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群青の軌跡  作者: 花 影
第4章 夫婦の物語
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閑話 カイ2

カイ君視点その2

 腹が減って目が覚めたらもう朝だった。今まで使ったことが無いほど暖かくて柔らかな毛布にくるまっていて驚いた。これがあればあのねぐらでも冬を越すのは辛くないと思ったくらいだ。そうしていると、よほど暇なのか、俺の様子を見にあの領主の兄ちゃんが朝ごはんを持ってきてくれた。

 朝ごはんを食べながら色々話をした気がするけれど、食べるのに夢中でよく覚えていない。でも、兄ちゃんからは、今後は決して他人の物を盗ってはいけないと強く言われたのは覚えている。ここにいれば、食べる物には困ることは決してないからと、念押しするように何度も言われた。

 まあ、勝負には負けたんだし、これから冬になるからいてやってもいい。この時はそんな軽い気持ちでうなずいた。その後、孤児院の世話役の神官や他の子供と顔を合わせた。その大半が元の仲間で、「やっとカイ兄ちゃんも来てくれた」とチビ共が喜んでいた。

 けれども、孤児院の生活は思った以上に退屈だった。毎日同じ時間に起きて、同じ時間に食事をして、同じ時間に勉強とやらをする繰り返しだ。確かに食べる物に困らないし、凍えるような寒さに震えながら眠ることもない。けれど、何だか物足りない。

 やがて俺は世話役の神官の目を盗んで孤児院の外へ遊びに出るようになっていた。兄ちゃんと約束したから懐の物をくすねる事はできない。でも、以前の様に賑やかな通りを眺めているだけで心が落ち着いた。そしてその後も時々孤児院を抜け出して息抜きをするようになっていた。

「あ、カイ君。明日は領主様がいらっしゃるからお出かけしないでね」

 夏を迎えたある日、俺の姿を見た神官がそう声をかけて来た。「わかった」とそっけない返事をしたけれど、それは何日か前から知っていて、心待ちにしていたのは内緒だ。

 そして次の日、兄ちゃんが孤児院にやってきた。前の時よりもきらびやかな服を着ていて、本当にお貴族様なんだと思った。そして兄ちゃんはお姫様みたいに綺麗な奥さんを連れていた。

 チビ達は平気で群がっていたけど、俺は何だか近寄りがたくてその輪から少し外れていた。ふと、兄ちゃんの後ろに控える男の人達に目が向く。体の大きな人達は護衛だろう。油断なく辺りを見回している。だけど、一人だけ隙だらけの人がいた。悪戯心が湧いた俺はさり気なくその人に近づくと、懐の物を抜き取った。

「こら、もうやっちゃだめだと言っただろう?」

 その瞬間に兄ちゃんに捕まった。やっぱりこの人には敵わない。仕方ないから財布を返して謝っておいた。

 その日は領主夫妻を歓迎する発表会みたいなことをした。みんなで歌を歌った訳だけど、俺は全然覚えていなかったから口だけ動かして歌うふりをしていた。チビ共も全部覚えきれていなかったらしく、ちょっとつっかえながらになったけど、2人は喜んでくれたから良かった。孤児院に来てから一番楽しい1日だったかもしれない。

 それから更に数日後、今度は野外活動に招かれた。今回は年長の俺達7人だけが参加できるので、チビ共には随分とうらやましがられた。何しろ飛竜に乗せてもらえる。楽しみすぎて前日はなかなか眠れなかった。翌朝、寝坊しそうになったのは内緒だ。

 その日はいい天気だった。荷馬車に揺られて目的地に着くと、飛竜が待っていた。乗せてもらうのは明日だけど、野外活動に使う道具類を運んできてくれたのだと領主の兄ちゃんが教えてくれた。

「うわぁ……でっかい!」

 今まで飛竜と言えば、飛んでいる姿を見ているだけだった。それが今、目の前にいる。思った以上に大きくて驚いたけど、俺も他の仲間も感動していた。

「みんなで飛竜に挨拶しようか」

兄ちゃんにそう言われて、みんなで順番に挨拶をしながら触らせてもらった。もっとごつごつしていると思ったけれど、思った以上に滑らかで気持ち良かった。

 それからお昼ご飯を食べて、俺達は魚釣りに出かけた。今夜の晩御飯は俺達にかかっていると言われ、俄然張り切った。だけど最初はなかなか釣れなかった。一緒に来ている竜騎士の兄ちゃん達にコツを教えてもらってようやく1匹、2匹と釣れるようになった。釣れると何だか楽しくなってきて、夢中になってやっていたら仲間の中では俺が一番大きな魚を釣っていた。

 最後に竜騎士の兄ちゃんが木の枝で作った銛で魚を仕留めるのを見せてくれた。面白そうだからやらせてもらったけど、全然できなかった。正確に魚の動きを見極めないと難しいらしい。いつかできるようになるといいなと思った。

 自分達が釣った魚も並んだこの日の晩御飯は特別な味がした。兄ちゃんが言うには、苦労して手に入れたかららしい。レーナ達が採ってきてくれたキイチゴも並んでいたし、それぞれが体験した話をしながら、この特別な晩御飯をみんなで楽しんだ。

 楽しい時間をもっと過ごしていたかったけど、俺達はいつもの時間に天幕で休むように言われた。天幕は男子と女子に分けられていた。俺達もそれぞれに用意された寝床に潜り込んだけど、すぐには眠れなかった。他の3人としばらくおしゃべりしていたけど、ほどなくして眠ってしまったのか反応が無くなった。

 逆に俺は目がさえてしまった。一度、誰かが様子を見に来たけど、早く寝なさいと言われるのが分かっていたので眠ったふりをしてやり過ごす。それから一応は寝る努力をしたけど、なかなか眠気は来なかった。そうしていると、外から兄ちゃん達が何かぼそぼそと話をしているのが聞こえてきた。気になったので、ちょっとだけ聞き耳を立ててみる。

「……足りない。カイ君の……」

 なんか、俺の名前が出て来て気になった。何が足りないんだろう?

「……信用してない」

 これは明らかに兄ちゃんの声だ。俺は、兄ちゃんに嫌われているのかな……でも、俺なんかじゃ仕方ないか……。

「……無理だな」

「……できれば早い方が……」

 俺、どうなるんだろう? 追い出されるのかな……。多分そうだろう。

「あと1年ですか」

 はっきりとそう聞こえた。俺はあと1年で孤児院を追い出されるらしい。それも仕方ないか。元々来るつもりがなかったんだ。元の自由な生活に戻れるんだと自分に言い聞かせたけれど、不思議と涙がこぼれて来た。




「カイ兄、朝だよ!」

 いつの間にか眠っていた俺は仲間にたたき起こされた。何だか最悪な気分。機嫌の悪いまま天幕から出ていくと、大事な話があるから先に顔を洗ってくるように言われた。大事な話って何だろう? 夕べ言っていた事を言われるのかな? 覚悟を決めて話を聞くと、違っていた。

「この後、天気が悪くなるから、朝ごはんを食べたら今日は帰ることにした」

 兄ちゃんはそう言うけれど、いい天気だ。やっぱり大人は嘘をつく。なんか腹が立ってごねていたら竜騎士の兄ちゃんに体を抑え込まれていた。その状態で兄ちゃんは、雨が降る理由を俺達にも分かるように説明してくれた。納得はまだできないけど。

「続きはまた今度しよう」

「今度って、いつ?」

「来年かな」

 兄ちゃんとレーナがそんな話をしていた。来年って言ったら俺は追い出された後だ。つまり、俺にはもうこんな機会は無いと言う事だ。気持ちが沈んだまま黙々と朝ごはんを済ませると、帰る支度が始まる。まとめた荷物を運び終えると、荷車に乗る様に言われた。

 でも、俺は素直に荷車に乗ることが出来なかった。どうせ1年後には追い出されるのなら、今、居なくなっても一緒だ。そう考えた俺は用を足しに行くふりをしてその場を離れた。

 先ずは森の奥の方へ向かう。俺の事いらないみたいだから探さないとは思うけど、すぐには見つからないように、昨日魚釣りをした沢も超え、細い道を選んでひたすら奥を目指した。どれだけ歩いたかは分からないけど、ここまでくれば追ってくることは無いと思って大きな木の下に座り込んだ。そして途中で見つけたキイチゴを頬張る。適当に摘んできたからか、昨日食べたものよりも酸っぱく感じた。

 一息ついたところで、ふと我に返る。勢いで飛び出してきたけれど、この後どうしようか……。そう思いながら座り込んでいると、ゴロゴロと雷が鳴り始める。木々の間から空を見上げると、真っ黒い雲に覆われていた。そして大粒の雨が降り始める。ここに至ってようやく兄ちゃんが言っていたことが本当なのだとようやく理解した。

「どうしよう……」

 木の下に座り込んだまま途方に暮れる。すると一際大きな雷の音がして、思わず耳をふさいでうずくまった。その後も立て続けに鳴る雷が怖くてその場でうずくまったまま震えていた。

「いた、いた」

 聞きなれた声がして顔を上げると、何故か目の前に雨具を纏った兄ちゃんが立っていた。幻でも見ているんじゃないかと、呆けてその顔を見上げる。

「……兄ちゃん」

 ホッとしたのもつかの間。俺をいらないと言っていたのを思い出して俺はすぐにその場から逃げ出す。しかし、すぐに捕まって肩にかつぎ上げられる。

「話は後だ。移動するぞ」

 兄ちゃんはそう言うと、俺を担いだまま走り出した。速い、速い、速い。あまりの速さに思わず情けない声が出る。

「ひぇぇぇぇぇ」

「口を閉じろ。舌を噛むぞ」

 そう言われて反射的に口を閉じた。何で、森の中をこんなに早く走れるんだ? そんな事を思っているうちに小さな小屋に到着した。

「とりあえず雨が止むまでここにいるぞ」

 小屋の中に入ると兄ちゃんはようやく俺を降ろしてくれた。ホッと一息ついている間に、雨具を脱いだ兄ちゃんは、あっという間に古びた炉に火をおこしていた。そして背嚢はいのうから乾いた布を取り出すと、俺に渡す。

「とりあえず服を乾かすから脱いでそれに包まっていろ」

 兄ちゃんに言われた通り、ずぶぬれになったシャツとズボンを脱ぐ。兄ちゃんはその服を絞ると、炉のそばに広げて吊るした。

「さてと、ちょっと話をしようか」

 何か色々作業を終えたらしい兄ちゃんは俺の前にどっかりと座り込んだ。兄ちゃんはそう言うが、俺はそんな気分じゃない。だんまりを決め込みたいが、雨音だけが響くこの沈黙の時間が辛い。

「……信用できないんだろう?」

 ようやく絞り出すようにそう言うと、兄ちゃんは不思議そうに首を傾げている。嘘をついてごまかすつもりなんだと思うと、悔しくて俺は腹が立った。

「泥棒していた俺の事が信用できないから追い出すんだろう? だからもう放って置いてくれよ!」

「……ちょっと待て、誰がそんな事を言った?」

「夕べみんなと話していたじゃないか! 嘘つき!」

 悔しくて、腹が立って、泣きわめく俺を兄ちゃんが抱き留める。俺は泣きながら何度も何度も兄ちゃんの胸を叩いた。何度も叩いたけれど、兄ちゃんはびくともしなくて叩いている俺の手の方が痛くなってやめた。それがまた悔しくて涙が出て、声を上げて泣き続けた。




カイ君視点終わらなかった。

次に続く。

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