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群青の軌跡  作者: 花 影
第4章 夫婦の物語
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閑話 カイ4

実はカイ君、人の名前を覚えるのが苦手……。

「お前か? 勝手なことして御領主様のお手をわずらわせたのは?」

「お前の所為でご領主様が怪我をして寝込んでしまわれたんだぞ」

「目をかけていただいているからと言って調子に乗るなよ」

 あの野外活動から何日か経った頃、自警団の制服を着た若い2人連れの男達が孤児院にやってきて、外で遊んでいた俺にそんな事を言って来た。兄ちゃんに随分と迷惑をかけたのは分かっている。だけど、寝込んでいるのは知らなかった。

「あなた達、子供相手に何を言っているの!」

 悔しいけど2人に言い返すことが出来なくて、その場で立ったままうつむいていると、屋内から年配の女神官様が出て来て俺を抱きしめてかばってくれた。どうやら一緒に遊んでいたチビ達が呼んできてくれたらしい。

「事実を言って何が悪いんですかね?」

「悪ガキには相応のしつけが必要でしょう」

 蔑んだ視線を向けられて俺は怖くて神官様にしがみついていた。

「あの件に関してはこの子も十分に反省し、謝罪してルーク卿もこころよくお許しになられました。あなた方が口を挟む権利はありません」

 神官様は毅然とした態度を崩すことなく2人に対峙し、最後には言い負かして追い返してしまった。普段は優しいおばちゃんといった感じの人だけど、なんか頼もしく思えた。

「口ではまだまだ負けませんよ」

 2人を追い返した後にお礼を言うと、女神官様は笑いながらそう言っていた。「ここで預かっている子供達は私の子も同然ですからね」そう言ってもらえてちょっと照れくさかった。

「おや、女神官様も一緒に外遊びですか?」

 不意に声をかけられて振り向くと、兄ちゃんの義弟だという竜騎士の兄ちゃんが来ていた。

「あら、ティム卿。如何されましたか?」

「ルーク兄さんの代わりに様子を見に来たんだ」

「あらあら、どうしましょう」

 急な来客にさっきまでの威勢はどこへ行ったのか、女神官様は急にオロオロし始める。俺は意を決すると、竜騎士の兄ちゃんに思い切って声をかけた。

「あの、兄ちゃん……領主様が怪我をしていたって本当ですか?」

「え? 何で知っているんだ?」

 随分と驚いた様子で聞き返される。あの日ここへ帰ってきた後、俺はすぐに風呂へ入れられ、忙しい兄ちゃん達とは簡単な挨拶だけ済ませて別れてしまっていた。もっとちゃんと謝ってお礼も伝えておけば良かったと、今になってものすごく後悔していた。

「さっき、自警団の人が来て言っていたんだ。だったら、もう一度ちゃんと謝りたい」

 俺がそう訴えていると、我に返った女神官様が先程のやり取りを説明してくれた。その話を聞いて竜騎士の兄ちゃんは少し考えこんでいたけど、何か妙案を思いついた様子でパッと顔を上げる。

「だったら、お見舞いに行こうか?」

 その提案に俺はすぐにうなずいた。




 持っている中で一番いい服に着替えると、竜騎士の兄ちゃんの馬に乗せてもらって領主館へ向かった。この間馬に乗ったときにお尻が痛かったと言ったら、馬をゆっくりと歩かせてくれた。おかげで賑やかな街並みを眺める余裕も出来た。

「でかいなぁ……」

 ほどなくして領主館に着いた。遠目では見たことはあったけど、間近で見ると本当にでかい。俺なんかが入っても大丈夫なんだろうかと気後れしていたけれど、竜騎士の兄ちゃんが門番と二言三言会話をしただけですんなり通してくれた。門番は少しだけ怪訝そうな表情を浮かべていたけど。

 俺達が降りると馬は勝手に裏手の方へ歩いて行った。竜騎士の兄ちゃんが言うには厩舎に向かわせたらしい。竜騎士ってそんなことも出来るんだと感心していると、中に入ろうと促された。

「お客さんなんだから堂々としていればいいよ」

 お金でも張り付けてあるのかと思うくらいキラキラしている壁にピカピカに磨き上げられた床。場違いな場所へ来てしまったと後悔しながら領主館の中へ入るのを躊躇っていた俺に竜騎士の兄ちゃんがそう声をかけてくれる。さらに促されてちょっとビクビクしながら俺は館の中へ足を踏み入れた。

「この時間だとあそこかな……」

 そんな事を呟きながら歩いていく竜騎士の兄ちゃんの後を俺は戸惑いながら歩いていく。どこへ目を向けてもキラキラしていて、何だか目が痛くなりそう。そして着いた先はこれまでとは打って変わって落ち着いた雰囲気の小部屋だった。

「お邪魔するよ」

 竜騎士の兄ちゃんは部屋の外からそう声をかける。その背中越しに中をのぞくと、領主の兄ちゃんと奥さんがお茶を飲んで寛いでいた。兄ちゃんの傍には杖が立てかけてあって、履いている室内履きから包帯を巻かれた足が覗いていた。怪我をしていたのは本当だったらしい。

「お客さんを連れて生きた」

 そう言って竜騎士の兄ちゃんが部屋の中へ俺を押し込んだ。

「カイ?」

「まあ、カイ君」

 2人は随分と驚いていた。それでも奥様はすぐに俺のための席を用意してくれる。その間に竜騎士の兄ちゃんはここへ来た経緯を説明し、それが終わると後でまた迎えに来ると言って部屋から出て行ってしまった。

「あの……俺、謝りたくて……」

 ちゃんと謝ろうとしたけど、自警団員達から投げつけられた言葉を思い出して言葉が詰まる。

「あの時、反省して十分謝ってくれたでしょう?」

「そうだぞ、カイ。気にしなくていいんだ」

「でも……」

「心配してくれてありがとうな。体の方はもう大丈夫だから」

「わざわざ来てくれてありがとう」

 優しい言葉に耐えきれず、涙があふれてくる。そんな俺が落ち着くまで2人は優しく抱きしめてくれた。後から思うと、奥様に抱きしめられるのはちょっと恥ずかしかった。

「みんなは元気?」

 落ち着いたところで改めて席につく。何を話していいか分からなかったけど、聞かれるままに孤児院の様子を話した。みんな、奥様からもらった端切れで大きな壁かけを作るのに夢中になっている。俺も教えてもらいながらやってみたけど、真直ぐに縫うのは難しかった。

「みんな、がんばっているのね。安心したわ」

 奥様はそう言うと、俺にお菓子を勧めてくれた。今日、奥様が作ったらしい。焼き菓子なんて初めてだ。恐る恐る口に入れる。美味しい……。甘いものと言えば果物か花の蜜ぐらいしか知らない。砂糖を使ったお菓子がこんなに甘くておいしいなんて初めて知った。夢中で頬張っていると、チビ達の顔がふと浮かんだ。アイツらに食べさせたらどんな反応をするだろうか? そんな考えが頭をよぎり、お菓子を食べる手が止まった。

「美味しくなかった?」

「そうじゃなくて……孤児院のアイツ達にも食べさせてやりたいと思って……」

「たくさん焼いたから大丈夫よ。後でお土産に持って帰る分を包みましょう」

「本当に?」

 奥様が優しくうなずいてくれたので、俺は安心して出されたお菓子を平らげた。そしてそれからほどなくして竜騎士の兄ちゃんが迎えに来てくれた。奥様は約束通り、たくさんのお菓子をお土産用に包んでくれた。

「明日、出立する。帰る前に元気な顔が見られて安心したよ」

「今度来るのは来年?」

「そうだな」

 兄ちゃんと奥様にまた会おうと約束して抱きしめられた。でも、奥様に抱きしめられるのはちょっとだけ恥ずかしかった。

 館の玄関に出ると、馬が用意されていた。来た時同様に乗せてもらい、孤児院へ向かう。来るときは本当に行ってもいいのだろうかとビクビクしていたけど、今は違う。兄ちゃん達に会えたし、ちゃんと謝ることが出来た。そしてチビ共にはお土産もある。何だか気持ちが満たされていた。

「ちゃんと話は出来たか?」

「うん。兄ちゃんのおかげだ。ありがとう」

「大したことはしていないよ」

 竜騎士の兄ちゃんはそう言うけれど、こうして連れて来てもらえなければずっともやもやした気持ちを抱えたままだったはずだ。

「じゃあ、そう思うなら、本気で竜騎士を目指してもらおうかな」

「俺、なれるかな?」

「カイ次第だと思うぞ。それに、いい例がここにもいるし」

「兄ちゃんが?」

 驚いたことに、竜騎士の兄ちゃんは農家の生まれだと教えてくれた。領主の兄ちゃんに竜騎士の資質を見いだしてもらい、今では相棒を得て立派な竜騎士になっている。そのためには相応の努力が必要だけれど、俺にもその力は十分あると請け負ってくれた。

「俺、勉強嫌いだけど、もうちょっと頑張ってみようかな」

「無理せずに出来ることからやって行けばいいよ」

 こう言われると、何だかできそうな気がしてくる。勉強の時間は嫌で逃げ回っていたけれど、明日からはもうちょっと真面目に受けてみようかなと思った。

 孤児院に帰ると、チビ共が群がって来た。みんな領主館の様子や兄ちゃん達の話を聞きたがっていた。ただ、俺の言葉選びが悪くてなかなか伝わらない。女神官様の助けを借りながら、何とか見てきた光景を言葉に表した。これも、勉強らしい。

 そして、持ち帰ったお土産のお菓子は、夕食後にみんなで食べた。その美味しさに目を丸くして驚き、みんな夢中で食べていた。「いつかこれをお腹いっぱい食べてみたい」そんな事を言う奴もいて、皆で大笑いしたのだった。




 翌日の昼。俺達は孤児院の庭に出てみんなで空を見上げていた。やがて空を埋めるくらいのたくさんの飛竜が空を舞い始める。領主の兄ちゃん達がこの町を出立したのだ。飛竜達はしばらくの間町の上空を飛び回っていたけど、やがて綺麗な隊列を組んで遠くへ飛んで行った。見えているかどうかわからないけれど、俺達は孤児院の庭から手を振って飛竜達を見送ったのだった。



ようやくカイ君編終了。

次は本編へ戻るか、もう1人分閑話を入れるかまだ思案中。

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