第17話
「少し休憩しましょう。オリガ、お茶を新しく用意してくれないか? それからアルノー、親方衆を呼んで来て欲しい」
レオポルト様の辛そうなご様子を見ていられないと思ったのか、ルークは休憩しようと提案した。本来、親方衆には町の運営に関して助言をいただくようにしていて、町の外からのお客様に応対するのは私達が担っていた。けれど、今回は職人である彼等がいた方がいいとルークは判断し、わざわざ間を作って彼等を呼びに行かせたのだろう。
そして私が新たなお茶を用意している間に、親方衆を代表してお父さんが応接間に来て下さった。
「父さんだけ?」
「あまり大勢でも話しにくいだろうということで、ワシに任された」
お茶を淹れている間に親子でそんな会話を交わしていた。そして改めてお客様方にお父さんを紹介し、ここまで聞いたあらましをお父さんに説明した。
「職人の誇りを踏みにじみよって……」
苦々しくつぶやくお父さんに同意してみんなうなずいていた。
「先代は内乱終結後、私に後を譲ると遺言を残して自死を選びました。おそらく、グスタフに逆らえずに協力をしていたのでしょう。だとしても許されることではありません」
先代のツヴァイク領主はレオポルト様の伯父だった。自分の息子ではなく、彼を指名したのも息子に責任を押し付けたくなかったというところがあったらしい。本当に勝手な話だと思う。後継については親族内で随分もめたご様子だったけど、遺言がある以上それに従うことになり、レオポルト様が新たな領主になられた。
「後からカルネイロに協力したのが発覚した工房の一つは金の為に率先して協力していたのが分かりました。工房は閉鎖し、職人達は全員その資格を剥奪しました。
残るは弱みを握られていた職人達です。非はカルネイロにあるとは言え、まがい物作りに関わっていたのは紛れもない事実。厳罰を覚悟の上で陛下に報告をしたのですが、意外にもお咎めはありませんでした。後は国と礎の里が処理するからと仰られ、今後も国の為に働いてくれるようにというお言葉まで頂戴いたしました。
それでも関わった職人達は納得せず、職人を辞めると言い出しました。かといって全員を罰してしまうと、我が領の木工技術が廃れて行ってしまいます。私もすぐには決断できず、一先ずは関わった工房は全て私の管轄下に置き、後進の育成を命じました」
レオポルト様の表情はあまりにも苦しそうだった。アジュガ同様、ツヴァイクもまた住人同士のつながりが強い地域なのかもしれない。
「陛下が西方地域へ視察に来られた際、初期に製造されたあのまがい物の家具が他国で高く評価いただいている事を教えていただきました。これ以上は生産しないことを条件に、目印となる焼き印を入れて複製品として扱って頂けることになったと教えて頂きました。その知らせに職人達は救われ、ここにいるルトガーを筆頭に、ツヴァイクの木工を再興しようと誓いあいました。その矢先です。女王の行軍があったのは……」
ヒース卿が後になって女王の行軍があのまま進んだ場合の被害を予測していた。それによると、ツヴァイクはその予測進路上に含まれていて、甚大な被害を受けていたと予測されていた。それもあって、会談の当初に深々と頭を下げて感謝を示して下さったらしい。
「夏至祭の折に西方地域の他の領主方とこの件に関して話し合いをいたしました。どの御領主もルーク卿に深く感謝し、そして何かお礼をしたいと考えておられました。しかし、具体的に何をすればいいか見当もつかず、結局、ドムス領のヘンリック様に相談しました。すると、夏至祭の後にご子息がお帰りになられるからと仰られ、その時にまた集まる事となりました」
そこまで話を聞くと、ルークはちらりと戸口の傍らに控えているアルノー卿に視線を向ける。睨まれたわけではないのに、彼の表情はこわばっていた。
「アルノー卿よりお話をうかがい、我々にできそうなご恩返しを考えました。ミステルの領主館の改装を我々にお任せ頂けないでしょうか?」
「いや、しかし……」
急な提案にルークも返答に詰まる。
「ミステルの事情はうかがっております。当初は領主館の改装も含まれていたとか。その費用を住民の為に使いたいと仰って、手つかずになっているとも伺いました。そんなルーク卿だからこそ、我々もお助けしたいと思ったのです。それに……これは、贖罪でもあります」
「贖罪……ですか?」
「こちらへうかがう前にミステルに立ち寄り、アヒム殿の案内で領主館内を見させて頂きました。残念なことに、あそこにあった調度品の半数は処罰した工房で手がけられたものでした」
金の為に量産したため、家具の質はあまり良くない。そんな家具類を先のミステル領主は喜んで買い込んでいたのだろう。
「そこまであなた方が責任を負う必要はないのでは?」
「たしかに、そうかもしれません。ですが、私の管理下に置かれた職人達が自ら申し出てきました。西方地域の恩人であるルーク卿に恩を返すことで自分達の罪を贖いたいと」
「……」
ルークも私も返す言葉が無くて黙り込んだ。静寂が続く中、沈黙を破ったのは意外にもお父さんだった。
「ルーク、いや、領主様、このお申し出を受けられてはいかがでしょうか?」
「父さん……いや、でも……」
「ワシも職人のはしくれとして彼等の気持ちは痛いほどわかる。つまずいて、次に進むにしても、何かしら自分の心にけじめが必要だ。彼等を救うと思い、お受けするのが一番だと思います」
「だとしても、膨大な量です。ツヴァイク領だけでは負担が大きすぎるのでは……」
「改装に関わるのは我が領だけではありません。西方地域の領主が資金を出し合うことになりました」
「え?」
「加えて資材の調達はビルケ商会が、その運搬は第6騎士団が引き受けて下さいました」
「えっと……」
あまりにも壮大な計画に思考が追い付かない。
「あの女王の行軍で西方地域が壊滅していれば、我々も多大な損害を受けておりました。たまたま、このお話を耳にしたので、我々も参加させていただくことにしました」
ここで初めてノアベルトさんが口を開いた。ビルケ商会はタランテラ国内に多くの取引先を持つ。西方地域、特に街道が通行不能になると、彼等の取引にも大きな影響が出ていたらしい。
第6騎士団の前の副団長ギルベルト卿はカルネイロの残党に加担していた。そして彼を信じた他の団員もルークを貶めるのに協力してしまっていた。降格や左遷等処罰を受けていたが、それでもルークに対して何かしらの謝罪をしたいと思っていたらしい。そして今回の話を聞いた彼等も協力を申し出てくれたのだとか。
「我々にとっても負担になるばかりではないのです。ルーク卿はミステルを人の集まる場所にしたいと言うのが夢だとうかがいました。そんな場所に我々の作った家具があれば、我が領の宣伝にもなります。いわば先行投資です。協力してくれる他の領主達も資金だけでなく、それぞれの得意分野で協力して頂くことになっています」
「我々としても一世一代の大仕事です。任せて下さい」
ルトガー親方もやる気満々だった。この様子からもう反対できないほど話はまとまってしまっているのを察した。ルークはしばらく呆然としていたが、深いため息をつくとようやく口を開いた。
「分かりました。皆様の熱意に感謝します。ですが、一つお願いがあります」
「何でしょう?」
「ミステルには孤児が多くいて、保護する前は集団でスリや盗みをして生活していました。そうやって大人になっても手に職がなく、その日暮らしをする住民が多くいます。今は国が行ってくれている公共の工事の作業に参加してもらって収入を得ていますが、それはいつまでも続きません。
若い住民の中に、もし木工に興味を示す者が居れば、その手ほどきをしていただけないでしょうか? もし、それがだめでも何かしらの手伝いをさせて欲しいのです」
「ワシからもお願いする」
お父さんもそう口添えをしてレオポルト様とルトガー親方に頭を下げた。そしてアジュガでもその試みを始めることを説明した。
「そういう事でしたら喜んでお手伝いさせていただきます。新たに才能のある若者が見つかれば、我々にも大きな収穫です。他の領主達にも話をしてみましょう」
「よろしくお願いします」
こうしてミステルの領主館の改装が西方地域の領主方の御助力で実現することになった。既に準備は整っており、この秋から作業を始められるらしい。本当に何と言うか仕事が早い。そしてルークはアヒムさんに一筆したためて、神殿と協力してこの改装を手伝う若者を選ぶように伝えたのだった。
親方同士で馬が合ったルークパパとルトガー親方。この日の晩は他の親方衆も加わって宴会になったらしい。




