリアは皇家直轄領。いわば皇家の財産に手を付けたのだ。

 荷を検めている所へちょうどホルスト団長が到着し、ここでようやくゼンケル砦の実情を彼は知ったのだ。皇都へも報告を上げ、春まで暫定的に第2騎士団は第1騎士団の指揮下に入ることとなったのだ。

「君が置かれている状況は良くないと気付いていた。ホルスト団長には再三にわたり忠告してきたのだが、赴任して日の浅い私の言葉は信用してもらえなかった。それにより、君の命を危険にさらす結果となった。もっと他にやりようがあったのではないかと反省している。申し訳ない」

急に殿下に頭を下げられ、俺は固まった。

「いえ、その……」

 返答に困っていると、殿下は更に続けた。

「今回の一番の被害者である君に、ゴットフリートには今まで着服した金品の返還を命じている。しかし、現状ではそれも難しいだろう。そこで君にゼンケルを譲るという話も出ている」

「え?」

「今回の件は国側の責任もある。領主になってみる気はないか?」

 殿下の提案を俺はすぐに理解できなかった。徐々にその内容を理解するにつれ、血の気が引いてくる。

「む、無理です!」

「心配しなくていい。あくまで提案の1つだ。ゼンケル領は国に返還し、君には国から補償することになるだろう」

 殿下の答えにようやく俺はホッと息を吐いたのだった。



いきなり領主にならないかと打診されて狼狽えるルーク。この反応もエドワルドには新鮮で楽しんでいます。

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